12話「自己嫌悪」侑side
約束の日、部活を差し置いて告白の返事を聞きにカフェに行った、でも夏は来なかった。そしてゲリラ豪雨。挙句の果てに夏にはフラれ、次の日は風邪をひいて数少ない部活をまた休んでしまった。
まだ夏休みが始まって二週間ほどしか経っていないが、散々だ。
夏にも言ったが、返事は分かっていた。だから告白したあの場でフラれると思っていたんだ。でも夏はすぐ返事は出さなかった。
少しでも悩んでくれて、僕のことを考えてくれてそれが嬉しかった。だから返事はいつでもいいなんて、夏にもっと考えてもらう時間を作ってしまった。
そしてやけになった僕が無理やりキスしても嫌いになってはくれなかった。それは僕にとって、嬉しいのか悲しいのか、未だ分からないままだ。
炎天下の中マスクをして登校するのはとても辛いが仕方がない。とりあえず早く部室に行って休みたい。
「侑?」
一階の廊下を歩いていると名前を呼ばれた。振り返ると尊が立っている。
「おはよ」
僕が挨拶すると「おう」と返事をしながら駆け足で近づいてきた。
「お見舞いに行かなくてごめん」
「いや、大したことなかったし…」
謝っているのはこっちなのに尊は罰が悪そうに目を逸らした。
「ま、自業自得ってやつだね。」
だから少し意地悪を言ったら、尊は面食らった顔をして「侑も知ってたんだな」と呟いた。
その「知っていた」という言葉の意味は、夏にやってきた行いのこと?それとも尊が倒れた原因のこと?どちらにせよ僕は正確には知らない。なんとなく察していただけ。
「今まで皆には悪いことをした。これから償うから、俺にチャンスをください。」
尊が僕に敬語なんて使うから、一瞬変な顔をしてしまった。その後深く呼吸をして、尊に言った。
「尊のこと、僕は許さないよ。少なくとも、三人が許すまではね」
僕がそう伝えると尊は目を丸くした。
「何?」
「いや、お前も潤と同じこと言うんだな。と思って」
へー。あの自分のことばっかりだった潤が、そんなこと言ったんだ。それは意外かもしれない。
「自分で言っておいてなんだけど、夏はそもそも尊に対して怒ってない。あと、多分夢もね。」
「え、夢も?」
「そこに確証はないけど。でもこれで潤か僕の許しを得れば晴れて尊は許される訳だね。」
尊は夢が怒ってないと言うワードが腑に落ちないようだが、少し悩んだ顔をした後、僕の顔を見たあとに
「努力する。」
と真面目に返事をした。
そういうところだよ。尊がストレスを溜めて、色々背負い込むのは。と言えば良かったが、僕は言えなかった。
その尊の為に僕は手助けも一緒にいることも多分出来ないから。身勝手にそういうの止めなとは言えないんだ。
「そう言えば、夏も侑も同じタイミングで風邪ひいてんのな。雨の中、二人で遊んだりでもしたのか?」
おそらく尊は冗談で言ったのだろうが、僕にとってはかなりデリカシーのない発言だったので、グーで思い切り尊の肩を殴った。しかし尊はビクともしない、ただただ自分の拳がジンジンと痛かった。
僕は、尊のように強くない、潤のように努力家じゃない、夢のように優しくない、夏のように仲間思いじゃない。毒を吐くだけのそんな自分に自信が持てない。
「二人ともいいところに」
うつ向いた顔を上げて振り返ると指にタグを引っかけてくるくると鍵を回す潤の姿があった。
「なんだよ」と尊が言うと「体育館裏の倉庫に、文化祭で使う暗幕を取りに行くから一緒に来て欲しい」と頼まれた。
「「嫌だ。」」
僕と尊の返事は見事にハモった。
どうせ一人で暗い倉庫に行くのが怖いんだろう。潤は昔から暗いのも怖いのもダメだ。倉庫なんて薄暗いところ、一人で行きたくないんだろうな。まあ、でもそれを言うとムキになるから、部活を理由に断ろう。
「倉庫が暗いから怖いだけだろ」
僕の思いとは裏腹に尊は潤に言い放った。
「そんなことない、人手が必要なだけだ」
それ見たことか。いや、何も忠告なんてしてないけどさ、潤が案の定ムキになってるよ。
「俺、部活なんだけど。」
「バスケ部は十三時からだろ、まだ二時間ある。」
「生徒会長だからって、そこまで把握してんの?…あ、俺が部活にいつも早く来るの知ってて待ってたな…」
「頼むなら、知り合いの方がいいしな。」
あー。めんどくさい。この二人は昔から言い合い始まると止まらないんだよな…。
僕は尊と潤の顔を交互に見た。
あれ、昔から?二人の仲戻ってる?
ここ数年、気まずそうだった二人。潤が高校に上がった時に勉強に専念するためにバスケ部を辞めて、尊と潤の溝はより一層深くなっていたのに、ここ数日に何かあったのか?この間の尊が病院に運ばれた時かな…。
今はそんなことはどうでもよかった、口論を続ける二人に大きくため息をついて「もう早く倉庫に行こう。尊も行くよ」と二人の腕を引っ張った。
備品が仕舞ってある倉庫は体育館裏の運動部用の倉庫の隣だ。あるのは知っていたが実際に中に入るのは初めてだった。
潤が鍵穴に鍵をさして回した後、重そうな引き戸をスライドさせて開けた。マスク越しでも分かる埃っぽさ。上の方についている小さな窓から差し込んだ光が埃をキラキラと映し出している。
「この辺に電気があるはずなんだけど」
潤が扉近くの壁をペタペタと触る。
窓が付いているにも関わらず、倉庫の中は暗かった。カチッと音が鳴って電気が不安定に光った後も、倉庫は薄暗い。これは潤が一人で来たがらないわけだ。
隣を見ると尊が「これが怖いのか?」と疑問に思っていそうな顔をしている。
「尊、今思ってること口に出しちゃダメだよ。」
僕が注意をすると、尊は驚いた顔をして「ああ。」と返事をした。「なんで分かったんだ」と言いたげなので、おそらく当たっていたみたいだ。
「一番奥の棚にあるはず」
潤が指さした方に行こうと倉庫に入ると、床から砂埃が舞った。
僕はズボンの裾を捲ろうと屈んだが、尊は砂埃なんてお構いなしに奥へと進んでいく。潤は焦って尊の後に続いた。
「どこ」
尊が暗幕の場所を聞くも、潤はビビッてキョロキョロと辺りを見回している。
「早くしろ」
「い、今から指示する」
「こっちは忙しいんだ」
「少しは黙れないのか!」
潤がオロオロしている様子に苛立ちを隠せない尊、そしていつものすました顔がどこかにいった余裕のない潤。
こんな怯えている潤を潤のファンの子たちが見たら幻滅するんだろうな。と僕は呑気に考えていた。
しかし、この二人の言い争いをずっと見ていられるほど、僕は寛容ではない。倉庫に入ろうとした足を引っ込めて、大きなため息をついた後、倉庫の電気を消して勢いよく扉を閉めた。
大きな音を立てて扉が閉まった後、中から通報されるレベルの叫び声が響いた。潤がパニックになっているのが目に浮かぶ。
「潤!落ち着け!おい!!」
尊も潤を落ち着かせるために慌てているのが分かる。
人が集まって来ても困るし、もういいかなと扉を開けて電気をつけた。
潤は涙目で尊に抱き着いて目をぎゅっとつぶっている。潤の叫び声を耳元で聞き続けた尊はぐったりとしていた。
「こんなところでイチャイチャしないでよ」
と言う僕の台詞に食い気味に背後から「何してるの?」と聞き慣れた声がした。
「な、夏。」
夏がきょとんとした顔で立っている。
しまった。と慌てて自分の体で潤を隠した。多分、というか絶対に隠せてはいない。
尊も慌てて潤を引き放そうとしているがテンパっている潤は「無理無理無理」と首を横に振った。
「何か運ぶの?手伝うよ」
夏は僕らの慌てぶりを前にしても、冷静で落ち着いていた。
「文化祭で使う、暗幕、を」
僕が答えると夏は「オッケー」と笑って倉庫に入る。
「侑のイタズラだよ落ち着いて」
夏が潤の髪をわしゃわしゃと撫でると、潤は慌てて尊から離れて「あぁ」と恥ずかしそうに頭をかいた。
作業は二手に分かれることになった。僕と夏が先に三階の空き教室に暗幕を運ぶその道の途中、僕は夏の背中をじっと見つめた。
また、夏を傷つけてしまった。
教室に着いて机の上に暗幕を置くとドンっと重い音と共に埃が舞った。
「うわ、これはやばいね。窓からパタパタしようか。」
夏は相も変わらす明るく笑う。
「夏」
「ん?」
「さっきはごめん。」
暗幕を広げようとする夏に僕が謝ると「え?何が?」と驚いた。
「潤が、僕の悪戯のせいで、尊に…。」
好きな人が誰かに抱きついてるところなんて、きっと見たくはないはずだ。
「あー、そのことか。」
と夏は言うと「んー。」と何か考えながら暗幕を窓の外で広げてパタパタし始めた。そして「ショックだったかも」と言うので、僕は暗幕を握る手にぎゅっと力が入った。
夏は外を見たまま続けて言う
「潤があんなことしてても、心が痛くならなかった自分にショック受けてる」
え?
それは予想外の言葉だった。
「ほんのちょっと前まで、どんな事でも傷付いてたのになぁ…。」と夏は悲しそうに笑った後「どこかで諦めかけてたけど、もう諦めちゃってたのかな」と続けた。
僕は黙ってしまった。
「てか、この間カフェで話した時も思ったけど、僕が潤のこと好きって知ってたんだね。」
夏がさっきと変わって無邪気に笑うから、僕の方が辛い顔をしてしまった。
「ずっと、夏を見てたから。」
未練がましいことを言った。夏を困らせる言葉なのは分かっていたのに、嫌味のように聞こえる言葉だ、いや、ようにではなく明らかに嫌味だ。
「そっかぁ…」
夏は笑いながら頭をかいた。あからさまに困ってる。
僕自身もなんて言ったらいいか分からず困っていると、夏は暗幕の端を僕に差し出した。
「畳むから手伝って」
僕は「うん」と返事をして暗幕の端を持って夏と距離をとった。
「好きとか、恋とか、よく分からないんだけど」
「うん」
「今、守ってあげたい人がいるんだ」
「それは誰?」って聞きたかったけど、聞けなかった。でも誰だか予想はついた。だから、尚更何も言えなかった。否定的な言葉しか言えないから。
暗幕の端と端をくっつけて、それを夏が持つ端まで持っていく。夏が僕から受け取ると「ありがとう」と笑った。
「諦めたって言うなら、言うんだけど…。夏は、夢の事が好きな潤に恋してたんだと思う…。」
言うか言うまいか迷っていた言葉を口にしたら、夏は目をまんまるくして「なるほど」と小さく呟いた。
「今度の相手はそういうのじゃないといいなと思ってる。」
「だからまだ好きとかじゃないよ」
「うん、分かってる」
夏は憎たらしいほどキラキラした顔ではにかんだ。
「この間のことは本当にごめん。それなのに、僕のこと心配してくれて、ありがとう」
「僕こそ、酷いことしてごめん。」
「嫌いにならないでいてくれてありがとう」と続けたかったけど、言葉が詰まって言えなかった。嫌われた方がマシだったとほんの少しだけ思っていたから。
倉庫の暗幕を潤と尊が運び込んで来たあと、夏と尊は部活のため、一階へ戻っていった。
「侑、助かった。ありがとう。」
潤が備品を片付けながら僕にお礼を言う。その背中をじっと見た。
夏が潤を諦めた。諦めたんだ。
「夢のこと好きなら、もっと自分の気持ち大事にしなよ。」
ハッとした。つい言ってしまった。
多分僕はむしゃくしゃしてたんだ。だって潤の事が好きだから振られたんだと思ってたんだ。そしたらもう夏には大事な人がいた。かと言って、自分がそのポジションに立てるとは一ミリも思っていなかった。
そう思っていた自分も含めて腹が立つ。
「好きって、どういう…」
振り返った潤は凄く不安そうで戸惑った顔つきで聞いてきた。
「別に、何でもない。」
僕はその場から逃げた。早足で階段を登って、四階の奥にひっそりと構える文芸部の部屋に飛び込んだ。
誰もいない静かな部室で呼吸をゆっくりと整える。マスクを指でずらすと息苦しさから解放された。
「僕は、馬鹿だ…」
呼吸をする度に目元からぽたぽたと雫が落ちた。
顎にかけたマスクが段々と湿ってきて気持ち悪い。眼鏡の上にも雫が溜まる。
昔、夢の泣き虫な所に呆れていた時期があった。
バスケの練習で上手く行かない時、コーチに怒られてる時、泣ける映画を観た時、嬉しいことがあった時。いつだって夢は泣いていた。そんなことで。と思うことは何度もあった。
今、そんなことで泣いているのは僕の方。高校生になったのに、この数日で二回も泣いた。
「止まんない…」
自信のない自分をもっともっと嫌いなる。大事な人に意地悪をする自分が嫌々で仕方がない。
こんなことで涙が止まらない自分なんて、居なくなればいいのに。
と、思っているのに、今日だって部活の為に学校へ来て、文化祭の準備をする潤を手伝った。尊や夏と会話をして、学校生活をきっとこの先何度も謳歌する。
あれほど願った夏の幸せを、僕は泣き顔じゃなくて笑顔で見届けたい。
だから、今だけは泣いてしまう自分を許して。
二章 第十二話 「自己嫌悪」 終わり




