黄金虫
ホォレェ! ホレェ! あやつも踊り狂っておる!
毒蜘蛛に咬まれてしまったのぢゃ
――『万事は悪事』
ウィリアム・ルグラン氏とは、もう随分と昔からの付き合いになる。歴史ある改革派信徒の一族で昔は羽振りが良かったのだが、度重なる不幸に見舞われて今は清貧に身を窶している。不幸な星の下、更にいっそう降りかかる艱難辛苦から逃れるため、ルグラン氏は父祖の代より暮らしていたニューオーリンズの街を離れ、サウスカロライナ州はチャールストン近郊にあるサリヴァン島に移り住んだのであった。
この島の姿は実に唯一無二のものである。島の全長は凡そ三哩ほどで、海辺を覆う砂塵の他には何も見当たらない。島幅はどこもかしこも四分の一哩を超える処は無く、沼水鶏が好みそうな葦や粘泥だらけの荒れ地と、そこから滲み出る、見逃してしまうほどの一本の小さな川によって、この島は本土と隔てられていた。ご想像の通り、草木も僅かしか生えておらず、その上、背の矮いものばかりで大木などは見当たらない。島の西端の方にはモールトリィ砦があり、粗末な造りの建物が並んでいる。夏の間はチャールストンの土埃や熱病から逃れてきた人たちの仮の住居になっており、そこに行けば確かに密に生い繁る小椰子を目にすることが出来るだろう。しかしながら、この西端の街と白く硬い砂で出来た海岸線を除いては、島のどこを歩いても足元に密に繁茂しているのは、英国の園芸家たちが褒め称えて止まない銀梅花だけであった。この低木はしばしば十五か二十呎ほどの高さに達し、ほとんど足も入れられぬほどの木叢を作り、その芳香を周囲に蔓衍させるのである。
この雑木林の奥の、更にまた奥深くを進むと、島の東側と言うべきか……もう少し進んでしまうと島の端に到達してしまうのだが……この近辺からそう遠くない処にルグラン氏が造った小さな掘っ建て小屋がある。私達の初めての出会いというのは単なる偶然にすぎず、私がその小屋を見つけた時、そこに住んでいたのがルグラン氏その人だったというわけだ。そして、友情は直ぐに実を結ぶこととなった……というのも、この世棄て人は実に興味深い人物で、尊敬できる点も多くあったからだ。私の見立てではルグラン氏は高い教養を有し、並外れた思考力の持ち主でもある。だが、人間嫌いを患っており、その上、熱狂と憂鬱とを交互に繰り返すという倒錯的な感情を抑えられぬ性質でもあった。また、多くの本を所有していたのだが、読書は稀にしかしていない。娯楽と言えば専ら鳥撃ちや魚釣りをしたり、もしくは貝殻や昆虫を探して浜辺や銀梅花の間を散歩したりだ(きっと博物学者のスワンメルダムなら、ルグラン氏が蒐集した昆虫標本に羨望の眼差しを向けることだろう)。そうやって遠出をする際には「ジュピタ」と呼ばれる年老いた黒人がいつも傍に付き従っていた。ルグラン家が没落する前に自由の身になったはずなのだが、脅しつけようとも約束をさせようとも、若き「御主人様」の後塵を拝する権利を放棄してはくれないらしい。ルグラン氏の知性が多少なりとも狂乱しいと思い込んでいる親戚連中が、放浪者の監視や保護という点でこうした強情さをジュピタに植え付けようと目論んだ……そういった可能性も無いわけではないと思う。
緯度の点から考えるとサリヴァン島が厳しく寒い冬を迎える年は滅多に無く、秋が来たとしても焚火が必要になるのは稀なことだった。しかし、一八××年の十月の中頃に驚くほど冷え込む日があった。その日、私は日没の少し前に常緑樹の中をかき分けて友人の小屋へと向かっていた。実を言うと、もう数週間も顔を合わせていない……その頃の私は島から九哩も離れたチャールストンに滞在しており、往き帰りの交通の便というのも今日のそれとは大きくかけ離れていたのだ。小屋に辿り着くと、いつものように戸口をコツコツと叩いたのだが、返事が無い。鍵の隠し場所は知っていたので捜し出して扉を開け、小屋の中に足を踏み入れた。炉辺には明々と火が燃えている。珍しい光景だったが、決して有り難くないわけではなかった。外套を脱ぎ、パチパチと音を立てて燃える材木の傍に肘掛け椅子を置いて家主の帰りを辛抱強く待っていた。
夜の帳が降りると直ぐに家主一行が姿を現し、私の来訪を知るや心の底から歓迎してくれた。ジュピタが左右の耳が繋がりそうなほどのニヤリとした笑みを浮かべ、忙しなく晩餐の準備に取り掛かる。老人が沼水鶏の下拵えをしてくれている間も、ルグラン氏の方はいつもの病気……他にどう呼ぶのが適切なのかは分からないのだが……つまり、大熱狂の発作に溺れていた。今日の収穫物は見たことも無い二枚貝だ。これ一つだけで新たな「属」が創れることだろう。それだけではない、ルグラン氏が語るには、完全な新種と思われる、以前から追いかけていた黄金虫をジュピタの手を借りて漸く手中に収めたそうだ。ただし、それについては明日だ。明日、私の意見を聞きたいと言ってきた。
「別に良いんだが、どうして今夜じゃ駄目なんだ?」
焚火の上で両手を揉みながら尋ねる。正直、黄金蟲みたいな手合いはみんな悪魔の下に召されてほしいと願っているのだが。
「イヤハヤ、君が来ているのを知っていれば!」と、ルグラン氏と声を上げる。
「なにしろ、こうして顔を合わせるのすら久し振りだ。よりにもよって今日のこの夜に、わざわざ君が訪ねてくれるとは予想しようもないだろう? マァ、理由は話そう。ここに戻ってくる途中の話だ。僕らは砦から出張って来たG――中尉に出くわしたのだ。そして、馬鹿なことをした……あの昆虫をG――中尉に預けてしまったのだ。故に、夜が明けるまでは君にアレを披露することは叶わんというわけだ。とりあえず、今夜は泊まっていってくれないか。日が昇ったらジュップをアレの処に遣らせよう。アレは凄いぞ、この世の創造物の中で最も美しいと言って良いだろう!」
「何が凄いって?……ああ、日の出が綺麗だって話かい?」
「莫迦を言わないでくれ! 違うさ! ……昆虫の話だよ。黄金の如く光り輝き……寸法は沢胡桃ほど……背甲の端には烏玉の如き黒い斑紋が二つ、それよりもう少し細長い黒斑が逆側の一端にもう一つある。そして触覚器官はというとだね……」
「錫じゃねぇで、御主人、前からずっと言うとるじゃ」と、ここでジュピタが口を挟む。
「あん昆虫ぁ、王金の昆虫じゃけぇ。羽根は違うけんど、身体ん中はピッチリ王金が詰もりよる……生まれてこん方、あがぁに重ぇ昆虫ぁ持ったこたぁねぇだ」
「仮にそうだとしてもだ、ジュップ」と、ルグラン氏が少しばかり真剣に返す。
これは私の感想だが、この手の案件にしては必要以上に真剣な様子に見える。
「それが、鳥を焦がして良い理由になるというのかね? そうそう、そうだ、色についてなのだが……」
すると、私の方を向き直って再びルグラン氏は続ける。
「色に関して言えば、ジュピタの話は十二分に正しいのだ。あの鞘翅の放つ金属光沢の煌めき以上のものを、君は目にしたことがないはずだ……明日にならぬとその鑑定すら儘ならぬとは。しかしだね、逆に、この間に虫の形状についてアレコレと教えてあげられるというものだ」
そう言いながら、ルグラン氏は小さな机に腰を据えるのだが、筆と墨はあるものの紙が見当たらず、引き出しの中を弄ってみても何も見つからなかった。
「マァ、気にしなくとも良いさ。答えはこうだ」
やっとのことでルグラン氏はそう言うと、胴着の衣嚢から何かの切れ端を取り出した。酷く汚れた筆記用紙に見えるが、彼は筆でそこにざっくりと何かを描き始めた。その横で私の方は何をしていたかと言うと、ずっと凍えそうだったので焚火の傍に腰を下ろしたままだった。そうこうして絵図が完成すると、ルグラン氏は立ち上がりもせずにそれを渡してきた。私が紙を手にした瞬間、大きな唸り声が上がり、続けて扉を引っ掻く音が聞こえてきた。ジュピタが扉を開けると、ルグラン氏が飼っている大きなニューファンドランド犬が姿を見せた。すると、そいつが飛び込んで来て、私の肩に跳びつくなり全身でじゃれついてきた。前に来た時に随分と遊んでやったせいだろう。犬が燥ぎ終わると、漸く紙に目を通すことができた。さて、正直に言おうか。友人の描いたソレを見て私は少なからず戸惑いを覚えたのだった。
「なるほど」と、少しだけ考え込んで口を開いた。
「実に奇怪な黄金虫だ。正直に言うとだ、初めて見た。こんなのは今まで見たことも無い……色んなものを見てきたが、どんなものよりも似てるな……ああ、髑髏じゃなければ、死人の首だ……」
「死人の首か!」
ルグラン氏の声が木霊する。
「フフ、そうか……なるほど、ナルホド、確かに紙の上だとそう見えるね。上の方の二つの黒斑が目かな、そうだろう? そして、下の方の細長い黒斑が口……その上、形も楕円形じゃないか」
「多分、その通りだと思う。だがルグラン君、残念だが君は画家じゃないからな。その甲虫の姿について考察を進めるには、このまま待って、この目で見る以外に無いだろうな」
「イヤ、いや、ちょっと待ちたまえ、どういう意味だね」と、ルグラン氏は少し苛立ちながら応える。
「僕はそこそこ描ける方であるし……少なくともちゃんと描けてないとおかしい……優れた先生に御指導いただいたこともある。それに自慢ではないが、僕は石頭の愚か者などではないのだぞ」
「おい、冗談は止めてくれ。コイツはまるで髑髏そのものだ……そうだ、生理学の標本に載っている悪趣味な解説と並べてみても、実に素晴らしい骨格図だ。そう言い切れるんだ……本当にそんなに似てるんなら、君の黄金虫は本当に奇妙な黄金虫に違いないな。そうだな、これが切っ掛けで実に悍ましい迷信を思いつきそうだ。推測なんだが、きっと君はこの昆虫に人頭黄金虫とか、そんな類の名前を付けるだろう……プリニウスの『博物誌』にもそんな感じの名前がたくさん載っているからな。さて、君が言ってた触覚器官はどこにあるんだ?」
「そう、そうだ、触覚器官だ!」と、この手の話になると何故か熱くなるらしい。
「触覚器官を見てくれ、それでハッキリするはずだ。元の虫が持っていたものを、そのまま明確に描き起こしたのだ。そこの確認さえしてくれれば十分なはずだ」
「いやまあ、君の言っていることは多分そうだとは思うんだが……それでも、どこにも見当たらないんだよ」
そう告げると、私はルグラン氏の機嫌を損ねたくなかったので、それ以上は何も言わずに紙を返した。それにしても、この一連の出来事は驚くことばかりだ。彼の不吉な滑稽趣味のせいで困惑してしまった上に……甲虫の絵にしても、実際に触覚器官なんてどこにも見当たらない。全体を俯瞰して見ても思い浮かぶのは、どう考えて斬り落とされた死人の首だ。そう、実によく似ている。
虫の居所が特に悪いらしく、ルグラン氏は紙を受け取ると、焚火の中に投げ込もうとクシャクシャに丸め始めた。そして何気なく絵に目を向けた瞬間、不意に何かに釘付けにされたのか、顔が一瞬にして赤く燃え上がった……かと思えば、酷く蒼白い色に変わる。数分の間、ルグラン氏は座ったまま絵を具に調べ続けていた。漸く立ち上がると、机の上の蝋燭を手に取り、そのまま部屋の端に置いてある海水箱に腰を掛けた。ここで再び、紙の裏と表にも目を通して注意深く調査を続ける。しかし、彼は何も語りはしなかった。私の方はと言うと、そういったルグラン氏の行動を前にして純粋に驚くばかりだった。ただ、膨れ上がる気紛れな機嫌を害さないように、口だけは挟まないよう注意していた。やがてルグラン氏は外套の衣嚢から財布を取り出して、そこに紙を注意深く仕舞い込み、机の引き出しに入れて鍵をした。様子も落ち着き始め、元来の熱狂じみた感も全く消え去っていた。もはや不機嫌というよりは放心状態だった。そして夜が更けるにつれ、ますます物思いに耽るようになり、どんな揶揄いにも応じなくなった。昔からよくやっていたように、私も小屋で夜を明かすつもりだったが、家主がこのような体になっているのを見ると、ここは立ち去る方が賢明だろうと判断した。ルグラン氏も引き留めようとはしなかったが、去り際の握手からはいつも以上に温かみを感じた。
それから一月ほど経った頃のことだ(この間、ルグラン氏には一度も会っていない)。チャールストンにルグラン氏の使用人が尋ねてきた。ジュピタだ。あの気の良い年老いた黒人があそこまで意気消沈しているのをは見たことがない。友人に何か深刻な災難が降りかかったのではないかと心配になった。
「やあ、ジュップ、今日はどうした?……御主人様に何かあったのか?」
「へぇ、旦那、実んところ、もう元気がねぇかもすねぇんだ」
「元気が無い? 心配だな、他に何か言ってなかったか?」
「ダァ! それがじゃ!……何も言わん、なーんもじゃ……じゃっどん、ありゃぁ、ひでぇ病だで」
「酷い病だって!……ジュピタ、どうしてそれを直ぐ言わない!? 寝込んでいるのか?」
「うんにゃ、そうでねぇ!……どこにも居らねぇんだ……えれぇ困うたことだで……可哀想な御主人のこたぁ思みゃあ胸が潰れそうだらぁ」
「なぁ、ジュピタ、お願いだから、もっと分かるように話してくれ。ルグラン君が病気だと言ったな。どこが悪いと言ってたんだ?」
「へぇ、旦那、あげなことで気が狂うてしもうて割に合わんでよぉ……御主人は何でもねぇと申さるるけんど……んだば、なして首ば下げてぇ肩ば上げてぇ、お化けみてぇな真っ白え顔してだ、こっただ風に歩き回るがじゃ? そんで、ずっとサイフォン描き続けよる……」
「ちょっと待ってくれ、ジュピタ、何を描き続けたって?」
「石版に紋様と記号を描き続けよるがじゃ……見たこととねぇ風変りな模様じゃ。言うちゃなんじゃが、あれば見っと、あしゃ怖ぉなってくるがじゃ。じゃけぇ、御主人のこたぁ、しっかり見ちゃらんとなんねぇ。こん前もじゃ、わしン目ば搔い潜って日ン昇る前に出とっちまった。まる一日帰ってこなぁけん、ずっとお祈りしよったでよぉ。んで、戻り来よったら、しこたま打ち据えちゃろう思うて、切り出しの剛な棍棒ば拵えたんだば……じゃっどん、終ぞ、そんな気分にもなんねぇ、あしゃ阿呆を患っちょるけぇ……御主人の姿ぁ見ると可哀想で、可哀想でな」
「あ?……何だって?……ああ? なるほど! まあ、とにもかくにも、哀れな男にそんなに厳しく当たらなかったのは正解だ……ジュピタ、無暗に人を打つもんじゃない……ルグラン君ならとても辛抱は出来ないだろうからな……しかし、何でそんな病気、というか振舞いがそんな風に変わったのか? 何か心当たりは無いか? 私が出て行ってから何か機嫌を損ねるようなことでもあったのか?」
「うんにゃ、旦那、あれから不機嫌ことなぞありゃひんで……そんだばよりも、あしの恐れよるんは『もっと前』のことだで……旦那が来らしゃった日ンことじゃ」
「ん? どういう意味だ?」
「へぇ、旦那、昆虫のことじゃて……そらなぁ」
「虫がどうしたんだ?」
「あん昆虫がよぉ……御主人は、あん王金の昆虫に頭のどっかチクと咬まれちまったに違ぇねぇわ」
「ジュピタ、そう思う理由が何かあるのか?」
「へぇ、旦那、ありゃ爪肢も口吻も大したもんじゃて。あげな気味ぃ悪い忌み昆虫ば見たことねぇべ……近づいたもん何でも蹴つるし咬みつきよるでな。端先に御主人が捕まえたども、また直ぐに手放さにゃならんかったがじゃ……そんときに咬まれちまったに違ぇねぇわ。あしゃ、どうにもあの口吻が嫌じゃで、手で触りとうもねぇ思うとったがん、紙切れば見つけてそいば使うて捕まえたったわ。紙で包んで、紙ん塊ば口吻に突っ込んだんだわ……そねぇな具合でやりおうたがじゃ」
「そうすると、御主人は本当に甲虫に咬まれて、そのせいで病気になったってことか?」
「そいつぁ分からひん……分かんなぁそんだけだに。じゃっど、王金の昆虫に咬まれてダメになったんでなけりゃ、なしてあげぇに御主人は王金の夢ばっか見るだか? あしゃ、前にも王金の昆虫のことば聞いたこつあるでよ」
「いや、ルグラン君が黄金の夢を見ていたのを、どうしてお前が知ってるんだ?」
「なんで知りよるか、だか? 寝よるときに言うとったからじゃ……じゃけん、分かんだで」
「なるほど、ジュップ、おそらく君の言う通りだ。ふむ、今日のこの日に君の来訪に見える栄誉を授かったのは、一体どういう幸運の巡り合わせなのだろう?」
「なんじゃって、旦那?」
「ルグラン氏から何か言伝を預かってないのか?」
「言伝なんざありぁせんが、旦那、文書ば持って拵えたんで」
ここにきてジュピタは短い手紙を手渡してくれた。そこにはこう綴られていた……。
『拝啓、親友へ。
なんとも随分と長い間、距離を置いてしまったね。僕の、ちょっとした不調法な振る舞いに、君が腹を立ててしまうほどの愚か者じゃないことを願っているよ。いや、そんなことは有り得ないか。君に会って以来、不安の種がずっとずっと大きくなっているのだ。君に伝えたいことがあるのだが、どう話せば君に伝わるだろうか。それとも全て語った方が良いのだろうか。
数日前から体調が優れなくてね。その上、哀れなジュップ爺さんの有り難い気遣いのおかげで、我慢できぬほどに困っているのだ。君は信じてくれるだろうか?……この前、彼は大きな棍棒を拵えて、あの紙片を渡さないと折檻する、などと言い出したのだ。だから独りきりになって、その日は本土の丘陵地の辺りでやり過ごした。打ち据えられずに済んだのは単に顔色が酷く悪かったからだろう。僕はそう確信している。
この前に訪ねてもらってから標本棚に新顔は参入していないのだが、もし可能なら、どうにか都合がつくのなら、ジュピタと一緒にまた訪ねて来てくれないだろうか。是非とも来てくれ。大事な用件があるのだ、今宵、会えたらと思っている。至極重大な用件であることは確約しておこう。
敬具、友より。
ウィリアム・ルグラン』
この手紙の書きぶりのせいで、私の不安はいっそう大きなものになってしまった。端から終わりまで、文の調子がいつものルグラン氏とは全く違っている。彼は夢でも見ているのだろうか? あの奮い昂った脳髄に何かまた新しい綺想でも思い浮かんだのだろうか? 直面している「至極重大な用件」というのは一体何なのか? ジュピタの話だとあまり良くない予感がする。度重なる不幸が重荷となって、遂に友人の理性が尽く揺らぎ落ちてしまったのではないかと内心恐ろしくなってきた。だからこそ一瞬の躊躇も無く、目の前にいる黒人に同行する支度を始めるのだった。
波止場に辿り着いた時、ふと気が付いた。我々が乗る小艇の舟底に、一本の大鎌と三本の踏み鋤、どう見ても新品のそれが置かれているのだ。
「これは、一体全体どういうつもりだ、ジュップ?」と尋ねる。
「うちの鎌でさぁ、旦那。んで、鋤だ」
「それはその通りだが、どうしてこんなものがここにあるんだ。」
「御主人様だで、街さ行って買うて来いちゃ強情張って聞かねんでさ。鬼のごた大金ば要って、銭こさ払わなあかんだで」
「それはそうとしてもだ、全く不可解なことばかりじゃないか。『御主人様』は鎌と鋤で何をするつもりなんだ?」
「そいつぁ、あしの知るところでは無うがす。悪魔の囁きっちゅうわけじゃねぇけどな、あしはそんなもの信じちゃおらんでな、じゃっどん、きっと御主人様も知らねぇだと思うだ。だども、みんな昆虫のせいだでのぉ」
ジュピタの興味関心は「昆虫」に全てを埋め尽くされているのだろう。それ以外のことには何の興味も持っていないのが解ると、私は小艇に乗って帆を上げた。力強く流れる軟らかな風に吹かれていると、直ぐにモールトリィ砦の北側にある小さな入り江に辿り着いた。そこから二哩も歩けばルグラン氏の小屋に到着する。辿り着いたのは昼を過ぎて三時のことだった。我々の到着を心待ちにしていたルグラン氏は神経質なほどの熱意を込めて私の手を握った。それを見て不安を覚える。そして既に抱いていた疑念が更に強くなった。彼の顔つきは凄みを湛えるほどに蒼褪め、深く窪んだ両の眼は不自然な光沢を浮かべてギラギラと光っていた。体調を気遣う質問をいくつかした後、どう伝えるのが最善なのか分からないまま、私は「黄金虫は、もうG――中尉から返してもらったのかい?」と問い掛けた。
「ああ、そうだ」
荒々しく顔を紅潮させながら、ルグラン氏は応える。
「あの翌朝に受け取ったよ。もう黄金虫を手放すつもりは無い。君は気づいているかい? ジュピタの言っていたことは実に正しかったのだよ」
「どの話だい?」
悲しい予感が鼓動を打ち、私は聞き返した。
「もしだよ、もし、昆虫が『真の黄金』だとしたならば、だ……」
意味深なほどに大真面目な雰囲気でルグラン氏は語り始める。私の方はというと何も言えずに呆気に取られていた。
「あの昆虫は、まさに僥倖と言うべきだろう」
ルグラン氏は勝ち誇ったような笑みを浮かべながら続ける。
「あれがあれば我が一族の財産を取り戻すことが出来るだろう。だからこそだ、僕が心底大事にしていても、なんら不思議なことではないだろう? 僕の処に預けるのが一番という、これこそ幸運の女神様の思し召しというわけだ。正しく使えばきっと黄金に辿り着けるだろう。あの甲虫こそが黄金への道標なのだよ。ジュピタ、黄金虫をここに!」
「なんだて、御主人! 昆虫だど? あしゃ、あげな恐い昆虫にゃもう近寄らんだに……欲しけりゃご自分で取ってきなっせ」
すると、ルグラン氏は直ぐに立ち上がり、厳粛で堂々とした足取りで、封をしていた硝子箱の中から、あの甲虫を取り出してきた。それは、美しい黄金虫で、当世の博物学者の誰も知らない……当然、科学的な観点からも貴重で価値のあるものだった。背の端の方に丸い黒斑が二つ、反対側にも細長い黒斑が一つある。鞘翅は非常に硬く艶光りしていて、まるで磨いた黄金のようであった。そして特筆すべきは、この虫の重量感である。あらゆることを考慮に入れても、ジュピタの語っていたことを否定することはできそうもない。とは言え、そうした寸評の何がルグラン氏の腑に落ちたのだろうか。私にはどうしても言葉にすることが出来なかった。
「君をお呼びしたのはだね……」
昆虫の品定めを済ませてしまった私に向かい、ルグラン氏は大袈裟な口調でそう言った。
「君を呼んだのはだね、この昆虫と運命の女神が描く未来の光景を掴むためさ。君の助言と助力が欲しいのだよ……」
「なあ、ルグラン君!」と、彼の言葉を遮って大声を上げる。
「君、確かに具合が良くないな。少し用心した方がいいだろう。寝てた方が良い、調子が戻るまでな。あと数日くらいは、私もここに残るから。熱があるんだ、だから……」
「脈を診たまえよ」と、ルグラン氏は言い放つ。
言われる通り脈を取ってみたが、正直に言うと熱の兆候など少しも感じられなかった。
「それでも、病気だろう。まだ熱が出てないだけだ。今回だけは私の言う通りにしてくれ。まずは寝床に着くんだ。それから……」
「それは思い違いというものだよ」と、ルグラン氏は口を挟んでくる。
「僕が患っているのは、云わば、昂奮なのだ。それを勘定に入れても至って健康な状態なのだよ。君が、本当に僕の恢復を願ってくれるというのなら、この昂奮を鎮めてくれないだろうか」
「だったら、どうしたら良いんだ?」
「至極、簡単なことさ。僕とジュピタは、これから本土の丘陵地に出かけるのだが、此度の調査旅行では信用に足る人間の助けが必要でね。そして、僕たちの信頼に足る人物と言えば、そう、君だけだ。この仕事が上手く行ったら……仮に失敗に終わろうとも……今、君の眼が目にしている僕の内なる昂奮は、ほとんど鎮まってくれるはずだ」
「出来る限り、君の力になりたいとは思ってはいるが」と、私は返す。
「だが、丘陵地への調査と、この怪物じみた甲虫に何の関係があるって言うんだ?」
「それが、あるのだよ」
「ルグラン君、それなら、そんな馬鹿げた計画に加わることは出来ないな」
「ンン、残念……実に残念だ……そうなると僕らだけでやらないといけなくなる」
「そうだ、やりたいなら君らだけで行くんだな! こいつ、本気で狂かれてやがる!……ん? いや、ちょっと待った! どのくらい家を空けるつもりなんだ?」
「おそらく夜中いっぱいになると思うね。直ぐに出発すれば、いずれにしても日の出までに戻ってくるよ」
「なら、君の名誉に懸けて誓ってくれ。君の狂乱の虫が鳴り止んで、昆虫の件が君の満足する結果になったら、この家に帰ってくる(嗚呼、もう神様、どうにかしてくれ!)。それから、私の言うことを主治医の言葉と思って文句を言わずに聞いてくれ」
「アァ、約束しよう。それでは、出発しようか。無駄に出来る時間など無いからね」
重苦しい気持ちのまま友人に同行することになった。四時くらいに小屋を発つ……ルグラン氏とジュピタと犬、そして私。鎌と鋤を携えているのはジュピタだった……と言うのも自分が全部運ぶと言って聞かないのだ……それは、真面目すぎるだとか親切心と言うよりも、どちらの農具であっても主人の手の届く処に置いてしまうのが嫌だったのだろう、というのが私の見立てだ。ジュピタの態度は極端なまでに頑迷で、旅路を進む中、口から出る言葉と言えばただ一つ、「あん忌々しい昆虫め」だった。私の方は、火の消えた一組の龕灯を受け持っていた。一方、ルグラン氏は鞭縄の穂先に結わえた黄金虫にご満悦のようで、歩きながら祈祷師のように黄金虫を彼方此方に振り回している。友人のこうした振る舞いを見ると、ルグラン氏が正気を失っていることは明らかな事実であり、よもや涙を堪えることなど私に出来るはずもなかった。とはいえ、少なくとも今のところは、妄想に付き合ってやるのが最良だと思う。もしくは成功の見込みの高い、もっと健全な方法を思いつければ良いのだが。道すがら、何とかしてこの調査旅行の目的を聞き出そうとしたのだが、全く以て徒労に終わった。私を誘い出すことに成功したルグラン氏は、些細な話題については続けようとせず、私の問い掛け全てに「今に分かるさ!」という言葉をくれるだけで他には何もなかった。
小艇を漕いで島の端にある小川を渡り、本土の海岸沿いの高台に上ってから、北西の方角に向かって進む。自然に溢れて荒涼とした広い土地を抜けるのだが、人の踏み入れた跡など見当たりはしなかった。そんな中、迷いの無い様子でルグラン氏は先を進む。彼方此方で少しの間だけ立ち止まり、前に来た時に付けておいた目印を探しながら歩みを進めるのだった。
そうして我々一行は二時間ほど旅を続ける。ちょうど太陽が沈んだ頃に足を踏み入れたのは、かつて目にしたどの土地より、遥かに荒涼としいて物寂しい処だった。そこは人の立ち入ることの出来ない、丘陵の頂上近くにあった。或る種の平たい台地で、麓から峰までは木々が密に生い繁っており、地表には雑然と佇む巨大な岩が点在している。大抵の巨石は谷底に落ちることなく点在しているが、それも凭れかかっている木々が支えになっているからにすぎない。方々の方角にある、深い渓谷がこの景色に凪の如く厳格で荘厳な雰囲気を作り上げていた。
這い登った先の天然の足場には荊の木が深く繁茂しており、鎌が無ければ道も切り開けないことは直ぐに分かった。すると、ジュピタが御主人様の指示に従って、とても背の高い百合樹の根本まで道を開いてくれた。周りには楢樹も八か十本ほど生えていたが、風格という点で言えば、その楢樹のみならず、これまで見てきた他の樹木よりも、葉や形の美しさ、広く伸びた枝、そして総てを合わせた威容の荘厳さにおいて、この百合樹の方が勝っていた。我々がその樹に辿り着いた時、ルグラン氏はジュピタの方を振り返り、「この樹、登れるかね?」と尋ねる。その質問に老人は少し躊躇いを見せ、しばらくの間、一言も発さなかった。そして、ようやく樹の幹に近付いて、ゆっくりと周りを歩き始め、細心の注意を払いながら検分を始めた。緻密な下調べが終わると、ジュピタは一言だけ告げた。
「へぇ、御主人、ジュップは生まれてこの方、どんな木でだって昇れやす」
「なら、出来るだけ早く登っておくれ。直ぐ暗くなって何も分からなくなるからね」
「どこまで上ったらええですかい、旦那?」と、ジュピタは尋ねる。
「まずは太い幹を登ってくれ。そうしたら、どちらへ進むかは僕が教えてやるから……それから……おい、待ちたまえ! この甲虫も持っていくんだ」
「む、昆虫だて、御主人様!?……そんの王金虫ですかい!」
黒人は叫び声を上げ、狼狽えながら後退りをする。
「なしてそんだら昆虫ば木の上さ持ってかにゃならんが?……そったらことすりゃ、××たれめ、たまったもんでねぇ!」
「ジュップ、お前みたいな丈夫で大きな黒人が、無害で、小さな、それも死んだ甲虫を怖がるというのか? マァ、この縄紐に付けたまま持って上がってくれればそれで良いのだ……イヤ、どうしても持って行きたくないと言うのなら、この鋤で以てお前の頭を打ち壊さねばならぬだろうな」
「今、なんと仰っただか、御主人?」と、明白に恥じ入りながらもジュップは従順な素振りで尋ねた。
「御主人はいつだって口を開いた端先にゃ、この黒い年寄り相手に声を荒げる。ちょいと戯けただけだで。あッしが昆虫を怖がっとるだと? あしがそっただ昆虫を気にするわけあるめぇや!」
するとジュピタは用心深く縄紐の端の、更に端の方を持ち、出来る限り自分の身体に虫が近付かないようにして、樹に登る準備を始めるのだった。
百合樹、またの名を『リリオデンドロン・トゥリプフェルム』と呼ぶ。アメリカの森林の中でもこの樹は特に雄大な存在である。若木の頃の幹は異様なまでに滑らかで、横枝も生えぬうちからとんでもない高さまで丈を伸ばこともよくある。しかし、年を経ると樹皮は節くれ立って凸凹としたものとなり、幹には短い枝がたくさん生えてくるのだ。つまり今回の場合、その大きな外観を鑑みると如何にも登り難く見えるが、実際には見かけほど難しくは無い。ジュピタは腕と膝とで樹の太い胴柱に出来るだけピッタリと抱きつき、出っ張った処を手で掴んで、裸足の爪先を別の出っ張りに引っ掛ける。一、二回ほど落ちそうになったが辛うじて回避し、遂には最初の大きな枝分かれまで攀じ登ることができた。ジュピタの顔を見ると、正味、仕事を全てやり遂げたと思っている風であった。地面から六十か七十呎くらい離れた処まで登っているのだが、確かに「到達」までの危ない橋は渡り切ったと言えよう。
「御主人様、どっちに行きゃええでがす?」と、ジュピタが問う。
「一番太い枝を登りたまえ……こっち側の枝だ」と、ルグラン氏は応える。
直ぐに黒人はその言葉に従うのだが、どうやら少し難があるようだった。人影を包み込むように鬱蒼と生い繁る枝葉の隙間から、屈み込むジュピタの姿が見えていたのだが、上へ上へと登っていくにつれてとうとう見えなくなってしまった。今や、何やら大声で呼んでいるのが聞こえるだけだ。
「どこまで行きゃええんでがす?」
「どのくらいまで登っているのかね?」と尋ねるルグラン氏。
「ずいぶん高くまで来てまさぁ。木の天辺から空さ見えまさぁな」と、黒人は返す。
「空など気にしなくてもいいが、僕の言うことは聞いてくれよ。下の幹の方を見て、お前がいる側の枝の数を数えてくれ。何本、枝を登ったんだ?」
「一の、二の、三の、四の、五……五つでさぁ、上ったんは太か枝、五つ、御主人様、こっち側の枝だ」
「なら、もう一つ上の枝まで登ってくれ」
数分後、また声が聞こえてきた。七番目の枝まで到達したことを告げている。
「さあ、ジュップ」と、見るからに興奮冷めやらぬ様子でルグラン氏が大声を上げる。
「枝の出来るだけ先の方まで、なんとか上手く行ってくれ。何か奇妙なものがあったら、教えるんだぞ」
この時、私が抱いていた小さな疑念が解決した。狂かれた哀れな友人に対する小さな疑念だ。もはや狂気に中てられたと結論付けるしかない。そして、まともに家に連れて帰れるのだろうかと酷く不安になってきた。何が最良の打ち手はなのかを思案している間に、またジュピタの声が聞こえてきた。
「枝の舳先までっても、危ねぇでな、えらい恐いでよ……こっから先はすっかりみんな枯れ枝だ」
「枯れ枝と言ったか、ジュピタ?」と、震えた声でルグラン氏は叫ぶ。
「へい、御主人、もう駄目だぁ、枯れきってまさ……すっかりお手上げだもんで……もうあしも潮時かもしんねぇだ」
「どうしよう、神頼みしかないか? どうすれば良い?」と、すっかり困難極まるといった顔でルグラン氏が空に問う。
「どうすればいいかって!」と、私は応える。口を挟める機会がやってきて有り難いことだ。
「家に帰ろう、寝床に戻ろう。今直ぐに!……それが賢い選択だ。もう遅くなる、それに約束は覚えているだろう」
「ジュピタ! 聞こえるか!」
私のことなど少しも気にかけないまま、ルグラン氏は大声を上げる。
「へぇ、御主人様、ちゃっきりはっきりと聞こえまさ」
「樹をよく見ろ、そうだな、小刀で突いてみたまえ。腐りきってると思うのならちゃんと確かめてみるのだ」
「腐ってまさぁ、御主人、思いよった通りでさ」と、少しの間があってから黒人が答える。
「けんど、そんなに思ってたほど非道くは腐ってねぇようだて。あし一人だけなら、枝の少し先まで行けそうでがす、そうに違ぇねえ」
「一人だけなら、だって!……どういう意味だ?」
「甲虫のことでさ。この大概に重ぇ甲虫のことだぁ。端先に、こいつを落っことしちまえば、重さも黒人一人だけじゃけ、枝も折れやせんじゃろ」
「凶気に走る莫迦者だな、お前は!」と、ずいぶん落ち着きながらもルグラン氏は声を張り上げる。
「どういうつもりでそんな莫迦げたことを言うのだ? その甲虫をだ、落っことしてみろ、貴様の首根っこを叩き斬ってやるからな。こっちを向け、ジュピタ、僕の声が聞こえるか?」
「へえ、御主人、そげに大きな声で怒鳴らんでくださいまし、可哀想な黒人だで」
「いいか! よく聞きたまえ! ……お前が安全だと思う処までで良い、甲虫は投げ捨てるなよ。お前が枝の先まで行ってくれたらだ、戻った時に銀貨をやろう」
「行きよるところじゃ、御主人様……あしは、ちゃんと……」と、黒人は至極従順に言葉を返す。
「……ちゃんと、そら、もう端っ端の端でさ」
「先端まで行ったか!」と、ルグラン氏はここで相当な大声で叫んだ。
「枝の先まで辿り着いたということか?」
「すぐそこが端っ端でさ、御主人……あ、お、オ、ォ、おォ! あぁ、神様や、お助けをぉ! こっただ木の上になして、コレが?」
「おい! 何かがあったんだ?」と、喜びに目を輝かせながらルグラン氏は声を上げる。
「他でもねぇ、髑髏でごぜぇますだ……誰ぞ木の上に頭を置いてったんでがしょ、鴉どもがみんな啄んで肉ば喰らいきっちまったんでしょうな」
「髑髏と言ったな!……実に素晴らしい……枝にはどうやって据え付けられているのだ?……何で留まっている?」
「合点でぇ、御主人、見てみやしょう。へい、こいつぁ、てんで奇天烈な具合だて。あしの言葉で申すにゃ……髑髏の上にドえらい大きな釘がありやすな、そいつで木の上に打ち付けられちょるようじゃ」
「なるほど、ジュピタ、僕の言うことがちゃんと分かるか?……僕の声が聞こえるか?」
「へい、御主人」
「集中してくれよ、そしたら……髑髏の左眼を探してくれ」
「ハッ! ホー! そいつぁ、良うがす! 目ん玉なんてひとつも残っとりゃせんでな」
「この莫迦! 右手と左手は分かるだろう?」
「へい、分かりやす……右も左もちゃんと分かるでな……薪を割るのが左手じゃ」
「そうだ! お前は左利きだったな。だったら、お前の左眼は、お前の左手と同じ側についてるのだ。今なら髑髏の左眼が分かるはずだ。もしくは左眼があった場所でも良い。見つかったか?」
ここにきて長い沈黙が続く。そして、ようやく黒人が口を開いた。
「髑髏の左目ってのも、髑髏の左手と同じ側にあるんで?……じゃっどん、この髑髏めは手なんぞちっとも付いとりゃせんど……まあ、ええか! ほい、左目、見つけましたで……ここが左目じゃ! こいつをどうすりゃええんで?」
「その眼の処から甲虫を通して下すんだ、紐は伸ばせるだけ長くしてくれ……だが、気を付けてくれよ、掴んだ紐を放すんじゃないぞ」
「やりましただよ、御主人様。穴から昆虫を通すたぁ容易いことだて……下で見ていてくだせぇよ」
そんな会話をしている間、ジュピタの姿は少しも見えなかった。だが、吊り降ろされる羽目になった甲虫の方は、紐の先端に結ばれたまま、ちょうど我々の前に姿を現したのであった。高台を仄かに照らす夕焼けの残光の中で、磨き上げられた金の球の如く、甲虫はギラギラと輝いていた。枝に引っ掛かることもなく吊り提げられた黄金虫は、そのまま落ちてしまえば我々の足元に落下したはずだろう。ルグラン氏は直ぐに鎌を手に取り、直径三から四呎の円形の空き地が出来るよう、虫の真下の地面を伐り拓いていった。刈り取り終わると、紐を放して樹から降りてくるよう、ジュピタに命じる。
友人が甲虫の落ちた地点にきっちりと至極精密に杭を打ち込む。と思えば今度は、衣嚢から巻き尺を取り出し、杭からの距離が一番近くなるように、百合樹の幹に巻き尺の一端を打ち付けた。そして杭に届くまで巻き尺を広げ、樹と杭の二点を通る直線を更に延ばすように、五十呎ほど巻き尺を広げていく。……ジュピタはというと、鎌で荊の木を伐り払い除けている。そのまま目的の地点まで達するとそこに杭を打ち込み、その杭を中心として凡そ直径四呎の粗い円を描いた。するとルグラン氏は自ら鋤を一本手にしたかと思えば、残りの一本をジュピタに、もう一本は私に渡して、出来るだけ早く掘り上げてくれと頼み込むのだった。
本当のことを言うと、これまで私はこういった戯れに特別な面白味を感じたことはなかった。この時にしても、既に夜が迫ってきており、身体を動かし過ぎて草臥れてもいたので喜んで辞退したいところだった。だが、逃げ出す方便も思い付かず、断ることで哀れな友人の心の平穏を掻き乱してしまうのを恐れていた。仮にジュピタに力添えを頼むことができたのなら、何の躊躇いも無く、この狂人を力ずくで家に連れて帰ろうとしたことだろう。だが、この年老いた黒人の気質を十分に理解していたので、主人と私とが個人的な諍いを起こしたとて、どんな状況であろうともジュピタが私に味方してくれることはないだろう。南部に伝わる埋蔵金に関するの無数の迷信に、ルグラン氏が囚われているのは疑いようもない。あの黄金虫を見つけたせいか、それかおそらくジュピタが「純金で出来た甲虫だ」と頑なに言い続けたせいで、彼の妄想が確信に変わってしまったに違いない。こういう類の啓示を受けてしまうと、狂気に傾いてしまった脳髄は……特に思い抱いて通りの旨い話となると……容易く唆されてしまうのだろう。そして思い出すのは、この甲虫のことを「幸福への道標」と呼んでいた哀れな友人の姿だ。とにかく終始、私は嘆かわしいほどに苛立ち、途方に暮れていたのだが、これは結局のところ必要悪だと心を決めた……喜んで土を掘ってやろうじゃないか、そして、いっそのこと目に見える形で証明してやることで、ルグラン氏を熱狂させている誤った推論が空虚な妄想にすぎないことに気付かせてやろう。
龕灯が灯されると、皆、熱意を持って作業に取り掛かった。その熱意はもっと他の理に適ったことに使うべきだとは思う。身体や道具に眩い光が降り注ぐ。他人からすると、どれほど風変りな集団に見えるのだろうか。そんな考えを巡らさずにはいられない。見知らぬ第三者が偶然にも見つけてしまったとしたら、この作業風景はどれほど奇妙で怪しく映るのだろうか。
二時間、我々は極めて着実に掘り進んでいった。言葉もほとんどなかったが、一番の困りごとと言えば、犬が私達の作業に異様に興味を持ってキャンキャンと吠え立てることだった。とうとう、五月蠅くて手に負えなくなってきて、近隣の落伍者達に怪しまれるのではないかと心配になってくる……いや逆だ、不安がっていたのはルグラン氏の方だった。……私の方は、この放浪者を家に連れ戻せるのなら、どんな乱入者でも喜んで受け入れるつもりだ。結局、この騒々しい鳴き声は、ジュピタが実に上手く鎮めてしまった。熟慮に熟慮を重ねたような頑固な雰囲気のまま坑を出たジュピタが、獣の口を片側の吊革で縛り上げると、重苦しい含み笑いを浮かべて仕事に戻るのだった。
しかし、その時間も終わりを迎えることとなる。私達は五呎の深さまで到達していたが、未だに財宝が顕れる気配も無く、皆、少し休むことにした。この茶番劇もそろそろ終わりに差し掛かっている、私はそんな期待を抱き始めていた。一方、ルグラン氏は見るからに酷く狼狽していた。しかしながら、思案するように額を拭うと再び掘り始めるのだった。直径四呎の円を満遍なく掘り進んできたのだが、今度はその縁を少し拡げて、更に二呎深く掘り下げた。それでも何も見つからない。心の底から憐れんでいた「金塊探しの男」は、顔一面に苦々しい落胆を刻みつけ、遂に竪坑を攀じ登り出てしまった。そのまま、作業の始めに脱ぎ捨てた外套を、ゆっくりとしぶしぶ手に取るのだった。その間、私は掛ける言葉も見つからず、ジュピタは主人の合図で道具を集め始める。それから犬の轡を外すと、我々は深い沈黙のうちに家路に就くことにした。
家に向けて凡そ十数歩ほど歩いた頃だろうか、大きな怒鳴り声を上げながらルグラン氏がジュピタを追い越し、その襟元を掴み上げたのだった。黒人は酷く驚き、これでもかというほど大きく目を見開いて、口を広げ、鋤を落として膝をついてしまった。
「この莫迦め!」
食いしばった歯の隙間から掠れた音とともにルグラン氏は言葉を躙り出す……。
「お前のような黒人を凶悪な悪党と呼ぶのだ!……言ってみろ、教えてやろう!……言い訳などは要らない、今直ぐ答えるのだ!……どっちだ?……どっちがお前の左眼だ!」
「えい、へい、御主人様! あしの左目は確かにこっちさありますだよぉ?」
右側の視覚器官の方に手を当てながら、ジュピタは怖がって泣き喚いている。まるで主人が今にもそれを抉り出すという恐怖を浮かべ、死に物狂いで頑なに右目を押さえていた。
「思った通り!……想定通りだ! 万歳、万歳!」と、ルグラン氏が大声で叫ぶ。
そして黒人を突き放すなり、騎手のように騰躍と半旋回を繰り返す。驚ききった従者は膝をついて立ち上がり、無言のまま主人から私の方に、そして私から主人の方へと視線を動かすのだった。
「行くぞ! 戻ろうじゃないか」と御主人様が声を上げる。
「勝負はまだ終わってはいないというわけさ」
そう言ってルグラン氏は再び百合樹への道を先導する。
私達が追いつくとルグラン氏は口を開いた。
「ジュピタ、こっちに来たまえ! 打ち付けられていた髑髏は外側を向いていたか? それとも枝の側を向いていたか?」
「外を向きよりましたで、御主人、だもんで鴉も苦労せずに目ん玉にありつけたんでがしょ」
「なるほど、では甲虫を落としたのは、こっちの眼かね? それともこちらの眼からかね?」
……そのまま、ジュピタの眼をそれぞれ触るルグラン氏。
「そいつぁ、こっちの目で差、御主人……左目だ……教えてもらった通りでさ」
しかし、そう言って黒人が指し示すのは、右側の眼であった。
「そうか、そうか……宜しい、もう一度、始めようじゃないか」
すると、狂人や夢想家のように見える我が友人も何かしらの明確な算段があるらしく、甲虫の落下地点に打たれていた杭を引き抜くと、元の場所から三吋ほど西側に打ち直した。そして、先程と同じように百合樹の幹と杭との距離が最短になるように巻き尺を伸ばし、そのまま真っ直ぐ五十呎の距離まで延ばし続けた。ルグラン氏が指示する地点に移動してみると、そこは我々が掘っていた処から数碼ほど離れた場所だった。
それから、新しい地点の周りに先程のものよりも幾分か大きな円を描き、鋤を手に再び仕事に取り掛かった。私は酷く疲れていたのだが、課せられた作業にもはや嫌悪感を抱くことはなかった。どういう理由で考えが変わったのかはほとんど分からない。何と言えばよいのか、興味を持ち始めていた……いや、興奮していたと言って良いだろう。ルグラン氏の途方もない振る舞いの中に……何と言うべきか深謀遠慮のようなものを感じていたのかもしれない。一心不乱に掘り続けていると、時折、期待にとてもよく似た感覚を抱いた自分が、哀れな友人を発狂せしめた幻の宝物を、本気で探していることに気が付く。そんな酔狂な考えにすっかり憑り付かれてしまった頃……おそらく一時間半ほど経った頃だろうか、犬が激しく吠え始めたせいで先程と同じように作業を取り止めることになった。この犬の落ち着きの無さよ。最初の頃は、どう見ても悪戯心や斑気のせいだったのだが、今やその吠え声も痛烈で真摯な風であった。前と同様、ジュピタが轡を嵌めようとするのだが、犬は激しく抵抗し、そのまま坑に跳び下りて半狂乱のまま黒土を爪で掘り始めた。すると瞬く間に、大量の人骨が掘り出されたのだった。骸骨はまるまる二躰分で、金物の釦や朽ちた毛織物の塵も混ざっている。鋤で一、二突きしてみると、大振りな西班牙刀の刀身が反り出てきた。そのまま掘り進めると、灯火の下にバラバラになった三、四枚の金貨、銀貨が姿を見せたのだった。
ジュピタは歓びを抑えきれない様子だったが、主人の方の表情はと言うと、心の底から落胆した色を浮かべていた。それでも、我々の仕事を続けるように促すのであった。ルグラン氏が言い終わらぬうちに、私は踉踉めいて前に倒れ込んでしまった。どうも足を取られてしまったらしい。爪先の方には、緩んだ地面に半分ほど埋まった鉄の輪が見えた。
それからは更に熱心に作業を進める。これほどまでに心が昂る瞬間は味わったことが無かった。この十分の間で細長い木箱を掘り出し、その全容を詳らかにすることができた。その保存状態の良さや疑いたくなるほどの硬さから察するに、木片が石灰化を経ているのは明らかだった……おそらく塩化第二水銀の作用によるものだろう。全長は三呎半、幅は三呎で、高さは二呎半。箱全体が打ち鉄の帯と鋲で入念に留められ、さながら格子模様を描いているようだった。箱の両面、上の辺りに鉄の輪が三つ……合計六つ据えられていて……ここを持てば人手が六人もあれば十分に抱えられそうだった。けれど、我々が息を合わせて精一杯の力を込めようとも、この貴重な箱を坑の中で僅かばかり揺らすことしか出来なかった。こんなに重いものは動かすのは不可能だと一瞬で悟ったのだが、運が良かったのは、箱蓋を留めていたのがたった二本の閂造りの錠だけだったことだ。不安で震え、息を荒げながらも……そのまま閂を引き抜く。その瞬間、計り知れぬほど価値のある財宝が、我々の眼前で仄かな煌めきを放つのである。龕灯の光が竪坑の中に差し込むと、眩く明々とした輝きが放たれ、黄金と宝石が入り混じる宝の山に、我々の眼は完全に眩んでしまった。
私がどのような気持ちで見つめていたのか、について言及は避けようと思う。勿論、一番は驚きだ。ルグラン氏の方は、興奮のあまり疲れ果てているように見え、言葉もほとんど無かった。ジュピタの表情は数分ほど、世の黒人の顔を思い描いてみてもこれ以上は無いというくらい、死人のように蒼白んでいた。雷に打たれたように……呆然としているようだった。今は坑の中で膝をつき、そのまま剝き出しの両腕を金塊に肘のあたりまで沈め、まるで贅沢な入浴を楽しむように、そのまま腕を沈め続けた。やがて、深い溜息を吐くと独り言のように大声で叫んだ。
「そうだで、こりゃみんな、あの王金の昆虫のおかげじゃ! あん偉ぇ王金の昆虫じゃて! あん可哀想な小せぇ王金の昆虫を、あげに非道ぇ具合に、あしゃ文句ば垂れてからに! こん黒人が、恥ずかしくねえだか?……何とか言うてみんか!」
結局、財宝を運び出すよう主人と従者を焚き付ける役目は私の方に回ってきてしまった。夜も更けてしまったし、夜明けまでに家に全て持ち帰るには随分と骨を折らねばならないだろう。何をすべきかを言葉にするのは難しく、思案を巡らせるのに多くの時間を費やしてしまった……皆の意見は実に錯綜していた。最終的に箱の中身を三分の二ほど取り出して軽くすると、多少苦労はしたものの、宝箱を坑から引き上げることが出来た。箱から取り出した品々は荊の木々の中に隠し、番犬を残しておく。我々が戻ってくるまでは、どんなことがあっても、そこから動いてはならぬ、口を開いてもならぬ、とジュピタから厳しく言いつけてもらった。そうして、箱の方を担ぎ大急ぎで家路に就くのであった。道程は苦難を強いられ、無事に小屋には辿り着いたのだが、それも午前一時のことだった。疲れ果てていたので、世間の人様と同じく、直ぐ何かする気も起きない。二時まで休んでから夜食を摂り、それから間髪入れずに丘陵地に向けて家を発つのだった。運良く小屋にあった丈夫な大袋を三つ携え、四時になる少し前に竪坑に着くと、残りの戦利品を出来るだけ平等に分け始めた。そして坑は埋めずに再び小屋を目指す。二度目に黄金の積み荷を小屋に降ろした時には、暁の始まりの朧気な光の筋が、まさに東の木々の梢の上で煌めき輝かんとしていた。
もはや寸襤褸の有様だったのだが、その時の猛烈な興奮のせいで誰一人として気の休まる者はいなかった。三時間か四時間ほどの落ち着かぬ微睡を過ごすと、まるで申し合わせたかのように目を覚まし、我々の宝物の精査を始めるのだった。
箱は縁の処まで財宝で満たされており、丸一日かけて、いや夜更けになってもなお、中身一つずつを検めていた。この精査に決め事や秩序というものは無く、端から乱雑に積み重ねていくだけだった。一つ一つを注意深く鑑別していくと、解ったことがある。当初思っていた以上に莫大な富を我々は手にしているということだ。
硬貨について言えば、古銭の一覧表を見ながら出来る限り正確に鑑定していくと、おそらく……四十五万弗以上の価値があるらしい。銀貨は一枚も無く、全て古い年代の金貨で、種類も様々だった……仏国に西国、独邦の貨幣、加えて英国のギニー金貨も数枚、そして今まで標本を見たことの無い硬貨もいくつか混じっていた。非常に大きく重々しい硬貨もあったが、酷く摩耗していたために銘文を明らかにすることはできず、そして米国の貨幣は一枚も存在しなかった。更に宝石の価値を推し量るのが難しいのである。まずは金剛石……非常に大きくて状態の良いものもあり……合わせて百十個、小さな石は一つも無い。特筆するほど美しく輝く紅玉が十八個……実に美麗な翠玉が百十個。そして蒼玉が二十一個に、蛋白石が一つ。これらの宝石は台座から外れて、箱の中に雑多に転がり落ちていた。金塊の山の中から、その台座を拾い上げてみると、まるで特定を避けようとしていたのか大槌で打ち潰されている。
その他にも膨大な数の純金の装飾品がある。大きくて重厚感のある指輪や耳飾りが二百近くあり、豪奢な鎖飾りも……私の記憶が正しければ三十ほどあった。非常に大きくて重い十字架が八十三個、上等な金の吊り香炉が五つ。桁外れに大きな金の祝い酒鉢には、飾りとして葡萄の葉と酒宴狂者の指が豪華に彫り込まれている。加えて、精巧な飾り彫りが施された剣の柄が二振りと、他にも私が思い出せないくらいの細かな品々がたくさんあった。この貴重な財宝は重さにして三百五十磅を超えていた。ちなみに、この概算には百九十七個の壮麗な金の懐中時計は含まれていない。そのうち三つの懐中時計は、一つしかなければ五百弗の価値があるほどだ。懐中時計の多くはとても古びていて、時を計る機械としては価値が無く、多かれ少なかれ内部の仕掛けも腐食してしまっていた……のだが、どれも宝石で豪華に飾り付けられ、高級な革袋に納められていたのだ。夜通しで箱の中身を全て検め、百五十万弗の値打ちを弾き出した。しかし、その後、(一部は自分達が使うために残しておいたのだが)その装身具や宝石類を売り払うと、我々は財宝の価値を頗る低く見積もっていたことが判ったのだった。
ここに至って、我々の調査旅行も終わりを告げる。あの時の激しい興奮が少しばかり治まると、私はこの一連の非常に奇妙な謎の答えを今直ぐに知りたくなってきた。謎解きを切望するあまり今にも死にそうな顔をしていた私を見ると、ルグラン氏はこの一件の謎を、顛末を、全貌を詳らかに語ってくれるのだった。
「思い出してくれたまえ」とルグラン氏。
「僕が黄金虫の姿を走り書いて、君にその素描を手渡した。あの夜のことだ。君が死人の首に似ているなどと文句をつけるから、僕の苛立ちは結構なものだったさ、思い出してきただろう? 君がそう断言するのを、最初は戯けているのだと思っていたよ。しかし、虫の背に特異な斑紋があったことを思い出して、君の言い分にも少しは根拠があるだろうと考えたのだ。にも拘らず、僕の画力を嘲笑うものだから腹が立ってしまってね……自分で言うのもなんだが僕は優れた藝術家でもあるからね……それで、君が羊皮紙の切れ端を渡してきた時、クシャクシャに丸めて怒りのままに焚火に投げ入れそうになったのだ」
「切れ端は羊皮紙じゃなくて、紙だろう?」と、私が口を挟む。
「いいや、その認識は誤りだ。見た目が紙質のようだから僕も最初は紙だと思っていたのだが、描き始めてみると直ぐに判った。非常に薄い羊皮紙の切れ端なのだ。覚えているだろう、酷く汚れた羊皮紙だった。それでだ、僕がその羊皮紙をクシャクシャに丸めた時、まさにその時だ、先程まで君が見ていた素描がチラリと目に入った。その時の僕の驚きは想像に難くないだろうが、そこには本当に死人の首の絵図が描かれていたのだ。自分が描いた昆虫の絵が、僕の眼にもそう映ったのだよ。少しの間、吃驚しすぎて正確に物を考えることが出来なかったのだが、この目に映る絵は……大まかな輪郭は似ているのだが……細かな処が僕の描いたものとは全然違うことに気づいた。そのまま僕は蝋燭を手に取り、部屋の端の方に腰を据えて、羊皮紙を隅から隅まで綿密に調べてみることにした。羊皮紙を裏返してみると、裏面には素描が描かれていて、正しく此方の方が僕が描いたものだったのだ。
イヤ、そうだな、最初に驚いたのは、輪郭が似すぎていたからにすぎかったのだがね……しかし、実際には奇妙な偶然の一致が起こっていたのだよ。僕も知らなかった偶然だ。羊皮紙の裏側には髑髏が、僕の黄金虫の絵の直ぐ真裏の処に描かれていた。その上、この髑髏は輪郭だけでなく、大きさも僕の絵と実に酷似していたのだ。言ってしまえば、この奇妙な偶然を前にして、一瞬だけだが、僕は全く言葉を失ってしまった。無論、こういった偶然に直面したとなれば当然の反応だ。一連の出来事の原因と結果……その繋がりを構築しようと脳髄が藻掻き回るのだ。そして、それが無理だと分かると、或る種の一時的な麻痺状態に陥ってしまう。しかしだ、そんな昏睡状態から目を覚ました時、今回の偶然よりも僕を驚かせてくれる、或る確信が、その兆候が少しずつ見えてきたのだよ。明確な記憶が鮮やかに蘇る。僕が黄金虫を描いた時、羊皮紙には何の絵も描かれていなかった。これは間違いないと断言しよう。羊皮紙の綺麗な部分を探し、まず片面を見て、次に裏側も捲ったのを覚えているからだ。もしそこに髑髏があれば、当然見逃すはずがないからだ。こういった説明できない奇妙な事実が確かに存在しているのだ。しかし、その瞬間にも、僕の脳髄の奥深くにある隠された部屋の中で、真実に関する構想が土蛍のように仄かで朧気に光っている。そのような気がしたのだ。昨夜の探検はこの真実を、実に派手に証明してくれたね。それで、僕は直ぐに立ち上がって、羊皮紙をしっかりと仕舞い込むと、一人きりになれるまではこれ以上の一切の思索を止めたのだよ。
君が家を出て行ってからの話だ。僕はジュピタが寝静まるのを待ってから、もっと体系的に調べてみようと思った。まずは羊皮紙を入手した経緯を整理しよう。僕達が黄金虫を見つけたのは島から東に一哩ほど進んだ先の、本土にある海岸で、高潮でも水に浸からないくらいの処だった。黄金虫を掴むと、鋭く咬みついてくるものだから、仕方なく振り落としてしまってね。するとジュピタの方に飛んでいったわけだ。虫を捕まえる前に、ジュピタはいつものように用心深く、掴むための葉っぱか何か無いか見回していた。その時だよ、ジュピタと僕の視線が羊皮紙の切れ端を捉えたのだ。イヤ、その時は紙だと思い込んでいたから、ここで羊皮紙と呼ぶのは問題があるが、マァ、いいだろう。羊皮紙は砂の中に半分ほど埋まっていて角の方が突き出ていた。そして羊皮紙の近くに、大型船に付いていた長艇の艇体と思しき残骸を見つけたのだ。その破れ艇は随分と長い間そこにあったらしく、長艇の材木と似たものは周りにはほとんど見当たらなかった。
それで、ジュピタが羊皮紙を拾い、甲虫を包んで僕に渡してくれた。それから直ぐに家に戻ろうとしたのだが、帰り道の途中でG――中尉に出くわしてしまってね。中尉に虫を見せると、砦に持ち帰らせてくれと頼み込んできたのだ。承諾すると、中尉は直ぐに虫を胴着の衣嚢に突っ込んだ。羊皮紙の方は渡していないさ。包んでいた羊皮紙は、中尉が虫を検めている間中ずっと僕の手の中にあった。おそらく、中尉は僕の気が変わるのを恐れて、貴重品は直ぐに手元に置いておくのが最善だと思ったのだろう。君も御存知の通り、中尉は博物学に纏わるものには何でも熱を入れ上げるからね。マァ、その時に違いないよ。その時、僕は無意識のうちに衣嚢に羊皮紙を仕舞い込んだのだ。
甲虫の素描をしようと机に向かった時、いつも紙を置いている処に紙が無かったのを覚えているだろう。引き出しの中も探してみたが見つからなかった。昔の手紙でもあればと思い、衣嚢を探していると羊皮紙に手が触れた。さて、僕が羊皮紙を手に入れた正確な経緯は詳しく述べたね。言うならば、奇妙な力が働いたのだよ。この状況が実に印象的なのだ。
断言しておくが、君、僕を空想家だと思っているだろう?……だけど、僕は既に或る種の繋がりを見出していた。巨大な鎖の二つの環を繋ぎ合わせるようなものさ。海岸には小艇が横たわり、そこからそう遠くない処に……紙ではなく……羊皮紙があった。髑髏が描かれた羊皮紙だ。アァ、勿論、『それのどこに繋がりが?』と問いたいのも分かるよ。では、お答えしよう。髑髏や死人の首は海賊の紋章として有名でね、海戦の時には死者の首が描かれた旗が掲げられるのだよ。
この切れ端は紙ではなく羊皮紙だ、と言ったね。羊皮紙は耐久性が高い……ほとんど腐敗しないと言っても差し支えないだろう。ただ、絵や文字を書くといった普段使い用途には、紙ほど適してはいない。だからこそ、羊皮紙に取るに足らないことが書き残されることは滅多に無いのさ。こういった思索から、死者の首に何か意味が……そして、何らかの繋がりがあることが示唆されるね。羊皮紙の形状についても、ちゃんと目を通していてね、四隅の一つが何らかの事故で破れているのだが、元々は長方形だったと見ている。これは正しく……長く覚えておきたいこと、大切に保存したいことを書き残するための……まさに備忘録ために選ばれた紙片というわけさ」
「ちょっと、ちょっと待ってくれ」と、私が口を挟む。
「甲虫を描こうとした時には、羊皮紙には髑髏模様は無かったと言ってただろう。それなのに、どうやって長艇と髑髏の間に繋がりを見出したんだ?……君の言葉通りに解釈するとだな、黄金虫を描いた後に(誰がどうやってやったのかは神のみぞ知ることだが)、どこかの時点で髑髏が描かれたはずだろう?」
「アァ、そこに着目することで初めて全ての謎が解かれるのさ。勿論、話の時点ではまだ謎のままなのだが、謎を解くのはそこまで難しくない。僕が執った方法は地道なものだったが、導かれるのは一つの結論だけだ。例えば、こう考えよう。僕が黄金虫を描いた時には、羊皮紙の上には髑髏は無かった。描き上げたら君に渡して、君は念入りに調べてから返してくれた。当たり前だが、君が髑髏を描いたわけではない。実行できる者は誰一人としていなかったのだ。すなわち、人の業によって為されたものではない。それにも関わらず、髑髏は描かれた。
さて、この回想の時点で、僕は記憶を手繰り寄せていた。そして、今回の問題が生まれた時に起きた全ての事柄を、事細かにはっきりと思い出した。あの日の天気は肌寒く(これは実に稀有で幸運な偶然だった!)、炉辺では火が燃えていた。僕は外を歩き回っていたせいで身体が温まっていたから机の傍に腰を下ろしていた。一方、君は椅子を煙の上がる炉辺の近くまで引き寄せていたね。そして羊皮紙を手渡した時、君がそれに目を通そうとした時のことだ、ニューファンドランド犬のウルフが家に入ってきて君の肩に跳びついた。君は左手で犬を撫でて遠ざけようとしていたのだが、一方で羊皮紙を掴んでいた右手はというと、無気力に膝の上に置かれて火に近付きすぎてしまった。一瞬、羊皮紙に炎が触れたかと思って注意しようとしたのだが、僕が口を開く前に君は右手を引き寄せて内容の精査に没頭し始めた。これら全ての事項を鑑みると、僕達の目にした髑髏が羊皮紙の上に姿を顕わしたのは、間違いなく熱の作用によるものだったのだ。君もよく御存知のはずだ。紙や犢皮紙に字を書いて、火に翳した時だけ文字が見えるようになる、そんな化学薬品が存在することを。そういったものは大昔から存在していた。王水に溶かした呉須石を四倍の重量の水で希釈したものが使われることもあって、これは緑色の彩合いを示す。鈷石の鈹を硝石精に溶かしたものは赤色を呈す。こういった色素は長短の差はあれども、書かれた物が冷めると消えてしまうのだが、熱すると再び姿を顕わすのだ。
そこで僕は死人の首を注意深く調べてみることにした。外縁部……つまり、犢皮紙の縁の近くに描かれた、絵の縁の部分は……他の部分よりも遥かに鮮明だったのだ。これは当たっていた熱量が不完全で不均一だったことを示しているわけさ。僕は直ぐに火を灯して、羊皮紙の彼方此方を揺らめく熱に曝してみた。初めは髑髏の微かな線が濃くなるにすぎなかったが、検証を続けていくと紙片の角の方、死人の首が描かれた処の斜向かいの角に、何かが見えてきた。最初は山羊の絵かと思ったのだが、よくよく調べてみると納得がいった。それは仔山羊のつもりで描かれたものだったのだ」
「ハハッ! ハッ!」と、私は声を漏らした。
「君を笑う資格は無いがね……百五十万という大金が茶化すには重すぎる話題っていうのも分かってる……だがな、君は謎解きの鎖に別の三本目を繋ぐつもりなのか?……海賊と山羊の間に何か特別な繋がりがあるとでも?……そうだろ、海賊と山羊には何の脈絡も無い。山羊と言って連想するのは農家の資産だけだ」
「イヤ、いやいや、僕は先程、絵は山羊のものではない、と話しただろう」
「ああ、仔山羊、だってな……それだって、ほとんど同じことじゃないか」
「ほとんど同じさ。だけど、完全に同じ、というわけではないのだよ」と、ルグラン氏は続ける。
「大海賊船長キッドの名前は聞いたことくらいあるだろう。僕は直ぐに、この動物の絵は署名代わりの一種の象形文字で、言葉遊びでもあると気が付いたのだ。署名、と言ったが、犢皮紙に描かれた位置が僕の推論を後押してくれる。斜向かいの角にある死人の首も、同じように印判や印章の雰囲気を感じさせるね。しかしだ、実に残念なことに肝心なものが何一つ無かった……僕が思い描いている文書の全容……僕の推論に当てはまるような文言はそこには無かったのだ」
「要は、印判と署名の間に文章があるのを期待していたんだな?」
「そういった感じさ。実際には、何か大きな幸運が迫って来ている、そんな虫の知らせを否応なしに感じていてね。何故かは分からないけれど。結局のところ、現実的な確信というか、願望を抱いていたのかもしれない……君は気付いているかい? あの昆虫が純金で出来ているというジュピタの馬鹿げた言葉が、僕の想像力を頓に響かせたのを。それから立て続けに起こった意図せぬ奇遇の重なりは……実に桁違いの偶然の連続だった。君は解るかい? 単なる偶然というものがどれほどのものなのか。一年の内で唯一あの日でなければ起こらなかった。火を熾さねばならぬほど寒くなる季節の或る一日、もしかしたら寒いのはあの日だけだったかもしれない。焚火が無ければ、あるいは犬が姿を見せた時に一時の狂いも無く跳び掛かってこなければ、僕は死人の首に気づくことはなく、財宝を手にすることなど絶対に無かったわけだ」
「それはそうだが、その続きを話してくれ……もう気が急いて仕方がないんだ」
「良いだろう。勿論、多くの話が流布されているのは耳にしたことがあるだろう……大西洋に面した海岸のどこかにキッドとその仲間達が大金を埋めた、という漠然とした無数の噂話だ。こういった噂話には根拠があるものでね。そして僕に言わせてみれば、噂話がこれほど長く語り継がれるというのは、埋蔵金がまだ埋まったままであることを示しているのさ。仮にキッドが略奪品を一時的に隠して、後でそれを取り戻したのだとすれば、噂話が今のように変わらぬ形で僕達の耳に届くことは無いだろうからね。世に語られる噂話は全て財宝を探す者の話だが、財宝を見つけたという話は一つも無いことに君も気付いただろう? もし海賊が財宝を掘り返していたら、今回の一件は露と消えてしまったことだろうね。思うに、何らかの事故……つまり、財宝の在り処を記したの備忘録を紛失した……財宝を取り戻す手段を失ってしまったのではないだろうか? そして、この過失を後に続く海賊達に知られてしまったのではないだろうか? そうでなければ、キッドを追う者達が、隠された財宝のことを知る機会など絶対に無いはずだ。そして、財宝を奪取しようという無謀な試みで人生を無為に費やす者が初めて生まれ、それが広く流布されて今日もよく知られる噂話になっていったのだ。君はこれまで、海岸線で何か途轍もない財宝が発掘されたという話を聞いたことがあるかい?」
「無いね」
「それでも、キッドが莫大な財産を有していたことはよく知られている。だからこそ、財宝がまだ地面の下にあるのは当然だと思ったのだ。奇妙な偶然で見つけた羊皮紙に、失われた隠し場所が記されている。そんな確信めいた希望を僕は抱いていた。こう語っても、今更そこまで驚くことでも無いだろう?」
「だが、そこから先はどうしたんだ?」
「犢皮紙を再び火に翳して、もっと熱を加えてみたのだが、何も顕われなかった。そこで僕は、纏わりついている砂埃のせいで何らかの不具合が生じたのかもしれぬと考えて、羊皮紙を微温湯で入念に濯いでみた。そして、濯ぎ終わった羊皮紙を、髑髏の面を下にして錫の鍋に入れて、鍋を火の点いた炭の焜炉に乗せた。数分後、鍋がすっかりと熱くなったので、紙片を取り出してみると、斑点状のものが目に入り、言い知れぬ歓びが沸き上がった。紙の彼方此方に線状に並んだ図形が姿を顕わしていたのだ。僕は再度、鍋の中に入れて、もう一分ほどそのままにしておいた。そして、紙を取り出すと……判るかい、こんな感じになったのだ」
するとルグラン氏は、羊皮紙を取り出して再び過熱し、目を通すよう差し出してきた。死人の首と山羊の間に、赤い色で、次のような記号が乱雑に浮かび上がってきた。
「53‡‡†305))6*;4826)4‡.)4‡);806*;48†8¶60))85;1‡(;:‡*8†83(88)5*†;46(;88*96*?;8)*‡(;485);5*†2:*‡(;4956*2(5*-4)8¶8*;4069285);)6†8)4‡‡;1(‡9;48081;8:8‡1;48†85;4)485†528806*81(‡9;48;(88;4(‡?34;48)4‡;161;:188;‡?;」
「しかしだね」と、紙片を返しながら私は応える。
「相も変わらず闇の中だ。南印度のゴールコンダで採れる全宝石が、この謎を解くのを待ち侘びてたとしても、私に宝石は手に入らない。全く、それだけは確かだな」
「そうとも言えないさ」と、ルグラン氏は語る。
「この記号の列を読み解くのは、初めて見た君が考えているほど難しくはないよ。この記号群はね、誰だって容易に推測できるように設計された暗号文なのだよ……言うならば、意味のある連なりだ。それに、キッドの知見からしても、彼がそこまで難解な暗号を構築できたとは思えない。僕は直ぐに、単純な種類の暗号だと考えることにした……無論、鍵が無ければ粗暴な船乗りには絶対に解くことが出来ない類のものではあるがね」
「というと、本当に解けたのか?」
「簡単なものさ。これまでだってこれの何万倍も難解な暗号を解いてきた。その時の状況と或る種の偏った思考力のおかげで、こういった謎には興味を抱いてしまう性分でね。正当な手法を使っても人間の知恵で解けないような謎を、果たして人間の知性が創り出せるのだろうか、という疑問を抱くのは当然だろう? 実際に一度、繋がりを持って判読できる文字列が出来上がれば、その文字列が持つ意味を展開させていく。そこに難しさなど感じることは無いさ。
今回の場合は……いや、全ての暗号文について言えることだが……第一の関門は暗号が書かれた言語なのだ。暗号解読の原則として、特に単純な暗号になればなるほど、暗号文は特定の言語に対する才能に依存するし、それに応じて暗号も変わってくるからね。一般に正解に辿り着くまでは、暗号解読を試みる者が知っている限りの言語を使って(確率論的な)検証をする以外に選択肢は無いのだ。しかし、今、僕達の目の前にある暗号について言えば、署名のおかげで全ての困難は払拭されている。『キッド』という言葉遊びは英語以外の言語では理解できないからね。この思い込みがなければ、僕は仏語や西語で解読に取り組もうとしていたと思うよ。西国本国の海賊なら、この手の暗号文はそういった言語で書かれるのが一番自然だからね。マァ、そういうわけで暗号は英語と仮定できたわけだ。
見たまえ、記号と記号の間に区切りが無いだろう? もし区切りがあれば比較的簡単な作業だったのだけどね。そういう場合は、短い語句の照合と解析から始めれば良いからね。よくやるのは一文字の(例えば『a』や『I』といった)単語を見つけて解読を確実なものにする、とかだね。しかし、この暗号文には区切りが無いから、まず初めに僕は出現頻度の最も高い記号と最も低い記号を確かめることにした。そして、全てを数え上げて、次のような一覧を作ったのだ。
【8】:三十三回
【;】:二十六回
【4】:十九回
【‡】【)】:十六回
【*】:十三回
【5】:十二回
【6】:十一回
【†】【1】:八回
【0】:六回
【9】【2】:五回
【:】【3】:四回
【?】:三回
【¶】:二回
【-】:一回
さて、英語では最も頻度が高いのは『e』という文字だ。その次はこのように続く、『a』『o』『i』『d』『h』『n』『r』『s』『t』『u』『y』『c』『f』『g』『l』『m』『w』『b』『k』『p』『q』『x』『z』。『e』の頻繁に出てくるということは、この頻出の文字が入らない文章は、どんな長さの文章だって滅多に存在しないというわけだ。そして、平凡な推論以上の仕事をするためには、まだ初歩の初歩にやるべき下準備が残っているのさ。この一覧を普通にそのまま利用するのは当たり前なのだが……こういった特殊な暗号に関して言うと、本当に部分的にしか活用しないのだ。では、最も頻出する記号は【8】なので、これを通常の文字の『e』と仮定することから始めようか。この仮定をはっきりさせるために【8】が続いている箇所が多いかを調べてみよう……例えば『meet』や『fleet』、『speed』、『seen』、『been』、『agree』などなど……英語では『e』が二つ続く単語が非常に多いからね。暗号文は短いが、実際に見てみると【8】が連続する箇所が五つはあることが分かる。
では、この【8】を『e』として話を進めよう。さて言語においては、全ての単語の中で『the』が最もよく用いられる。なので、末尾が【8】で終わるもののうち、同じ並びで、繰り返し使われる三つの記号の並びが無いか見てみよう。そういった規則的な記号列の繰り返しを見つけたら、おそらくきっと、それが『the』を意味しているはずだ。調べてみると、そういった配列が七つもある。文字は【;48】だ。それでは、【;】が『t』、【4】が『h』、【8】が『e』を表していると仮定してみようか……最後の記号【8】についてはこれで十分に検証されたね。こうして、偉大な一歩を踏み出したというわけだ。
そして、この一つの単語を確定させると、実に大事なことが決まる。つまり、他の単語でも語頭と語末を確定させることが出来るのだ。例えば、【;48】のうち最後から二番目の【;48】に着目して、その後に続く記号の列を見てみよう……ほら、暗号文の終わりからそう遠くない処にあるだろう? そう、【;48】の直後にある【;】が単語の始まりだと判るね。実は『the』の後に続く六つの記号のうち、五つは既に解っているのだ。では、まだ不明な記号は空白にしておいて、この記号列を解っている文字に置き換えてみよう……つまり、
【t eeth】 となる。
さて、最後の『th』は、この【t;】で始まる単語には含まれないものとして直ぐ除外しよう。空白に当て嵌る文字を総当たりで検めてみても『th』を含む単語は成立しないからね。だから、もう少し絞られて、
【t ee】 となる。
もし必要なら先程と同じように総当たりすれば、唯一解読可能な文字列として『tree』という単語に到達できる。更に別の『r』という文字が【(】という記号で書かれていることも分かり、『the tree』という単語が並ぶわけだ。
この言葉の少し先を見てみると、再び【;48】という並びに行き当たる。これを利用して直前の記号列の終点を洗い出そう。つまり、こういう並びが見えてくる。
【the tree ;4(‡?34 the】
もしくは、解っている処を通常の文字に置き換えてこう書くことも出来る。
【the tree thr‡?3h the】
では、解らない記号を空白にするか、代わりに句点を置いて読むと、
【the tree thr...h the】 となる。
これは『through』という単語だと直ぐに解かった。その上、三つの新しい記号が判明するわけだ。『o』と『u』と『g』はそれぞれ【‡】と【?】と【3】で書かれているのだ。
そこから念入りに、暗号文の中で判明している記号の並びを探してみると、文頭からかなり離れた処にこういった並びを見つけた。
【83(88】 もしくは 【egree】 だ。
これは『degree』の末尾だとはっきり解る。そして『d』が【†】で表されることも判った。
この『degree』の四つ先にある記号列が、
【;46(;88】 だ。
先程と同様に、解っている記号を翻訳して、解らないものを句点にすると、
【th.rtee】 となる。
直ぐに思い付くのは、『thirteen』だろう。そして、また二つの新たな文字『t』と『n』が【6】と【*】に定まった。
さあ、暗号文の冒頭を見てみると、こういった並びがある。
【53‡‡†】
これまで通りに書き直すと、
【 good】 となる。
つまり、最初の記号【5】が『A』であることが確定して、この文が『A good』という二つの単語から始まることが解かる。
ここで混乱を避けるために、見つけた鍵を一覧にして整理しよう。こういった形になる。
【5】:『a』
【†】:『d』
【8】:『e』
【3】:『g』
【4】:『h』
【6】:『i』
【*】:『n』
【‡】:『o』
【(】:『r』
【;】:『t』
【?】:『u』
さて、詳細な解読を進めるに当たって必要になると思われる十一もの重要な記号が明らかになったわけだ。説明したように、こういう類の暗号解読が容易なのは君にも納得だと思う。暗号展開のための理論的根拠についても理解してくれたはずだ。そして、僕達の目の前にあるこの標本が実に単純な部類の暗号だということも理解してもらいたいね。さて、残りの仕事はと言うと、羊皮紙に書かれた記号の全訳を、謎を解いた状態でお渡しするだけだ。これがそれさ。
『A good glass in the bishop’s hostel in the devil’s seat forty-one degrees and thirteen minutes northeast and by north main branch seventh limb east side shoot from the left eye of the death’s-head a bee line from the tree through the shot fifty feet out.』
(良き鏡 司教の旅籠に於いて 悪魔の腰掛けに於いて 四十一度 そして十三分 北東 そして北に沿う 大枝 七番目の枝 東側 撃つ 死人の首の左眼より 蜂の軌跡 樹より 銃弾を通ず 五十呎外方)
「しかしだな」と私が告げる。
「これでもまだ謎のままだ。それに相も変わらず酷い状態に思えるな。『悪魔の腰掛け』だの『死人の首』だの、『司教の旅籠』みたいな訳の分からない文章からどうやって意味を捻り出すっていうんだ?」
「正直に言うとだね」とルグラン氏は応える。
「さらりと目を通してみると、この件にはまだ重要な問題が残されていたのだ。僕が最初に試みたのは、暗号解読者の意図に従い、自然な流れになるように文章を分割することだった」
「つまり、句読点を挿し込むということか?」
「そんな感じだね」
「しかし、どうやったらそんな上手い具合にいくんだ?」
「思い返してみよう。これを記述した人間は解読の難易度を上げるために、単語の間には区切りを設けず、語と語を繋げることを重視していただろう? さて、あまり敏感では無い者がこういったことに深入りすると、ほぼ間違い無く過剰にやり過ぎてしまうものさ。この暗号文を見るに、普通なら小休止や読点を挟んだりするような文章の分かれ目に、書いている途中で差し掛かったのだろう。文字と文字の間隔を普通より詰めるような、そんな極端な筆の走らせ方をしている。この暗号文を見てもらえれば分かるだろうが、今回の場合だと、こういった異常な記号の集まりが五つあるのを簡単に見つけることができる。これを手掛かりにして、僕はこのように分割してみた。
『A good glass in the Bishop’s hostel in the Devil’s seat—forty-one degrees and thirteen minutes—northeast and by north—main branch seventh limb east side—shoot from the left eye of the death’s-head—a bee-line from the tree through the shot fifty feet out.』
(司教の旅籠にて悪魔の椅子に良き鏡……四十一度と十三分……北北東……東側の七番目の大枝……死人の首の左眼より撃て……樹より蜂の軌跡で銃弾を通りて外方へ五十呎)
「そう分割してもらっても、まだ闇の中だ」と、私が漏らす。
「僕だってそうだ、闇の中だった」と、ルグラン氏は返す。
「数日ほど、サリヴァン島の近辺に『司教旅館』という名前の建物が無いかを根を詰めて調べてみたのだ。勿論、『旅籠』という古風な言い回しは、ここでは無視することにした。ただ何の情報も得られなかったので、調査の視野を広げて、より体系的に考えてみることにした。すると或る朝、実に唐突に『司教旅館』がベソップという名の旧家と何か関係があるかもしれないと思い至ったのだ。ベソップ家というのは古式ゆかしい荘園を大昔から構えていて、島の北側に四哩ほど行った処に暮らしている。僕はそのまま荘園に足を運び、そこにいた黒人の年寄り連中を相手に聞き込みを再開したわけだ。やがて、古老の老婆がベソップ城と呼ばれる処を耳にしたことがあることが分かった。案内は出来るそうなのだが、老婆曰く、そこには城はおろか宿屋も無く、ただ高い岩があるだけなのだと言う。
手間賃を払うと告げると、老婆は少し難色を示したものの聞き入れてくれて、そこまで連れて行ってもらったのだ。その場所は難なく見つけることができ、老婆と別れてから僕は調査に取り掛かった。『城』は崖と岩とが不規則に組み合わさって出来ていて……その岩の一つが巨大さも然ることながら、隔絶した不自然な外観で妙に目に付いた。その岩の頂上まで登ってみたのだが、それから何をすれば良いのか分からず途方に暮れてしまった。
思い悩んでいたその時、岩の東側にある小さな岩棚に目が留まった。僕の立つ頂上から凡そ一碼ほど下った処だろうか。十八吋くらい突き出た岩棚で、幅は一呎も無かった。その直ぐ真上の岩壁には壁龕があって、僕らの先祖が使っていたであろう背の窪んだ椅子を彷彿とさせた。間違いなく、これが暗号文で言及されていた『悪魔の腰掛け』なのだと思った。思うに、その時、僕は隠されていた全ての謎を理解したのではないだろうか。
さて、『良き鏡』が指すのは望遠鏡に他ならない。船乗りが「鏡」を他の意味で使うことは滅多に無いからね。そこで、この場所で望遠鏡を使うことに気が付いた。ここから望遠鏡を覗いて、寸分も違わず明確に指示された一点を探せばよいのだ。『四十一度と十三分』や『北北東』という文言は『鏡』の照準を定めるための指示であることは間違いない。それが分かると僕は酷く興奮しながら急いで家に帰り、望遠鏡を調達して再びあの岩の処に戻ったのだ。
岩棚まで下りて気付いたことは、或る特定の姿勢でなければ腰を掛けることが出来ないのだ。この事実のおかげで憶測から確信に変わった。そのまま『鏡』を覗いてみる。勿論、『四十一度と十三分』というのは視地平線からの仰角を言っているのに他ならないし、臨むべき方角は『北北東』という文言ではっきりと明示されている。僕は直ぐに懐中方位磁針を使って方角を確かめた。そして、見当の付く限り仰角を四十一度に近付けて、慎重に『鏡』を上下させた。すると、遠くに見える木々の中に群を抜いて大きな樹があり、そこに生い繁る葉の間の開けた処というか円状の空白が眼に留まったのだ。その空白の中心に白い点があるのを見つけたのだが、最初はそれが何かは判らなかった。望遠鏡の焦点を調節してもう一度見てみると今度は判った。それが人間の頭蓋骨だったのさ。
それを見つけると、僕は謎が解けたと思い、実に愉快な気分に浸っていた。『東側の七番目の大枝』という文言は樹上にある頭蓋骨の場所を指しているとしか思えなかったからね。それに『死人の首の左眼より撃て』という言葉もまた、埋蔵金探しについての言及としか解釈できない。考えるに、その意図するところは髑髏の左眼から弾丸を落とすということだ。そして、樹の幹の最も近い処から『蜂の軌跡』で、言い換えれば『一直線』に、『銃弾』(要するに弾丸の落下地点)を通って、そこから更に五十呎ほど先に進むのだ。そこが明確に示されている目的地点であって……その真下に価値のある埋蔵物が隠されている可能性が多少なりともあると考えていたのさ」
「これで全てが完全に明らかになったというわけか」と、私は口を開く。
「独創的だが、それでいて単純明快でもある。それで、司教旅館を後にしてからはどうだったんだ?」
「ウム、それから僕は樹の方角に注意を払いながら帰路に就いたのだが、『悪魔の腰掛け』を離れた瞬間、あの円状の空白を見失ってしまったのだ。周囲を見渡しても結局、垣間見することも出来なかった。こうした一連の出来事の中で最も巧妙だと感じるのは、(何度も繰り返して僕は確信に至ったのだが)問題となっている円状の空白は、あの岩壁にある狭い岩棚からでなけれは、どこに登ろうとも目にすることは出来ないのだ。
この『司教旅館』への調査旅行にはジュピタも同行していたのだが、僕がここ数週間ずっと放心状態だったから目を離さないように、独りにならないように、細心の注意を払っていたに違いないね。だけどね、夜が明けると僕は頗る早く目を覚まし、ジュピタの目を掻い潜るようにして、例の樹を探しに丘陵地帯へ向かったのだ。随分と骨を折ったが、漸く樹を見つけることが出来た。そして夜になって家に戻ると、僕を打ち据えるだのと家人が言い出す始末だ。さて、この冒険譚の続きは君も能々御存知の通りだ」
「そう考えるとだな」と、私は口を開く。
「最初、掘ってみた場所が間違ってたのは、ジュピタが骸骨の左眼じゃなく右眼から昆虫を落とすなんて馬鹿をやったせいだな?」
「正確に言うならそうだね。その過りが、『銃弾」に……つまりは樹の一番近くに打ち込んだ杭に、二吋半のズレを生んだわけだ。もし財宝が『銃弾』の真下に埋められていたら、この間違いは大した問題にはならなかったのだが、しかしながら、『銃弾』と、そこから最短経路を描く樹の一点というのは、方向線を定めるために用いる単なる二つの点にすぎなかった。勿論、初めのうちは些細な誤差だが、線を延ばすと次第に差は大きくなっていき、五十呎も進めば完全に嗅覚も狂ってしまうというわけだ。どこかに必ず財宝が埋まっている……そんな深く刻まれた感覚が無ければ、僕らの苦労は全くの無駄になっていたかもしれないね』
「想像にはなるが、髑髏についての空想……つまり、頭蓋骨の眼窩から銃弾を投射するというのは……キッドも海賊旗に因んで思い付いたんだろうな。あの縁起の悪い紋章で以て財宝を取り戻す。そこにキッドも或る種の詩的な符合を感じていたんじゃないか、きっと」
「多分そうかもしれないが、詩的な符合というのは常識と密接に関係しているものだよ。僕はそう思わずにはいられないね。『悪魔の腰掛け』から視認できるようにするには、対象物が小さい場合は白くなければならないからね。それに、移ろい変わりゆく様々な天候に曝されても猶その白さを保ち、更に白さを増すものは人間の頭蓋骨しか有り得ないということさ」
「しかし、君が嘯く大言壮語や甲虫を振り回すような振る舞いを目の当たりにするだな……どうしたって狂かれてると思ってしまう! 正直、狂ってると確信してたよ。それに、髑髏から弾丸の代わりに落としたのは昆虫だ。どうしてそこまで昆虫に固執していたんだ?」
「マァ、率直に言うとだね、君が明白に僕の正気を疑っているのが聊か腹立たしくてね。僕なりのやり方で、少しばかり神妙に欺いてやって、こっそり君を懲らしめてやろうと決めていたのだよ。そういう理由で僕は甲虫を振り回し、甲虫を樹から落とさせたというわけだ。そうそう、落とすというのはね、君が虫の重々しさについて触れていただろう? そこから着想を得たのさのさ」
「分かった、理解したよ。ただ、あと一つだけ不可解な点がある。あの坑で見つけた人骨はどう考えればいんだ?」
「その疑問については、僕も君以上の答えを持ち合わせてはいないな。しかしだね、それを語るに尤もらしい説はあると思う……ただし、これから語るような凶行が本当にあったと信じるのは恐ろしくもある。はっきりしているのはキッドが……僕はそう信じているが、もし財宝を隠したのが本当にキッドだとすれば……財宝を埋めるときにキッドの手が加わっているのは間違いない。だが作業が終わると、己の秘密に関わった者はみな消してしまうのが好都合だと考えたのだろう。作業夫達は竪坑の中で忙しくしているから、鍬で二、三発殴るだけで十分だっただろうね。もしかすると、十数発くらい必要だったかもしれない……さて、そんな処まで誰が語れると言うんだね?」
原著:「The Gold-Bug」(1843)
原著者:Edgar Alln Poe (1809-1849)
(E. A. Poeの著作権保護期間が満了していることをここに書き添えておきます。)
翻訳者:着地した鶏
底本:「The Works of Edgar Allan Poe: The Raven Edition」(Project Gutenberg)所収「The Gold-Bug」
「Collected Works of Edgar Allan Poe, Volume I: Poems」(Tomas Ollive Mabbott編、The Belknap Press of Harvard University Press刊、1969)所収「Motto for “The Gold-Bug”」(The Edgar Allan Poe Societyof Baltimore)
初訳公開:2025年5月25日
【訳註もといメモ】
1,『万事は悪事』(All in the Wrong)
冒頭詩の引用元である「All in the Wrong」(1761)はアイルランドの作家Arthur Murphy(1727-1805)の喜劇。ただし、「All in the Wrong」原文のデジタルアーカイブ(Warwick大学所蔵)がInternet Archiveで見れるので、ざっと調べてみたのだが冒頭の文章に近いものは見つからなかった。1969年に刊行されたE・A・ポー選集を引くと、イングランドの劇作家Frederick Reynolds(1764-1841)の喜劇「The Dramatist」(1789)の登場人物の台詞にタラントゥラに関する言及があり、ポーの引用の不正確さを鑑みてThe Gold-Bugの冒頭詩はこのReynoldsの戯曲の一節の内容を膨らませたものだとしている(参考文献を参照)。「The Dramatist」の一文を以下に示すが、果たして本当にそうであろうか?という疑問は残る。もちろん、私(=訳者)も文学研究は全くの専門外で最新の研究知見を拾えていないので、詳しい方がおられたらご教授いただければ幸いである。
「Because, I'm afraid you've been bitten by a tarantula—you'll excuse me, but the symptoms are wonderfully alarming—There is a blazing fury in your eye—a wild emotion in your countenance, and a green spot—」
(何故って、毒蜘蛛に咬まれたのではないかと憂慮しているのでございます……失礼ながら申し上げますと、その症状は驚くほど恐ろしいものでございます……貴方様の瞳には燃え上がる憤怒が宿っておりますね……荒ぶる感情がお顔に浮かんでおります、緑色の斑点も……)
参考文献:「Collected Works of Edgar Allan Poe, Volume I: Poems」(Tomas Ollive Mabbott編、The Belknap Press of Harvard University Press刊、1969)所収「Motto for “The Gold-Bug”」(The Edgar Allan Poe Societyof Baltimore)
2. ジュピタの台詞について
作中でジュピタはスペルミスや文法的錯誤の多い読みにくい訛った英語を喋るので訳文も無茶苦茶な訛で記述した。理解に苦しむ部分も多かったため、佐々木直次郎の翻訳やボードレールの仏語訳「Le Scarabée D’or」を参考にして訳出している。
3, 底本について
「The Gold-Bug」は版によって微妙な違いがあるため、本翻訳はProgect Gutenbergに掲載されている「The Works of Edgar Allan Poe: The Raven Edition」の版を底本としつつも、この版には後半部の髑髏の詩的な符合と常識についての二つのパラグラフが載っていないので、その部分はThe Edgar Allan Poe Societyof Baltimoreに掲載されている「Collected Works of Edgar Allan Poe」の版を底本とした。