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79.包囲『圧倒的メェ~メェ~圧』

 火星に吹く風が気持ちいい。


 昼は暑く夜は寒いこの星で、ほんの一瞬だけ訪れる優しい時間。


 夜と昼の間、気温が上がりきる前、下がりきる前、まるで春や秋のように心地いい時間こそ一瞬で過ぎ去ってしまう。


 宙に浮かぶ星がはっきりとしてきた。そろそろ村へと帰ろうか。


 新人の街の森で夜間狩りを続け今ではそう嫌いでないとは言え、それでも視界の悪くなる夜間はちょっと怖くもある。


 基本的に<聞き耳>で情報を集めてる自分にとっては、暗さもアドバンテージではあるのだと思う。それでもいざ耳が聞こえなくなったら、どうするか?それは自分にとってとても大事な話だ。


 別に今日中に全ての羊毛を集めきらねばならない訳じゃなかろうし、ここは一旦フィールドに慣れるまでは慎重に動くのも手だろう。


 何なら既に300個は集まってるし、後いくつ必要なのか話の流れで聞けばいいんじゃなかろうか?


 周囲の音に注意して、物陰から姿を出す。


 火星の二つの月の内、今日は小さい方しか見えない様で、ちょっと薄暗く感じなくもない。


 相変わらず風にざわめく草原の音、コレだけ生えているのなら、確かに羊には申し分のない環境なのかもしれない。


 そんな事思いつつふと、その場に立ち止まり目を凝らすと、目の前の足元が白い?


 見渡す限りの大草原が、いつの間にか白い何かで埋め尽くされてる?


 背中にゾッと何かが走ると同時に、一斉にこちらを向く赤い光。


 それは毛を刈られた羊達の目だった。


 何をどう反射して赤いのかは定かではないが、闇に浮かぶ無数の赤い点と、うっすらと白い陰が、自分の周囲を固めている。


 いつの間に近づいたのか?<聞き耳>は全力で使っていた筈なのだが……。


 その時また風のざわめきが聞こえ、同時に体を揺らす羊達に、自分の甘さを悟った。


 この草原をねぐらとしている羊達は自分よりずっと上手だ。


 草原というものを完全に知り尽くし、風のタイミングすら読んで移動し、気がつかれることもなく近づいてくる。


 正にさっき聞いたばかりのサイレントキラーか?何しろ音は立てていても自然の音に混じって<聞き耳>ですら判別出来ないのだから。


 戦うべきか?それとも……よく考えたら何の選択肢もない。


 話し合いなんてものはお互い言葉が通じ、意思疎通が出来るからこそ存在する訳で、どちらかが肉になるしかない関係の上に成り立つものでは到底ない。


 降伏した所で肉になるだけだし、結局野生との向き合い方っていうのは、逃げるか戦うかそれだけだ。


 保護してやろうなんてのは到底驕りに過ぎないんじゃないか?そんな考えが頭をよぎる。


 「メェェェェ~~」


 目の前の一頭の羊が鳴き声を上げた。


 するとそこかしこから、合唱するかのように鳴き声が立ち始め、それがどんどん増幅していき、大草原を満たすかのように広がっていく。


 何故か頭がくらくらしてきて、まともに立っていられない。立ち眩むかのように視線が安定せず、近くの木、空の月、星、遮蔽物にしていた何かは、そのシルエットからアンテナのように見える。


 ダメージを食らっているわけでもなければ、バッドステータスも出ていない。


 にもかかわらず頭がくらくらするのは何でだろうか?


 遂にフラフラとその場に立っていられなくなり、倒れこむと、文句も言わずに羊が自分を受け止めて背に乗せた。


 うつ伏せに羊の背に乗ったものの、これからどうすればいいのかも分からないまま、身動きが取れなくなってしまう。


 何だろう?眠い……のとはまた違うもするが、目が開けていられない。


 欲求に従い目を閉じると、体から力が抜けて、柔らかい何かに身を任せる。


 「メェ~」


 「メェェェェ~」


 「メェメェ」


 「メェエエエエエ~~~~」


 ああ……うるさい……。


 ふと目が開くと、昼間の草原に立っていた。


 ただ視界が妙に歪むと言うか、クリアじゃないと言うか……。


 つい左手で目を擦ろうとすると、ゴチンと硬いものに当り、違和感の正体に気が付いた。


 いつの間にやら自分はヘルメットを被っていたようだ。


 そして、妙に視線は高く、そして草原の草は短い。


 世界の輪郭は薄ボンヤリとして、何がなんだか分らないが、手に持っているのはやたら大きな見た事もない銃だ。


 ……ゲーム文化に全く触れてこないわけでもない自分には、何となく状況が理解できてしまった。


 多分コレは夢なんだろう。そして自分は誰かに成り代わっている。そういうイベントだかクエストだかが始まってしまったんだ。


 遠くから一頭の羊がこちらに向って走ってくる。


 そして、足元にまとわりついて体をこすり付けてくるが、どうやら敵対の意思はないらしい。


 軽く頭を撫でてみると、特に抵抗も無く受け入れるので、もしかしたら自分が成り代わってる誰かが飼ってる羊なのかもしれない。


 しかし、ここで一つ問題発生だ。


 自分の意思でこの人物を動かせるという事は、自分がこの人物を動かさねばならないという意味でもある。


 ノーヒントで誰かに成り代わるイベントって可能なのか?


 よく分からないまま、羊が先導して歩き始めたので、そのまま素直についていくことにする。

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