104.『深淵に覗かれる』ロディ
腕は落ちちゃいないと思うが、久々のイベントに自然と体が熱を帯びる。
愛銃を預けて以来、今のブラックホークを体に馴染ませ、ゆっくりとかつ密やかに磨き続けた牙。
それを向けるのが相棒のラビというのは不思議な感覚だが、そう悪いものではない。
決闘に100%の勝ちはない。何なら運でイベント一つ勝ち上がる奴だっているそんな世界だ。
それでも明確な力量差というものはあるし、経験値もステータスも断然に違うラビに負ける事はないだろう。
まあ、自分の欲してる相棒は早い撃ちの上手い奴じゃないし、今回は勝ち負けが問題じゃない。
ただラビがどんな奴なのかより深く知る為に天の与えてくれたチャンスだと、そう認識している。
相棒……お互いがお互いを命がけで助け合えるそんな相手……。
正面に立つラビが忠告通り撃鉄を起こすとNPCから開始の合図が入るも、すぐに止めた。
すでに撃ち合いの準備に入っていた身としては冷や水を浴びせられたような気持ちだが、どうやらスタート合図の確認をしておきたかったらしい。
確かにラビはこのイベントに参加するのは初めてだろうし、確認は大事だ。
寧ろ久しぶりのイベントにかかり気味になっていた自分を冷静に見直す。
どれだけアドバンテージがあろうとも一つのミス、ちょっとの余計な思考で負ける一瞬……すなわち瞬き一回の世界。
ゆっくり細く息を吐き頭の中を真っ白に塗りつぶしていく。
今度こそ試合が始まり、跳ね上げられるコインを見る。
上がる高さは毎度ランダムだが、どこまで上がったかさえ確認していれば、あとは感覚で落ちるタイミングも掴める。
コインが上がりきったところでラビに視点を向けると、すでにこちらを見ていた。
何ならコインすら見ずにずっとこちらを見ていたのだろう。射貫くような目がじっとこちらの目から離れない。
強いな……。
シンプルにそう感じる目だ。一切感情の揺らぎもなく駆け引きもない。ただ早く抜き、撃つだけに集中してる奴はこんな目をする。
攻略など見ずにただルールに則りそれだけを実行するのは、ある意味じゃシンプルで強いが、同時にからめ手には弱くなる傾向がある。
気はとても合うが、果たして相棒としてはどうだろうか?似たタイプで固まれば、また敗北を味わう事になるんじゃないか?
雑念に溺れかけたところで、スキルを使用する。
<集中>
1秒の間、知覚を10倍に引き上げ10秒のように感じるだけのスキルだ。
もちろん自分のスピードが10倍に加速されるようなこともないが、それでいい。
ラビの手が動き銃に近づきていくのが目に映るが、良いタイミングだ。勘で動いてるなら大したもんだな。
だが、微妙に早くないか?
何のためらいもなく銃に触れると同時、1/10秒の世界でも見切れない程の完璧なタイミングで銃を引き抜きにかかるラビに、動き出しが刹那に遅れた。
ラビのフォームは綺麗だ。
いつも全く同じフォームで同じようにサイトを覗く。
真っ直ぐ、一切斜になる事もなく、正面から相手を見据える姿はいつもの喋り方とはまた違ったラビの深みを感じる。
ちょっとこのまま撃たれてしまってもいいんじゃないか?という余計な思考を振り払い、AGI任せに引き抜き構えた銃でラビの腹辺りを適当に撃ち抜く。
先に当てればいいだけの試合だ。どこに当てたっていい。
つまり、仮にムービングショットの使い手が相手だろうとも、一番動きの少ない場所を最初から狙えばいいのだ。
そして今回の場合も銃を引き抜いて一番早く当てられる場所にただ発砲すればいい。
これが経験の差だ。
……いつの間にか切れてた<集中>。すでに時間は正常の中にある筈なのに、まるでこちらの魂を引きずり込むかのような深淵が目に残る。
ラビの銃口は完全に自分の眉間を狙っていた。
何なら、最初から見ていたのは自分の目ではなく眉間だったのかもしれない。
搦め手でも駆け引きでもない、純粋な殺意で敵を撃つ。
それがラビの本質って事か?
勝ち負けじゃない、死ぬか生きるか。
ラビが忠実なのはルールじゃない。生き残るって事なのだろうか?
撃ち合いのゲームで謎の自給自足生活をする変なプレイヤー……どうやら考えを改めて、もう少し観察しなければならないのだろう。
そして何より、成長過程にあるラビと違い、ゲーム内のステータスやなんかではある程度完成された自分が、このラビに引けを取らないようなプレイヤーになる事にもう少し真剣に取り組むべきだ。
雌伏の時は終わった。
ラビという深淵に魂を奪われ、肩で息をしながら待機所に戻る。




