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94.変態『変質者の対応は学校で教わらない』

 町の中まで樹木に侵食されているのか、はたまた樹木の中に町を作ったのか、木々の合間には洋風の建物がちらほらと建っている。


 正直並んでいると言うにはまばらな気がするが、数だけなら羊の村よりは多そうだ。


 そこら中に生える大木の所為か、やや薄暗くも感じる気もしなくはないが、家々の彩のおかげかそこまで陰鬱という程でもない。


 直線の無い街中の道を上を向いてのんびりと歩いていると、ふと女性の声が聞こえる?


 「ちょっと~!そこのウイリアムテル~!」


 何だろう?甘やかというにはわざとらしいというか、夜の商売?みたいな感じもするが、しかし自分は実際に夜の商売の女性に会った事はないので、それが正確な表現とも言い切れない。


 いや?小学生の時、通学路で気だるげに挨拶してくれるスナック?のおばさんはもっとガラガラ声だった筈だ。


 そうなると自分の予想は外れているか?


 媚びる声とも違うし、それでいて大人の男の人を騙しそうな雰囲気もある。幸い自分はまだ未成年なので、そういう人とは関わらないように、ここは素早くこの場を離れるべきだと理性も本能も言ってる気がする。


 「ねぇってば!聞いてるの?緑のお・に・い・さ・ん!」


 緑のお兄さん?周囲を見回すがちょっと見当たらない。


 まあいいかと、すぐそばにある落ち着いた赤い色に塗られた家に向かう事にし……急に左肩を掴まれ、引き留められた。


 「何よ!なんで返事しないの?意味分かんないんだけど!」


 「ああ、自分でしたか?」


 「そりゃそうでしょ!森の中でクロスボウ担いでたらウイリアムテルでしょ!」


 「そうなんですか?」


 「そうよ!世界の常識よ!だってウイリアムテルは海外の人なんだから!日本だけの常識じゃないのよ!」


 「うーん……じゃあスイスの話なんだから、スイスの常識なんじゃないですか?」


 「ドイツ語名もフランス語名もあるんだから、ヨーロッパの常識くらいの規模感はあるでしょ!さらに日本人も知ってるんだから、結構世界的よ!」


 「は~なるほど~!ウイリアムテルってそう言われれば世界的有名人ですね」


 「そうなのよ~分かった~?じゃあそのクロスボウ見せてぇん!」


 「何でですか?」


 「いいじゃない!減るもんじゃないし!何なら代わりに私のパンツみる?」


 「見たくないです。そもそもゲームのアバターのパンツ見たいってどういう事なんですか?」


 「減るもんじゃないものどうし等価交換って事よ!」


 「交換じゃなくても見せますけど……」


 そう言って、クロスボウを渡すと嘗め回すようにあちらこちらと見回し始める危ない感じの女の人。


 「いいわね……カスタムしてるって事はネタで持ってる訳じゃなさそうだし……これは自分でいじってるの?」


 そっとクロスボウを返却しながら話しかけてくるが、とりあえず武器の扱いは丁寧な人みたいだ。


 「一応そうですけど?クロスボウのグレードアップとか頼める人いないですし」


 「そうよね!そうよね!み~んな何にも分かってないのよ!でもあなた!いい線行ってるわ!私には分かる!あなたも目覚めた者なんでしょ!」


 「目覚め?」


 「いいのいいの!みなまで言わないの!そういうことは人前で言っちゃダ~メ!いいのよ言わなくて!ただ感じればいいの!そう!私もあなたと同じ!目覚めてしまったの」


 「何にですか?」


 「もう~とぼけないで~……ってまさかあなた!」


 「え?え?」


 「しらばっくれた振りして私が何で目覚めたか!その物語を聞きたいのね!もう欲しがりなんだから~仕方ない!ちょっとばかり長くなるけど語っちゃうわ!」


 「いいです。自分はこの町の探索中なので……」


 「いいから聞きなさ~い!そう……私は幼い頃から可憐でか弱く、蝶よ花よと育てられ……」


 なんか一方的に始まっちゃったんだけど……。


 「母の趣味だったのかしら?家にはいろんな木製家具があったわ。そしていつの間にか私も木が好きになっていったの」


 「それで、木の多いこの町に……ありがとうございました」


 「まだ、話の序章も終わってないわよ!本当にせっかちさん!仕方ないからいろいろ飛ばすけど~!長じるうちに自分でも木で何かを作りたいって思った訳!でも子供のころに危ないからって包丁も持たされなかった私が、彫刻刀を持ったらどうなると思う?」


 「木を削るんじゃないですか?」


 「その為に持ったんだけど、その日のうちに全ての指から出血しちゃったの!意気消沈の私、身も心もズタボロよ~!」


 「それでゲームの中でいろいろ作った訳ですか!いい話ですね」


 「先に言うんじゃないわよ!分かっててもちょっとボケるとかそういうのないのかしら!正解だけど!初めはのんびりスローライフの生活ゲーで家具を作ってたんだけどね……」


 「これ生活ゲーじゃないですね?」


 「そうなのよ!ある時、知り合いに誘われてファンタジーRPGをやった時に気が付いちゃったのよ!私……それが目覚め……」


 「そうでしたか~!」


 「絶対分かってないでしょ!いい?私は命の象徴!あらゆる生物を育む土台になってる木や植物が大好きなの!でも、ファンタジーの世界ではその木を使った杖や弓で人を殺すの、どう思う?」


 「凄いなって……」


 「そうなのよ!さすが目覚めた者ね!私が作った杖で魔法使いが巨大な火の玉を生み出して、敵を焼き殺すの!エクスタシー……それまで感じた事のない背徳感にあっという間に溺れたわ……」


 「でも今FPSにいますよね?」


 「そうなの!出会ってしまったのよ究極にね!いいかしら?ウィンチェスターM70……Pre’64から得られるそれこそが、至高の快楽!人を狂わせるすべてを兼ね備えているの!木と鉄!本来出会わない二つの素材を人のエゴで組み合わせ……更にはただただ人を殺すためだけに仕上げたその……」


 なんか虚空を見て、こっちを見てないようだし、さっさとこの場を立ち去ろう。


 学校では変質者に会ったらすぐに逃げる以外の対処法は習ってないし、仕方ないんだ。

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