55.「青森殺人事件-結末-』コットの事件簿
復讐に正義はなく、ただの自己満足に過ぎない。
それでも人はその甘美から逃れる事は出来ないものなのか?いや寧ろ己を殺した者に復讐するという甘美こそ、至上の復讐の味なのかもしれない。
それを味わえるからこそ、この火星ではいつまで経っても争いは絶えず、殺し合いの日々が続く。
そんな人の業を裁くでもなく責める訳でもなく、ただ傍観するだけ。だからこそ真実を追い求めたくなるのが自分の業なのかもしれない。
今、店の片隅の粗末な椅子に掛けるのは今回の被害者であり復讐者、どこか憑き物が落ちたように見えるその姿は、店内に差し込む火星の朝日を受けてどこか神聖な物すら感じる。
「おう!エウリュ来てたのか!そのサングラスしてるって事は……殺ったんだなラビの事……」
完全に空気をぶち壊すかのように現れたジョンだったが、その語尾は徐々に弱くなっていく。
それはそうだ。まだ火星に来て間も無いながら目をかける相棒候補が殺られたと言うのに、いつも通りという訳には行くまい。
双方をよく知るからこそ、いつもさして気にしない風のジョンでも言い澱む事もあるだろう。
「殺ってないわ。寧ろ完全にやられた……予想外の事が多すぎて処理し切れなかったけど、逆に勉強になったわ」
「へ?」
思わず、空気をぶち壊しにする台詞を吐き出してしまったが、仕方ないだろ?だって完全に上手の筈のエウリュアレが、殺られたって?んな事あるのか?
「はっ!マジかよ!ラビの奴何やりやがったんだ?」
「う~ん……私の口から言うのはやめておく。今はまだ初見殺しだもの」
スッキリした表情で、ラビの事を認めた風のエウリュアレから情報を引き出そうというのはちょっと躊躇われた。
「じゃあ、そのサングラスはどうしたんだ?」
「返してくれたの。この前のは事故だったって……確かに先に警戒させて罠張った所に飛び込んじゃったのは私だし……」
どうやらエウリュアレとラビはやりあってお互いの理解が進んだようだ。
「そうか……じゃあ、正直ラビの事どう思った?」
「どうって?」
ジョンの質問が続き、エウリュアレも少し気になったのだろう。
「あ~……なんだ?俺もさ、そろそろ動き出そうと思っててよ」
「……ピースメーカー取り返すの?」
「ああ、相棒はアイツかなってさ」
「姉さんが嫉妬すると思うけど?」
「ステンは確かに凄腕だけどな。なんつうかあらゆる意味で強すぎるってか、逆に俺は必要ないだろ?」
「……どうかな?ラビ君も相当だと思うよ?」
「そうか?アイツの武器ってクロスボウだぞ?」
「だからじゃない?明らかに不利過ぎる武器で、どう戦うか構築できるプレイヤーが弱い訳ないじゃん」
考え込むジョンだが、相棒談義は一旦置いておくとしよう。
「まぁ、なんだ?事件は解決って事でいいんだろう?どうしてまた店を訪ねて来たんだ?」
「一応、終わった事を伝えにきたのと、もう一個言っておかなきゃと思って」
「「何を?」」
「サイレントキラーの二つ名だけど、ラビ君に譲ったから二人に言っておこうと思って」
……何言ってんだ?二つ名って勝手にプレイヤー達が言う事であって、譲るとか譲らないとか、そういう話じゃないと思うんだけど?
「つまり、俺達でサイレントキラーは二代目になったって伝えればいいのか」
「そういう事!これでやっと変な相手から狙われることもなくなるし、何よりサイレントキラーの正体が分かってるってのが、変だな~って思ってたの」
「ま、まぁ確かにサイレントキラーって正体不明の暗殺者って感じだもんな。エウリュアレみたいに追われる側の二つ名じゃないか」
「へへ!確かに謎の初見殺しの駆け出しが二代目サイレントキラーって呼ばれるのも面白いか!折角だしカバーとして表向きの名前も考えてやらないとな」
自分がちょっと頭を抱える中、ジョンは何故か楽しそうだ。
「それだったら、既に素材屋って呼ばれてるだろ。まだ駆け出しの女の子二人にだけど」
「そうなの?」
「ああ、アイツ罠を使って低コストの素材集めが出来るんだわ。普通序盤は金集めの為に体制側に着く筈なのに、何でか知らんけど反体制側プレイなんだよな」
「へ~道理で状態異常なんか使ってると思った。よく金策が回るね」
「あまり突っ込んで聞いてないけど、基本自給自足らしい。金で買わないからプレイ自体はゆっくりだと思ったんだけどな。それがサイレントキラーか~……」
つい、天井を見つめてしまう。何しろセオリーから外れすぎて訳の分からんプレイになったのは自分の所為じゃないかと言う負い目がある。
あの時、クロスボウなんて渡さなければもっと真っ当に楽しくゲームできてたんじゃないか?
伊達に自ら新人に優しいなんて言ってるつもりはない。少しでも楽しく早く軌道に乗れるよう新人の手伝いをしてきた筈なのに、ラビはどうにも掴み所がない。
「じゃあ、そろそろいくわ。相棒の件はまだ姉さんに伝えないでおく」
「ああ、頼む。まだ決めた訳じゃないしな」
「あと、ラビ君に銃使わないのはこの先きついよって伝えておいて」
颯爽と店を出るエウリュアレの髪が火星の朝日に照らされてエメラルドに光る。
こうして一つの事件が幕を閉じた。




