アリサお嬢様「強い戦士の男は芸術ですわ……」
健真「サッカーの試合がいよいよ開始されたが、俺はサッカーのことは全くしらんぞ!?」
巧矢「今さらそう叫ぶのなら、なぜ体験入部などなさったのですか?」
試合前にだらけている部員だらけのロッカールームに現れた監督が号令をかけ、試合前のミーティングを始める。
「今日の親善試合は、入部体験の大鈴健真くんと五月雨巧矢くんがいる」
監督は最初にそれだけいうと本題に入り、俺たちのことは何も言わない。相手チームの情報や注意点、そこから自チームの戦術について話しており、部員たちのコンディションの確認が行われている。俺たちは存在しないもののような扱いだ。
完全な未経験者だから戦力として計算できないのだろうが、11人のメンバーのうち2人の枠を消費しているのでこのチームの注意点として理解しておくべきな気もするのだが。俺自ら話そうとしてもサッカーに関する知識が皆無なので戦術的な話を聞いてもサッパリだ。まるで数学の授業みたいに。
「……では、試合開始まであと10分だ。コンディションを十分に整えておいてくれ」
監督がそういって解散すると部員たちはストレッチなどをして準備を整えだす。こういうところを見るとこいつらはサッカー部員なんだと感じた。
さっきまでマンガについて語っていたやつがポジション間の連携らしきことを議論している、真面目にサッカーについてやりだすと俺はポツンと取り残された気分になる。そこで部長に声をかける。
「須藤部長、俺はどう動けばいいのかよくわからんのだが」
部長は愛想笑いとも本心ともわからない笑顔を見せて答える。
「経験もなく地頭も足りない君は最初から戦力として計算できないだろう。執事の五月雨さんを下回ることで有名な健真くん」
「いや、そうかもしれないが……俺だって指導者次第では役立つはずだ」
「そのイヤホンで五月雨さんが導いてくれるから俺たちがあれこれいう意味もあるまい」
「おおぅ」
「あれ、あいつは誰だ?」
俺はさっきまでいなかったやつを見かけた。伝統的な装束を着ていて、その顔は幼くてここいらの人間とは数歳年下に思える少年、小さな体格は完全に体育会系ではなく控えめで大人しそうだ。
疑問の声は巧矢に対してかけた言葉なのだが、あいつ本人が気づいて近づいてくる。
「こんにちは、僕は天竜教大葉神社の白藤明良です」
天竜教? 我が国の文化として根付いているが熱心な信徒はごくわずかな土着信仰の神官がなぜここに。
「俺は大鈴健真、体験部員だ」
「こんにちは、僕は五月雨巧矢。健真様の執事を務めております」
この白藤が着ているのは天竜教団の装束なのか? 式典や神官の階級によって装束が違うと聞いたが、この少年の服装は見覚えがない。
「天竜神社の人間がなんだ?」
「この競技場を建築する時、地鎮祭を執り行ったのが僕なんですよ。だから縁があるんです」
幼く見えるこいつが祭事を執り行えるのか? 実は地位が高いのか?
「そういえば完成式典でも貴方がいましたね、記事になっていました」
巧矢がそういうが、なんでこんなショボい競技場のニュースが大鈴家執事のチェック対象になっているんだ。
「はい、かなり大勢の来客があったので駐車場がパンクしてしまったようですね。この小さな競技場も始まりは華やかでした」
白藤は真剣な感じに変わる。
「大鈴さんに天竜様からのお言葉があります」
「なんだ? 神からお告げだと?」
俺は身構える、信仰心などないが白藤からそう言われるとどういうわけかドキッとした。
「いわく“爆発オチなんてサイテー”です」
「ぶっ!」
「試合開始だ! 出るぞ!」
キャプテンの号令により、グラウンドへと駆けていく。不思議な高揚感がして走る足に力が入る。
「うおー」
思わず鬨の声を独りであげた。
「両チームの選手、整列してください」
放送でそう言われて相手チームと向き合って並ぶ。スポーツマンシップは相手への敬意が大事だからな!
……それにしてもこの声、マイク越しでハッキリしないがどこかで聞いたような? それも最近。
「選手の皆様、私は井ノ川アリサです。勇猛果敢なる戦士の活躍を期待しております」
おいっアイツかよ! 俺はズッコケのリアクションを踏みとどまる。
“ピー”
ホイッスルが鳴る、興が削がれるヒマはない、すぐに試合が始まる。
俺のポジションはMFということになっている、しかし実態は好きにやれということだ。
最初から期待されないのは慣れたもんだ。そうではあるのだが……。
俺は耳のイヤホンに触れる。だからといって巧矢からの指示を受けて動くのいうのは惨めなもんだ。学校の勉強とかなら受け入れられるがサッカーに関しては巧矢も素人なのに。
そんなことを思っていたので試合が開始されても動くことが遅れた。
俺はサッカーに関してはキックの種類すらよく知らないので、動けと言われてもどう動けばいいのか。
「部員に聞いとけばよかったー、あんな過ごし方してるやつらでもグラウンドではちゃんとやってるしー!」
俺はとりあえずボールを追いかける。
“味方3番と相手5番の間へ”
巧矢からの通信が入る。俺はとりあえずそこへ走るのだが、何の理由で……。
「うおっ!」
顔面にボールが飛び込んでくる、ビビッて思わず避けてしまった。
「逃げるとか恥さらしじゃねえかー!」
俺は逃げたボールを追いかける。
――競技場の特等席にて、井ノ川アリサは腕と脚を組む。
「やはり戦う男は美しいですね。ああ、ときめいてしまいます、芸術を理解する感性は高貴な人間には必須ですもの」
「ずいぶんと伝統的な価値観ですね」
それに反応するのはそばに立つ白藤明良。
「あら、そうでもありませんよ。いつだって乙女は殿方の大切なもののために闘う姿に憧れるものです。男たるもの、誰かの盾になりたいと思うでしょう?」
「盾となる男性というなら五月雨巧矢さんもそうでしょうか? あの執事さん」
「誰かのために尽力する忠誠心は人の心の美しさですからね、芸術とは人の美を描くものです」
アリサが注目するのは五月雨巧矢、普段通りの穏やかな表情だ。
“7番にパスです”
「いや、俺が点を入れてやる!」
俺は巧矢の指令を無視してシュートする、だがキーパーにアッサリと防がれてしまった。
「ちっ! ダメかっ!」
“健真様、サッカーは個人技ではありません”
巧矢はお小言を3秒で済ませてくれた。
「あれー? ボールどこいったー!」
俺はキョロキョロしながら駆け回る、観客席から見たらよく注目するだろう、そのダサさで。
「巧矢ー! どこ行けばいいー?」
マイクに向かって言うのだから叫ぶ必要などないが俺は大声で叫ぶ。
“相手ゴールの近くにいる相手3番の辺りへ”
「お、おう!」
指示された場所に走っていると1番がドリブルしているのが見えた、そいつは巧矢にパスを出した。
“健真様、僕がパスを出します”
「はいっ!?」
身構えているとボールが俺の所へ飛び込んでくる。俺は反射的にシュートした。
『ゴールです! 本試合で初ゴールです」
――この初得点にアリサは拍手した。本人には届かないだろうが。
「あら、あの男はそれなりにやるようですね」
「その賛辞はどちらに向けた言葉でしょうか?」
白藤は巧みなコントロールを見せたパスでゴールをアシストした巧矢の方に注目していた。
「もちろんお二人にですわ。男とは仲間同士で戦うもの、友情は人間の芸術のうち根源的な美のひとつでしょう」
明良「あ、どうも。“古代の神秘”からやってきた白藤明良です。どうやらこれから『ぶっとんだものになる』ようです」
アリサ「私が登場するのですから、せいぜい大爆発してインパクトを残してほしいものですわ」