105.暗闇『これからは夜の準備もしなくてはならない』
ジョンさんに撃たれて目の前が真っ暗になったと思ったら、次には真っ白になっていた。
どういう状況だろうとよく目を凝らすと目の前の白は布みたい?
「知らない天井だ」
横を向いてやっと状況を把握した。
どうやらここは救護所のテントらしい。多分そこいらに置いてあるものから推察するにだが、注射器とか置いてあるのは危険な香りがする。
つまり、死んだというより怪我をして運び込まれたっていう設定なのかな?
とりあえず誰もいないし簡易ベッドから降りて、身の回りを確認するもどうやら荷物は全部あるし、本当にそのままここに寝かされてただけっぽい。
そのまま出口に向かうとフワッと入り口がめくれて、入ってきたのは顔半分刺青の僕っ娘さんだ。
「君……草食系だと思ったんだけど、角の生えた草食系だったんだねぇ」
「え?」
唐突に何を言われてるんだろう?と思ったが、すぐに思い出した。
確か初めて会ったときにこの僕っ娘さんは草食系は好みじゃないって言ってたっけか。
「くくく……いいねぇ。昔のロディを思い出すね」
「ジョンさんが何か?」
「ん?まあ新人じゃ知らないよね。サービス開始当初の本当に無法だった頃、ロディはしょっちゅうPKに粘着されてね~それでいて群れない性格だから、狩られっぱなしでついには街から出られなくなったのさ」
「はぁ……ジョンさんにそんな過去が?」
「そう、でもある時角が生えたんだよ。決闘で、町中の撃ち合いで勝てる者のいないユニコーンに化けたんだよね~」
「ユニコーン……」
「まぁ、君は角ウサギって感じだけど、それにまだその角も心臓に届くほどじゃない。もうちょっと鍛えたらまた会おうね」
「ええ?」
それだけ勝手に言うとどこかに去ってしまう僕っ娘さん。
ウサギに角は生えてないんだけど、何の話をしてるのかさっぱりだ。
とりあえず、救護所から出るとイベントはまだ続いていて、端から見るとずいぶんと盛り上がってるようだ。
あまり顔を出す気にはなれないし、一人森の方へと向かう。
何となく、何でもいいから撃ちたい気分だ。撃たなきゃ強くなれない。
何とも言えないぐつぐつとした熱い感触が腹から上がってきて、体を動かす。
はっきりと言語化できない衝動にちょっとイラつき、クロスボウを構えて森に一歩出ると周囲は夜だった。
さっきまでイベントで明るく町が照らし出されていたので気が付かなかったが、既に時間は夜。
そして森には深い闇が落ちている。
本当に深い闇だ。最初の街の環境実験区やその奥の森と比べても、明らかに視界が悪い。
草原は月明りや星明りでいくらか見えてはいたのだが、どうやらここからが本番の夜戦闘という訳か。
今までの低レベル帯とは違う、忖度のない本当の暗闇を前にして、足が止まる。
いくらこの森の獣は大人しいとはいえ、何も見えない暗闇に突入する勇気が沸き上がらない。
その反面、体は熱を帯びすぐにでも獲物を見つけて撃ちたいという気持ちに逸る。
何か明かりが必要だと、作業台を取り出し<製造>や<製作>を起動し、適当に持ち物を並べていく。
現在の候補としては〔松明〕〔ランタン〕と言うところ。
とりあえず燃え盛る〔松明〕を持って森の中を歩く勇気はないので、ランタンを作ることにした。
〔金属板〕と薬用の瓶、〔獣脂〕……これは獣の肉から<製作>で抽出できた。
火は例によって発熱する薬瓶の仕掛けを使って起こし、いざ森に一歩踏み込むと、より闇が深く感じる?
自分の周りは確かに明るいが、その外が本当に真っ暗にしか見えず、戸惑う。
これならいっそ暗闇にまぎれた方が安全なんじゃないか?そして<聞き耳>で気配を探りながらちょっとづつ進んだ方が……。
そんなことを思っている内に、聞きなれた羽ばたく音が聞こえてくる。
蛾が近くにいるんだなとすぐに理解し、周囲を見渡すも結局何も見えない。
ひたすら音に集中し、近づいてきたところで、ランタンを向けると……。
そこには例えようのないほど大量の蛾が迫っていて、思わず逃げ出す。
背筋に走る怖気と、体の芯は熱いのに体の外は妙に冷たい気持ち悪さ。
あっという間に町にたどり着き、思っていた以上に森の奥まで進んでいなかったんだなと、安堵した時には手からランタンはなくなっていた。
多分走っている途中で投げ出したんだろう。そして蛾も追って来てないところを見ると、多分ランタンの光に誘われて集まってきたんじゃないかと、いまさらながら理解する。
うん、森でランタンを使用するのは危険だ。
よくよく考えたら当たり前で、撃ち合いのゲームで一人目立つような物を持っていたら、そりゃ危険に違いない。
とはいえ、昼も夜もあるこのゲームで夜だから戦わないという理由があるだろうか?いやない。
本当の初期は夜に準備をしたりもしていたが、FPSなら夜間戦闘という特殊な環境が発生してもおかしくない筈だ。
ここは一つ、夜間戦闘について調べてみる必要がある。もっと絞った光源を使いつつ、夜目を鍛えるようなそんな方法が、きっとどこかにある筈だ。
いつの間にか撃ちたいという願望は消え、夜間活動について思考を巡らし始める。




