この宇宙の果て
第一章 異世界転移
魔王城へと続く洞窟の中で突如として剣士ハインが持つ『流星の涙』の光が放射線のように閃光を放った。僕とハインは目が眩み洞窟の細い道を踏み外して奈落の底に落ちていく。そして、『流星の涙』から発せられた閃光に包まれた僕は意識を失って、『その世界』から消えていった。
気が付くと見覚えのない荒野に倒れていた。立ち上がって服についた砂塵を手で払った。
スーヘェンたちは無事に魔王城までたどり着けただろうか。いや、そんなことよりもココはどこだろうか。そんなことを考えていると、目の前から初老の剣士が歩いてきた。その剣士は自らをデュランと名乗った。自分は親友のジルが故郷に帰る手伝いをしている途中だといった。僕がおなかをすかせているのに気づくと食料と水を与えてくれた。
「そうか。お前さんの話を総合すると、魔法が使える世界で倒れて気が付いたら、ここにいたってことでいいんだな」
デュランは訝しげに確認した。
「そうなんですよ。ホラッ」
僕は手のひらに炎を灯してみせた。
「へえ、魔法って言うのは呪文を唱えて発動させるんじゃねえのかい」
「あ、僕は特別みたいで、無詠唱でも魔法が発動できるんですけど皆は詠唱しないと発動できないみたいなんですよ」
「お前さん。行く当てがないならジルが故郷に帰る手助けでもしてくれよ。その後にお前さんが『その世界』に帰りたいなら俺も手伝ってやってもいいぞ」
デュランが提案してきた。どうせ、この世界でやることはないと思い、僕はデュランの提案を受け入れた。
「そういうことなら、さっさと寝て疲れをとれ。お前さんひどい顔をしているぞ」
そう言われて、三日ぶりに僕は眠りに落ちた。いや、さっきまで気絶してたんだけどね。
朝起きると初老の戦士が目の前にいた。デュランではない。僕が起きたのを知ると自己紹介をしてきた。この戦士がジルらしい。デュランは先行して道中の安全を確認しているそうだ。
そんなに危なそうに見えないけど。
「ジルさんの故郷はどこなんですか?」
「この宇宙の果てだ」
空の果てってどこかなと思いつつも、この世界ではそういうもんなのかなと無理やりに納得した。
「お前はどこの出なんだ」
ジルはぶっきらぼうに尋ねてきた。
「小さなころの記憶がないんです。気が付いたら道に倒れていたって感じです」
「じゃ、今と同じだな」
「今回は直前の記憶があるだけマシかな」
「お前、魔法が使えるらしいな。ちょっと見せてくれ」
そういわれて魔法をみせたが、特に驚きもしない。
「ジルさんは驚かないんですね。ジルさんの故郷ではあまり珍しくないんですか?」
「いや、そんなことないが、地球の人間ほど驚かないだけだろ。この宇宙には不思議なことが山ほどあるからな。さ、無駄話はこの辺にしてデュランを追うとするか」
そう言って速足で歩いていくジルを僕は走って追いかけていった。
第二章 帝国軍
しばらく行くとデュランと合流できた。しかし、この世界は不思議だ。どこまで行っても荒涼とした原野が広がっている。そんなことを考えているとデュランがこう言った。
「何もなくてびっくりだろう。だがな、ここは大昔『花の都パリ』と呼ばれて栄えていたらしいぜ。多くの人々がこの星を捨て地球連邦政府が滅亡したんだけど、それでもずっと栄えていたんだよ。だけどな、千年くらい前から海面水位が急速に低下して百年くらい前にはどこ行ってもこんな感じなんだよ。これから帝国領をつっきることになるがかつては『ドーバー海峡』と呼ばれた地域も歩いていくことになるんだよ。びっくりだろ。かつては海だったんだぞ」
「チキュウ?」
「この世界の名前だよ。かつては水の星地球と呼ばれていたんだな。水なんて地上にはねえんだよ。地下水だけが人々の頼りなんだな。帝国が独占してしまっていてどうにもいけねえ。デュランたちにもオレの故郷へ来るようにずっと説得しているんだけどな。生まれた土地で死にたいとかぬかしていっこうに説得できねえ。そんなこんなでかれこれ三十年オレも故郷が恋しくなって今回帰ることにしたんだ。帝都の南をつっきってかつて『コーンウォール基地』と呼ばれていた発着場が今回のとりあえずの目的地だ。ま、その前にかつてドーバー海峡と呼ばれた谷を通らなきゃいけないけどな」
ジルがそう付け加えた。
「でも僕がいた世界もそんな感じでしたよ。もともとは高度な文明社会だったけど『魔力流入事件』があって魔物が我が物顔で跋扈して文明社会が崩壊してしまったと聞いていますが大きな環境変化でこんな風になってしまうのはどの世界も一緒なんですね」
「ほう、魔物なんかがいるんだ。魔法とか魔物とかはこの世界ではファンタジーの世界の話だからな。お前の魔法を見ていなければ信じられねえ話なんだがな」
ジルが興味深そうに言った。
「そろそろ、帝国領内に突入するから無駄口は控えておけよ」
デュランが警告した。
「ちょっと待って!! 何があった? 谷の向こう側で帝国軍の兵士たちが大挙して着陣しているぞ」
ジルが目を丸くして言った。
ドーバー海峡とは昔英仏と呼ばれていた国を隔てていた海峡であり、大体五十メートルくらいの谷である。その向こうに帝国軍の大軍がいるのである。
「こりゃアンヌがしくじったな」
デュランが頭を掻きながら苦笑いをしている。
「あのおねいちゃんにこんな大事なこと頼んだのか?」
ジルの問いにデュランがすかさず答える。
「あいつ以外に頼めないんだよ。救難信号なんて誰でも発信できる訳ないだろ」
「現場で発信すればいいだけだろ」
ジルは苛立ちを隠せない。
「あの人たちは全員倒していいの?」
僕の問いに二人は声を合わせて答えた。
「できんもんならな」
「じゃ、魔法使うから谷とは反対側を向いて腰をおろしていて」
僕が言うと二人は言う通りにした。
「あ、かなり眩しいから目を塞いでいてね」
二人は両手で両目を覆った。その姿が滑稽で僕は吹き出してしまった。
僕は右手の手のひらを天に向け、ゆっくりと瞳をとじた。
ドーバー海峡の空に雷雲が立ち込める。やがて閃光と轟音を伴ない稲妻が谷の向こうの帝国軍の兵たちに向けて落ちる。五本の巨大な光の柱が谷の向こうにあった。そして、地響きをあげて地面ごと薙ぎ払い谷を土砂で埋めていった。
轟音が鳴りやんだのを確認して僕は振り向いてまた苦笑した。さっきと同じ格好のままだ。
「もう大丈夫ですよ。さっさと行きましょう」
谷の向こうはさながら地獄絵図であった。人が焼けるにおいが鼻をつき、二人は気持ち悪さで足元がふらついている。やがて生き残った帝国軍の兵たちもいたが皆戦意を喪失していた。僕たちは発着場に向けてひたすら西を目指し歩いていった。途中で帝国軍と何度か交戦したが最後は僕の魔法で蹴散らした。
発着場が目の前に見えてきた時、デュランが僕に注意をした。
「ここからはあの稲妻はやめてくれ。揚陸艦の到着が遅れてしまう」
「ようりくかん? わかったよ」
よく分かんないけど、雷魔法を使わなきゃいいんだね。
そして、帝国の大軍が待つ発着場に突入した。
剣士であるデュランが先陣をきって突撃をかけた。それを援護するようにジルが小銃を打ちまくった。ここが目的地なので弾薬の心配はしていないようだ。僕はさらに遠くから援軍がこれないようにするため火球を何発も敵兵たちにぶつけていった。そして管制塔が見えてきた時に僕は頭がふらつきその場に倒れこんでしまった。ジルが僕を抱えて発着場の外に撤退していくのを薄れゆく意識の中で感じていた。
ここはどこだろう。目の前には緑豊かな森が広がっている。ん、誰かに頭をなでられている。このおじいさんは誰? グリーンムーンって何? ここはグリーンムーンなの? 帰ってこれたんだ。帰ってきたってどこに? 僕の生まれ故郷だよね。ん、
そこで僕の意識が戻り始めた。眼前でジルが目を丸くして言った。
「お前、グリーンムーンってどこで聞いた?」
「どうやら記憶が戻り始めたらしいです。あまり詳しいことまで思い出せないけどグリーンムーンの森を歩いている光景があった」
僕は自信なさげに言った。
「オレもグリーンムーン出身だ。お前の故郷がグリーンムーンならオレと一緒に帰ればいい」
ジルが僕の肩を抱いて言った。
「グリーンムーンってここからどのくらい遠いの?」
「この宇宙の果てだよ」
「帰れるの?」
「帰れるさ」
そんなやり取りをしていると、デュランが見回りから帰ってきた。
「どうやら、アンヌたちが陽動をしているらしい。すぐにここを発つぞ」
「デュラン、フレイアの記憶が戻り始めているらしい。詳しいことは後で話す。さあ、行こう」
僕らは発着場に再度の突入をかけた。
真夜中ということもあってか敵兵たちはどこにもいなかった。昼間の喧騒とはうって変わってだ。僕らは発着場内を一気に駆け抜けた。そして管制塔内部への突入に成功した。管制塔にはひとりの女性がいた。
「アンヌ、首尾はどうだ」
デュランが尋ねた。すると、その女性はこう言った。
「おとといから救難信号を送っていてね。フフッ、二時間前に応答があったの。誰だと思う?」
「焦らすな」
ジルが苛立ちを隠さずに言った。
「お前さんの同僚のジルだよ。揚陸艦チャレンジャーの艦長として地球周辺を周回していたらしいよ。もうすぐ来るって。だから仲間に陽動をかけさせて発着場内をきれいにしておいたのさ」
アンヌは面白がってジルに言う。
程なくすると発着場内が轟音に包まれていった。グリーンムーン軍揚陸艦チャレンジャーがジルを迎えにコンフォール基地に降りったのである。帝国軍の兵たちは突然の揚陸艦の登場でまったく反応できていないようだった。僕たちはすかさずチャレンジャーに乗り込んだ。
「ジル、久しぶりだな。会いたかったよ。今まで何していたんだよ」
ジャック艦長は旧友との再会に興奮を隠せないようだ。
「詳しいことは後で話す。どうせグリーンムーンまでの道中は長いんだ。それよりこいつを安全な場所まで届けてくれ」
ジルはデュランを指さして言った。
「わかった。とりあえずパリでいいよな」
「そこで頼む」
ジルはそう答えた。その後、僕たち三人は艦内の特別室に通された。
「フレイア、デュランに記憶が戻り始めた件を話してやってくれないか」
ジルが僕に話をするように促してきた。
「詳しいところまでは戻っていないんだけど子供の頃にグリーンムーンっていう森の豊かなところにおじいちゃんと住んでいたのは思い出したんだ」
「おじいちゃん? フレイア、ガキじゃねえんだから。おじいちゃんはねえだろ」
ジルがからかうとデュランが言った。
「ジル、お前さんだって俺と出会ったころは僕ちゃんだったろう」
「うるせいやぃ。あの頃は若かったからだよ」
「フレイアもあの頃のお前さんと同じくらいの年頃じゃねえかい」
そう言われてジルは苦笑した。
「あの後、記憶の断片がもう少しはっきりしたんだけど、『その世界』に行ったときに『魔王様、子供のほうが洗脳も魔法習得もしやすいので』って声がしてたんだ」
僕はそう言って頭を抱えた。
「あまり無理して思い出すな」
デュランが僕を気遣ってそう言ってくれたのでその話題はそこで終わった。
「フレイア、この後どうすんだ?」
デュランが話題を変えてきたが、これにはジルが答えた。
「グリーンムーンに行けば住民登録のデータベースがある。具体的な名前や住所がわからなくても生体データだけで名前も住所も特定できるから」
そこまで言ったときドアをノックしてジャック艦長が部屋に入ってきて言った。
「ジル、そのデータベースならこの艦からもアクセスできるぜ。デュランさんを降ろしたら調べてやるよ。おっと、デュランさん パリに着いたぜ」
その後、パリにデュランを降ろして、チャレンジャーは大気圏を突破していった。
僕たちは個室を与えられて過ごしているが宇宙空間とは思えないほど快適だ。ジャック艦長からは生体データによる調査結果をいつまで経っても教えてもらえないで悶々とした日々を過ごしているとジャック艦長から艦長室に来るように指示された。急いで艦長室へと行くとソファーに座るように指示された。ジャック艦長も向かいのソファーに座った。
「回答をお待たせてしまって申し訳ございません」
えっ、やけに丁寧な話はじめに僕はびっくりした。
「軍の上層部の回答と指示を待っていたものでお待たせしてしまいました。フレイアさん、貴殿の素性がわかりました」
そう言われて僕は居住まいを正した。
「貴殿の名前はアンソニー・フレデリック。お父様はグリーンムーン連邦議会の議員です。かなりの大物です」
あ、だから態度が違うのね。苦手だなぁ。こういう人。
「貴殿は四歳のときに誘拐されたそうです。お父様は当時、州知事であったのですが、身代金などの要求もなかったそうです。しばらくして実行犯五人が逮捕されたのですが貴殿はすでに行方不明になっていたのですが、まさか異世界に召喚されていたなんて驚きましたよ。あ、ジルからおおかた聞いています」
いいかげんその言葉使いをやめてほしい。
「実は、この誘拐事件は金銭目的ではなく州知事選の対立候補陣営が仕組んだ誘拐だと発覚して、総勢五十二人の逮捕者を出す政界の大スキャンダルになって大騒ぎになったんですよ。その対立候補者の父親は連邦議会の議長だったんですよ」
はぁ、こんな話聞きたくないんだけどなぁ。
「六年前に貴殿の死亡宣告がなされていたのですが、ご両親は諦めきれずにずっと貴殿を探し続けていたそうです。これから私が言うことは軍上層部というよりは政府からの指示ですので貴殿に選択する権利はないのですが事前にお伝えしなくてはいけないと思いましたのでお伝えします」
なんだよ。仰々しい。
「グリーンムーン軍揚陸艦チャレンジャーは貴殿をグリーンムーン連邦政府首都ムーンレジェンドにお連れします。しばらくのご辛抱お願いします」
ジャック艦長は僕がショックを受けて黙り込んでいると勘違いしたらしく、一言付け加えてきた。
「ご心中お察しします。ご自身が名門フレデリック家のご令息とは思いもよらないですよね」
そうじゃないんだけどね。こちとら魔王軍と戦ってきたぐらいだからね。だからその話し方やめてよ。
「間もなくライトゲイトに突入します。自室で待機お願いします」
僕は黙って立ち上がって艦長室を出て自室に向かいながら思った。
なんだかなぁ。やだね。あんな大人にはなりたくないね。
グリーンムーン軍揚陸艦チャレンジャーはライトゲイトに消えていった。