りんごの木
『りんごのき』
窓をのぞいてみると、ギンが、お庭で水をまいている。こんな、いつもの風景でいつもと違った彼の表情を見た。
それは、決して嫌な表情ではなく、とても嬉しそう。
ボクは外へ出てギンの元へ向かう。
「どうしたの?ギン。そんなに嬉しそうな顔をして」
「ん?あぁ、ペン。見ろ、コレを植えたんだ」
そう言って指を指す先にあるのは、小さな、小さな何かの苗。
「これは?」
「林檎の木だ」
「リンゴ?」
「おう。お前リンゴ大好物だろう?実がなったら一緒に食おうな。」
そういって彼は微笑った。
幸せそうに、愛おしそうに、そのたった数センチの苗を見ながら。
「・・・・・・・・ねぇ、ギン」
「ん?」
「林檎の木ってさ、実がなるようになるまで何年もかかるよね。ギンはそれを知ってて植えてるの?」
「実がなるまで、一緒に暮らせたらいいなと思って、な」
そんなの、叶わない願いなのに。
何も言わず、苗を見つめているギンは何を思っているのだろう。
もしかすると。
・・・・・・・・どうせ幻滅することは分かっている。
それでも、託してみようか。二人の祈りを、この木に―――――
「・・・・・・・・そう、だね。・・・・・・・ねぇギン、」
「ん?」
「ボク、料理下手だからさ、ちゃんとギンが皮を剥いてよ」
「当たり前だろう、お前なんかに任せられるか」
そう言って笑いあった日から二年後、ギンは、死んだ。
結局は叶わぬ願い。そんなこと知れていた。
でも、毎日二人でりんごの苗を育てながら、笑い会った思い出は、今も、鮮明に、思い出せる。
これは、りんごの苗の神様が、僕たちの祈りを叶えてくれたのかもしれないと。
あの日から、ちょうど80センチ育った苗の前で、頬を伝う何かに気づかないふりをして、共に笑い会った彼に告げる。
「約束破り。ボクが皮むきに失敗して手でも切ったらどうするんだよ」
ボクは、この苗にもう一つ祈りを託す。
毎日、水をかかさず与えて大切に育てている林檎の木に、どうか実がなりませんように、と。
よろしければこの後、「僕は、戦争を望んでいるのかもしれない」をご一読ください