洒落た部屋の主
巧矢「若旦那様の経緯が今回明らかになりますよ」
巧矢が玄関のドアをぱたんと閉める。
自宅に帰るとホッとする。いや引っ越したばかりなんだけど住めば都か?
「若旦那様、お疲れ様です」
巧矢は一緒に帰ってきた俺に挨拶するとすたすたと先へ行く。俺は自室で制服から部屋着に着替える。
「メイドだったら着替えさせてもらうんだけどなあ」
着替えた後、リビングでくつろいでいるとエプロンを身に着けた巧矢が現れる。
「健真様、夕食の準備を始めます」
「あーそうだ、今日は豚カツだと言ってたな」
「大旦那様からおすそ分けで頂いた豚肉ですからしっかりと仕上げますよ。健真様は今日の復習をしておいてください、補習を避けるために」
「ちっ、忘れてたのに」
俺はカバンからプリントを取り出す。今日返ってきたテストと一緒に担任から特別に課せられたのだ。
まあ大丈夫だ、巧矢からアドバイスをもらっているから。
よし、完了。気が抜けたのか空腹を感じたのでキッチンへ向かう。
「なあ、腹減ったんだけど後どれくらいだ」
「もう少しお待ちください、後は千切りキャベツだけですので」
巧矢はキャベツを包丁で千切り。たんたんたんと音を聞きつつこいつの手を見つめる。
速い、それで正確だ。
「すげーな、切った太さが一定じゃないか」
「切った大きさを揃えるのは必須の技術ですから、炒めた時に熱の通りがムラになります」
「キャベツの千切りは生のまま食べるんだろう」
「まあそうなんですが、手に染みついているんですよ」
食卓に料理が並ぶ。一流学生執事の作品だ。
「うまいな」
「素材が良いですからね。本家では高級食材を担当させてはくれませんでしたから緊張しました」
どの辺が?
「うむ、俺の新生活は明るいな」
しかし言いたいことがある。
「だが、俺のお付きがメイドではなくお前だとはなあ」
「自ら独立しておいてそれはないでしょう」
「そうだなあ、確かに俺の嫁は俺が勝ち取るものだ」
巧矢は呆れの感情をぶつけてくる。
「大旦那様のご期待に応える意志がおありで? ご自身に縁談が持ち込まれたことがきっかけで独立なさいましたが」
「健真よ、実はお前には10年前から許嫁候補がいたのだ。このたび正式な許嫁とすることになった」
「なんだよ親父、俺は自分の結婚相手くらい自分で決める」
俺がそう啖呵をきると親父はかっかと笑う。
「生意気な息子め、そんなにいうのなら自分で婚約者を見つけてみせよ」
「見合い写真すら開かずに放り投げたのですから、妥協はできませんよ。大鈴家の名前に恃むわけにはいけません」
健真「あー明日はどうなることやら。なんだかイヤな予感がする」
巧矢「予感に振り回されるんじゃなくて自ら動き出してください」