予兆
多くの人々がライトゲイトの向こう側に移住し、地球連邦政府が解体されてから千年以上が経過しても海面水位の急激な低下はとまらず、あっという間に地上の水は干えあがってしまった。また、地球連邦政府が解体されたことにより当初は小国が乱立されていったが、千年以上をかけてゆっくりと併合を繰り返し一つの大帝国が誕生し今日に至る。地下水脈だけが頼りになった状態では富裕層にその水脈が独占され、それがまた格差を助長していった。富裕層のいる都市部だけが栄えて、その周囲は荒涼とした原野そのものになり果てていた。
その帝国に双子の皇子が誕生するが、二天は不吉を助長するとして皇帝は義弟のピーター公爵に下の皇子を処分するように指示したが、ピーター公爵はその子を不憫に思い、自領であるコンウォール領に匿ってしまう。その皇子をデュランと名付けて我が子として育てていた。
あれから十五年の歳月が経過した日のこと、運命の歯車は動き始める。
「お兄さま、知っています? コンウォール遺跡の怪談話」
妹のアンヌは今日も元気だ。こんなに元気よく怪談話を始められても怖い話も全然怖くないだろうに。
「なんか~〜、誰もいないはずなのに夜な夜な人が喋っているんだって!」
ああ、やっぱりだ。アンヌに話した人は怖そうに話したんだろうけど、そんな風に明るくしかも思いっきり端折って言ったら怖い話も全然怖くないよ。
「で、僕にどうしろと」
「一緒に夜、肝試しに行かない」
「夜なんて無理だよ。父さんに怒れるよ。昨日だって近所の男の子たちをひとりでぶん殴ってきて怒られたばかりだろ。アンヌ」
「むう、お兄さま怖いだけじゃないの?」
「昼間だったら一緒に行ってあげるよ」
「昼間じゃ肝試しにならないわ」
「多分それ夜じゃなくてもしゃべっていると思うよ」
「そうかしら。じゃ、今から行きましょ。早く、お兄さま」
アンヌに手を引っ張られて屋敷の外まで無理やり出されて、今度は背中を押されて歩かされていく。
これじゃ、どっちが男かわかんないよ。
そんなことを思いながら自分で歩き始めると、アンヌは僕の前に出て先導しはじめた。
「じゃ、さっさとコンフォール遺跡の謎を解明してしまいましょ」
あーあ、アンヌは黙ってれば、いや寝てれば美人さんなのになぁ。これじゃ、彼氏なんて当分できないな。
そんなことを内心思って、フッとほくそ笑むとアンヌは不思議そうに言った。
「何がおかしいの?」
「ううん何でもない」
「変なお兄さま」
そんなやり取りをしているとコンウォール遺跡に着いた。
コンウォール遺跡はかつてロケットなどの発射場であり、揚陸艦が開発されて以降はその発着場として運用されていたらしいが、地球連邦政府が解体されて以降は使用されずに廃れていったため『コンウォール遺跡』などと揶揄される存在なのである。
二人はコンウォール遺跡に到着すると周囲を確認した。発着場には何もないので、古ぼけた建物に向かって行った。昼間なので外は明るいが、建物の中は薄暗い。
こんなところ昼間でも肝試しではないのか。
デュランがそう思っているとアンヌが叫んだ。
ホント、アンヌは雰囲気を台無しにするよな。おかげで助かったけど。
「お兄さま、なんか喋っているわよ」
「・・・・・・ナ・・・・・・セヨ・・・・・・オ・・・・・・」
「ホントだな。アンヌ」
僕はそう言ってアンヌと一緒にその声が聞こえる部屋の中に入った。
「お兄さま、あそこ!! なんか光っていますわ」
アンヌの指さす方向を見ると確かに何かが光っている。僕がおそるおそる近いづいていこうとすると、アンヌは駆け足でその光を放つ物体に駆け寄っていった。
アンヌ、君は肝試しに来たんだよね。台無しだよ、ホント。おいおい、そんなにいろんなところバシバシ叩いて大丈夫なのか?
すると、その物体がさらに光り、サイレンが鳴った。
「キュウナンシンゴウハツドウ。キュウナンシンゴウハツドウ」
アンヌはびっくりして尻もちをついた。
「お兄さま、これどうやって止めるの?」
「いや、わからない。とにかく逃げよう」
僕たちは一目散に屋敷に戻ってきた。
ある意味、普通の肝試しより怖いかもと思いながら屋敷の中を見渡す。
あれ、なんか大勢のお客さんが来ているぞ。
デュランの双子の兄ドナルド皇子は幼いころから病弱で床に伏せがちであった。医者を何十人にも診せるが、原因はわからないままだった。どこが悪いというわけではないが、一向に快方には向かわないという状況であった。宮中では双子の弟皇子の怨念が影響しているのではという根拠もない噂が絶えなかった。このことに父親である皇帝も心を痛め、ここ数年床に伏せがちであった。
コンウォール領主ピーター公爵の屋敷は昼過ぎから大勢の客人の訪問にてんやわんやであった。なんでも帝国内には内密にしているらしいが、一月前にドナルド皇子が亡くなりそれを悩んだ皇帝が三日前に自死してしまったらしい。これに困った帝国政府は参謀ジェームズを急遽、皇帝代行にたてた。そこまではよかったのだ。ところが、今朝のことだがジェームズ皇帝代行は突然自身の息子であるトーマスに帝位を譲ってしまった。そもそも参謀ジェームズに皇帝代行をさせることに反対していた貴族たちは猛反発して、元皇帝の義弟であるピーター公爵のもとに大挙して集まってきたのであった。
「ピーター公爵閣下、お願いがございます」
本題に入ったのは反対派の急先鋒であるレギーヌ伯爵である。
「レギーヌ伯爵殿、これはいったいどういう御用でございましょうか」
ピーター公爵はとぼけたような口調で答えた。
「ピーター公爵は以前亡きドナルド皇子の双子の弟を処分されたと聞いておりますが」
レギーヌ伯爵はさらに続ける。
「その頃から宮中にいた人々に尋ねたところ、処分されたところを誰も見ていないらしいのですよ。それで」
そこで、ピーター公爵はレギーヌ伯爵の話を制止し、こう言った。
「つまり、デュランを駆り出せということだな」
そこに集まった一同はやはりという表情で一斉にピーター公爵にデュラン擁立を乞い始めた。
「しかしな、勝算があるようには全く見えんのだよ。わかるかい。相手は現皇帝と帝国随一の実力者ジェームズであるということは、帝国軍を相手に戦うということが分かっているのかい」
一同は黙り込む。
「ここは我慢だよ。いずれ時期をみてデュランを擁立することを約束する」
ピーター公爵は場を治めるため心にも思っていないことを約束した。
一同はひとまず納得したような顔を装い、ピーター公爵の屋敷を出てそれぞれの帰路に就いた。