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エゴで窒息  作者: 夏至
第2章
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8話「寂寞」夢side

夏休みになってから勉強、勉強、勉強それしかなかった。小さいころから勉強ばっかりやらされていたせいか、家にいる時は勉強するのが当たり前になっていた。それはこの姿になっても変わらなかった。


独りで住んでいるこのマンションの部屋は、広くて心細い。そして息苦しい。

玄関から外に出て扉の目の前の手すり壁から外を眺めた。どんよりとした空は灰色の雲でいっぱいで、気持ちまでも持っていかれそうになる。


こんな時本当の不良なら、煙草とか吸うのだろうか。

そんな度胸は俺にはなかった。結局何一つ変わってないんだ。


ズボンのポケットに入れたスマホが震えて取り出すと画面には潤の名前が表示されていた。

終業式の日のあの出来事から、潤とは少し気まずい。ずっと潤を避け続けていたせいで、無抵抗の俺にどう接していいのか潤も分からないらしい。俺も今更何が正解なのか分からなかった。


「でも、何の用だろう」


スマホに付けた小さくて変なマスコットのキーホルダーを揺らした。

小学生の時に近くの駄菓子屋の前で回したガチャガチャの景品だ。夏と侑がハマってたアニメのやつとかで、みんなで回すことになったけど潤は興味なさそうだったな。

夏は今でもエナメルバッグにつけているのを見た。ほかの皆はどうしたのかな。夏が未だにつけててもなんとも思わないのに、どうして俺はこんなにも未練がましく見えるんだろう。


ガチャッと背後から扉が開く音がした。振り返ると隣の部屋から潤が耳にスマホを当てながら出てきた。


「夢…」


潤が電話を切ると手の中にある俺のスマホの振動が止まった。

横目で潤を見ると、一度目を逸らした後、頭をポリポリとかいてじっとこっちを見た。手には傘を持っていた。どこかへ行くみたいだ。


「尊が、倒れた。」


思わず潤の方を向いてしまった。

どうして?何があったの?それより大丈夫なの?聞きたいことが沢山あるのに、俺の口からは声が出なかった。口を小さく開けて震わしているだけ。だけど俺、ちゃんと尊の事心配なんだ…。


そんな俺をみて潤は何かを察したように微笑みかけて言った


「でも大丈夫だ。さっき目を覚ましたらしい。」


安堵した。俺は思わず「病院行くの?」と質問した。そういえば久しぶりに声を発した気がする。

潤は少し間を開けてから


「嫌いなところは沢山あるし、ムカつくやつだけど、やっぱり幼なじみだからな。」


と言って、照れた表情で続けて「心配ではある。」と付け加えた。腑に落ちないけど。と続きそうな言い方だった。


「幼馴染…」

「病院行く前に侑の家に行ってくる。尊のこと連絡したんだけど、あいつ返事ないから。」


潤は俺に背を向けて歩き出して。数歩進んだあと振り返って「夢も来る?」と聞いてきた


「俺は…やめとく。」


と返事をしたら潤は悲しそうに少し笑って手を振った後、エレベーターホールへ姿を消した。


しばらく静かになった廊下で、潤が居た方を眺めていた。胸がざわざわとしていて苦しかった。

尊が無事でよかった。その気持ちが胸をぎゅっと締め付けているんだ。と、気が付いたときには玄関から傘を手に取ってマンションの階段を駆け下りていた。




***



尊に告白された。


突然の事過ぎて正直嬉しかったのとか、意味がわからないとかそういうことを考えている暇は無かった。

尊が僕の事を好き?それは恋愛的に?幼なじみ的に?弟みたいな存在として?僕は一体、尊のなに?

頭の中が過去一混乱した。

気がついたら尊を突き飛ばして、走って家まで帰った。大して早くも無い足が誰にも負けないぐらいのスピードを出した日だった。


「ただいま…」


扉を開けると誰も「おかえり」とは言ってくれなかった。

いつもなら真っ先に母親がかけてくるのに、珍しいなと思いながら靴を脱ぐ為に足元をみた。


「あ」


久しぶりに見る父親の靴。


静かにリビングの方へ向かうと2人の声が段々と聞こえてきた。聞こえてきたと言っても何か喋っているのがわかる程度だった。でも、明らかに喧嘩をしていた。

僕はそっと自分の部屋に逃げ込んで息を潜めた。



部屋に入って荷物を置いた後、ベッドにダイブをした。さっきのことを思い出すたび徐々に鼓動が早くなるのが分かった。

抱きしめられた時はびっくりして思わず突き飛ばしたけれど、この約十三年の人生で一番ドキドキしていたと思う。

でも、このドキドキの理由はよくわからない。なんて、返事をすればいいのか、そもそも明日どんな顔して尊にあえばいいのか。ずっと考えていた。



次の日、熱にうなされて起きた。

これが知恵熱ってやつなのか、いや、ただの風邪かな。と怠い体を動かしてベッドから降りた。


昨日は帰ってすぐ寝ちゃったから、とりあえずシャワー浴びないと。その前に薬かな。


部屋を出ると玄関で靴を履く母の姿があった。


「お母さん、僕、熱が…」

「夢。ごめんね。」


僕が言葉を言い終わる前に母はなんのことか分からないが謝罪をし、そのまま扉を開けて家を出ていってしまった。朦朧とする意識の中「行ってらっしゃい」と小さく手を振った。

母の言動には疑問があったが、早く薬を飲まなければと、扉が閉まったのを確認してリビングに急いだ。

そして、テーブルに置かれた一枚の紙を見つけた。


「これ…。」


母の名前が丁寧に書かれてある。

離婚届だ。


「なんで」


辺りを見回して父がいないことを確認した後、思わず離婚届それをリビングにある棚の中にしまった。


薬、飲まないと。


薬箱を探す手が震える。

薬を一錠取ってコップに入れた水と一緒に飲み込む。


「どうしてなの…お母さん。」


胃がキリキリして、僕はまたベッドに寝転んだ。

そのまま眠ってしまって気がついたら時計の針は夜中の二時を指していた。

熱は下がったようで、体は朝よりも軽い。でも


「お腹痛い。」


未だキリキリと痛むお腹を抑えて部屋を出た。暗い廊下をゆっくりと歩いて、リビングの扉を開ける。

テーブルの上に『しばらく仕事で戻らない』と父の書き置きとともに一万円札が何枚か置いてあった。

リビングの棚を恐る恐る開けると僕が入れたはずの離婚届が無かった。


「どう、して。」


目から涙が溢れた。胃が再度キリキリしてお腹をぐっと抑えてゆっくりと、スローモーションのようにしゃがんだ。

僕のこと大好きだって言ってた母が、僕を捨てた。その事実が受け止められなかった。




一週間後、学校をサボり続けた僕に久しぶりに帰ってきた父が言った。


「バスケ部、退部の連絡しておいた。体調が戻ったら学校には行きなさい。」


バスケ部、辞めさせられちゃった。きっとこれで良かったんだ。

尊に結局返事していないけど、もう「好き」って気持ちが怖い。

誰かから向けられた好意はそれを失った時がとてつもなく辛いんだ。


そうか、だったら誰からも愛されなければいいんだ。

そして、誰からも愛されなくても大丈夫なぐらい強くなればいいんだ。


僕は次の日、父が置いて行った追加のお金を握りしめて家を飛び出した。


ピアスを開けて、髪を金色に染めて、いつもの自分じゃなくなれば、不良みたいになれば、きっとみんな、僕を嫌いになってくれる…だろうか。


この考えがどんなに浅はかで馬鹿なのか家に帰った後、鏡で自分の姿を見たときに思い知った。


「僕…。俺はもう一人で大丈夫。」


鏡に越しに綺麗に染まった金色の髪をゆっくりと手でなぞりながら、自分に言い聞かせるように呟いた。



季節が冬になって久しぶりに学校へ行くと、尊は俺の事を避けていた。返事を聞いてくる素振りもなくて安心した。

もしもいつも通り話しかけられたら、拒絶しないといけない。

もしも告白の事をぶり返されたら、フラなきゃいけない。

そんなこと尊にできない。…なんて、こんな都合のいい話、笑ってしまう。自分が傷つきたくないだけって、誰が聞いても分かる。俺はひどい奴だ。だからみんな俺の事を嫌いになってくれ。


そう願うことで自分を保てるような気がしていた。



***




そうずっと願っていたけど、侑にお願いされて夏にはいつも通り接することを約束してしまった。

初めからこんなことしなければよかったと何度も心の中で思っていた自分の弱いところを侑につつかれてあっけなく。

いつも通り接してくる夏を無視し続けるのも辛かった。夏は何度俺が無視しても笑顔を絶やさないから。

そして侑はその夏を大切にしていたから。


逆に潤を拒絶するのは簡単だった。

いつも「みんなが心配してる」とか「先生からの印象を悪くするな」とか曖昧で抽象的な何かが理由だった。だから「俺には関係ない。」と簡単に言えた。

それでも俺が戻って来てから今日までずっと構ってくる。俺がどれだけ暴言吐いても、拒絶しても。それはやっぱり『幼馴染』だから?


夏に暴力を振るっていたのはきっと尊だ。尊は夏にひどいことをしているのに、暴力を誰かに振るってしまうぐらいなにか辛いことが尊にあったのではないか。と、尊が意味もなくそんなことするわけない。と尊を庇護するような気持が先に来る。

その度に、尊の愛を拒絶した自分が何を言ってるんだ。と馬鹿馬鹿しくなる。

あの頃、尊に酷くて、辛い思いをさせたのは俺だ。今更、何もできない。何もできないけど、尊に会いたい。それは尊が俺の『幼馴染』だから?


雨が降り出してきた。できるだけ早く走った。あの尊の告白から逃げた時と同じぐらいの全速力で。


「多分ここだよな…。」


病院の入り口で結局開かなかった傘を軽く振って水滴を落とした。その振動でポケットからスマホが落ちる。


「あ、やば」


かがんで腕を伸ばすと、髪から雫がポタポタと落ちた。


「あれ?不良くん?」


声をかけられて顔を上げるとガタイのいい、物腰柔らかそうな顔の男の人が立っていた。


「あ、三葉先輩…」


俺が中学二年生の時に途中で入部してきた先輩だ。確か転校生とかなんとか。数週間だけ一緒に練習したけど、あんまりよく覚えていない。


「桜庭に会いに来たの?」

「あ、はい…」

「二階の奥の方の部屋、たぶん行けば分かると思う。」

「ありがとう…ございます。」


ペコッと頭を下げると三葉先輩はビックリした顔をして言った


「噂に聞いてたよりも全然いい奴じゃん。」


噂とは多分学校で言われている数々。みんなに嫌われようと自らした行いの結果の噂だが、いまここでいい奴判定をされてしまった。これだから俺は中途半端なんだと再度痛感した。


「まあ、桜庭と椎名の幼馴染だからな。悪い奴じゃないよな。」


また、幼馴染。

俺はまだ、あの四人の幼馴染という肩書を背負ってもいいんだろうか。


俺が黙っていたのが気まずかったのか、三葉先輩は話題を変えた。


「今、桐ケ谷コーチの車待ってるんだけど、あ、ほら桐ケ谷潤のお兄さん。」

「あ、はい。渉くん…」

「そうそう、挨拶してく?」


渉くんは俺の事も本当の弟のように可愛がってくれたけれど、潤と俺がまともに話さなくなってから、疎遠になってしまった。


「いや、大丈夫です。俺、行きますね。」

「あ、うん。引き留めて悪かった。じゃあな。」


俺が軽く頭を下げると三葉先輩は手をひらひらと振った。


病院の中に入ると独特な匂いがした。この辺でいちばん大きな病院で、何人もの人が出入りをしている。

病室までゆっくりと歩いた。とても緊張している。昔、嫌で嫌で仕方なかったピアノの発表会よりも緊張していた。

会ったら何を話そう。あの時はごめん。と今更告白の返事をするべきなのか?その前にまず、無事でよかったと伝えるべきか。

そもそも、今更素直になったところで尊のためになることなんて一つもない。


「ここだ…」


『桜庭 尊』のプレートを確認して扉の取っ手に手をかけた。何も考えはまとまってはいないけど、とりあえず顔を見るだけ。と深呼吸をしてから音がならないように静かに引いた。少し開けると夏の声が微かに聞こえた。

入ろうとした時、弱々しい尊の声が静かな病室に響いた。


「夏のことが、好き。」


え?


取ってから手を外してしまった。ゆっくりと扉が閉まる。

ペットボトルがコロコロと扉の前に転がってきたのが見えて、扉はピタリと閉じた。


「今、何て」


今から中に入る度胸も勇気もない。

そのまま俺は体の方向を変えて、気が付けば自販機の並ぶ共有スペースらしき所まで歩いていた。老若男女の患者が疎らに使用していた。スペースの端にあるソファに腰を下ろした。


「尊、夏のこと…。」


そりゃそうだ三年間も拒絶したんだ。俺の事まだ好きなわけない。

分かってたはずだし、これが自分で望んだことなのに、どうしてこんなにも胸が苦しいんだろう。

自業自得。この苦しさはあの頃尊を傷付けた代償。そう片付けるしかないはずなのに、本当は夏も侑も潤も尊も大好きなで、みんなに愛されたい自分がここにいる。

目から大量の涙が溢れて止まらない。


「おにーちゃんどこか痛いの?」


顔を上げると腕に包帯を巻いた少年が立っていた。その子の後ろにおどおどと怯えた男の子がもう一人。俺は急いで服の袖で涙を拭いた。


「うん、ちょっとね。君はその腕大丈夫?」

「木登りしてたら落ちた!」


少年は包帯がまかれた腕を高く上げて俺に見せた。どうやら軽症のようだ。

その子の後ろに身を隠す少年はやんちゃな少年の笑顔とはまるで真逆の泣きそうな表情だった。


「君もどこか怪我したの?」


俺が尋ねると少年は首を横に振った。


「俺が怪我したのに、こいつの方がすっごい泣くの」

「だって、ユウマが死んじゃうかと思って」

「生きてるんだから、いい加減元気出せよ」


ユウマと呼ばれた少年がポケットからティッシュを取り出して怯えた少年の涙を乱暴に拭く。

その光景を見て、昔の俺と尊を思い出してしまった。


尊の後ろにくっ付いて歩いていた日々。泣き虫な俺を何度もあやしてくれた尊。


「あ、ママだ。」


さっきまで怯えていた少年は廊下にいるお母さんの姿を見つけてユウマくんから離れた。取り残されたユウマくんはお母さんの元に駆け寄る少年を見てほほ笑んだ。


「君はあの子の事、大好きなんだね」


思わず出た言葉にユウマくんは照れた顔で俺の方に向き直る。


「あいつは俺のことで、泣いてくれる優しい奴なんだ。好きにならない理由がない。」


そしてあの子もユウマくんのことが大好きなんだと思う。俺と尊もきっとそんな感じだった。

相手を大切に想う「好き」に悪いことなんて何もないんだ。そしてあの頃の尊は俺のことを大切に想ってくれていた。ただ、それだけだったんだ。


「あ、お母さんだ。俺、行くね。」

「うん、気を付けてね」


ユウマくんは怪我をしている腕を「バイバイ」と言いながら振ったあと「いてて」とを抑えてお母さんの元へ行ってしまった。


「お母さん…」


あの頃大好きだったお母さん。また会いたいかと今問われたらよく分からないけど、あの日までは大好きだった。それをちゃんと口に出して伝えていたら、まだお母さんは一緒に暮らしていたのかな。


俺は逃げてばかりだ。受け身ばかりで情けない。


ずっと俺のことを守ってくれた尊の背中が好きだった。あの日尊に告白されて、俺は嬉しかったんだ。

俺が尊に抱いているこの気持ちが恋愛なのか、友愛なのかこの際どうでもいい、「好き」という感情は確かにそこにあった。

『好きになってくれてありがとう』そう伝えれば良かった。今からでも、伝えることを尊は許してくれるだろうか。



二章 第八話 「寂寞」 終わり

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