乙女ゲーのモブってこうなのか?
お昼はいつもひとりだ。
いや、いつもじゃない。負け惜しみでもない。ひとりになったのは二年になってからだ。
一年の時は仲間とわいわいやっていた。でも二年になって仲間とクラスが別々になってタイミングを逃したら一人になった。
始めは仲間のいる隣のクラスに行っていたけど、自分の教室に戻ると昼休みを一緒に過ごす仲間がいないんだなと気が付いた。
それからは昼休みはスマホと過ごすことが多くなった。別に会話型AIと戯れているわけじゃない。普通にゲームやSNS、読書なんかをしているだけ。
それに昼休みをひとりで過ごすことも案外楽しいってわかった。
もう一度言うけど、負け惜しみじゃない。
昼休みって毎日同じような場所に同じようなやつらがいる。当然毎日教室にいないやつもいる。
俺も授業が終わったら昼休みも移動することはなく毎日自分の席で食事を摂る。
そして俺の左斜め後方で女子ふたりが食事をする。やっぱり毎日同じように。
始めのころは全然気にならなかったけど、いつの間にか女子ふたりの会話が気になりだした。
ふたりには好意があるわけじゃないし盗聴って趣味もない。でも聞こえてくる話は興味深くて面白いこともある。中でも加藤さんの恋愛話が面白い。
加藤さんは隣のクラスの吉田が好きなんだと。中学も同じだったらしいけど去年同じクラスになってから好きになったらしい。
加藤さんの切っ掛けとか気になるけど昼休みに語られたことがない。でも乙女の妄想やデレっぷりを聞いてると微笑ましいし面白しくて経過が気になる。
あれだ、ネット小説の次話が気になる感覚だ。
だから加藤さんの相方の中村さんに期待しているけど、進路の話だったりSNSやおしゃれの話で、吉田のことが出てこない日もある。
正直じれったい。毎日投稿してほしい。
そしてある時気が付く。この状況って乙女ゲーなんじゃないかって。ヒロイン加藤さんの吉田ルートで、中村さんが親友ポジション。
一瞬俺はゲーム世界に転生したのかと思ったけど、母親は歳相応で変わらなかったし、可愛い姉妹ができたわけでも美人の幼馴染ができたわけでもなかった。
俺は単なる覗き見のモブだった。
ただそれでもこの世界の物語、加藤さんの物語は面白い。欲を言えばテンポを上げてほしい。
でもやっぱり現実は物語と違ってイベントなんかないし、全然話は進まない。
中村さんには期待外れだった。
だから仕方なく俺が動く。まるで乙女ゲーの観察者のように。
仲間に会いに来たように装って、昼休みは隣のクラスで過ごした。そして吉田のことを伺う。
背は低いけど、まぁまぁイケメンだ。やっぱりかと思った。
仲間に聞いたら吉田に彼女はいないらしい。よしよし、加藤さんのハッピーエンドルートは残っているようだ。
それでいろいろと吉田のことを聞いていたら、なんで吉田のことをって問われる。
確かに。
男の俺が吉田のことを気にかけていたらキモいな。
ここは正直に話す。俺のクラスで吉田の評判を聞いてたので気になっていたと伝える。
それから数日間昼休みを隣のクラスで過ごしたら吉田とも話をするようになった。
正直悩んでいる。このまま吉田に絡んでいていいものだろうか。
やっぱりモブはモブらしく覗いていればいいんじゃないかって。
悩んだ末、もう吉田には関わらないと決めた。
そしていつものように自分の教室でひとりで昼食を摂っていたら事態が急展開した。
加藤さんが吉田と連絡を取り合っていると中村さんに話をしていた。
俺が隣のクラスで昼休みを過ごしていた数日に何があった!
一番重要な時にいなかっただなんて、悔やんでも悔やみきれない。
いやまだだ。これから語られるかもしれない。
そう思っていた。
しかし数日したら加藤さんと吉田は付き合いだして、加藤さんは昼休みになると教室から出ていくようになった。
ショックと言うか虚脱感に襲われる。
ラノベでいう打ち切りエンドだ。いや二人は付き合いだしのだからハッピーエンドなんだろう。
加藤さんと吉田の物語が気になるけど、もう知る術がない。
あーつまらない。
そう考えてたらお弁当を持って中村さんが声をかけてきた。
「ねぇ岡田、お昼一緒に食べない」
なんだ、この展開。
立っている中村さんを見上げると色っぽいことは期待できそうでないとわかる。
そもそもクラスメイト以外に接点もないはず。
でも嫌だとはっきりと言えない。
だから余裕があるように「いいよ」と応える。
すると中村さんは俺の隣の席に座る。間違っても一つの机を共有したり向き合ったりなんかしない。
そしてお弁当を出しながら俺に話しかけてくる。
「岡田はなんでアカリに協力したの」
はぁ?俺が加藤さんに協力?何を?さっぱりわからん。
「何のことだかわかんないけど」
「とぼけたって知ってるんだから」
「だから何を」
「アカリと吉田をくっつけたこと」
いやいやいや。
「そんなことしてねーし」
「嘘。私、聞いたんだから」
「何を」
「吉田のとこに行ってアカリが好きだって教えたって」
「はいぃ?」
「なんでそんなことしたの」
「いや、だからそんなことしてねーし」
「もしかしてアカリのことが好きだった?」
「はぁ?どうしてそうなるんだよ」
「だって他に考えられないじゃない」
「俺は加藤さんのことはなんとも思ってないし、くっつけるようなことはしてない」
それからは水掛け論になった。
せっかくの女子と二人きりの昼食は甘いどころか味がしなかった。
中村さんに絡まれた次の日、久しぶりに隣のクラスに行く。
俺より先に加藤さんがいた。ここって隣のクラスだよな?
そして加藤さんの隣には吉田がいる。その吉田は俺だとわかったみたいで手を挙げて挨拶らしく振る舞う。
そんなに仲良かったか?確かに最近は話すようにはなったけど。
とりあえず頷いて応える。そして仲間の元へ行く。
仲間とは他愛のない話から始まったけど、
「岡田の言う通り吉田に彼女ができたよ」と言われる。
俺の言う通り?
いやいや、そんなことは言ってないはずだ。仲間の発言を否定する。
すると仲間からも否定される。二重否定だ。
それでも情報を得ることができた。
この前ここで吉田の噂話をした後、気になった吉田本人が俺のクラスに顔を出したらしい。
そして顔なじみだった加藤さんに噂話を持ち込んだのが切っ掛けで付き合いだしたらしい。
マジか。
付き合いだしたのはどうでもいいけど、その経緯を仲間の口から聞くと面白さは半減だ。
だってそれは加藤さんの口から語られるから面白いのであって、仲間から聞かさられるとネタばらしでしかない。
楽しみだったのに。
でも考えたら俺が悪いのか?
俺が動いたから物語が進んでふたりが付き合いだしたのか?それも俺が知らないうちに。
くっそ、自分で自分の楽しみをつぶしたのか。
何となく経緯がわかったから自分の教室に戻ろうとすると加藤さんと吉田のふたりが視界に入る。
すごく楽しそうだ。
しかし違うんだ。結果だけじゃなくて物語が見たかったんだ。胸がときめくような。
昨日仲間から経緯を聞いてから虚無感にさいなまれている。なんてことをしてしまったんだろうと。あんなに楽しかった昼休みはもう戻ってこないんだろうと。
そして今日も昼休みは来る。
「中村さん、一緒にお昼ご飯食べない?」
周囲が一瞬静かになった気がした。
わかる。
俺なんかが女子に声をかけて一緒に昼食をしようなんて言えば疑問に思うはずだって。
俺だって女子と一緒だっていうのに、こんなにテンションが上がらないなんて思いもしなかった。
中村さんはなんでと言うけど、俺が話したいことがあると言うと従ってくれた。
そして一昨日と同じように席はくっついていないが隣り合わせになり食事を始める。
でも声をかけたくせに何から話していいかわからず黙って食べていたら中村さんが聞いてくる。
「それで話って何?」
「……」
「話があるから呼んだんでしょ?」
「そうなんだけど……」
「はっきりしないわね」
「……加藤さんのことなんだけど」
「アカリのこと?」
「うん。昨日隣のクラスに行って聞いてきたんだけど、中村さんの言う通り俺が悪かったみたい」
「えっ、なんかしたの?」
「うん。ここで加藤さんと中村さんの話を聞いてて、加藤さんと吉田のことが進まなかったから隣にのクラスに行って加藤さんのことをぼやかしながら話をしたんだ。それがまさかこんなことになるなんて思わなくて」
「ううん?なに言ってるかわかんないんだけど」
「だから俺が余計なことしたからふたりが付き合うようになってさ」
「えっと、それって悪いことなの?」
「はぁ?ふたりが付き合いだしたんだからいいことに決まってるじゃん」
「いやいやいや、待ってよ。岡田の言ってることおかしいよ」
「何が?」
「アカリと吉田が付き合えるようにあんたが手を貸したってことでしょ」
「まぁ、そう言えなくもないけど」
「それで付き合ったんならいいじゃない」
「でもこんなに急に付き合わなくても」
「じゃぁなんでお節介したの」
「お節介と言うか、ふたりがぜんぜん進まなかったから」
「そこ!話が進んで付き合ったんなら文句ないでしょ」
「いやもっとゆっくりっていうか、愛を育みあってっていうか、いきなり付き合ったら面白くないじゃん」
「だからそこがわかんないのよ。アカリにどうして欲しかったの?」
「どうしてっていうか、加藤さんには幸せになってほしいなって」
「……やっぱりアカリのことが好きなの?」
「この前も言ってたけど、好きなわけないじゃん。いや好きは好きだけど、そんな色恋じゃないよ」
「なんなのよ岡田は。ぜんぜんわかんない。アカリだってもう一年くらい吉田のことを想っててやっと付き合えたっていうのに」
「なに、加藤さんの想いって一年くらい前なの?」
「へんなとこに食いつくわね」
「だって始めのころのことは話してないじゃん」
「そうだった?」
「そうだよ。俺、すっげー気になってたんだよ。どうして加藤さんが吉田に恋をしたのか」
「やっぱ岡田ってへんよ」
「そんなことねーよ。それよりもっと聞かせろよ」
それから加藤さんのエピソードゼロを教えてもらった。
確かに物語の後半で恋のいきさつが語られるってのもあったな。うん、これはこれでアリだと思った。
これ以降中村さんの都合が付けばお昼を一緒に過ごして加藤さんの話を教えてもらえるようになった。
「クリスマスの時もそうだけど、なんで加藤さんはバレンタインの時、動かなかったんだ。手作りチョコだったら失敗したヤツでも成功したヤツでも物語は進んだはずなのに」
「なんで女心がわかんないの。バカなの」
「逆に言うけど、手作りチョコを貰ったら意識するに決まってるじゃん。それで彼女がいないんならイチコロだよ。ほんと、加藤さんてチャンスを逃してばかりだな。でもイチコロじゃ困るのか」
「相変わらず変なこと言うけど、自分はどうなの?」
「なにが?」
「クリスマスとかバレンタインとか」
「あるわけないじゃん。それこそ中村さんは?」
「私だってなかったよ」
「へーそうなんだ。可愛いからもっとモテてると思ってた」
「そ、そう?」
「うん」
「じゃぁ岡田は好きな娘とかいないの?」
「彼女がいたらいいなぁって思うけど、いないな」
「へー」
「中村さんは?」
「私?私は……」
「えっ、いるの?」
「いるっていうか、気になってるっていうか……」
「誰?いや待って」
ここで慌てるな。これはチャンスだ。
加藤さんの物語はハッピーエンドだったけど後半は全然楽しめなかった。
もしかしたら中村さんの物語は最初から最後まで楽しめるかもしれない。望外の新作かも。
「やっぱ誰が好きだか教えなくていい」
「えっ」
「俺はちゃんと中村さんを応援するよ。今度は余計なこともしないし」
「……」
「だから誰が好きだか言わなくてもいいよ」
「……あんた、やっぱりバカでしょ」
「えっ」
「はいはい、わかったわ。じゃぁ、私は誰が好きかって絶対に言わない」
「うん」
「そのかわり、あんたには誰が好きかって言わせる」
「だからいないって」
「いーや、絶対あんたの口から言わせてみせる」
「しつこいなぁ」
おしまい
最後までお読みいただきありがとうござい。
物語のあとどうなったと思います?
気になるよねー。
もちろんラブリーです。
絶対寝取らせないから。