129.『苛立ちと後悔と失念』ジョン
「おい!こら!別に突き飛ばさないでも十分に間に合っただろうが?明らかに嫌がらせか、妨害だよな?」
「あ?だったら何だよ?チンタラチンタラしてる奴が悪いんだろうが!」
「今のは認めたな?じゃあ殺られる覚悟もあるって事だよな?」
「は!そいつでか?この街じゃ許可なき発砲は無理だぜ?なんなら特に今は戒厳令中のシェルター内だしなおの事な!」
目の前でニヤニヤと挑発してくるのは、細身に黒髪ロングの男だ。いかにも一昔前のヤンキーとやらにかぶれた様な風体だが、結構面倒くさそうではある。
何しろさっきから距離を詰めようにも自然と一定の間合いをつけられて、表情の割に警戒しているのが見て取れる。
間合いから考えて、多分素手のやりあいが得意なタイプ。それも現実の方で何かしら齧っているのだろう。
警戒と同時に自信も感じられるし、島の方の地下闘技場にでも出入りしているのだろか?
「ねぇジョンさん。やめとこうよ」
ついてきた女子達も相手の雰囲気を感じ取っているのか、かなり消極的だ。
確かに、ここでコイツをやったところで、ラビを助けに行けるわけでもないし、誰も得しない。
ここは冷静にリスポーンポイントで、ラビを待つか?
「さっさと行けよ!何もできないくせにぐずぐず絡んでくるなっつうの」
「あ?後ろから他人突き飛ばして悦に入るくらいしか能の無い奴が何言ってんだ?」
「あっそう?やろうってんだ?銃撃つことしか能のないのが?いいぜ?この辺じゃそうそう相手も見つからなくなってきたことだし、遊んでやるよ」
そう言って、ファイティングポーズをとる目の前の男は、多分ボクサーだろう。
スキルは<Step><拳闘>……まあ割と素手でやる奴の中ではオーソドックスなタイプか。
って事は現実で培った駆け引きで上手くやってるんだろうが、ここはゲームだぞ?
左手に警棒を取り出す。
あくまで銃器が禁止されてるだけで、ナイフや鈍器が禁止されてる訳じゃない。
「結局武器頼りかよ。弱いな~ゲームで銃撃って強くなっちゃった気でいるタイプか?」
一歩間合いを詰めると相手の肩が動く。
<集中>
すでに目の前に拳が迫っており、ぎりぎり首をひねって回避する。
スキルを使わねば確かに見切れない動きだったのだろう。あまりに直線的に飛んできた拳に冷や汗をかきつつ、相手の首に左手を掛ける。
そのまま喉下の急所に指を突っ込むと、ほんの一瞬体が硬直した。
そのまま相手のジャブが引き戻されるのに合わせて、屈んで左に回り、頚椎を思い切り警棒で殴りつけた。
一瞬ぐらつきながらも振り返る男の踝にさらに一発。
バランスを崩し膝をついたところで、こめかみに一発。
そのまま髪を掴み上を向かせて、ひたすら警棒を叩き込む。
既に気絶の状態異常になってるのは分かっているが、この後ダル絡みをされないよう徹底的にやっておく。
銃と比べれば大したダメージの出ない鈍器であっても、殴り続ければいずれHPゲージは吹き飛んで、死に戻る。
完全に力が抜け動かなくなったところで、シェルター内のリスポーンポイントに向かう。
すると今しがた殺したばかりの男が立っていたが、こちらを見るなりどこかへ立ち去った。
「行っちゃったね?」
「死に戻ってペナルティ貰ったままもう一戦やる気が起きなかったんだろ?」
ラビだったら、一回殺られた以上は絶対殺しにかかって来るだろうが、その辺があの程度のチンピラ風情との格の違いだな。
「ところで、今ってどういう状況なんですか?」
「ん?何も知らないで逃げ込んだのか?」
「うん。ね?」
女子三人がお互い顔を見合わせているが、とりあえず何かから逃げたという認識だけはあるようだ。
「一応、不定期のレイドイベントだろうとは言われてるんだが……」
「イベントなんですか?」
「ああ、デカい白い壁みたいな生き物がいたろ?あいつが津波を起こして、街中に大量の水と海中生物を送り込んでくるんだわ」
「それで?」
「それしか分からん。有志が水中銃持ちを集めてイベント詳細を探ろうとしたけど、結局戦力が足りなかったって話だな」
「それで、何でレイドイベントだって分かるんですか?」
「固定のリスポーンポイントがあるからさ。今まさにここの事なんだが、今この街中で死ぬと誰もがここに集められるんだ」
「ふーん……外は今どうなってるんですか?」
「街の通路に水が張って、そこら中にヤバい海中生物が泳ぎ回ってる。はっきり言って普通のプレイヤーじゃ歩き回る事も出来ない状態さ」
「じゃあ、今は外に出れない?」
「出るだけなら上の方の階に行けば、出口はあるが、おススメはしないな」
「素材屋さん大丈夫かな?」
「……」
「大丈夫じゃない?」
「何でそう思うんだ?」
「だって海に入って素材採ってたみたいだし、案外楽しんでるかもよ?」
……そういえば、ラビはそういう奴だった。
なんたって、感性が普通じゃない。生き残る為の手段をいくつも持っている。
俺は銃を撃つしか能がない。そういう意味じゃ、あの男のいう事は正しい。




