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五月雨巧矢がおそばにいます  作者: 油揚げ


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9/9

寝食が一緒

健真「お、我が文芸部のオリジナル作品か。『ダメ御曹司とハイスペ執事』って、誰だこんな作品つくってんのは!」

 大鈴健真のベッドの横で五月雨巧矢は絵本を読み上げる。

「……こうして坂の上から海に向かって小さな男の子は大きな声で呼びかけたのでした」

 五月雨巧矢が絵本の最終ページを読み終える、ぱたんという音の後には健真の寝息だけが静かに響く。彼の熟睡を確認すると巧矢も自分のベッドに入る。

「『夜更かしするなって言うなら、安眠できるように絵本を読んでくれ』……幼い日の大奥様との思い出みたいですね」

 健真と母親との関係は巧矢にとって知る事ができない区域といえる。


 ――パッと眠りから覚めると今が朝だと察する、夢を見ていた気はなく深い眠りから目覚めたという感覚だ。今朝は随分と良い目覚めだな! 心の中は快晴だ!

「うーん、今日は頑張れそうだぜ」

 起き上がって腕を伸ばす。体が軽いな、やはり熟睡というのは心身の健康に良いのだろう、こうなると巧矢のお小言もありがたく思える。

「おはようございます、若旦那様」

 部屋に入ってきた巧矢はカーテンを開ける、窓の外の空は澄みきった青で俺の心中を表しているようだった。

「朝食が出来上がったばかりで温かいですよ、すぐに食べますか?」

「そうだな」

 俺はベッドから出て立ち上がり伸びをする。巧矢を気にせず部屋の外へ出ると料理の香りがした。

 鼻をすんすんとさせて匂いを味わう。

「おおっ」

 思わず声がでた。これはみそ汁と塩鮭だな。俺は駆け足でリビングへ。ドアを開くとテーブルには想像した通りの物が並んでいた。

「やっぱりな。いやー昔のアニメに出てきそうなごちそうじゃないか」

 がたん、俺は指定席に座る。

「そんなに感嘆の声が出るほどですか、このごく普通の献立が」

「いかにも伝統的な朝食メニューじゃないか、俺が生まれる前の時代を感じられる。あの『港町の坂』のワンシーンに出てきそうじゃないか」

「ああ、小学生の頃の若旦那様はアニメ版を毎日のように観ていたね。原作は30年以上前ですから当時から時代遅れだとご友人たちから言われていましたね」

 巧矢はみそ汁のお椀を並べ、お茶碗にご飯をよそう。俺はそれを受け取る。さっそく鮭に箸を延ばし口にする。

「うーん、これだよこれ、この塩加減が最高の塩梅なんだよ。味オンチの俺だが最初から味付けされた切り身との違いだけはわかる」

 巧矢のやつ、俺好みの味付けは完璧に習得してるんだよなあ。料理を担当するようになったばかりの頃はずっと俺のための味付けを練習してたなー。

「お前は大鈴家の執事だが俺専属のコックだよな」

「そうかもしれませんね。大鈴家のレシピとは別物ゆえに執事長殿も教えることができませんしたら、健真様だけが先生でしたね」

「いやそれは審査員だろ」

 食卓が盛り上がる、俺はランチミーティングは苦手だが巧矢とはできるんだ。

「ところで今日は文芸部を体験しようと思うんだが、当日いきなりの飛び入り参加でも可能か?」

「文芸部ですか、それなら大丈夫ですよ。部活動によっては事前の手続きが必要ですが文芸部は当日参加が可能です」

 読書するだけの文芸部に事前準備などいらん気がするが。

「そうかあ、それじゃ一緒に来てくれるか」

 巧矢は頷く。

「先日のアリサ殿に影響されましたか? 女性に影響されて苦手なモノに挑むとは健真様も男子ですね」

「そんなもんじゃねえよ、手探りでやってるだけだ」


 というわけで今日の放課後は文芸部見学だ。この前美術部を訪れた時以来の西棟だ。

「こんにちは、見学希望の大鈴健真です」

 ドア越しにそう告げるのは巧矢である、中からの返事を聞くとそのままドアを開けた。

「やあ、俺が大鈴健真だ。よろしくな」

「俺は文芸部部長の大下裕だ。文芸部は地味かもしれんが楽しんでいってくれ」

 文芸部というと単なる読書会をやっているだけとしか想像できないが、その通りの部室風景だ。テーブルに本が山積みされて部員たちが読んでいる。

「文芸部はメジャーだが、実際に何をやっているのか分からんよなあ。マンガとかじゃ名ばかり文芸部な印象もある」

「まあ、本読むだけならひとりでやるべきだからねえ。部活動ではみんなで感想会をしたり考察を広げたりすることがメインなんだよ」

 本棚に注目していた巧矢がこちらを向く。

「図鑑などの資料が揃っているのは考察のためですか?」

「そのとおり、神話や歴史のような元ネタの宝庫から些細でマニアックな知識を拾うのも……そういうの面白いだろう」

「小ネタ集とかめっちゃ盛り上がるよな。作家とか生きる雑学事典なイメージがある」

 というか、俺はそっちばかりで物語作品の本編はまるで理解していない気がする。


 テーブルには読んでいる作品に関するメモとかが無造作に置いてある、その中にはA4用紙を製本テープでまとめた手製の冊子がまぎれている。

「これはなんだ?」

「ウチの自作作品集だよ、これも部としての活動だ。学園祭とかで発表するやつ」

「なるほど、確かに読んでレビューするだけじゃつまらんからな。ちょっと中を読んでいいか?」

 俺は了承を得るとパラパラと流し読みする、ところどころ挿絵がついている。デザインはアニメ調で数も多い、いかにも現代的な小説だな。

「文芸部とはお堅い世界だと思ったがこういうアニメイラストを挿絵にするんだな。これも新時代ってやつか」

「そうだね、昔ながらの読書家は萌え系イラストや挿絵の多さに否定的というかありえないと考える人もいるけど」

「このイラストは誰が描いてんだ」

「美術部の人だよ、その縁で文芸部と美術部は交流が多い。この前もサッカーの親善試合を一緒に観戦した、それがあの【オンボロ競技場大爆発】だ」

「それ、俺が体験部員として参戦してたやつか」

 確かに今日は学校中があの件で話題になっている。ウワサ話の宿命で尾ひれがついてとんでもないことになっているが。

「君と執事の五月雨君が参加していたことも知られていて壮大化していく話のネタになってるよ。五月雨君が降り注ぐロケット弾を撃ち落としていったとか、そんなことを吹聴してる人がいたからウチの話の題材にもなっている」

「……やっぱり、巧矢の方が大物扱いされてるのか?」

 俺は部員と一緒に本を開いている巧矢を見る。

「君に教えるまでもないだろう、イケメン執事として有名だ。競技場の件では井ノ川家の令嬢、アリサもその場にいたことが知られているから、アリサがマイクを手に取って『あの執事を私に献上しなさい』と放送したという話が真実味をもって語られているくらいだ」

モブ文芸部員「そろそろ執事様のカッコイイ見せ場シーン作らないとダメだな……」

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