昨日まで他人
健真「サッカー部の体験でいきなり親善試合に参加か……正直ビビってるが巧矢が一緒にいるなら恐れるものはない、はず」
「あー、あんたが今回の体験入部者か、こんにちは」
ロッカールームに入った俺にまっ先に気づいた男、そいつは部屋の奥にいたがくるっと振り返って俺に挨拶した。なかなかデキる男じゃないか、巧矢ほどではないが。
「俺はサッカー部部長の須藤だ。大鈴健真くんと五月雨巧矢くんだね」
須藤部長は俺たちに近づくと右手を差し出し俺はその手を取り固く握手する。
「今日はぜひ楽しんでほしい」
「そのつもりさ、だが親善試合とはいえ未経験者を試合にだしていいのか、ぶっつけ本番で面白いことになるかもしれないが、勝利をつかめるための現実的な判断ではないだろう」
「当然じゃないか、学校の部活とはそういうものだからね。我が部のスローガンは“真面目に楽しむのが青春”。顧問の言葉さ」
試合開始まではまだ時間があるのでまだ準備をする必要は無く、部員たちはゆるく過ごしている。少し見物してみよう。
スポーツマンのわりに小さくて細い体のやつがマンガ雑誌を読んでいる。
「おお、休載明けだけに作画に力が入ってるなあ~、この主人公としての格の違いをアピールする大技はこれくらいのクオリティじゃないとダメなんだよ」
ひとりでブツブツと……近づきたくないタイプの陰キャだ。
「うお、イケメンのお客さんじゃないか」
そう口走った男が向ける視線の先は俺……じゃなくて巧矢か、いつも通りのことだが男同士なら別に気にしても仕方ないか。そいつはキラキラした顔で巧矢と俺に近づいてくる。
「君は誰なんだ」
俺をスルーして巧矢に話しかけてくる。
「こいつは俺の執事を担当している五月雨巧矢だ」
俺が先手を打って巧矢への質問を答える。
「一族を追放された大鈴健真には執事の青年が付き添っているという話を聞いたが、それがこんなイケメンとは」
「若旦那様のことはわりと知れ渡っているようですね、この学園に入学してからまだそれほどの活動はしていないのですが」
「そうだぜ、ウチの学園は噂話が好きだからなあ」
なんだその村人全員が親戚関係にあるような田舎町みたいなのは。
「ふむふむ、さすがは名門に仕える執事らしい男だ」
「はあ~巧矢のやつは人気者だよなあ」
この五月雨巧矢をイケメンというやつは多い。巧矢本人はそう言われても微動だにしない、今みたいに男に言われても反応に困るのは確かだろうが、女に言われても気にするそぶりはないのだ。
「若旦那様、この地でも大鈴家の看板は大きいようですね」
まあ女に顔を紅くされるコイツは想像できないが。だから男からも好かれるイケメンなんだろうな。
「俺、他の部員と交流してくるから、お前も独自にやっておいてくれ」
巧矢にそう告げてその場を離れる。
「大鈴君、俺は太田。よろしくな」
「ああ、よろしく」
「大鈴君、あの五月雨さんのことについて教えてくれないか」
俺は巧矢のことを説明する。太田は俺自身のことより巧矢のほうが気になっているみたいで、ずいぶんと興味深く聞き、しばしば質問してくる。
「親父さんの指名でお目付け役に選ばれるとは優秀なんだろうな、まあ男の執事な時点でお前自身が選んだものではないとわかるが」
俺たちは年頃の男、選ぶなら美少女メイドであることは共通認識だ。たとえ相当なドジっ子だとしても。
「あの五月雨さんを見てウチの女子マネが振る舞いまで立派なイケメンだとはしゃいでたな。彼に執事服を着てもらえれば俺たちの試合でも人が集まりそうだな」
五月雨巧矢がイケメン執事であることは普段着でも察せるのか。
「巧矢は普段は着てないけどな、執事服」
実際、厄介払いされてるも同然な俺は公の場に出ないからな。
「ああ、あんたは男の執事服コス萌えはないのか」
「ちげぇよ! 今の俺の生活が一般人同等だから正装する意味がねーんだ」
「だが、メイド少女だったらメイド服着てもらうんだろ?」
太田はそう投げかける。というかなんでこいつらサッカーの話をしねーんだ?
「否定はしないぜ、執事服は制服だがメイド服は萌えコスチュームだからな」
萌え話で盛り上がるのも何なのでこれからやる試合の話題を出す。
「親善試合とはいえ、俺のようなシロートが参加していいのか。戦力ガタ落ちだし、本来の選手が出れないだろう」
「うちは最初から全国大会とかプロは目指してないから問題ない。純粋に楽しむ連中の集まりだ」
アマチュア精神ってやつか?
「ここの部員はスポーツすれば女にモテると思って入部したやつばっかりだからさ」
非モテクラブか。
「もちろん、向上して勝利することを求めないわけじゃないがね」
「当たり前だろう、それなら試合をする意味がなくなって楽しむもなにもないだろう」
「だから神社で祈願したり陰陽師にお札を作ってもらう部員も多いんだぜ。部費はスパイクよりも護符に使うもんだ」
「自助努力を放棄してるじゃねーか」
“健真様も似たようなものですよ?”
ハッ! 脳内巧矢が俺に突っ込んできた。
俺たちの会話が終わったタイミングで巧矢がやってきて俺にイヤホンを渡す。
「なんだこれ」
「僕がこの通信機で健真様にアドバイスいたします」
「え、いいの?」
「はい」
俺はしばらく無言、言葉がでねえ。
「両チームと大会運営からの許可が下りております。スポーツ素人の健真様に少しでも楽しんでいただけるようにとのご配慮です」
「ま、そういうことなら気にしなくていいか」
巧矢は俺をじっと見つめる。
「緊張はしていらっしゃらないようですね。若旦那様らしいです」
「それは嫌味か?」
パーティとかに参加する時でも上流らしい振る舞いとか気にしてないから周囲からどう見られるかどうでもいいので緊張なんてしない。
「さて若旦那様、本日はサッカー部の親善試合です。これがパーティならば失敗しても大鈴家の恥で済みますが、今回はそうはいきません」
健真「始まってない試合は諦めても終了しない!」
巧矢「退路はすでに断たれていますが?」