46.『たった一度の失敗がずっとつきまとう』タツ
砂塵巻き上がる荒野は、ただそれだけで視界が悪い。それでもじっと風が吹き止むのを待ち、遥か遠くを睨みつける。
自分がいるのは風化した廃墟の二階部分だったと思われる場所。
そこに伏せて、フォアエンドを三脚に乗せ、自分自身も伏せた状態で獲物を探している所だ。
ふと、視界で何か動くものがあったので、スコープを覗いて探ると、ゆっくりと歩く二足歩行の影を発見した。
これが下手に人間だったりするとまたトラブルの元だし、ゆくゆくはそんな事気にせず狩りたい様に狩れる位の実力をつけるとして、今はグッと我慢の時だ。
そのままスコープを覗いて、その影を追うと……ふと風がやむのと同時にそれがドローンだとハッキリした。
なぜならば、脚が完全に逆関節だし、足と頭部だけでできたアンバランスな構造、これで人間でしたって言われても、流石に無理が有るだろ。
と言う事で、ゆっくり呼吸を整えて引き金を引く。
ダーーーンと空気中に伸びゆく音が心地よい。が、残念ながら命中しなかったようだ。
まぁ、まだ自分のステータスじゃ有効射程の広い狙撃銃を使いこなすには不十分である事は重々承知だ。なんなら装備制限のSTRだけでもかつかつなのにDEXが不足するのは当たり前だろう。
まあそれでも撃てば撃っただけ武器毎の熟練度が入るし、それだけでも精度は上がっていく。更に命中精度の上がるアビリティでも手に入れば、もっと効率も上がるだろう。
と、いう事で外して元々、もう一発ドローンに打ち込むと、どうやら掠ったらしい。
それまでタラタラ歩いていた筈が、いきなり機敏に走り出し、荒野の砂を巻き上げながら一直線にこちらに向ってくる。
まだまだ全然距離はあると分かっていても、どんどん近づいてくる敵に呑まれ、更に一発撃ち込んだが、やはり外れる。
「タツ!さっきより近い相手だ。冷静になれば当るぞ!」
自分のすぐ横で見ていた先輩から声が掛かる。
その声に、頭が冷えて、もう一回ゆっくり呼吸をして、敵を狙う。
何しろ敵は真っ直ぐこっちに向ってきているのだ。どんどん大きくなる的だと思って、引き金を絞れば、敵の大きな頭部に命中し、そしてそのまま勢いで滑るように転倒し、長い足がぐちゃぐちゃに絡み合いながら、転げて止まった。
「You killed it!GJ」
言いながら、離れた所に倒れたドローンを回収に行ってくれる先輩。
コレは別にパシリに使ってるわけでもなんでもなく、AGIの値が違いすぎて、自分が行ったり来たりするだけ無駄だから、スナイパーはどっしり構えてろと言われたので、その場で待機しているだけだ。
ちゃんと深呼吸していた筈なのに、胸に詰まった息を吐き出して、火星の空を眺める。あくまでゲームの中のイメージでしかないが、砂塵で薄汚れた酷い景色だ。
「あっす。先輩」
「おう、かなり慣れてきたみたいじゃないか。一旦街に戻って換金して弾の補給でもするか」
「うっす」
そう言いながら、先輩の運転する屋根のないジープと言うのだろうか?アメリカンな軍用車の小さい奴?の助手席に滑り込み、新人の街まで送って貰う。
とっくに新人は脱した自分だが、未だここを拠点にするには理由がある。
と、言うのもスナイパーが狩りをする時に一番の問題となるのが、獲物が他のプレイヤーと被る事だ。
何しろPKを公然と認めているゲームだけ有って、揉めたら最後血を見ずには終われないし、やられたらやり返すの泥沼だ。
それを覚悟で始めたゲームとは言え、現状の自分ではまだその泥沼を生き抜けないという事は先刻承知している。
その為比較的人の少ない地域での狩りを主体にして、地味に稼ぐ。今はそんな我慢のし時だと、所謂下積み状態。
まぁ、寧ろ駆け出しのそんな地味作業に付き合ってくれている先輩がいるのに、我侭なんぞ言ってられる訳もなく。コツコツとやってるって所か。
こうして、ゲーム序盤じゃ絶対乗れないような乗り物にも乗せてもらえるし、あまり専門のスナイパーが少ない環境で、地味な下積みする役得もあるし、まぁ不満と言う程の不満もない。
荒野は風が吹き荒れていて、つい口数も少なくなるが、街に着くと流石にほっとするのか自分も先輩も喋り出す。
「まだソイツを手に入れて間もないのに、長足の進歩だな。よっぽど相性が良かったのか、スナイパー向きの性格だったのか。いずれにせよタツを誘った甲斐があったってもんだ」
「あっす!でも先輩いいんですか?毎日付き合ってもらっちまって」
「俺くらいになるともうステータスも上がらんし、ひたすら熟練度上げで、出来る事の幅広げたり、大会出て対人でやりあうだけだからな。今は寧ろタツの育ち方みて、今後のうちのTEAMの編成や戦術考える方が楽しいからな」
「確かに先輩は完成してるって言うか、敵がいないっていうか……」
「それでも、油断すればあっという間にやられるのが、このゲームなんだよ。どれだけVIT積んだってヘッドショットで抜かれたら、持ってかれるんだからよ。そしてその可能性を秘めてるのがソイツって訳だ」
言いながら、自分のPSG-1を指差す。
「ああ、そうっすね。でも自分がそのサイレントキラーってのもやってやりますよ!」
「おう、そりゃ頼もしいな」
とりあえず、弾の補給の前に銃のメンテのつもりで新人に優しいガンスミスの店に立ち寄る。
「コレで、自供も取れたな。やっぱりお前だったか……タツ」
「火星時間15:20犯人確保だな」
「そう……あなたが……確かにタウルスが面倒を見ているみたいだし……コットの言う通りだった」
「え?何?何?何なの一体?」
「私のゴーグル返してくれないかしら?いえ、あなたが勝ち取った物だし、相応の金額で買い戻す。どう?」
「え?だから何の事だよ?」
「タツ……お前またやらかしたのか……」
「何が?!!!!!!」
「そう、しらばっくれるつもりなのね?私は当分あの場所で待ってるから、もしそのゴーグルの正当な持ち主があなただと言うなら、いつでも狩りに来て!来ないなら、どこまでも追い込むから……」
そう言って、緑の髪の女が店の外に出て行った。
「タツ……さすがにサイレントキラーとの揉め事となると、俺でも手に余るぞ?」
「え?あれがサイレントキラー?って!俺何にもしてないっすよ!ずっと先輩と一緒に荒野でドローン狩りしてたじゃないっすか!」
自分の主張虚しく、その場の男三人からの残念そうな視線が突き刺さる。




