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エゴで窒息  作者: 夏至
第1章
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4話「痣」夏side


「潤が、知りたいのは、僕のため?それとも夢のため?」


なんて、女々しいこと言ったな。と反省はしていた。

そして潤の夢への明らかな好意を再確認して落ち込んでいた。


何はともあれ、夢と話さないと。


朝のホームルームの間、僕はずっと焦っていた。昨日の夜の事、夢に見られた。そのことだけが頭の中をぐるぐると徘徊していた。

担任の先生の話が終わると終業式のためにクラスメイトが一斉に体育館へ向かい始めた。僕は人混みをかき分け夢のいるA組まで走った。


教室の中をのぞくと窓側の一番奥の席に夢は突っ伏して寝ていた。廊下では潤がクラスメイトを誘導している。

教室に入り駆け足で近づくと夢はゆっくりと顔を上げた。


「夏…」


気まずそうな顔。


「さっきは逃げちゃってごめん。」

「お、俺も、大きな声出して、悪かった。」


縮こまった姿が昔の夢そのもので、やっぱり僕の知っている夢はここにいるんだと悠長に嬉しさを感じてしまっていた。

しかし、そんなこと考えている場合ではないと我に返る。


「昨日、あそこにいたの夢だったんだね。」

「たまたま通りかかって…」

「部活でちょっと喧嘩しちゃってさ。たいしたことないから」

「部活ってことは、やっぱり相手は...」


嫌な汗が頬を伝う。

しまった。夢は相手が誰だか知らないんだ。


「夏、なんでここに」

「…潤」


誘導し終えた潤が教室に入ってきた。

僕と目を合わせようとしない。どうやらさっきの件で罪悪感があるようだ。


「しゅ、終業式遅れちゃうから、二人ともまたね」


絶対に誤魔化せてない。夢にバレてしまったかもしれない。そしたら潤に言うのだろうか。

考えれば考えるほど分からなくなる。体育館へ向かう足が段々と早くなって、気が付けば全速力で廊下を駆け抜けていた。




「椎名どこ行ってたんだよ」


自分のクラスの列からクラスメイトが手招きした。


「ちょっとトイレ行ってた」


乱れた呼吸を落ち着かせながら列の一番後ろに体育座りをした。

後ろを見ると体育館の入口から潤と夢が並んで入ってきた。どうやら会話はしていないみたいだ。

膝におでこをつけて大きく深呼吸をする。昔の僕は皆とどうやって会話してたっけ。今の僕は、潤や夢と上手く話ができない。いつまでもずっと仲良く一緒に居たいって思っていたのに、自分が出来ていない。情けない。


教頭が持つマイクに電源が入り、ボンボンっと音が鳴った。顔を上げて見ると校長先生がゆっくりと壇上へ上がっていた。


「終業式、めんど…」


再度膝におでこをつけて項垂れた。

少しだけ昔のことを思い出した。


***


小学三年生の時に日本に来た。親の仕事の関係でアメリカにいた僕にとって未知の世界。

幼いころから引っ越しは何度もあって友達はあまり多くなかった。友達が多くない理由はもう一つあったが、引っ越しが大きな壁なのは確かだった。日本には長くいることが決まっていたため、早く友達を作って自分の居場所が欲しい!と期待と焦りが混在していた。


転校初日からニコニコしてたら皆声をかけてくれた。何度も経験したこの瞬間。自己紹介はお手の物。

家族と話す時は基本日本語だったため、言葉の壁はほとんど無かった。好調の滑り出し。

そして、アメリカにいた頃からずっとやっていたバスケをやるために僕はバスケットボールクラブに入った。


「椎名バスケ上手いな!」


一番初めに声をかけてくれたのは尊だった。

ひとつ上の学年で身長が高いせいかちょっと大人びて見えた。


「俺の方が上手いし」


尊の後ろから出てきた潤は初日から僕をライバル視していた。


「桜庭くんも桐ヶ谷くんも凄い上手いよね」

「まじ?まぁ、頑張ってるからな俺ら。あ、俺の事、尊でいいよ。」

「あ、うんじゃあ僕も夏って呼んで」

「おう」

「…俺、練習する。」


潤はあんまり僕と会話してくれなかった。


「あいつ、上手いって言われて照れてるんだよ」

「え、そうなの?」

「仲良くしてやって」


尊がニコッと笑う。一人でシュート練習をしている潤を少しだけ目で追った。


その後侑と夢を紹介された。二人ともお世辞にもスポーツが得意とは言えないけど、努力家だった。

特に夢は尊と2人で居残り練習をしていて、よく監督に早く帰れと怒られているらしい。

段々と五人で過ごすことが増えた。此処が僕の居場所なのかもしれない。と思うようになった。


僕をライバル視していた潤とも次第に仲良くなって二人で遊ぶことも珍しくなかった。


「夏の髪って本当、綺麗だよな」


小学五年生の秋。クラブの帰り道、たまたま潤と二人で帰ることになった。潤が僕の髪を優しく触る。自分の顔が火照ったのが分かった。


「そ、そうかな。」


自分の恋愛対象が男だと言うことは昔から自覚していた。これが友達を多く作れないもう一つの理由。

まだ一桁の年齢で、同性相手にドキドキすることも、それが周りと違うことも知ってしまった。

友達を好きになってしまったら、仲良くするのも難しい。バレてた時のことも考えたくない。どうせ短い間なんだから、隠しておこう。小さかった僕にできることなんてなかった。


初めて潤に会った時、めちゃくちゃタイプだ。と思ってしまった。日本に来てもまた僕は同じなんだ。と思ったけれど、今回はいつもと違う。長く日本(ここ)に住むということ。それは僕にとっていいことなのか、悪いことなのかわからなっかった。


もともとかなりメンクイだったのもあって、好きになる相手や気になる相手の周りにはいつも女の子がいた。

潤も例外ではなかったが、周りの女の子が相手にされている様子もなかった。


「潤は彼女とかいないの?」

「え?いないけど?てか俺らまだ小学生だろ?」

「別に今どき小学生が付き合っててもおかしくないし。…潤、モテるじゃん」


自分で聞いたけど、少しだけ胸が痛かった。どんな返答が来るのかドキドキしていた。


「モテてないけど?」

「…え?」


潤は女の子を相手にしてないんじゃなくて、鈍感なだけ?


「まじか。」


あっけらかんとした自分はとっても間抜け面だったと思う。

潤の返答に少しだけ安心して、だからと言って男の自分が有利というわけではない。と胸をなでおろすことはなかった。



そしてその数週間後に僕は気づいてしまった。


「潤っていつも夢の事追いかけまわしてるよね」


バスケの練習中に侑が二人を見ながら言った。侑の視線の先には潤が夢にバスケを教えている姿があった。

そういえば、潤と夢っていつも一緒にいるな。一緒にいるっていうか、潤が犬みたいに夢にべったりで、どこに行くにも、何をするにも夢、夢、夢って。


…ああ、そういうことなのか。


って気づいてしまった。

でも、男が好きなら、僕にもきっとチャンスがあるのかな。なんて前向きに捉えたけど、潤は男が好きなのではなくて、夢が好きなんだ。




「潤は好きな子いないの?」


中学一年生の春、潤に聞いた。

僕は相変わらず潤に片想いをし、潤は相変わらず夢を追いかけまわしていた。ついでに潤を追い回す女の子も増えた。


潤が年々かっこよくなって困るとか、潤が変わらず夢のこと好き。とかそんなことがどうでも良くなるくらい五人でいることが楽しかった。

この恋が叶わなくても、みんなでこうやってずっと一緒にいれるなら、それで幸せ。この先潤と夢が結ばれても、きっと、たぶん、大丈夫。


でもせめて、潤の口から夢が好きだと聞かせてほしかった。実は付き合ってました。とかよりはダメージが少ない気がしていた。つまりは自己防衛。だから、潤に聞いた。


「なんか小学生の時もこの辺で、彼女いないの?とか聞かれたよな。デジャヴ。」


潤は面白がって笑う。鈍感すぎて腹がたったが、笑った顔がイケメン過ぎて許した。


「好きな子か」

「そう。恋愛としてだよ」

「…」


潤はんー。と唇をぎゅっとした。

流石に男が好きなんてすぐ言えないか。ましてやイツメンの一人だなんて、言えないよな。


「ごめん、変なこと聞いたね。」

「あ、いや、俺今まで誰かを好きになったことないんだよね。今もそう、いない。」


嘘をついてる様子もない。夢のこと好きじゃないのか?僕の勘違い?

ただ単に潤は自分の恋愛にも鈍感だった。


「てか、急になんで。あ、もしかして恋愛相談?」


ある意味そうだよ。と言いたかった。


「夏、好きな人いるの?」


目の前にいるよ。と言いたかった。


「ううん、いないよ。潤があまりにも恋愛と縁がなさそうだったから気になって。」


言いたいことを全部飲み込んで嘘ついて笑顔を作る。


「夏はかっこいいのに勿体ないな」


潤が満面の笑みで言ってきた。そっくりそのまま返してやりたかった。いっそのこと嫌味だと言ってくれたらよかったのに。


潤がはっきりと夢のことが好きと言ってくれさえすれば、きっぱりと諦められると思っていた。でも言わなかった時のことを考えていなかった。勢いで告白するべきだったのか?

本人に自覚がないことも、潤の言葉でドキッとしてしまう自分にも腹が立つ。

じゃあ僕は潤のことを諦めない。ということが最善の選択…なのか?結局いつもどおり中途半端なまま。




中学二年生の秋。潤が文化祭準備の日からおかしくなった。何かをずっと考えていて、常に不安そうな顔をするようになった。尊と会話をすることが減り、避けているようだった。そして夢がバスケ部を辞めて、学校に来なくなった。


「潤、今日夢の家行ってみようかなって思ってるんだけど、一緒にどう?」

「…」

「一緒にって言っても、潤は隣だし、一緒に帰りながらそのまま…」

「悪い。寄るとこあるから、行けない。」


潤がこうなったのも、尊が夢に関わらなくなったのも、夢が学校に来ないのも、きっと繋がってる。そしてきっと簡単なことではない。

分かっていたのに僕は潤に「薄情者」のレッテルを貼ってしまった。夢に会いに行ってないのは尊だって同じなのに、潤にだけ。



冬になって夢と久しぶりに会った。

金髪になった夢が自分にも冷たかったときは流石に心が折れたけど、何故かその数週間後に夢の方から僕に会いに来て


「ここ何日か冷たくしごめん。でも、もう元の自分には戻れない。」


と言ってきた。


「夏が友達を大切にしてるのは知ってる。今俺は五人でいることが苦しい。だからごめん」


夢の顔は泣きそうだった。声は震えているし、拳はぎゅっとしていた。

不良みたいな風貌には似合わない「ごめん」。


「僕、一人なら、声かけていい?」


嫌だ、五人一緒がいい。いつまでも仲良く、どこに行くのも一緒がいい。


「うん」


元の夢に戻ってよ。


「じゃあ毎日朝おはようって言いに行く」


泣きそうになるのを我慢して笑顔を作るのはもう嫌だ。

これ以上みんながバラバラにならないように、みんなの手を握っていよう。と決めたのはこの時だった。


***


辺りがガヤガヤと騒がしい。顔を上げると生徒たちが立ち上がったり腕を伸ばしたりしている。

終業式がいつの間にか終わったんだ。何も聞いていなかったし、どのくらい時間が経ったのかも分からない。とりあえず立ち上がり、腰を伸ばした。


「夏っ!!」


背後から声がして振り返ると体育館を出る生徒の波の中に侑がこちらを向いて立っていた。


「侑、どうしたの?」

「…夏休みの」

「うん?」

「部活が休みの日、少しだけ時間くれない?」


わざわざ面と向かって聞きに来なくてもいいのに。と思いつつ、決して口にはしない。何故ならこういう些細な時間ですら、幼馴染と過ごす時間が好きだから。僕は執着しすぎだろうか。


「いいよ。いつがいい?」

「じゃあ、今週末」

「了解。どっか遊びに行く?」

「…いや、ちょっと話聞いてほしくて。いつもの喫茶店で」

「分かった。時間はまたスマホに送って。」


侑が頷く。

人が減った体育館を見渡す。三年生の列に大きく欠伸する尊を見つけた。

侑の方に視線を戻すと、侑は何故だか怒っている表情だった。視線の先は僕と一緒で尊だった。


「じゃあ、先に行くね」

「あ、うん。」


こちらに向き直った侑はいつもの表情に戻っていた。怒っているように見えたのは僕の気のせいだろうか。手を軽く振って侑は出口の方に走って行った。


「夢、行くぞ。」


近くで潤の声が聞こえた。A組のクラス列が捌けている中で、夢は潤に手を引かれてゆっくりと立ちあがる。

昨日までの夢なら手を繋ぐことはおろか、隣を歩くことすら嫌がっていた。夢は優しい人だから、きっと昨日のことで頭がいっぱいなんだ。


「ごめん」


夢に直接言わなければいけないのに、小さな声で謝った。


小さいころたくさん見たはずなのに夢と潤が手を繋いでいるのを見て、胸が苦しくなった。

僕は五人で一緒にいることを祈っていながら、好きな人と結ばれたいと思ってしまう我儘だ。

恋が実っても、フラれても今まで通りなんて無理に決まってる。


そもそもの話、僕は潤のことがまだちゃんと好きなのか?

恋愛に鈍感でムカついて、夢の事では薄情者と呆れて、挙句の果てに今日の朝、僕を見ていないのが虚しかった。でも僕自身も初めは潤の顔が好きだっただけだし、人のことを最低とは言えないな。

右手で左の腕をぎゅっと掴んだら痣になっている部分がジンジンと痛んだ。



一章 第四話 「痣」 終わり

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