88.羊服『フライトキャップはウサギ耳じゃない』
いつの間にか目の前には満天の星空、突然宇宙空間にでも放り出されたのかと思ったら、そこは廃坑の前だった。
急いで立ち上がり、大急ぎで着替える。
何しろ火星は昼と夜の寒暖差が激しいので、昼装備のままでいると異常なほど寒い。
むしろその寒さのせいで、宇宙空間に放り出されたと勘違いしたのかもしれないと思う程だ。
夜間にそこらを歩き回るのは危険だし、さっさと村に戻り、食堂に入ると暖かさにホッとする。
「遅かったね。獣は入り込んでたのかい?」
「ええ、蝙蝠と羊が入り込んでました。蝙蝠に関しては結構狩りましたけど、素材なんかは買い取ってもらえたりするんですか?」
「買取は昼になったら露店に行けば可能だね。それにしても、また羊が迷い込んでたのかい……」
「また?」
「いや、こっちの話さ」
「あの、あそこって廃坑じゃないですよね?」
「やめときな。それ以上は言っちゃいけない。興味があるなら調べるのは自由だけどね」
「ああ、何か闇的なものに触れるとか?」
「私たちは気にしないさ。ただ地球の連中は別だよ。謎のドローンの暴走、それに植物や動物の異常進化……そういうものに連中は興味があるって噂さ。私に言えるのはここまでさ」
ふむ、なんか遺跡にあった物も全部地球に持ち出されたみたいな事、あの夢の中で聞こえたけど、何やら火星の過去に関わるイベント的なものなのかな?
現状、さらっと触れてお終いなんだけど、この先またイベントでもあるのかな?まだ序盤も序盤の村だし……っていうか、この店のお婆ちゃんもわざと行かせたよな?言っちゃいけないとか言いながら、シレッと情報渡しにきてるじゃん?
「考え事してるところ悪いけど、少ないけど報酬だよ」
「ありがとうございます」
「仕事をしたんだから当然さ。だが本当に額が少ないんでちょっとだけ情報をやろうじゃないか。あんたの使ってるクロスボウに〔病爪〕から採取できる病毒を仕込んでみな。ドローン相手じゃ効果はないけど、生体相手ならすぐに息切れして、特殊行動や危険な攻撃を使ってこなくなるかもしれないよ」
「特殊行動ですか?」
「まだ見たことはないかね?食らったら大きなダメージを受けるようないやらしい攻撃さ。そのうち出会ってから驚いてたんじゃもう遅いだろ?油断すればすべてを奪われるのがこの火星のルールなんだからさ」
もしかすると、キカザルが一発で自分のHPを半分近く持って行ったアレかな?だとしたら完全に奇襲されて全然見えてなかったけども……。
ただ、今後ああいう厄介な攻撃をしてくる敵が増えるなら、病毒矢も作っておいていいのかもしれない。
「せっかくなんで作ってみます。薬系は手札に持っておきたいので!」
「そうだろうね。クロスボウなんてけったいな得物使ってるんだから、そりゃ必要だろうよ。でも酸以外の毒系統はドローンには効かないから、ドローン用にもちゃんと武器は揃えるんだよ」
「そうですよね。確かにそれは必要なことですよね」
「まぁ、どこぞの街で廃品回収屋にでも聞くんだね。機械関連はそういう連中の方が強いよ」
「分かりました。とりあえず一応チャフは持ってますし、多分逃げるくらいならできると思います」
「いい心がけだ。じゃあ、飯にしな!昼から働きづめじゃ腹も減ってるだろう」
ステータスを確認してみると確かに空腹度がかなり進んでいた。そして確認すると同時に食堂の扉が開け放たれた。
「いたー!素材屋さん!どこ行ってたの?」
飛び込んできたのは、前見た時とはだいぶ印象の違うお揃いのガーリーなセーターを着た女子二人だった。
多分羊の毛を使って作ったのだろうが、このゲームの雰囲気とはかなりかけ離れている気もしなくもない。
そんなことを思っていると、不思議そうな顔をして二人がこちらを見てくるのですぐに応える。
「え?いやちょっと仕事受けてましたけど?」
「そうなんだ?村の仕事って?……あ!それより服ができたんで受け取ってください!」
どうやら頼んでいた装備が完成して自分を探していたらしい、確かにいつどこで会うとか何にも約束していなかった。
「あと、ゲーム内メールの交換して!ずっとぐるぐる村の中探してたんだから!」
「そうですよね。ところでゲーム内メールって?」
「ステータス開いて一番右上にメールのマークあるでしょ?そこにHIMARIって入力して!」
言われるがままにステータスを開くと確かに右上にメールのマークがあったので、開いてみると宛先と書いてある。
そこにHIMARIと入力して、とりあえず『自分です』と送ると、すぐに届いたようだ。
「大丈夫そ?」
「送れたと思いますけど?」
「O.K.素材屋さん登録しておくね!じゃあ、これ服一式なんで受け取ってください!」
そう言ってHIMARIさんから渡されたのは、
〔旧型環境服〕(修復)・・・VIT+20 AGI-5 SNS+5 気密性(小) 環境適応(微)
〔羊毛ニット帽〕・・・ SNS+5 寒冷適応(小)
〔野猿作業手袋〕・・・DEX+10 STR+5 <製作>補正(微)
〔狼犬編上靴〕・・・AGI+10 SNS+5
とまあ、こんな感じで全体的にパワーアップしたのだが、ちょっと問題がある。
「あの……これ脛当てと防刃ベストが装備できないんですけど?」
「うん、その〔旧型環境服〕っていうやつなんだけど、それ自体に本来防御力があるみたいで、他の防具と干渉しちゃうんだよね。金属が入ってないから今は弱いんだけど、バッテリーっていうのを接続するといろいろ出来るみたい」
とりあえず作業机を取り出し、載せてみると、これまで使っていた空調服の部品が使えそうなので、くっつけてみる。
〔旧型環境服〕(修復)・・・VIT+20 AGI-5 SNS+5 寒暖差適応(中) 環境適応(微)
となった。
「今のところ、寒暖差の対応だけみたいです」
「そっか~……なんか凄そうな服なんだけど、まだ性能を十分に発揮できないのかもね~」
まぁ、しかしかなりぶ厚いというか、海に潜る人とかが着るドライスーツ?のような質感のその服にはなぜか既視感を感じる……。
何だったかな?と思っていいるうちに、他の服の説明もはじまっていたが、どれもデザインに関するものばかりだし、変な形じゃないから何の問題もない。
帽子だけニット帽になっていたが、ポンチョに合わせて控えめな緑迷彩だったのは、結構気に入った。
ただ、問題があるとすれば、なぜか耳当てがちょっと長めな事か?もっとタイトな方がミリタリーっぽさがあっていいんだが?
「この帽子の耳当てって、なんでこんなに長いの?」
「だって、首にヘッドホンかけてるし、それつけるとき余裕がないと邪魔でしょ?」
「まぁ……それなら耳なしでも……」
「でも、前の帽子も耳付きだったじゃん!おしゃれポイントなんじゃないの?耳可愛いじゃん!」
前のフライトキャップは軍用帽っぽくて気に入ってたのであって、可愛さポイントではなかったんだが?




