159.不義『やっぱり荒くれ者達の星なんだ』
翌日、再ログインするとどこからともなく表れた制服の人に保安官舎に来るように言われたので、その足で向かう。
事件の報酬は既に受け取っているのだが、少しだけ知りたい事があったので、保安官に手の空いた時にと約束していたが、まさか再ログインしてすぐとは思わなかった。
保安官舎に着くと既に事務員さんと保安官が待っていて、ちょっと息苦しい雰囲気の部屋に通された。
「すまんが、ここが一番、内緒話をするのには適した部屋でね」
「別にいいですけど、例の殺人の件ですよね?」
「勿論そうですな。あの時プールを調べられたら面倒事になっていたでしょうからな。何も言わず引いてくださったあなたに、何の説明もなしという訳にもいかないでしょう」
すると二人とも椅子に腰かけたので、自分も空いてる席に座る。
そして、周囲を見渡して何でこの部屋が息苦しい感じがするのか分かった。窓がないのだ。
「さて、鉱床管理者を殺したのがそちらの資源開発部部長である事は既に知っているという事でいいのかね?」
うん、寧ろ事務員さんが部長だってのを知らなかったけども?
「そうですね。コットさんの言った通り、あのタイミングでしか殺せなかったんじゃないかな?とは思ってますけど、多分うみねこさんの件ですよね?」
「ええ、そうです。実際にはそれだけではないのですが、引き金になったのはその件で間違いないですな」
「鉱床管理者は、我ら火星の民を裏切ったのだよ。火星独立の立役者の子孫にもかかわらずね。我々は殺らねばならなかった」
「そうですか……なぜあのタイミングで?」
「それは、あの暗殺者を送り込んできた地球の者に圧力をかける為ですな。鉱床管理者と関係の深い地球の方々の中で、誰があの暗殺者を送り込んだのか、正直調べるには少々時間もお金も必要になって来ますので、それならばいっそ、誰か分からないまま圧をかけてしまえばいいかと」
「狙撃手に暗殺者を差し向けられた以上、何もやり返さない訳にも行くまい?そのまま放置すれば何度でも同じような事が起こるだろう。だから抵抗の意思をはっきり見せる必要があるのだよ」
「だとして、鉱床管理者は相応の身分だったように思うんですけど、本当に殺してしまって良かったんですか?」
「あまり良くはありませんな。あれで、一応の仕事はしていましたし、地球側ともそれなりに良好な関係を築いていましたからな。しかし狙撃手暗殺の手引きはやり過ぎだったという訳ですな」
「武器防具技術の差で我々火星の者は到底地球の者に立ち向かう事は出来ない。そうなると地理条件と人の力の差で戦う他ないのだよ。そんな中で狙撃手と言うのは相応に特殊な……我らにとっては英雄同然の存在なのだよ」
「つまり英雄暗殺の手引きをしたのが、町の代表である事が、皆さんにとってとてもまずいことだと?」
「その通りですな。地球とは表面上良好な関係を築きたいですが、それ以上に火星の同胞を裏切る事は禁忌ですからな」
「つまり、あの時あの場で彼を殺すことを知らなかったのは、彼自身と君達、そして地球の方々となる。そして今頃地球の方々も何故彼を殺したのか気が付いているだろう。これで当面は膠着状態を維持できると信じている。信じるしかないとも言うがね」
「まぁ、それは仕方のない事なんでしょうけども、あの鉱床管理者はそれで殺されるとは思ってなかったんですかね?」
「ふむ、バレれば殺される事くらい想像できたでしょうな。しかし、彼は裏切ってしまったのですな」
「奴も可哀そうな男だった。幼い頃から町独立の英雄の子孫としてちやほやされて育ったというのに、いざその地位を引き継げば、地球の者達との折衝で肩身の狭い思いも何度となくしてきただろう」
「肩身の狭い思い?」
「そうですな。地球の方々ははっきり言って我らの様な火星生まれ火星育ちをそれはもう、奴隷がごとく低く見ておりますからな。ただの労働者か犯罪者の子孫、それが彼らから見た我々の姿です」
「町一つ独立させたところで、地球の者と我ら火星の者では身分が違い過ぎる。それでもこの火星は我らの故郷であるという矜持が我々を独立した個人であると言い切るに必要な根拠なのだがね」
「鉱床管理者にはそれが無かった訳ですか」
「無いというか、いっそ地球に生まれたかったんでしょうな。火星に生まれたばかりに周りから低く見られるという事に我慢ならなかったのでしょう。ならば反旗を翻し、完全なる火星の独立を目指す事も出来た筈なのですが……」
「あいつは弱すぎた。それで精神に脂肪が付き過ぎていたのだよ。我々は常に独立した個であり、頭から押さえつけられれば跳ね返し噛みつく精神が必要だというのに、それを育むことができなかった」
「それで、代わりどうするんですか?」
「既に手配済みですな。火星に土足で上がり込んでくる地球の者を皆殺しにする気概のある猛者が……」
「それはそれで困るんだがね……仕方ない。当面は地球側からの圧を跳ね返せる者が必要なんでね。今までの様に素直に靡くような相手ではないと分からせねばならない」
「そうですか。まぁ、自分にはあまり関係のない事ですから……」
事情も分かった所で、立ち去ろうとすると、保安官に肩を掴まれた。
「それはそうと、漆黒の宝玉を見て行かないかね?」
「いや、別に……」
「漆黒のノワールもあなたは火星の記憶と縁があるかもしれないと言っていたし、是非見ていくといいですな」
そう言って、二人がかりでどこへやらと連れて行かれた。




