36.因縁『陰険と陰湿』
あくる日の学校、いつものように自分の席から外を眺めていた。
「おい!陰キャ!」
補聴器のレベルを上げずとも聞こえる大きな声で話しかけてくる幼馴染、はっきり言って物語のようにいつも幼馴染って奴が気の会ういい人間である保証はどこにもない。
「何さ?陰湿?」
声を掛けられるなり喧嘩を売られたんだ。相手の言われて一番嫌なあだ名を言ってやるのも喧嘩の礼儀だろう。
「テメー……もう調子こいてんのか?」
「は?陰湿は昔からのあだ名だろ?中学デビュー成功したとでも思ってるの?」
胸倉を掴んで座ってる自分を無理やり立たせる辰也だが、別に怖くもなんともない。何しろ昔からこういう奴だから。
「は?何々?タツって友達いない陰キャと遊んでやってたんじゃないの?何陰湿って?」
横から割って入るのは最近よく達也とつるんでる他のクラスの奴だが、まぁこいつもどうでもいい。
「うるせーな!家が近かったから親から言われて遊んでやってたんだよ!」
「違うじゃん?さっちゃんの事好きだから押しかけて来てただけじゃん?誰が辰也と遊びたいなんて言った?」
「テメー……」
「何?誰?さっちゃんってさ!初恋か?」
本当に空気読めない奴とつるんでるのか、はたまた結局辰也は弄られるだけの存在なのかそこはよく分らないが、友達は選んで作れっての。
「そもそも陰湿って大好きなさっちゃんがくれたあだ名なんだから大事にしなよ」
「俺のどこが陰湿だってんだよ!」
「そりゃ耳の聞こえない相手に絶妙に小さい声で、悪口吹聴しまわってる所だよ」
二人して黙りこくった。まさか聞こえているとは思ってなかったんだろう。
「別に悪口じゃなくて実際にあった話だろうが!」
「そうだね。さっちゃんにいい所見せたくて一番得意なゲーム持ってきたのに、自分にボコボコにされて手が出たんだもんね?」
「う、うわー……それは流石に引くわ……俺お前の友達やめようかな?」
「は?ふざけんな!お前が陰険な手で羽目殺したんだろうが!ちょっとばかり外に出ない分ゲームが得意だからってよ!だから陰キャだっての!」
「その陰キャってのも、そっちが陰湿って言われるようになってから、急に言い出して、なんとか他人を落としてめて自分を持ち上げようって腹でしょ?そういうのが総じて陰湿なんだよ」
完全に顔が真っ赤になった辰也、コレはまた殴られて補聴器が壊れるかもと覚悟をし、心の中で両親に謝る。
はっきり言って安いものじゃないのは分かってるし、出来れば何事も穏便に済ませるのが一番なのも分ってる。
それでも、今言わなきゃずっと次の高校生活も変わらないままだろう。
うちは中高一貫の男子校だ。あと三年通うには、今しかないって勝手にそう思っただけだけど、例え陰キャと言われ続けても、はっきり言い返せずにこのまま過ごす事はもう出来ない。
さ、殴れよ辰也!
「うーん俺はこれ以上巻き込まれたくないわ。いやタツさ~もう少し人として考えた方がいいよ」
「あ?何だよ急に!小学生の頃の事持ち出して、急に悪口言ってんのはコイツだろ!」
「そうかも知んないけど、今までのお前の言い草からすればさ……なんて言うか確かに難癖つけて自分より下の人間作りたいだけに見えるわ」
そういってどこかへ立ち去る辰也の友達?
「クソが!秋兎もお前完全に舐めてやがんな?」
「舐めるも何も、今まで散々一方的に他人の悪い噂流してきたのそっちじゃん。もう我慢できないってだけだよ」
「ただで済むと思うなよ?」
「ふーん?また殴るの?」
「はぁ?餓鬼の頃と同じゃねぇよ!今度はきっちり向こうでケリつける!負けたままじゃねぇからな!」
「あっそ……」
辰也が胸倉を離して正直、ホッとした。それが殴られずに済んだからか補聴器を壊されずに済んだからかは分らない。
それでも立ち去る辰也に一言いわずにはいられなかった。
「さっちゃん彼氏できたよ!」
「ああ?!!!」
「完全にイケメンだった」
「そりゃそうだろうな!」
それだけ言って、自分のクラスに帰っていく辰也。
ゲームに余計な因縁を持ちこんでしまったが、これからは今まで以上に油断できない。
出来る事はなんでもやっていかねば。




