153.『黒玉殺人事件』コットの事件簿
一切の存在は因縁によって生じ、因縁によって滅するというならば、探偵は怪盗によって生じているのか、はたまた探偵がいるから怪盗が生じるのか?
そして、怪盗を消滅させるのが探偵なのか、はたまた探偵を消滅させるのが怪盗なのか?
前者に対して今の所自分の中に答えは無い。しかし後者は歴然としている。
探偵によって怪盗が滅するのだ。
外壁、地下、果てはプールの排水溝も確認したが、人の入る隙は無い。
更には警備体制も厳重でありながら、密になり過ぎず、顔見知りばかりであるという環境にアルバー助手は侵入不可能と結論付けていた。
これが若さか……。
会場がプールサイドであるという点を忘れている。すなわち上空からの侵入が可能であるという事!
徐々に暮れいく空を睨みつけるように眺め会場の一角に佇む。
日暮れに応じてプールサイドの四方に設置された大型の照明が明るく会場を照らし出した。
どうやら探偵として志願したものは、会場内にて招待客同様の扱いとなるらしい。
既に支給されたタキシードに着替えさせられ準備万端だが、問題は荒事があった場合だ。
一応、小型の銃器は見えないように装備することが認められていたので、ジョンとラビに関しては元々愛銃がリボルバーだったこともあり、ハーネスで懐にしまう事になった。
問題はアルバー助手だったが、どうやらメインウエポンがドローンであり、銃器の熟練度を然程上げていない事から、今回は自分の助手として頭脳を担ってもらう。
自分に関しては元々生産……頭脳労働なので、荒事はお任せだ!
入り口では、ラビの知り合いらしきNPCがお披露目客の招待状と身分を確認している。
どうやらアルバー助手はそこが侵入の可能性が高いと見ているのか、一人一人徹底的に観察しているのは、中々に頼もしい。
やっぱり自分に必要だったのは、こういう素直でまじめな助手だったのかもしれない。
ジョンは助手からボディガードとしよう!もともと用心棒なんだし、そっちの方が合うはずだ。
そう決めた所でもう一度空を見上げると、屋敷の方から透明な何かがせりあがっていき、そのまま伸びて外壁にピタリとくっついた。
「???」
「どうやら夜間は冷えるから屋根が付くらしいな。あっという間に屋内プールの出来上がりって訳だ」
すぐ近くで適当に椅子に腰かけてたジョンが誰に言うともなく喋っているが、これで空中からの侵入の線は無くなってしまった。
それじゃ一体、漆黒のノワールはどこから侵入するってんだ!?
あれよあれよという間に、招待客はプールサイドに集まっていき、思い思いにグラスを傾けて歓談している。
食事も随分と並んでいるようだが、こういうパーティではあまりがっつくものじゃないのだろう。ほとんどがお酒片手に喋っているだけだ。
ラビだけは何故か水槽を眺めている。そんなに魚が好きだったか?
そう言えば、素潜りで漁するくらいだしやっぱり好きなのか。
「僕の目には怪しい人物は分かりませんでした」
声のする方に振り返ると、アルバー助手がやや意気消沈した様子で近くに立っていた。
「落胆するにはまだ早い。そもそもブラックホール自体まだ見えていないんだ。この段階で怪盗が尻尾を見せていたら、それはもう怪盗とは呼べないだろう?」
「確かに!コットさんは怪盗と何度もやりあった事があるみたいですけど、今回の件どう見てます?」
「さっきも言ったが、まだ早い。答えを早急に求めすぎるのは間違いのもと、短絡的思考と言うのはどうしたってバイアスに支配されやすい。そこを突いてくるのが怪盗さ」
そんな事を話していると、会場に布のかかった大きな箱が運ばれてきた。
そして、いつの間に設置されたのか、スピーチ台の様な壇の横に置かれる。
すると、今度は今回の主催者であるこの屋敷の主が、あまり似合ってるとも言い難いタキシードで現れた。
胸には綺麗な銀か、はたまたプラチナか?金属細工を施された大粒スーパーボールサイズの黒い宝石のブローチが目を引く。
「さて皆様ご歓談中お邪魔します。この度は幻の宝玉ブラックホールお披露目にお越しくださいまして誠に感謝のしようもございません。これを手に入れるのに、色々と苦労もありましたがその辺の話はまた後程個々にという事で、先ずお披露目と行きましょう!」
それだけ言うと、箱にかかった布を放り投げるように外す。
するとその中には、バスケットボール位はあるであろう真っ黒い、石?
表面は艶やかなのにどこか柔らかい独特な光の反射は、まさか真珠か?
会場にどよめきが走り、皆の視線が透明な箱の中身にくぎ付けとなる。
「はっはっは!どうぞどうぞ!興味のある方は近くでご覧ください。そう言って壇上から降り、招待客一人一人に話しかけに行く主催者。
一瞬緊張したが、どうやらお披露目と同時に強奪という事ではなさそうだ。
大きな黒真珠に対して、何かしようとする者がいないか目を凝らしてい見ていると、突然照明が落ちる。
急激な暗転に視界が真っ暗になり、何も見えない。
同時に心臓の高鳴りも最高潮に達する。既に侵入していたのか、はたまた暗闇に乗じて突っ込んでくるのか、耳を凝らすが、客達のざわめきでよく聞こえない。
ぽちゃん
水槽の魚が跳ねたような音がすると、今度は急な明るさでまた目が見えない。
結局何十秒経ったろうか?悔恨を胸に例の箱を見ると、やられ……てない?
周囲を見回しても特に異常がない。
あれ?何か盗み出す為の仕掛けかと思ったら普通の事故?
「あーーーーーーーーーーーー!!!!」
唐突な叫びにビクッと一瞬身をすくませると、その声の主が主催者であることがすぐに分かった。
「どうされましたかな?」
入り口で受付をしていた係の人が近寄る。
「ブ、ブローチが……」
確かに高そうではあったが、ブローチがなくなったくらいで騒がれてもな……。
……そのまま泡を吹いて崩れ落ちる主催者を受付の人が支えるも、そのまま崩れ落ちるのは、もしかして主催者ショックで気絶した?
慌てて自分も駆け寄ると、
「待った!!!!」
あまりに大きな声に、その場の全員一斉に動きが止まる。
この町の保安官がつかつかと近づいていき、主催者の脈をとる。
「いかん、死んでおる」
ゾッと背中に冷や汗が一滴流れ落ちた。




