115.不義『義を見てせざるは勇なきなり』
「いい感じですね!野生の獣は気配に敏感です!それでも、全く気が付いていないところを見ると、お客様の才能は間違いないでしょう!」
明るく褒めてくれるメープルシロップ屋さんと、夜間の森を散策中だ。
作ったばかりのブルーベリーの強化薬を飲み、夜の獣の動向を追うのみだが、中々に面白い気がする。
家族なのか10匹程度で眠る獣の群れもあれば、木の上で夫婦と見れる二匹の鳥がとまっている事もある。
蛾に関しては、コロニー的なものがあるのか、一か所に固まっているのが見て取れるが、多分集まっている場所がメープルの木なのだろう。
ただのMob敵の様で、ちゃんと生活サイクルがあるのだと知れるのが何となく面白く、気配を消しながらただただ夜の森を進む。
まぁ、気配の消し方についてはひたすらメープルシロップ屋さんの指示に従って、音のなる枝を踏まないとか、鼻のいい獣は遠回りして風下から近づくとか、そんなものばかりだが、果たしてものにできているかどうかは、自分でもよく分かっていない。
そんな夜間行動にうっすらとした興奮と、ちょっとした好奇心を満たされて、とてもいい気分なところ、唐突な銃声が聞こえる。
音は三つか?
ぱららら……と軽いもの。
ババババ……とちょっと重く感じるもの。
ターン……ターン……と妙に響くもの。
「サブマシンガン、軽機関銃、ハンドガンでしょうか?全く無粋ですね」
ぶすいというのが何かは分からないが、悪口の様ではある。ただ銃を撃つゲームなのに、悪口を言うのは何でだろうか?
そのうち少しづつ音が大きくなることで、対象が近づいてくるらしい事を理解し、藪の様な低木の陰に身を潜める。
「ぎゃはははははは!」
「おら!反撃しないと撃っちまうぞ!」
「なぁ、とっとと撃って次行こうぜ?」
などと、声が聞こえる。
あとは、やたら荒い息遣いだけだが、多分3人が1人を追いかけているのだろうという事は分かった。
これが『ぶすい』というやつなんだろうか?不快であることは確かだけども、事情は分からないしどうしたものか?
「お客様?これまででこの森が如何に隠密行動の練習に向いているか分かったと思いますが……」
急にメープルシロップ屋さんが、夜間行動の練習のまとめに入った。
「そうですね。獣に襲われずそれでいて観察する為に潜むのは面白かったですけど……」
「ええ!是非これからも修練を重ねてください!」
「修練ですか?」
「そうです!獣はもちろんの事、他の生き物でも好きなだけ追跡して熟練度を稼いでくださいね!」
……獣以外の生き物?蛾……と言いたいところだけども、絶対プレイヤーの事だよな?ぶすいな奴らを追えって事か?
何か表情がそう言ってる気がするので、適度に距離を取りつつ声や銃声のする方に隠れながら向かってみる。
すると、崖という程でもないが、切り立った壁に背を付け追い詰められた表情のお兄さん?金髪碧眼でやたら綺麗な雰囲気でいながら、大きなランドセルの様なものを背負った人が追い詰められていた。
大きなランドセルというのは、小学一年生がランドセルを背負ってるのを想像した時、そのままの縮尺で大人がランドセルを背負った感じだ。
そしてその人を取り囲む、三人組。
「あ~逃げ場なくなっちまったな~!どうする?どうする?」
「そんな煽んなって!持ち物全部置いていったら、助けちゃうかもな~その鞄の中身とかさ!」
「なぁ?撃っていい?結局落とすんだから撃っていいよな!」
「はぁ、なんて下品なんでしょう。しかも低俗。あれで人と呼んでいいものか判断に困りますわ」
下品は流石に分かる。そして同意しかない。
三人がかりで弱い者いじめしているのは間違いないだろう。
しかし、このゲームはPK推奨だし、こういう狩りもありなのかもしれないと、逡巡する。
すると、唐突に金髪お兄さんのランドセルから、何かが飛び出した。
そのままお兄さんの前に毅然と立つのは、子犬程度のサイズのドローンだった。
「何だコイツ?」
「やっとやる気になったか!いや~何の反撃もないと寂しいっつうか、つまらないからな」
「撃つぞ!こいつは撃っていいんだよな!」
「ダメだ!レーヴェ!」
ドローンを庇う様に飛び出し、抱え込むお兄さん?
そしてそのお兄さん?に銃口を向ける三人組に、なんかこう……イラっとした。
奴らの背後まで近づきながら手持ちの道具を準備する。
まずは、麻痺毒と気化させる高熱発生器。
そして、目つぶしの粉と酸の瓶。
麻痺毒に対応する為、タブレットを飲み込み、更にブルーベリーの軟膏を目に塗って、メープルシロップ屋さんを見やると、既にスカーフの様なものを口に巻いて、微笑んでいたので自分のやることを理解しているのだろう。
まず麻痺毒を気化させつつ奴らの足元に転がす。
「うわ!」
「何だ!待ち伏せされたか?」
「ど、どこだ!撃つぞ!」
そして、間髪入れずに目つぶしの粉の入った瓶と、酸の瓶を空中に投げ、そのまま抜き打ちで投げナイフで破散させれば一帯に粉と酸が舞い散った。
「はぁはぁはぁ!何だこりゃ!」
「くそ!誰だ!卑怯だぞ!」
ターン!ターン!ターン……「どこだ!どこだよ!」
パニックになりながら動きが止まっていく下品な三人組を横目に、ポカンと口の空いているお兄さん?に解痺薬を投げ込んだ。
「あ、あれ?動けるようになった?」
「これを塗れば、目が見えるようになるので」
そう言って、ブルーベリーの軟膏を手渡す。
それ以上、居てもなんか気まずいのでその場を去った。
町に戻ると、とりあえず今日のレクチャーはお終いらしい。
「すみません、勝手に手を出して……」
「義を見てせざるは勇無きなりと申します。お客様は才能だけでなく適性も十分の様です!これは入門の証です!」
そう言って手渡されたのは、謎の青い液体の入った大瓶だ。
「これは?」
「藍です!布の加工が得意な方に渡せば、綺麗に染めてくれるでしょう!お客様は毒霧を使うようですから、スカーフやマフラーにこれを使用すれば、毒気に耐性が付きますので、おすすめですよ!」
うん、多分このアイとやらを染み込ませた防具で気化した毒を防げるって事だろう。
素直に受け取ると、
「1万クレジットです!」
そりゃ、お金取られるか……素直に応じて支払った。




