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エゴで窒息  作者: 夏至
第1章
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5話「加速する日々」尊side



「夏はいつも楽しそうだな」


部室に行くため階段を降りると夢がいた。


「だってバスケ好きだし、楽しいし」


夏が楽しそうに会話をしている。

夏の髪をくしゃくしゃっとして「時間ないから行くぞ。」と催促した。


「夢、またね。」


さっきまで意図的に逸らしていた顔を階段を駆け上がる夢に向けた。

金色の髪が揺れてキラキラしていた。


夢に声をかけたい。昔と同じように仲良くしたい。

五人の仲に亀裂を入れた俺にそんなこと言う資格はなかった。



部室に入ると俺と夏はせっせと着替えを始めた。部室には俺ら以外誰もいない。


早く練習したいから誰よりも早く部室へ行こう。誰よりも長くバスケがしたいから皆が帰るまで居残り練習をしよう。これは夏の提案だった。だからいつも着替えるときは俺と夏の二人きり。


その提案が建前だということは分かっていた。

着替えのタイミングだけじゃない。長袖のワイシャツを着たり、部活の時はわざわざ長袖のインナーまで着ている。そういうやつは他にもいるが、夏は一年の大半を半袖で過ごす奴だった。

夏が服を脱いだ。夏の白い肌に腕と胴にいくつか痣がある。夏は痣を隠すように素早くインナーを着た。その痣を誰にも知られないために、部室に入るタイミングをずらしている。


何もかもが、俺のせい。


「どうしたの?」


俺の視線に気が付いて夏は首を傾げた。


「何でもない。体育館行くぞ。」

「うん」


部室を出て体育館に向かうと教室棟の方から潤が走ってきた。


「あ、潤じゃん!どうしたの?」


夏がとっても嬉しそうだ。全力で走っていたのか潤は息を切らし、少し汗をかいていた。自分の手の甲で汗を拭うと、潤は俺を睨むかのように見てきた。


「尊、今日部長会だけど」

「あ?委任状出したけど?確認しろよ」


昔はこんな言い合いを普通にしていたけれど、一時期は口を全くきかない時があった。ここまで仲が戻ったのも去年ぐらいからだ。戻ったといってもまだマイナス。

今は間に夏がいるから話せていると言っても過言ではない。


「そうですか、そりゃ悪かったな。」

「お前こそ、会議の時間もうすぐだろ」

「いや、まぁ…」


潤があからさまに目をそらした。夏が呆れたように笑うと潤に近づき何か耳打ちをした。


「サンキュー」


潤は満面の笑みで夏の肩をぽんと叩いて、階段を駆け上がった。夏は寂しそうな笑顔で手を振っていた。


体育館に行くとまだどこの部活もやっていなくて、薄暗く静かだった。夏がステージの近くでバッシュを履き始めると、キュッキュッキュッと体育館に音が響いた。

夏は鼻歌を歌いながら部活の準備をしている。モップを駆け足でかける夏の白い髪が薄暗い体育館に差し込む光で時より光った。青い瞳に吸い込まれそう。夏は可愛い奴だが、雰囲気は「美しい」といった方が正しいのかもしれない。



そんな夏を俺が初めて傷つけたのは中学三年生の秋だった。


* * *


小学生の時にバスケクラブで四人と仲良くなっていつも一緒にいた。

たかが一年、二年だがみんなより年上の俺はみんなを支えることを勝手に役目にしていた。

夏は俺とバスケするのが楽しいと言ってくれた。潤は俺をライバルだと言ってくれた。侑には一人っ子の自分に兄ができたみたいだと言ってくれた。特に夢には懐かれていた。


夢はバスケのほかに、ピアノや習字、英会話と色々習い事をしていたためバスケの練習に毎回来れるわけじゃなかった。ある日、みんなに置いて行かれたくない。と泣いて練習をお願いされてからクラブがある日はほぼ毎回、二人で居残り練習を監督やコーチに怒られるまでやった。


「習い事の中でバスケが一番好き。」


居残り練習の帰り道、夢がそう言った。

嫌々やっているような習い事もあった夢からそんな言葉が聞けたのが嬉しかった。


「そうか、そう言ってもらえると俺も嬉しい」


俺が夢の頭をなでると夢は照れた顔でにこっと笑う。


「尊がこうやっていてくれるからだよ」


俺は単純だった。夢の言葉で胸が高鳴って、ドキドキが止まらなかった。家に帰った後、部屋に駆け足で戻ってベッドに寝転んだ。

ドキドキする胸を押さえて沈まれ。と何度も胸の内で唱えた。でも、ご飯を食べても、お風呂に入っても、寝ても覚めても、ずっと高鳴りは消えなかった。


俺って、夢の事、好きなのか?


でもそう、俺は単純だった。バスケをしてる時はバスケの事しか考えないし、勉強している時は勉強で頭がいっぱいだった。居残り練習の時は教えることに集中できているし、帰り道と家にいる時は夢のことを考えてドキドキはしたけど、それだけだった。

それにもうすぐ中学生になる。夢とそんなに頻繁に会わなくなるし、きっとこの想いはこれ以上にはならない。


俺は今、夢に気がある。それだけ。それだけでいい。そう思っていた。





「ねぇ、侑って尊と同じ中学行くの?」


中学に上がってしばらくしたある日。いつものように五人で公園で遊んでいると、夏が侑に聞いた。夢と潤も興味津々に近づく。俺も後に続いた。


「え、なんでそれ知ってるの」


侑、俺と同じとこ来るのか。

そういえば勝手にみんな公立の中学に進学するんだと思ってた。でも俺もバスケが強い学校を探して今の中学に入ったわけだから、もしかしたら夏も受けたりするのかな。

なんて思いながら侑に話しかける三人の後ろ姿を見ていたら、夏が思ってもみなかったことを言った。


「実は僕達三人ともそこ行く予定なんだ」


三人ともって、夢も同じ学校に来るってこと?

それを聞いてまた胸がドキドキした。やばい、やっぱり俺、夢が好きなんだ。これ以上にはならないと思っていた夢への想いは、自分の考えとは裏腹に大きくなっていた。




この想いをどうすればいいか悩んでいた中学一年生の夏。


「桜庭君のことが好きです。」


隣のクラスの名前も知らない女子から告白された。


夢への想いは不毛だと自分で分かっていた。気持ちに区切りをつけるのにこれはいい機会だと思った。

俺がOKの返事をすると、その子は泣いて喜んだ。彼女の気持ちを利用することに流石に罪悪感はあったが、少しだけすっきりしている自分がいた。


俺に彼女ができたことはすぐに広まって、バスケ部を伝って夏たちの耳にも届いた。


「尊に彼女か~。中学生は違うなあ」


夏が大げさにリアクションをすると、潤は興味ない。と一言。その後ろを歩く侑はもっと興味なさそうだった。

隣を歩く夢に袖を引っ張られた。


「尊、すごいね。」


キラキラと目を輝かせる夢。憧れの眼差しはちくりと胸を刺したが、俺はこれでいいんだと言い聞かせた。

皆の兄的存在にいることが俺の役目。憧れとか、信頼とか、そういうのだけでいいんだ。夢との関係は「幼馴染」で十分だ。


そう何度も言い聞かせたし、その時は本当にそれが正解だと思っていた。けれど


「え!?別れた!?」


仲のいいクラスメイトがバカでかい声で叫んだ。


「うるさ」

「いや、だってまだ三ヶ月しか経ってねーじゃん。」

「正確に言えば三ヶ月も経ってねーよ」


彼女とは三ヶ月ももたなかった。一緒に下校するだけで、手も繋がずに終わった。


「振ったの?」

「…振られた」

「なんで!?」


別れたい。と彼女に告げられて理由を聞いたら「部活もない休日は幼馴染と遊んでばっかり、一緒にいられる時も幼馴染の話ばっかり。」と言われた。

悪いことしたな。とは思った。結局一度も名前を呼ばなかった彼女に「ごめん」と謝ってさよならをした。


俺を好きだと言ってくれた子の気持ちを踏みにじり、それでも尚、夢の近くにいたいと思ってしまった。

俺は単純だから、好きだと言われたらその子を好きになれると思っていた。でももうこの恋は誰にも何にも動かされないところまで来てしまった。

あれだけ言い聞かせたのに、あれだけ決意したのに、あれだけ不毛だと分かっていたのに。

やっぱり俺は夢が好きだ。

俺は自分の気持ちを無理やり抑えるのをやめた。



そして中学三年生の秋。


夢への気持ちは相変わらずだったが、夏たちが同じ学校に来てから部活が楽しくて仕方なかった。夏休みの大会を最後に引退してからも俺はバスケ部に頻繁に顔を出した。侑は結局クラブを辞めてバスケから離れたが、下校はタイミングが合えば前みたいに皆で一緒に帰った。


あの日もいつもみたいに皆で一緒に帰ると思っていたんだ。


「尊!」


教室の扉の前に夢が来ていた。クラスメイトが下級生が来るなんて珍しいという目でじろじろと夢を見るから、少しだけ怯えていた。

俺は急いで荷物をエナメルバッグに詰めて夢の元へ駆けた。


「どうした?」

「今日文化祭の準備で人少ないし、顧問の先生も来れないから、部活なしになった」

「そうなのか、ほかの皆は?」

「夏と潤は文化祭の準備で、侑は図書委員の仕事で…」


少しだけ戸惑った。

夢への気持ちを認めてから約二年。うまく隠せていたのか、周りが察しが悪いのか、なんだかんだ誰にもバレずに穏やかな日々を過ごしていた。でも夢と二人きりになるのは久しぶりだ。というより気持ちを認めてからは初めてだ。


「ねえ、尊。久しぶりに二人で帰ろう」


この時、ちゃんと断っていればよかった。


「…ああ、そうしよう。」


俺は自分の欲に負けた。


いつもと変わらない帰り道。でも、隣には夢ひとり。


「クラブの時の居残り練習の帰り道みたいだね」

「懐かしいな」

「もうすぐ尊は卒業か…寂しいなあ…」


表情豊かな夢はニコニコしたり、しょんぼりしたり隣で見ていて楽しい。

俺は夢の頭に手を置いて、昔みたいに髪をクシャッとさせながら撫でた。


「内部進学だし、学校は一緒だろ」


頭をなでられた夢は無邪気に笑う。


「尊は高校でもバスケやるの?」

「やるよ。大学でも、大人になってもやりたい」

「やっぱり、すごいね」

「夢は?」


夢はんーっと気まずそうに下を向いた。その後ちらっと俺の方を見て弱々しい声で言った。


「実は、お父さんにバスケ辞めろって言われてて…」

「え、なんで?!」


夢は首を横に振った。


「突然だったし、分かんない。仕事でたまにしか家にいないし。最近帰ってきてもお母さんと喧嘩ばっかりで…」


夢がすごく寂しそうだ。助けてあげたいけど、家の事となるとなんて声をかけたらいいのか分からない。でも、俺は夢とずっと一緒にいたい。一緒にバスケをやりたい。


「僕、ずっと尊と一緒にバスケしたい!!」


涙目の夢が俺の腕を強く掴んだ。俺の心臓が大きく鳴った。


「ゆ、夢、落ち着け」


これ以上、近づかないでくれ。


「尊と離れたくない。」


期待させるようなこと言わないでくれ。


「だって、そんなの寂しすぎて…」


触れたい。抱きしめたい。離したくない。

前に付き合った彼女には一切思わなかったことが湧き出でくる。夢に片想いしていた数年分の想いが溢れて止まらない。


誰か、俺を止めてくれ。

そう思った時には、もう手遅れだった。


「た、尊…?」


気が付いた時には俺は夢を抱きしめていた。

エナメルバッグが夢の肩から落ちて地面に横たわる。夢の体か俺か分からないが、震えていた。


「夢のことが、好きなんだ」


言ってしまった。

いくら人通りが少ない道だからと言ってこんなところで抱きしめるなんて、今の俺はどうかしている。早く離れなければと思う気持ちに反して、抱きしめる力が強くなる。

夢は今、何を考えているのだろう。


ドンッと音が静かな道に響いた。夢に体を強く押されて、フラフラと後退った。

俺は思っていたよりも冷静だったのかもしれない。夢に拒絶されたんだとすぐに分かった。

夢がエナメルバックを拾って一目散に逃げ出す。俺は地面に伸びる自分の影をじっと見つめた。


その後自分がどうやって家に帰ったのかあまり覚えていない。

いつの間にか家についていて、夜ごはんをいつもの半分も食べれなかったことと、五歳の双子の妹と弟が「遊んで」と寄ってきたのに相手にできなったことは覚えている。


シャワーを浴びている時、俺は頭の中でいろんなことを考えていた。

明日、夢に謝ろう。冗談だと言ったら、信じてくれるだろうか。明日、俺が男が好きだとクラスに噂されるのだろうか。あれだけ夢を怯えさせておいて、俺は自分の身の安全を心配している。最低だ。

こんなんじゃダメだ。

許してもらえなくても、夢に嫌われてもいい。学校中に噂されても、それで夢の気が済むなら受け入れる。冗談にしたいと思われたら冗談にするし、もしも本気に受け取ってくれていたら、しっかりフラれよう。


でも夢は次の日も、その次の日も、学校には来なかった。




「連絡もないなんておかしいよ。」


朝練で会った夏が焦った様子で俺に言ってきた。

夢が学校に来なくなって、一週間が経った。


「そう、だな」


俺のせいだと言えなかった。


「潤、家隣だよね、何か知らない?」


夏に聞かれた後、潤はチラッと俺を見た。俺が首をかしげると、潤は少しオーバーに目を逸らした。


「…悪い。何も知らない。」

「そっか…」


ガラガラと音を立てて体育館の扉が開いた。顧問の先生だ。


「集合」


部長の潤が号令をかける。

もう部員ではない俺と数名の三年生は後輩たちから一歩引いた位置に立った。


「「おはようございます」」


部員が声を揃えて挨拶すると先生は「おはよう」と一言。その後先生が話を続けた。


「練習前に連絡が二つある。まずは(さかき)コーチが、急遽仕事の関係で地方に行くことになった為、コーチを辞めることとなった。」


榊コーチはバスケクラブの時からお世話になっている人だ。年齢も二十代で保護者からも人気のイケメンコーチ。母さんも残念がるだろうな。


「もう一つだが、柊から部活を辞めると連絡があった。」

「…え」


その後、続けて先生が何か話していたが耳には入ってこなかった。



「まずランニングから」


潤が手をたたいてみんなに指示する。部員たちが動き出して、潤を先頭に列を作り始めた。

いつも真っ先に動き出す夏がその場に立ち止まっていた。

夢が部活を辞めたことがショックなのが背中でも伝わった。

俺のせいだ。何か声をかけなきゃ。


「おいっ!夏!」


潤が夏を呼びつける。


「ごめん!すぐ行く!」


走り出す夏は泣きそうな笑顔だった。

潤だってあれだけ夢と一緒にいたんだ。平気そうな顔して絶対に傷ついてる。

すべて、俺のせいだ。

想いを伝えることがこんなにも罪なのかと、少し絶望した。


「先生」

「おう、桜庭。どうした?」

「夢…柊本人から連絡あったんですか?」


先生は頭をポリポリとかいた


「実は、柊の父親からだったんだ。柊が学校に戻ってきたら直接話を聞いてみようと思ってるんだが…」


夢が部活を辞めたのは父親のせい?いや、自分に責任がないと思いたいだけだ。

きっと、好きだと言ってくれたバスケを辞めるほど夢にとってあの出来事はよくないことだったんだ。

好きになった俺が悪いんだ。もう、夢の近くにいるのは辞めよう。俺はそう決めた。


* * *


「尊?」


夏の声ではっとした。昔の事を考えていたら、いつの間にかだいぶ時間が経っていた。

もうすぐ俺たち三年の引退試合。一試合でも多く勝つために、今はバスケに集中しないと。最近はこのタイミングで練習に集中してない奴も出てきたし、もっとメニューを変えて、レベルアップして…。部長だし、キャプテンだし、みんな俺を頼りにしてる。しっかりしないと。

過去のことを思い出して、落ち込んでいる場合じゃない。場合じゃないんだ…。



部活が終わって、いつも通りみんながいなくなるまでの間、夏と居残り練習をしていた。


「もうそろそろ帰るか。」

「…尊、大丈夫?」


夏が俺の顔を覗き込む。


「何が?」

「なんか、最近疲れた顔してるし、今日もぼーっとしてた。」

「…。」

「やっぱり、キャプテンと部長の掛け持ちなんて」

「今更だろ。それももうすぐ終わるし、大丈夫だよ」


夏の頭をポンポンと撫でた。

夏は少しだけ不服そうな顔をして「ならいいけど」と片付けを始めた。


正直、イライラはしていた。一年生が練習についてこれないのは仕方ない。でも三年の中に数名、真面目に練習をしていない奴らがいる。去年の秋に顧問が変わってから目立つようになってきた。

どうしたら、いいのか。引退間際でこんなことに頭を悩ませなければいけないことにも腹が立った。




片付けが終わってあとは着替えて帰るだけ。部室で夏が着替えをしている横で荷物をまとめていた。


「ステージのところにタオル忘れてきた」

「まじか。まってすぐ着替えるから。」

「あ、いいよ、今自分で取ってくるから。夏は帰る準備してて。」


俺は夏の返事を待たずして部室を出て走った。

体育館への渡り廊下に差し掛かろうとした時、外から数人の話し声が聞こえた。この声は、バスケ部だ。

俺は思わず物陰に隠れてしまった。

バスケ部の三年が三人、体育館の壁に寄り掛かって話をしている。


「桜庭、なんかめんどいよな。」

「分かる。」

「最近練習メニューも厳しいし。」


俺の話だ。


「もうすぐ引退だから我慢してきたけどさ、なんか高校からバスケ始めた俺らとはなんか違うよな。」

「そんな熱くなるもん?俺分かんない。」

「そんなこと言うなら、辞めればよかったじゃん。」


へらへら笑っているのは気に食わないが、それには俺も同意だ。


「まあまあいいところまで勝ち進めるし、そのチームに所属してましたって言えば色々有利じゃん」

「内申点稼ぎのためかよ」


三年間一緒にやってきた奴らにそう思われてるなんて、気が付かなかった。

一度も試合には出ないような奴らだ。ただの戯言、聞いたことは全部流せばいい。怒りを抑えろ、冷静になれ。


「なんか一人で盛り上がってるよな」

「一人じゃなくて椎名も一緒だけどな」

「あいつらいつも一緒に着替えてるし、付き合ってんじゃね?」

「気持ち悪いこと言うなよ」


夏の事まで馬鹿にされて、握っていた拳に力が入った。

その時ガラガラと大きな音を立てて体育館の扉が開いた。


「悪い、待たせた。」


中から出てきたのは同じバスケ部の三年、三葉(みわ)だ。


「おせーよ。忘れ物あった?」

「あった、あった。」


三葉が駆け寄り合流すると、三人は俺の愚痴をやめた。

三葉とは中学から一緒にバスケをやっている。一言でいえば優しい。後輩からも慕われていて、中学からバスケやっていたメンバーと高校から始めたメンバーとの小さな派閥の中立的ポジションにいるやつだ。

四人はそのまま正門へと向かっていた。三人が話していた体育館の壁をじっと見た。また昔の記憶が脳裏をよぎる。


中学三年生の卒業式の日。体育館裏。風に揺れる金髪。


「この間のことは忘れてくれ。嫌な思いさせて、悪かったな。」


忘れてほしいという無責任な言葉と、本当は告白した次の日に言いたかった謝罪の言葉。

俺の言葉を聞いた夢は怒りも拒絶もせず、ただただ寂しそうな顔をしていた。


「ダメだな」


今日はやけに昔の事を思い出す。イライラも治まらないまま。忘れ物を取りに行かずそのまま部室へ戻った。


「尊、遅かったね。…あれ、タオルは?」

「体育館、もう鍵しまってて」

「そう、なんだ…」


まとめてあった荷物を手に取って、二、三年生の下駄箱へと向かった。


夏が不安そうな顔で俺を見る。その度しっかりしないとと焦る。

夏が大丈夫?と何度も俺を心配する。その度自分の情けなさに押しつぶされそうになる。

さっきの三人の会話が耳から離れない。

夢との出来事が忘れられない。

そんな自分が嫌で嫌でどうしていいか、もうわからない。


ドンっと鈍く大きな音が薄暗い昇降口に響いた。夏が倒れている。

夏は頬を抑えながら上半身を起こした。


「顔はダメだって。痣見られたら他の人にどうしたの?って聞かれちゃうから」


俺が、夏を、殴った…?

まただ。またやってしまった。


「……帰るぞ。」

「…うん。」


起き上がる夏は怒るわけでも、泣くわけでもなく俺の横に並んで「大丈夫だよ」と言う。


そのままお互い無言で正門を出て、しばらく歩いたところで俺は立ち止まった。

夏が少し前まで歩いて振り返る。


「どうしたの?」


俺は深々と頭を下げた。


「た、尊!?」

「ごめん。本当に。俺、やっぱりバスケ部辞める。」


夏が駆け寄ってきて俺の両肩を力強く掴んだ。


「それはだめだよ!さっきも言ったけど、僕は大丈夫だよ」

「大丈夫とか、大丈夫じゃないとかそういう問題じゃないんだ。俺、今までに何度も夏の事…」

「気にしてないよ。尊、疲れてるんだよ。早く帰ろう。」


夏が俺の手をつかんで引っ張りながら歩き始める。

夏の背中を見ながら足を前に動かす。


「夏…」


夏は前を向いたまま「なあに」と返事をした。


もう、夢の二の舞にはならないと、誰かを好きになってはいけないと何度も心の中で誓った。

大事な人もモノも壊すばかりの自分が何かを手に入れてはいけないんだと中学三年生の時に学んだのに


「どしたの、尊?」


今俺は、夏の事が好きだ。


振り返った夏の顔が街灯に照らされて、いつもよりもキラキラしていた。



一章 第五話 「加速する日々」 終わり

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