10 シンデレラ、大いに怒る
そしてそんな生命力の強いシンデレラは、今や頬を紅潮させ、今にも誰かを殴りかかりそうに袖をまくりあげ、鼻息も荒く喚いた。
「どうしてよ! どうしていつもお母様やお姉様が、皆から白い目で見られなければいけないの?!」
「落ち着きなさい、シンデレ……「私は十分落ち着いていますわ!」
たしなめようとするお父様を食い気味に遮り、父・母・私の三人から「全然落ち着いてませんが」という内心の突っ込みを浴びつつ、どっかりとソファーに座った。
グン! と背をそらし豪快に足を組んだ様子は、どう見てももうすぐ王子様に嫁ぐ愛らしいヒロインにはほど遠い。ほど遠い……のだが、何故か不思議とサマになっている。
ふと、「鏡の魔女さんが若い頃は、こんな感じだったんじゃないかしら?」と思った。
正義感が強く、決して周りに流されたりせず、自分の考えを堂々と言う。
そのくせ話している言葉からは、お母さんや私を思いやる気持ちが感じられる。
それから、仕事や義務を自分から楽しんでしまう前向きな考え方も似ている気がした。
「ちょっとお姉様! 聞いてる?!」
シンデレラの怒鳴り声で、考え事から意識が戻った。
「あ、う、うん。聞いてる聞いてる」
「うそばっかり。もう! お姉様のことなのよ!」
「うん、ごめんね、シンデレラ」
「まあいいわ。いやよくないけど。全然よくないけど。あ、お姉様のことじゃなくてね、このシンデレラ町というか、ううん、童話の国全体の風潮がおかしいわよ! 皆、物語の登場人物として役割を演じてるってわかっているはずなのに、悪役を担っている人を役柄と一緒くたに考えるとか、バカなんじゃないの?! 信じらんない!」
ちょ、ちょっとシンデレラ、ヒロインにあるまじき口調になってる!
慌てる私にお父様が目くばせした。
『さっき、よい子タイムは終わったよ』と。
「とにかく! 物語に必要だっていうことでお母さまやお姉様が悪役を演じてくれているのに、勝手に悪者扱いするってどーなのよ! 物語の為に悪役してくれているんだから褒められたっていいくらいなのに、よりによって《物語進行委員会》がそういうバカな奴らの言葉を真に受けてイエローカードを送りつけるとか、意味わかんない!ありえない!!」
「まあ、落ち着きなさい。シンデレラ、せっかくお前が作ってくれた料理が冷めてしまうよ。まずはこれを皆で頂こうじゃないか」
お父様が上手く話を逸らすと、シンデレラも「…それもそうね」とつぶやいた。
「今日はまた豪勢ね。海老のソテーなの?」とお母さんが更にフォローする。
「そうよ! 美味しそうでしょう?たっぷりのガーリックとスパイスが、食欲をそそるでしょ? こっちのココナッツミルクで炊いたライスを添えて召し上がれ」
料理を褒められるとたちまち上機嫌になって、サファイアみたいな青い瞳を輝かせた。
「まあ、そう…ガーリック、を……たっぷり……」
明日用事があって出掛けなければいけないお母さんがガーリックの単語に怯んだが、どこ吹く風だ。
童話の本からは匂いが出なくてよかった。ニンニク臭いシンデレラとか、目も当てられない。
それはともかく、遅い夕食を摂っている間に、シンデレラだけではなく私や両親も落ち着きを取り戻してきた。
メイドや執事も呼んで皆でシンデレラの料理を囲んでいると、普段通りの夕食の光景になる。
美味しいものを食べてお腹がいっぱいになるだけで、気分も満ち足りてしまうんだな。我ながら単純だけど。
でも、この毎回驚かされるシンデレラの料理とも、もう少しでお別れなのか……。
「ねえ、シンデレラ?」
「なに?」
「今度、私にも料理の作り方、教えてよ」
「いいけど、お姉様ニワトリとかシメれるの?」
「……それは、勘弁……」
「うふふ、いいわよ。何料理がいい? モロッコ? ギリシャ? 中華料理?」
「まずは、簡単なものから」
私達の会話を聞いている両親や使用人達が笑顔になっている。
読者である子供達や、近所の人の目を気にしないでいられるダイニングは、暖かい空気に包まれていた。
私も今なら言える気がして、勇気を出してこの間のことを聞いてみる。
「そういえば、その……手は痛くなかった?」
「手って、なんのこと?」
「この間、バケツを取り上げる時、手を振り払った拍子に叩いちゃったでしょ? あと、その前は爪で引っ掻いちゃった、よね? 痛かったわよね。……ごめんなさい」
シンデレラは一瞬きょとんとした後、ケラケラと笑いだした。
「やーだ、何のことかと思えば。全然なんともないわよ! もう、お姉様は気ぃ遣い過ぎなんだから」
いつも通りのあっけらかんとしたシンデレラの言葉を聞きながら、私は彼女の手を取る。
ガサガサした、アカギレだらけの手。
家事でこき使われている設定のシンデレラが、綺麗な手をしていては物語に反するからと、クリームのひとつも塗ることが許されていない。
けれどすらりと伸びた指や華奢な手の甲は、手入れさえすればさぞや美しいだろうと思われた。
舞踏会当日は真っ白なレース手袋をする予定なのだそうだ。
きっと似合うだろう。
王子様にエスコートされるのに、相応しい手。
見た目も心も美しいシンデレラ。
私の、自慢の妹。
シンデレラの手を自分の両手で包んだ。
「いつも、家事ごくろうさま」
「え、なに?」
「美味しいご飯もありがとう」
「やだやだ、なにちょっと、改まって~」
照れたシンデレラは頬をピンクに染めて、モジモジする。
ああ、本当に可愛いな。きっと王子様もシンデレラを愛してくれるに違いない。
その時は、ちゃんとお祝いしよう。シンデレラを祝福しよう。
シンデレラはいい子だ。幸せになる権利がある。
「こんな風に家族が揃っていられるのも、あと少しだもの」
私の言葉に両親、特にお父様がシュンとなった。
きちんとお礼が言いたくなって、真顔で姿勢を正す。
「幸せになるのよ、シンデレラ。今まで苦労した分も」
「苦労って、別に、家事をしてたくらいじゃない。結構楽しんでたのよ、知ってるでしょ? お姉様こそ……」
笑っていたシンデレラも真顔になった。
「お姉様こそ、今まで辛い思いをした分…辛い……思い…………そうだ! イエローカード――――――!!!」
真顔から般若顔になった。
「思い出した――! ムカつく――! よくもお姉様にイエローカードなんか切りやがったわね! 《物語進行委員会》!!」
「未来の王太子妃がそんな言葉遣いをしちゃだめよ」と母。
「落ち着きなさい、シンデレラ」と父。
「私なら大丈夫よ、シンデレラ」と私。
「私はまだ王太子妃じゃなくてただの灰かぶり娘よお母様、私は落ち着いているわお父様、全然大丈夫じゃないわお姉様」
慌てて宥める私達に、シンデレラは矢継ぎ早に答える。どう見ても落ち着いてなんかいない。
ここはそもそもの原因となった私が責任をもってシンデレラを止めなければ。
「ねえ、イエローカードのことはまだ森で会った男の人たちのせいだと決まったわけじゃないでしょ。私が知らない間に何かタブーなことをしてしまったのかも知れないし」
「だったら、それを教えてくれればいいじゃない! 『日頃の態度』? 『悪影響』? はん! そんな言葉で誤魔化そうっていうなら私が直接聞いてきてあげるわ!!」
「「「落ち着いて――――っ!!!」」」
今にも家を出ていこうとするシンデレラを、三人がかりで引き留める。
指の骨をボキボキ鳴らし、私達三人を引きずりながら進んでいたシンデレラだったが、私の
「とりあえず、明日いつもの仲間にもイエローカードが届いているかどうか確認するわ。《物語進行委員会》に突撃するのは、その後でも遅くないでしょ?」
という言葉で、ようやく少し落ち着きを取り戻した。
「確かに、それもそうね。でも、どちらにしろお姉様がイエローカードを切られるような人ではないのは、私が誰より知ってるわ!どこかで落とし前をつけてもらわなくちゃ……」
疑うことを知らないシンデレラ。
いつも真っすぐなシンデレラ。
私はまた少しだけ心の奥がチクっとなったが、それを隠して笑った。
「ありがとう、あなたが信じてくれるだけで、私は十分よ」
シンデレラの気持ちに応えたい。
シンデレラの中にある良き姉像に少しでも近付きたい。
(それで、いいのよね?鏡の魔女さん)
心の中でつぶやいた。




