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五月雨巧矢がおそばにいます  作者: 油揚げ


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10/10

モノクルレティクル

健真「さて、俺の……五月雨巧矢の物語のエンディングなわけだが……」

 自室で部活動に関する資料集を眺める、野球部やサッカー部の全国大会がどうこうとか、美術部などの文化系のコンクール入賞記録やら、実際に部員を見ているとそうとは思えないが真面目にやって結果を出してるんだな。俺とは違うやつらだ。

 部活に励んで自分磨きだと体験入部をしてきたが、お試しでフラフラしてるだけのように思えてくる。行き詰まりを感じて部屋を出る、何か飲んで気分を変えよう。


 リビングでは巧矢がアイロンがけをしていた。服装の乱れは心の乱れ、古臭い格言だが上流階級は服装もしっかりしないといけないとは昔から言われている。実家ではメイドは主人の着替えをさせるだけでなく洗濯からアイロンがけまでこなしているんだよな。

「巧矢、俺のために精が出るな。着るものはいつでもピシッとしてないと……ってお前のじゃねえか」

「使用人の恥は主人の恥ですから、もちろん健真様の服はすでに仕上げてますからご安心を」

「そうか、抜かりが無いなお前は」

 アイロン台のそばには裁縫箱がある。俺はなんで裁縫箱を出してあるのか尋ねる。

「ボタンがほつれていたので縫い直しておきました」

「そういや手芸部もあったよな、ウチの学校。手芸部も見てみる価値はあるかもな。こうしてお前もやっているくらいだし、お前からも教わればすぐ上達しそうだ」

「中学時代の家庭科ではひたすらハンカチに刺繍をなさってましたね。本格的に刺繍趣味を始めるおつもりで? 刺繍は専門外ですので教えることはできませんが」

 実用的な針仕事は巧矢がやるからな、俺が自分の服のボタン縫うようなことはしないとはわかっているか。

「ところで健真様、何かご用件があるのではないですか」

「いや、ちょっとドリンクをとりに来ただけだ」

 俺はキッチンに向かって歩き出す。冷蔵庫のドアを開けるとオレンジジュースのペットボトルをとる。


 ボトルのキャップを外すと袖のボタンがほつれているのに気づいた。

「なあ巧矢、これもやってくれるか?」

「わかりました、ちょうどアイロンがけが終わったのでただちに」

 俺はシャツを脱ぐと巧矢に手渡す。

 巧矢はモノクル(片眼鏡)をかける。執事のトレードマークとして有名だ。

 巧矢は糸を小さいハサミで切る、歯で切らないのはいかにも上品な執事らしい。俺が家庭科で縫物をする時はかみ切ってた。

 巧矢はささっと仕上げる。俺はシャツを受け取って着なおす。

「ありがとな、お前はなんでもできるなあ」

 俺にはこれほどのことはできないな、そう思いつつ明日は手芸部に向かおうと思った。


 そして手芸部に来たのだが……。

「なんでお前がいるんだ!?」

「あら、井ノ川アリサにはあらゆる場所に立ち入る権利があるのですよ」

 令嬢アリサは高らかに笑う、こんなありえないことがあるのか。この部室も爆発するんじゃねえのか。

「ここの部長さんに頼まれたのですよ、コスプレ衣装を自作するために私の所有する衣装をサンプルとして提供してほしいとね」

「お前の正装か?」

「いえいえ、私がコレクションしている服飾です。博物館に展示されててもおかしくないレベルの貴重品ですわ」

 気づいてなかったが衣装を着たマネキンが3つ並んでいる。ひな人形のような装束とおとぎ話にでてくるようなドレス、そして甲冑だ。

「アリサお前、なんで甲冑なんてコレクションしてるんだ」

「私は強い男が大好きなのです」

 こいつ、好みの男それ自身をコレクションしてそうだな……。アリサが提供したという甲冑は背中に剣を背負っている。これも本物だろう。このご令嬢なら刀剣類所持許可もカンタンに取れるだろうし。

「親父の骨董品コレクションに刀や弓のような武器類があったよな、かなり豪勢な装飾が施された金ピカ装備だ。あれで戦場に立ったら目立って狙い撃ちにされそうだ」

「その通りですね、あれは実戦に用いるものではありません。貴族が趣味で用いるもの、あるいは服飾の一環として装備するものです」

「なるほど、ところで……なんかひとつだけ珍しい弓矢がなかったか?」

 派手で力を誇示する貴族のオモチャとは違う、なんか厳かなやつ。俺はうまく説明できないが巧矢は理解したようだ。

「その弓は神事に用いるもの、災厄を射抜くシンボルです、神社に破魔矢という縁起物があるでしょう」

 俺たちがそんな話をしているとアリサが興味を持ったようだ。

「弓道部の部員もそのように申しておりましたね。武道とは哲学であり、単なる暴力とは異なります。それは神に通じる道であり……」

 まるで少女マンガのイケメンに必要な条件とは、と論じているようだ。昔、女心を理解しようと少女マンガを読んだことがあったが、あれは無意味だったな。

「……ということでこれから弓道部を見学いたしましょう、健真さんもそれでよろしいでしょう」

「え? 俺は何も聞いてないぞ」

「あなたの耳はなんのためにあるのですか、五月雨殿、説明してあげなさい」

「男たるもの武を嗜むべきとのことです、飛び道具である弓は有力な武器であるがゆえに真っ先に修練するべきものである、それがアリサ様の主張です」

 巧矢はそう説明する。男の魅力は武力というのは前時代的でなんだが、飛び道具の価値が高いというのは妙に合理的だな……。


 アリサの先導で俺たちは弓道部へ向かった。弓道は一般的な部室で活動できるものではないので校庭の片隅に建っている武道館だ。武道館に入ると弓道部部長が出迎えてくれた。

「ああ、井ノ川アリサさんですね。先ほど連絡がありました」

「部長さん、この大鈴健真という平凡御曹司を鍛え上げてくださいな」

「どういう話になってんだ?」

「それでは、まず私がお手本を見せましょうか?」

 部長がそういうと巧矢が声をあげた。

「いえ、問題なければ僕に任せてくれませんか?」

 巧矢が静かだが強い口調でそう申し出る。

「大鈴家の執事君か、やってみせてくれ」

 巧矢は部長から弓を渡されると位置に付く。モノクルをかけ、100メートルくらい先にある的を睨む。

 巧矢が放った矢は一直線に飛んでいき、的の真ん中に突き刺さる。

「見事だ、さすが大鈴家の執事!」

 部長はさっきと同じような言葉で称賛する。

「それでは次は健真さんですね」

 アリサがニヤケ顔で命じる。【お前にはまともにできまい】という考えが見え見えだ。

「バカにすんなよ」

 俺は巧矢から弓と矢をひったくる。見よう見まねで弓矢を構えて狙いをつける。

(うお、本物の弓の弦って重いんだな!)

「てりゃ!」

 ……俺の放った矢は大きく逸れたあげく的へ半分の距離も届かず地面に刺さった。

「あらあら、やはり貴方は大鈴家の恥ですね」

 それはよく言われ続けたセリフではあるが、コイツに言われるとどうもストレートに貫いてくる。

「決めた! 俺は弓道部に入る……」

 俺が言い終わる前にアリサが口をはさむ。

「あなたの部活は決まっています、私の下僕です」

 俺はあまりのことに言葉を失った。

「……あら、殿方はこの言葉が必殺と思ったのですが」

「ははははは、お前、おもしろいことをいうじゃなあいか」

「面白いことをするのは貴方のほうですよ。この私との婚約を破棄するとはどういうことなのかと思ったら、自らの力が圧倒的に不足していたためでしたのね」

「え、俺の婚約者ってお前だったの?」

「健真様は条件反射で拒否なさいましたからね」

 巧矢も知っていたのか? 知らなかったというか知る気もなかったのは俺だけ? なんか自分のせいなのに仲間外れ感が……。

「五月雨さんが私の執事ならよかったのですが、まあ健真さんの子守り役を買って出てくれただけでも感謝しなければなりませんね」

「んん? それはどういうことだ? 婚約は破棄したと言っていたじゃないか」

「確かに破棄したようですが、直に私と接すればアッサリと手の平を返すでしょう。私の婚約者として六流とはいえ、正式に結婚しなければもっと良い男を本夫にできます。そうすれば健真さんを夫にさせることができた執事の五月雨巧矢様を第二夫にすることも可能です」

 俺は心のダイナマイトが爆発した。

「アリサー! 俺はお前に『健真様の三号夫人で良いから結婚してください』と言わせてやるぞ!」

 俺がそう叫ぶとアリサは高飛車に笑う。

「貴方もまた私の魅力に逆らえないよくある男ですね、その心意気だけは買いましょう」

「うるせっ、このままじゃ巧矢の名声がキズがつくだろ!」

巧矢「健真様はこの五月雨巧矢に心の射抜かれたようですね」

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