72.無法『ただ一切の雑念を捨てて殺るのみ』
真っ赤な視界が妙に揺れ、背中の熱さで、自分がギッシャから投げ出された事に気がついた。
自分が砂地に落ちた事で舞い上がった赤い砂を強い日差しが通る事で、妙に真っ赤な光景が広がり、徐々にそれが落ち着き始める。
そして、ジョンさん達はどうなったのかと、その場に立ち上がると遠くから喚き声と金属のひしゃげるような音が響く。
どうやら音がした方でも大量の砂が巻き上げられているらしく、状況は判然としない。
ここは、すぐにでも助けに行くべきか?
2,3歩歩き出すと、あらぬ方から砂を踏みしめる音が近づいてくる?
「おい!一人で大丈夫か?」
「いけるいける!こんな初心者の街近くでうろついてる奴に負ける訳ねーだろ!」
「まぁ、牛車から落ちるような間抜けだし、大丈夫だろうけど油断するなよ?」
ギッシャから落ちるマヌケ……自分か!
助けに行くも何も、多分今この場で一番弱いのは自分だ!どうするか?逃げる?
絶対無理だな。この前やっとAGI上げたばかりの初心者となんら変わらない自分が、走った所ですぐに追いつかれる。
どこか隠れる所!
周囲を見渡すと、よっぽどテンパっていたのか、すぐ後ろに大きなバスの残骸があった。
幸いにも扉が開いていたので、すぐに中に入りこむ。
「見たかよ!自分から逃げられない場所に入りこみやがったぞ!」
「ああ、でも仲間が来るまでの時間稼ぎかも知れんし、注意は怠るなよ」
ぐぅう……<聞き耳>の所為で余計な情報がどんどん入って来て、いよいよ焦りがピークに達してきた。
「どうしよう、どうしよう……」
ふと自分の体を見ると、それはもう赤い砂の中で目立つ緑の迷彩ポンチョを着ていた。
こんなの着て、バスに入りこめばそりゃ、遠くからでもバレるだろ!
自分自身につっこみながら、何とか今自分出来る事を考える。と言っても、限られているが……。
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side 襲撃者
まーず、ホントに馬鹿すぎる。
特に気が合うと言う程でもないが、野良TEAMとしてはまぁまぁ悪くない知り合いから、バギーを買ったから腕試しに付き合わないかと呼ばれ、やる事が新人の街の牛車襲撃って、何の意味も無けりゃ、おいしくもねぇ。
それでもまぁ、普段からの付き合いもあるしと便乗してみればあっさりバギーは大破、こうなるだろうと思って、バックアップ要員として別行動とっててよかったわ。
このまま知らぬ顔して立ち去ってもいいが、一応建前とは言え、バックアップを請け負ったのに、一人の乗客も狩らなけりゃ、ちと今後の付き合いに罅が入らないとも限らない。
それもありっちゃあ、ありだが、相方が初心者狩りに鼻息が荒い。
遠目から見てもあからさまに目立つ緑迷彩、牛車から放り出されて立ち上がるまでの鈍臭さ、初心者か、そうじゃなきゃ生産職だろう。
コレが仮に生産職なら白旗上げてくれればそれで話が済む筈だったが、逃げるって事はやっぱり右も左も分からん素人って事だ。しかも逃げる場所が完全に袋小路のバスってのが、また……。
相方を有効射程内に収めつつ、離れてついていく。
相方がバス前で、これからエントリーするとハンドサインを送ってくるが、窓からグレネードでも投げこみゃいいんじゃないか?
まぁ、完全に遊ぶ気って事なんだろう。やむを得ないか。
一応バスを俯瞰で見える位置に陣取り、待っていると……。
ズガン!!!
聞きなれた爆発音と共に、バスの扉から投げ出された相方!すぐに駆け寄り注射型の救急キットを相方にぶっ刺しつつ、状況を確認する。
「おい!何があった?」
「くっそ!なんでもねえ!ちょっと油断しただけだ!」
「油断するなって言ったろうが?HPが1/3まで減ってるし、ちょっと回復するまで休め!」
「ちっ!グレーネードを仕掛けられてたんだよ。それだけだ」
「マジかよ……偵察ビルドの奴呼んでから、処理するか……」
「あ?大丈夫だって!次は油断しねぇ!」
そう言って、相方がバスに飛び込むのを黙ってみている訳にもいかず、後ろをついていく。
「ほれ!そこの運転席にボロ布が掛かってたから、隠れてるのかと思って剥がした所にグレネードが仕掛けてあったんだよ!」
確かにバスに入って目の前の運転席が、爆発に巻き込まれたと分かる黒焦げた惨状になっている。
このゲーム、オブジェクトにも耐久値やダメージエフェクトが出るので、グレネードが爆発したというのは事実なのだろう。
しかしグレネードなんて言う古典的ブービートラップをわざわざ仕掛けるなんて、初心者罠使いなんて聞いた事無いがな?あえて罠を育てるなんて、よっぽどの趣味人か?
ふと、目の端で何か動いたような気がして、バスの奥を見るが気の所為か?そう思って相方に視線を戻すとニヤッと笑ってる。
このゲームどういうシステムなのかはよく分らないが、こういう表情がアバター越しでも妙にはっきりと見える。
どうやら、目の端に映ったものは気のせいではなく、緑の初心者が動いたらしい。もしかしたらうっかり顔でも出してしまったのか?
でもまあ、殺意たっぷりにグレーネードしかけてくれたのは、そっちだしやむを得ないか。
相方が舌なめずりをしながらバスの座席の間を進むと、
「あっ!」
と自分が言うのも既に遅く、何やら瓶が降ってきて相方に直撃した。
「ぎゃぁあ!!」
顔を抑えて悶えているが、今度は一体何のトラップだ?
とにかく相方を外に連れ出そうと肩を叩くが、既にキレてしまっているのか、何も言わせぬまま後部座席を手に持ったM4のフルオートでマガジン一つ分撃ち切った。
鬼の形相で、更に奥に一歩進むと今度は何やら紫の靄がかかり、こっちまで流れてくる。
「何だこりゃ?」
口の中に苦味が走り、思わず顔をしかめてしまうが、何がなんだかわかりゃしない。
しかしそれすらもお構い無しに、最後部まで進み、緑の布を引き剥がした相方が、ゆっくりズルズルとその場に崩れ落ちた。
多分この場は一旦引くのが正解だろう。いい訳を考えながらゆっくりと姿勢を低くして、バスのステップを一歩降り掛けた所で、バスに残ったガラスの残骸に映った影を見た。
グレネードで吹き飛んだボロ布が、ヌッと立ち上がり、運転席に背を向けた自分を見下ろしている。
何故そこに居るのか?後部座席に隠れていたのではないのか?疑問は多々あるが、今自分は敵に後頭部をさらしている。
「……」
ボソボソと何か呟く声が聞こえたかと思うと同時に、
バン!
背後からの破裂音で鳥膚が立つような嫌な気分を味わいながらその場に倒れる。
視界が真っ暗になり、死に戻るまでの時間、ちょっとでも情報を集めようと耳を澄ませていると、もう一発発射音が聞こえ、相方にトドメが刺されたのを確認した。
どうやらただの初心者と言うのは大きな勘違いで、慎重な敵だったらしい。その後も死に戻るまでなんの情報も落とさなかった。




