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11 「白雪姫」は終わりました

 翌日、自分の出番を終えてキッチンに行くと、沢山の料理を詰めたバスケットがあった。


 シンデレラが作っておいてくれたものだ。


 料理に被せてある布をめくると、ホットドッグ、カルツォーネ、ブリトーなど、色々な国の料理の中からお弁当として食べやすそうなものを選んである。


 あの子の気遣いと優しさが素直に染みた。

 これだけ用意するのに、どれだけかかったんだろう。


 でも羊肉のシャシリーク(串焼き)が入っているのを見た時は、思わず家の羊が生きているかどうか確認してしまった。


 こちらの心配をよそに、羊は庭の草をのんびり食べていた。


 《混沌の森》に着くと、いつもの場所にグリム狼とペロー狼が来ていた。


「おう、ジャボット久しぶりだな」とペロー狼。


「うん、久しぶり。元気だった?」


「俺はな」


 言いながらチラっとグリム狼の方に目線を送る。


 グリム狼はいつになくボ――っとした様子で「おう……」と力ない声が返ってきた。


 いつも何かというと憎まれ口をたたいてくるグリム狼なのに、その元気のない様子にドキッとする。


 もしかして彼のところにもイエローカードが来たのだろうか。


「ね、ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、あなたたちのところにイエローカードなんて、来てない?」


「お、やっぱりジャボットのとこにも行ってたか」


 彼らのところにも、来ていたんだ。


「うん、二人も?」


「ああ、まあな」


 グリム狼があんなに落ち込んでるのは、イエローカードが来たからかしら?


「グリム狼さん、それで落ち込んでるの?」


「はあ?!俺をそんなヤワな奴だと思ってんのか?」


 今しがた深いため息をついていたグリム狼が、突然大声を出した。


「じゃあ、どうしたのよ」


 クワっと開いた口が一瞬止まり、それからゆるゆると顔の筋肉から力が抜けて情けない表情になってしまった。

 肩も背中もしょんぼりと丸くなる。


「俺のことは放っておいてくれ」


 肩をたたかれ振り向くと、ペロー狼が「鏡の(あね)さん、昨日大団円を迎えたんだ」と小声で言った。


「えっ?来週の予定じゃなかった?」


「それがさ、七人の小人の誰かが白雪姫のガラスの棺にヒビ入れちまって、壊れないうちに話を進めちまおうってんで前倒しで昨日終わったんだ」


「……うそっ!」


 これは私もショックだった。


 私達の世界では、物語が無事に終了することを《大団円を迎える》と呼んでいる。


 物語が大団円を迎えたのはおめでたいことなのだけど、物語から解放された後、鏡の魔女さんがどうするのかはちゃんと確認出来ていない。


 今まで住んでいたお城を出るということだけははっきりしているけど、どこへ行くつもりなのだろう。


 遠くに行ってしまうのだろうか。


「それで、鏡の魔女さんは今どちらに?」


「いやー、知らねえよ。何か盛大に打ち上げやるって聞いたし、まだそっちじゃねえかなあ」


 焦る私にペロー狼はのんびり答える。


 一つのお話が終わったら、少なくとも三日三晩はお祭りらしいし、鏡の魔女さんは白雪姫の町では皆から好かれていたみたいだから、もっと引き留められているかも知れない。


 でも、それが終わったら……


「魔女さん、これからどうするって聞いてる? この辺りにずっといてくれるのかしら、それとも……」


「聞いてたら、グリムの奴だってあんなにしょげちゃいねえさ。(あね)さん、もしかしたら旅に出るかもしれねえって前に言ってたし、そしたらもう会えなくなるかも……」


「うぉおおおおおおおおうううううぅ!!!!」


 私達の会話が耳に入ったのか、グリム狼がたまらず遠吠えをした。


「おい、少しは静かにしろよ。またイエローカード切られちまうぞ」


「そんなもんどうだっていいよ!もう、俺なんかどうなったって構わねえよ…姉御……姉御ぉ………」


「お前はそれでもよくたって、ジャボットはそういうわけにはいかねえだろ」


「い、いいわよ、私の方ももうすぐお話が終わるし、またイエローカードをもらうことはあってもレッドカードを切られるまではいかないと思うわ」


「いや、よくねえよ」


 ペロー狼と私のやり取りを聞いて、グリム狼がゆっくりと顔を上げた。


「……そうだな。俺と違ってジャボットには未来があるから、これ以上イエローカード切られるのはよくねえよな」


「ばーか。おめえにだって未来はあるだろうが」


 いつもはペロー狼が愚痴を言って、グリム狼がそれをからかったりおちょくったりしながら元気付けているのだけど、今日はそれが逆転している。


 ペロー狼はグリム狼のように、わかりにくい励まし方じゃなくてストレートだけど。でもまあ、こんなに落ち込んでる相手をからかったりは出来ないか。


 なんだかんだでいいコンビぶりを披露している狼達だった。


 それに、もし失恋のせいで「未来がない」というのだったら、私なんかとっくに未来がない。


 王子様に恋した時から、私の人生は終わってしまったということになる。でも、そうじゃない。


 失恋したからって、それで人生が終わるわけじゃない。


 辛いけど、苦しいけど、それでも人生は終わりじゃない。

 あ、狼生か。いや、そんなことどうでもいい。とにかく…………


「ねえ、グリム狼はどうしたいの? 何が望みなの? 鏡の魔女さんと夫婦になりたいの? 恋人同士になりたいの?」


「…………ふっ……ふっ……ふううふうううう??? こっこいびとおぉぉお??!???」


グリム狼は真っ赤になって叫んだ。


「そっそそ、そんな大それたこと、望んじゃいねえよ! 俺だって自分の立場はわきまえてるさ」


「あら、あたしみたいなお婆さんとは、恋人にはなれないかい?」


「姉御!」


(あね)さん!」


「鏡の魔女さん!」


 振り返ったそこには、いつも通りの笑顔と、いつもとは違う(普段は真っ黒な服だった)あざやかな(くれない)のドレスを着た鏡の魔女さんが立っていた。

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