11話「部活のはなし」尊side
雨の音がどんどんと強くなった。病室の窓から外を眺めると真っ暗で何も見えなかった。
潤が帰った後、医者が来て明日退院の許可が出た。先生にも親にも退院の連絡と迎えは大丈夫と連絡をしたら、渉コーチから『今日は話せなくてごめんな。』と返事が来た。
さっき、お見舞いに来てくれた三葉と少し話をした。
* * *
「悪かった。」
謝ることなんて何一つないのに三葉は俺に頭を下げた。
「助かった。ありがとう。」
俺がお礼を言うと三葉はえ?と不思議そうな顔で俺を見た。
「三葉が問い詰めてくれなかったら、俺は今でも夏を傷つけてると思う」
「でも、俺もお前を殴ろうとした。」
「実際殴ってないし、三葉は俺とは全然違うよ。」
三葉に「座れば?」と言っても椅子には座らないでずっと立っていた、そして少し気まずそうに「お前のこと椎名から聞いた」と言ってきた。
何を?とは聞かなかったし、三葉も何とは言わなかった。
「キャプテンも、部長も押し付けて、ごめん。何一つ手伝えなくて、ごめん。」
謝ってばかりの三葉に思わず俺は泣きそうになって手で目元をごしごしと擦った。
「え、え、なんで泣いて…」
「お前、ほんと悪いことなんも一つもないのに…まいったな…。」
「もう遅いかもしれないけど、桜庭の力になりたい。」
「いや、いつも力になってもらってるよ」
三葉は心当たりがないのか、再度不思議そうな顔で俺を見る。
「陰口ばっかり言ってる三年生の面倒よく見てくれてるだろ」
「あれは、ムカつくだろ。頑張ってるやつを馬鹿にされんの」
「それが助かってるんだよ」
三葉は肩に入れた力を抜いた。
「俺が好きでやってることとは別に、桜庭が助けてほしいことがあったら、言ってほしい。」
真剣な顔つきでお願いをされた。迷惑をたくさんかけたのに、こんなにも俺を助けようとしてくれる。甘えてもいいんだろうかと不安になるほどに。
「一つだけ、お願いがある。」
「おう」
「次、俺が夏を傷つけそうになったら、夏のことを守ってほしい。」
ごくりと唾を飲んだ三葉は、ゆっくりと大きく頷く。
「分かった、任せろ。でも、そもそも椎名に手が出るほど、ストレスをためないように俺がサポートするよ」
やる気に満ち溢れた三葉の姿。
「心強いな。」
* * *
次の日のお昼前、俺は退院した直後にも関わらず学校に来ていた。
「尊ー!!」
職員室に向かっていると背後から夏が俺の名前を叫ぶ。珍しくマスクをしていた。
「風邪か?」
「あ、うん。久しぶりにひいた」
あははと笑う夏が頭を掻いた。
「…。」
変な間ができてしまった。
そうだ、俺。夏に告白したんだ。
あの後、夏には「返事はいらない。伝えたかっただけなんだ。」と自分勝手なことを言ったが「え、まって、少し驚いてて」と夏は俺の言葉を聞いていなかった。
その後急に立ち上がって「ペットボトル取ってくる!」と転がって行ったペットボトルを取りに行ったかと思えば、入り口で潤と話した後、病室を飛び出して何処かへ行ってしまった。何か大事な用があったみたいだったが、ここで「用事は大丈夫だったか?」と聞いたら嫌味になってしまうだろうか。
「尊こそもう大丈夫なの?」
「昨日の時点でもう元気だったし、平気。」
「夜に『明日先生に騒ぎになったこと謝りに行く』って連絡来たときはびっくりしたよ。」
顧問の先生も渉コーチも何でこんなことになったのか気になっているだろうし、早めに謝りに行こうとは思っていた。
「あれ?三葉先輩?」
職員室前に三葉の姿があった。
「え、桜庭もう大丈夫なのか?」
「ああ…。お前は何でここに?」
「先生たちに謝りに…」
俺たち三人は顔を見合わせた。目的が同じだということがなんとなく分かったのか「行くか」と三葉は一言言って職員室の扉をノックした。
夏休み中の職員室はいつもよりも人が少なかった。扇風機の音と扇子で風を扇ぐ音が静かに響いている。
職員室の中央辺りの席でバスケ部の顧問と渉コーチが話をしているのが見えた。
「先生。コーチ。」
俺が呼びながら近づくと二人は俺らの方に振り返った。
「桜庭、もう大丈夫なのか?」
「尊、昨日は話せなくて悪かったな。」
心配そうに見る顧問と、謝る渉コーチ
「大丈夫です。コーチもご心配かけてすみませんでした。」
俺が頭を下げると夏と三葉も慌てて頭を下げた。
「で、昨日は何があったんだ?」
そりゃあ聞かれるよな。
その覚悟で来たものの、なんて言おうか。ごくりと唾を飲んだ。
「俺が…」
「俺が、悪いんです。」
三葉に言葉を遮られた。
「三葉っ!」
「俺が、桜庭を突き飛ばしたんです。」
顧問の先生も渉コーチも「三葉が?」と疑問そうな顔をしている。
それはそうだ、あの温厚で優しい三葉が俺を突き飛ばすなんて想像できない。実際に突き飛ばされてもいない。
「お、俺が」
今までのことを言ってしまおうかと思った。でも、夏と三葉がここまで庇ってくれているという事実が俺を躊躇わせる。何よりこの庇いは「二度と夏を傷つけない」という誓約から来ている。
かと言って三葉のせいにするわけにはいかない。
「僕と尊が、試合のことで喧嘩して、三葉先輩が止めてくれただけです。」
夏が淡々としゃべり出す。
「三葉先輩は尊のこと突き飛ばしたって思ってますけど、そんなことないです。」
「俺が足元狂わせてこけただけなんです。」
俺も続けて話すと三葉は何も言えなくなって「すみません」と細々と謝る。
顧問の先生と渉コーチは顔を見合わせて少し困った顔をした後、顧問先生は頭をかいて
「俺もまぁ、倉庫側の片付け任せ切りだったからな、、、。直ぐに駆けつけてやれなくてすまんかった」
と謝られた。
「なんか、去年も似たようなことあったな」
と、渉コーチは俺と夏を交互に見た。
夏は苦笑いをした後「もう行きましょう」と俺たちの背中を押した。
「失礼しました」と職員室の扉を静かに閉めたあと、俺たち三人は同じタイミングで大きなため息をつく。
「緊張した。」
三葉が胸に手を当てて笑った。
「僕、風邪ひいてるから今日は帰るね」
夏はそう言った後大きなくしゃみをした。
「椎名、話するためだけにわざわざ?」
「だって、尊が心配だったので」
「なるほどな」
二人に言いたい放題言われているが、とやかく言える立場ではなかった。
「二人とも、嘘つかせてごめん。」
俺が謝ると二人は俺の顔を見た後呆れた顔をした。
「これは椎名が心配するわな」
「しおらし過ぎてほっとけないですよね」
夏が手を振って昇降口へと走っていく。風邪をひいているとは思えないほど元気だった。
さっきの渉コーチの言葉を思い出す。
『なんか、去年も似たようなことあったな』
***
高校二年生の冬。
俺が始めて夏を殴った次の日の朝、自分のやったことが信じられなくて、次の日顧問の先生に自分で報告しに行った。
「尊!!」
放課後、退部の話を相談するため先生と渉コーチと俺は空き教室で話をしていると、夏が教室の扉を勢いよく開けて入ってきた。
「夏!?なんでここに」
「俺がここに呼んだんだ」
「コーチ…」
夏が息を整えながら俺に近づく。
「尊!何勝手なことしてるの!」
怒鳴る夏の声は教室に響いて、俺を仰け反らせた。
「なにって、俺おまえに」
「先生、渉さん、僕さっきも言ったんですけど、尊に殴られてなんかないです。」
「はぁ?」
「まぁ、椎名がそう言い張るから、呼んだんだ。」
なんで、夏は嘘をつくんだ?
なんで、俺を庇うんだ?
「だって、昨日の帰り、痣になって」
夏がTシャツの袖を肩までまくった
「どこにも痣なんてないよ?」
あれ、どうして。
「尊、お前夢でも見たんじゃないのか?」
「いや、俺は」
渉コーチが心配そうに俺の顔を見てる横で顧問の先生も
「それとも、部活辞めたくて、嘘ついてるのか?」
と申し訳なさそうに俺を見る。
「キャプテンも、部長も両方引き受けて貰っているから、嫌になったとかそういう…」
「そんなことないです。それに、それは先生が顧問になってくれる前からの話です。」
俺は思わず立ち上がった
「すみません、なんか悪夢でも見ていたんだと思います。時間を取らせてすみませんでした。練習行ってきます。」
「あ、あぁ…」
俺は早口で先生に伝えると、夏の手を引っ張って教室を出た。
「た、尊。」
「なんで、嘘ついたんだ」
夏の腕を引っ張りながら部室へ向かった
「それは、問題になれば、バスケ部が大変だし…」
俺は夏の腕から手を離して振り返る。
「今なら、俺が退部するだけで済むかもしれない」
「それが、一番嫌だよ!!」
夏が俺の肩を掴んだ。
「痣、どうやって消したの…」
俺が話を逸らすと夏はニコッと笑って袖をまくった。
「姉ちゃんのファンデーションこっそり使って消してみた。すごくない?初めて使ったけど全然違和感ない。」
夏は揚々と痣が出来た場所を摩る。俺は何も言えなかった。なんで笑顔でそんな普通にしていられるのか、申し訳なさで押しつぶされそうだったから。
「しかも、汗でそう簡単に落ちないんだって、すごい」
話を続ける夏に「ごめん。本当に」と謝ると夏は「大丈夫、大丈夫」とただ笑う。
次の日、夏は「あのファンデーションめちゃくちゃ高いやつだったらしくて、お姉ちゃんにこっぴどく怒られた」と、黒の長袖のインナーを着てきた。
***
「桜庭?」
「あ、悪い」
あの時辞めていればと、正直今でも思う。今まで夏にしてきたことは絶対に消えない。それでも、夏が近くにいてくれるなら、俺にはやらなければいけないことが沢山ある。
「尊」
職員室の方から渉コーチが駆け寄ってくる。
「なんですか?」
「お前らの間に何があったか知らないけど、本当に何かあって辛いときは、大人をちゃんと頼ってくれよ。お願いだから。」
渉コーチが必死に訴えかけてくる。潤にそっくりな顔で、俺を見る。
渉コーチが言う「お前ら」と言うのは、俺とバスケ部の話だろうか、俺と夏の話だろうか、それとも俺ら五人の話だろうか。
「はい。ありがとうございます。」
正直、渉コーチの事が苦手だった。それは潤に似ているから、そもそも潤の身内だから。
ライバルながらも俺を慕ってくれていた潤、自惚れかもしれないが、幼馴染として俺の事を大好きでいてくれた潤。俺の壊したものの一つが、渉コーチを見ると思い出して、申し訳なくなるから。
でも、病院で潤と話せて、許しを得たわけではないが渉コーチの顔を真っすぐ見れるようになった。
「流石に帰るだろ?」
三葉の問に俺は
「いや、少し練習する」
と答えると、渉コーチが大きなため息をついた。三葉も呆れた顔で俺を見る。
「尊、病み上がりって言葉知ってるのか。夏を見習え」
渉コーチは俺の肩に手を置く。
「でも、バスケしてないと、落ち着かなくて…」
「ならシュート練習だけな、ハードなのは禁止」
「ありがとうございます」
「三葉、見張ってやってくれ」
「分かりました」
渉コーチは「後で部活に顔を出す」と言って職員室へ戻って行った。
「本当に平気なのか?」
部室へ向かう途中、三葉は心配そうに俺の顔を見た。
「心配かけてごめん。でも、体育館でボールに触れたくて…」
三葉はやれやれと大袈裟なポーズをして俺の背中を叩いた。
「とりあえず部室行くか。」
部室の扉を開けると、中に居た部員たちが一斉に俺を見た。
「お、おはよう」
みんなが戸惑いながら個々に挨拶をしてくる。
俺は恐る恐る部室に入ると、自分のロッカーを開けた。
「え、桜庭どうしたの」
チームメイトが慌てて聞いてきた。
「え、何が?」
服を脱ごうとした手を止めた。
「だって最近俺らが居る部室避けてたじゃん」
「だから、弱い奴らとは着替えなんて出来ないって思われてるのかと…」
「俺ら見捨てられてんのかなって思ったりもしてた」
次々に出てくる勘違いの数々。後輩たちも黙って下を向いている。
俺は空いた口が塞がらない状態になった。
「え、そんなこと思ったこと一度もないん、だけど…」
チームメイトが顔を見合せた。その後ろで三葉がはははと笑い始めた。
「桜庭すげー勘違いされてんじゃん」
三葉が笑うから俺も少し笑ってしまった。
「桜庭先輩って、笑うんだ…」
一年生の後輩にそう言われて、ハッとした。
思わず後輩の事を見たら後輩たちがビクッと肩を震わせた。
「わ、悪い…」
俺が謝ると「すみません、びっくりして」と普通に返事が返ってきた。
こんな会話、今思うと二年生の夏休みぶりかもしれない。キャプテンも部長もやっておきながら、部活以外でのコミュニケーションがとれていなかったことを実感した。
俺、今までそんなに笑ってなかった?
「椎名は今日は一緒じゃないんですか?」
二年生の後輩が普通に話しかけてくる。
「風邪で休み」
俺の返事にみんなが「椎名って風邪ひくんだ」と声を揃えて驚いた。
俺は思わず笑いながら「俺も夏が風邪ひいたの初めて見たかも」と会話に入った。
「いつも桜庭先輩と椎名が準備してくれてるので、流石に今日は俺らが準備しますね」
二年生が一年生を引き連れて部室を出た。
少し静かになった部室で練習着に着替えていると同級生のチームメイトが緊張した様子で俺に話しかける。
「なんか去年ぶり?こうやって部室で話すの」
去年の冬、夏の体に痣ができてから誰かとこうやって部室で一緒になることを避けていた。
「そう、だな」
「クラスではたまに普通に話すのに、部活だとなんか緊張する」
「え、なんで」
「分からん。桜庭の雰囲気違うから?」
そんなつもりはなかった。今思えば部活の時は気を張っていたことが多い気がする。
「ま、何があったか知らんけど、今の桜庭は普通だな」
そう言い残して部室を出た。その後三葉も「先に行ってるな」とそいつについて行った。
静かになった部室で練習着に着替える。
多分みんな「昨日は何があったの?」と聞きたいはずだ。でも誰も聞いてこない、気を遣われているのは十分に感じる。こんな情けないキャプテンに、部長に、俺なんかに気を遣っているんだ。
「あれ…」
いつも陰口を叩く三人組が部室に入ってきた。
「桜庭…」
俺を含む全員が無言で準備をし始めた。
後は制服を畳むだけだった俺は、ワイシャツをくしゃくしゃのままロッカーに突っ込んで急いで部室を出ようとした。
「おいっ」
三人の内一人に呼び止められる。
「なに…」
俺が振り返ると、そいつは着替えをしながら俺と目を合わさずに
「昨日何があったの」
と聞いてきた。
「おい、何聞いてんだよ」
「お前どうしたの」
他の二人は慌ててそいつを止めた。
「三葉と、夏と、喧嘩した」
俺が答えると三人は動きを止めて驚いた顔で俺を見る。
「それって俺らのせい?」
質問してきた奴が、更に質問をしてきた。
俺は首を横に振る。三人は少しだけ安堵したように思えた。
「お前らのせいじゃない。だけど無関係ってわけでもない。」
俺がそういうと三人は下を向いた。
「バスケ部をこんな環境にしたのは俺だから、お前らが俺の陰口いうのも分かるよ」
「別に、桜庭がそうしたとか…」
ほぼ発言をしていなかった二人の内の一人がそう言った。普段陰口を言っている奴らまで俺に気を遣う。俺はそんなに…
「俺、桜庭が救急車に乗せられたの見て、こうなった原因が、俺じゃないといいなって思った。」
「え」
二人はポカンと口を開けている。
「俺らが練習真面目にやってないこととか、上手い奴らを妬んでることとか、よくないってわかっててやってたよ」
「な、何言ってんだよ本当…」
「お前どうしちゃったの…」
俺は部室を出ようと三人に背を向けていた体を正面に戻した。
「そうか」
俺は真っ直ぐに顔を見て相槌を打った。
「俺はそう根っから嫌な奴だから、別にこの部活の環境がそうさせたわけじゃない。勘違いすんな」
そいつは怒ったように俺に言う。言ってることはハチャメチャで、それじゃダメだろみたいな話なのに、俺は「うん」と頷く。
その後「病み上がりは早く帰れ、邪魔だから」と言い放って部室を出ていった。その後ろを残された二人は逃げるように部室を出て俺はまた部室で一人になった。
なんとなく、救われた気がした。いや、救われた気分になってちゃいけないし『部活に不真面目だったあいつが実はいい奴だった。』とかそんな綺麗な話じゃなかったけど、話せてよかったな。とは思った。
今まで出会った全員に償わなければならないと思っていた。無論、そんな事は無理だが、そこまでしなければならないような気がしていた。
でも全員じゃなくていい。とそいつに言われたような気がした。
二章 第十一話 「部活のはなし」 終わり




