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五月雨巧矢がおそばにいます  作者: 油揚げ


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芸術が彩る

巧矢「こんにちは、大鈴健真様の担当執事、五月雨巧矢です。若旦那様は新天地の学園にて一念発起する予定みたいですが……まあ僕は大鈴家の学生執事ですので」

「部活に入っておくべきだと思うか?」

 昼休みの教室、巧矢が作った弁当を食べつつ巧矢に相談する。俺の話を聞いてしばし沈黙、もぐもぐと食べているだけだ。

「それは若旦那様がご自分で判断してください。あなたが一番判断材料を持っているはずでしょう」

 巧矢は口の中の物を飲み込んだ後、それだけ言うと再び弁当を食べる。こいつ、俺より食事の作法が上品なのがなんとも。

「いや、なんとなくそう思っただけだから」

「若旦那様は何か特別なご趣味はないでしょう、でしたら部活動に励むことや人間関係の経験を得るのが目的となるのではないですか」

 あーこいつ呆れているな。一見するといつも通り丁寧だけど中身が冷たい……。

「じゃあ、放課後は部活を見学するよ」

 ふと親父が画商と酒盛りしているのが頭によぎる。

「そうだ、今日は美術部を見てみよう」

「承知しました。ご一緒できるよう準備しておきます」


 そして放課後。

「で、美術部はどこだっけ?」

「西棟の1階ですよ」

「じゃあ行くか!」

 そう言って席を立ったが部室へは巧矢が先導していった、巧矢にとっても初めて歩く所なのに歩く速さも遅くならず迷うことなく部室までたどり着けた。

「部室の外観は普通だな」

「変人芸術家のアトリエじゃないんですから」

 美術部のドアを開くと男子がひとりだけいた。キャンバスに鉛筆でデッサンを描いているようだ。そいつは作業の手を止めて俺の方を向く。

「おや、入部希望かい?」

「まだ決まってない、各部活を見て回ってるんだ」

「そうか、まあゆっくり考えるといいさ」

 あっさりした態度の美術部員がそう言ったタイミングで巧矢が前に出た。

「それではお邪魔させていただきます。この方は1年C組の大鈴健真、僕は健真様の執事、五月雨巧矢です」

「ああ、今年は大鈴家の御曹司が入学してくるってウワサだったな。僕は2年B組の瀬島愁平」

 瀬島はデッサンの手を止めずに話す。デッサン程度では喋りながらでも大丈夫なのか、知らんけど。


「若旦那様、不用意に部室の物に触ったりしないでくださいね?」

 耳打ちで忠告する巧矢に生返事しつつ俺は本棚を見てみた。

「これが美術部の資料か、なかなか難しそうな本たちだな」

「美術にも理論があるからね。僕は理論より感覚派だけど」

「僕も絵を描いていたことがありますが、きちんとした絵を描くための勉強は大変でした……まあ自分の趣味でやる絵にそんな勉強をする必要もないでしょうけど」

「五月雨くんといったか。まあ芸術は本来、他人のためじゃないからな」

「挫折せずに自分の技量を上げていったら、他人の称賛を得たいという欲望にかられていったのかもしれませんね」

 巧矢と瀬島が美術談義し始めた。俺はひとりで部室を見て回る。絵画や画材があちこちに置いてある。乱雑だな、巧矢がいないと俺の家もこうなりそうだ。

「大鈴家は僕でも知ってるよ。財産を文化振興に投資している今の時代では珍しい実業家一族だとね」

「ええ、大旦那様はご自身の利益だけでなく社会全体の発展を考えています」

 俺は一枚の絵が気になった。素人でも他の作品とはクオリティが違うとわかる。

「この一騎討ちの絵は?」

「部長が作品展に出すやつか。古代王朝の伝説を題材にした作品だよ、名君と称えらえた国王が戦場で超人的な活躍をした話だ。まあ、王族の権威に箔をつけるために誇張したプロパガンダだろうが」

「……そういう話はよく聞きますが、国家指導者である王族が戦場での活躍を吹聴するのは意味があるんでしょうかね?」

「勇猛果敢さや自国への献身を宣伝してるんじゃないかな? 王が戦場で奮闘すれば民衆の兵卒が助かるわけだし」

「なるほど、当時の兵士は徴集された一般人でしたね。戦士階級は主君への忠義を叩きこまれたでしょうが」


 本棚の一画は書籍ではなく画材が押し込まれていた。

「絵の具がいろいろあるな、容器が違うが種類が違うのか、これ。」

「そこにしまってるのは油絵の絵具と水彩だね、奥にあるのがアクリル」

「へえ……油彩と水彩ってどう違うんだ?」

「若旦那様、上流階級の人間には芸術に対する見識が必要ですよ。邸宅を飾る名画に慣れ親しんでいるでしょう」

 俺は実家の応接間にある絵画を思い出した。なんか来客に見せつけるためらしい。

「芸術ならわかる、実家で俺の部屋に飾ってあったのを丁寧に解説したのを忘れたか?」

 俺は少々演説的に語る。

「それは萌えポスターです、魅力を分かりやすくするためデフォルメされたキャラクターを熱く語られても困ります」

 一般人のオタに対する蔑視のような感じでもなく普通に言われると反応に困る。いや、蔑視発言だがあまりにも普通に事実を述べるみたいに言われるとそうだと思ってしまう。

「おめー、俺と同い年のくせに時代の最先端文化を悪くいうな」


「君たち、うちの部を見学するんじゃなかったのか?」

「ああ、すまんな。騒がしくして」

 瀬島は鉛筆を置いて俺たちの方を見る。

「美術部に来たってことは絵描きをやる気があるのかい?」

「いや、今まで描いたことも鑑賞したこともないな」

 俺は即答する、隣の巧矢が【そんな失礼なこと言わないでください】と言いたげだ。

「そのデッサンは何を描いているんだ?」

 瀬島の後ろにあるキャンバスを指さす。

「これ? 有名な『王都の明け方』だよ。習作としてやっている」

「有名なのかー、俺は知らないな」

「絵画とは縁がなくても世界史の教科書に中世後期芸術文化の代表として載ってただろう」

 その部分はまだ読んだことがない。

「大旦那様が書斎に飾っていたでしょう?」

 え、なんでこいつ親父の書斎のインテリア知ってんの?

瀬島「ウチの美術部は部員の頭数を揃える必要がないから、あんたの旦那様にぜひ入部してくれという気はないぞ? 五月雨くん」

巧矢「なるほど、健真様に熱意がないことを見抜いていますね」

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