117.移動『火星にも海があるんだとか』
数日間、取引用の〔天蚕糸〕を集め、ついでにメープルシロップやブルーベリーの納品で十分な資金を稼ぎ、コットさんやジョンさんとタイミングがあったところで、移動することにした。
まずは初心者の街まで戻り、そこで数日使ってしまった毒や麻痺や眠り薬のほかハーブなんかも調達して薬に変えていく。
そして、初日からずっと横目に見ていた高速リニアに乗って、隣街まで移動した。
やはり名前に高速と付くだけあってとても速いのだろうが、とても静かであっという間に景色が流れ、目的地についてしまい、あまり実感はない。
「ここが隣街……」
「そうだな。まぁ、今までより一段上のエリアだと思って慎重に行動した方がいいかもしれないな」
そう言うコットさんを横目に、街の高台にある高速リニアの駅から、街を見下ろすと灰色の建物の並ぶ海辺の街だった。
「なんか、海って感じですけど、本当に火星なんですかね?」
「う~ん一応このゲームにもストーリー的なものがあるんだが、プレイヤーそれぞれによって見れるパートが違うんだよな。一応その情報をくっつけて考察してるサイトがいくつかあるんだが、この海はテラフォーミングの初期に、地下にあった大量の氷を溶かして作られたものだって話だ」
成る程、大量の氷を溶かして海にしたのか。意味分かんない。
だって学校の授業だと、水は氷ると体積が増えるって聞いた。つまり、今目の前に広がる海の体積以上の氷があったことになるし、今空に浮かんでる現実の火星にそんなに大量の氷が眠ってるって事なのかな?
まぁ、あくまでゲームの設定だし、人が住めるくらいの環境になるにはそれ位の秘密が隠されてないと無理って事なのかな?
「とりあえず、この街は火星の海底資源を探索する為の基地が存在してる地球政府側の重要拠点だから、決闘には厳しいんで気をつけろって事さ」
ジョンさんがざっくりまとめてくれたが、とりあえず気を付けよう。
高速リニアの駅から出ると確かにちょっと物々しい感じかもしれない。
海風に錆び付いた金属の建物が壁沿いに並び、大体が三階建てなのか?一階が商店になってる所が多い気がする。
初心者の街にあったモノレールは街をぐるっと回るように出来ていたが、ここではちょっと違う。
一番高い場所にある高速リニアの駅から扇状に広がる街の、左辺、中央、右辺とそれぞれに上下に走るケーブルカーが交通の基本的な移動手段っぽい。
そして海の岸壁から何層という形で段々になった街並みが広がる。
最下層は教えてもらった通り、政府の施設らしく兵士とみられる大型の銃としっかりとした揃いのアーマーを装備した人たちが巡回している。
つまり、ここから海に出る為の基地という事なのだろうが、所々に大砲らしき長く突き出した円柱があるのは、海から敵がやってくるという事なのだろうか?
海辺の街とは言え到底バカンスのような雰囲気ではない。ざっくり近未来海軍基地と言った方がしっくりくるだろう。
しかし、海洋資源が欲しいならそもそも氷を解かさなければもっと掘りやすかったろうに……それだとテラフォーミングが進まなかったから労働者を送り込めなかったのかな?
多分、痛しかゆしってこういう時に使うんだろう。
折角街に来たので適当に店を冷かして回るが、銃器は一段性能が上がっている気がしなくもない。
ただ、自分が使うようなクロスボウは置いてないし、ディテクティブスペシャルを超えるようなトキメキを感じる銃もないので、本当に冷やかしだけになってしまう。
アーマーやバックパックに服なんかも近未来的と言うか、よりレベルの高い物が置いてある気はするのだが、ガチガチの兵士仕様というか、自分がイメージする装備とは違うのでちょっと保留にしておく。
正直タクティカルアーマーとか惹かれるんだが、自分が装備するには全然VITが足りない。
それにしても、ここには下町と言うか怪しげな皮毛骨肉店や薬屋さんに燻製屋さんや廃品回収屋さんが見当たらない。
本当に居場所がなくて困るのだが、どうして今回この街に来たかと言うと女子二人組と待ち合わせたのがこの街だったからに他ならない。
とりあえず腹が減っては戦が出来ないじゃないが、空腹度を満たすために食料品店を探していると、偶々街行く人の声が耳に入った。
「これ何とか売り物にならないか?」
「滑車?いやいやいや、何でそんなもの拾ってきたのか分かんねーけど、どうしろって?コンパウンドボウでも作れってか?」
「仕方ないだろ!ドローンのドロップで、無駄に落ちるんだからよ」
「そりゃそうだがよ……まぁ、NPCにタダ同然で引き取ってもらうんだな。そんなもの引き取ってる奴なんて見た事ないし」
……コンパウンドボウ?ってクロスボウの仲間かな?
何となくそんな気もしなくはないのだが、これは調べてみる必要がある。
いったんログアウトして、資料を探そう。滑車とコンパウンドボウか……。




