101.会場『そういえば、決闘の見学をするのだった』
「はい!確かにお預かりしましたので、報酬の9,000クレジットとお薬用のメープルシロップです!」
笑顔の店員さんから受け取る報酬は高かったのか?安かったのか?
毒類は瓶以外ほとんど元手がかかっていないので金額的にはプラスである事は間違いないが、使った道具を再び補充する手間を考えるとそれほど儲かった気もしない。
「あの……メープルの木を倒すのに麻痺や眠りの薬を使ってしまったんですけど、品質に問題は?」
「無いですね!乱暴な手段を使わないでいただけて、とても助かります。そもそもお客様であれば大して労もなく採ってこれるとは思いましたが」
「……それなりに苦労しましたけども?」
「???おかしいですね?メープルの木は音に反応するので、銃などを近くで使用しなければ何の問題もなく採取可能なんですが……」
ああ、やっぱりその予想当たってたのかぁ。
一気に体から力が抜けた気がする。
結局あの変質者とは町に戻ってすぐ別れた。
目当ての木材を手に入れて大層興奮していたからか、連絡先など一切交換してないので、きっともう出会うことはないだろう。
自分の鞄を作ってくれると言っていたが、渡しようもない物を作らせてしまうのは少々申し訳ない気もする。
誰か別の人を見つけてうまく取引してくれればとそう願うほかない。変質者とはいえ悪い人ではなかったっぽいしな。
「ちなみに近くに蛾みたいなのがいっぱいいたんですが?」
「幼虫がメープルの葉を食べるので、それでですね。この森の生き物は基本大人しいので、そっとしておけば平気ですよ。ただ蛾の近くによると粉で目が見えなくなることがあるので、それだけは十分お気を付けください」
早く教えてくれれば……と口をついて出そうになったがすぐに飲み込む。
何しろもう初心者ではないのだと自覚したばかりだ。
この店員さんもむやみに銃を撃つなって事は暗に教えてくれていたわけだし、それくらいのヒントでうまく立ち回れるようにならなければいけない。
「色々ありがとうございます」
「いえ!こちらこそ!メープルシロップの原液はいつでもいくらでも買取しておりますので、またお持ち込み下さいませ!」
これからは絶対一人で森に行こうと決め、店を出ると先ほどまで閑散としていた広場の方に人が集まっているのに気が付く。
完全に野次馬根性だがこそこそと近づいてみると、所々で怒号が聞こえる?
「おい!どこに目ぇつけとんのじゃ!」
「あぁん?ここに二つ付いてるだろうが!見えないんか?テメーこそ目ぇついてないんじゃねぇか?」
どこかで聞いたような煽り合いがそこかしこで繰り広げられてるようだ。
ふと、横合いからぶつかられそちらを振り向くと、自分より頭二つは背が高く、それでいて不気味なほどに瘦せこけた人物がこちらを見降ろしている。
「すまんね。見えなかったんだ」
「こちらこそすみません」
お互い謝ったんだから、そのまま分かれると思いきやなぜかじっとこちらを見降ろし続けてくる。
「いや、あのほら……周りの声聞こえないの?」
すごく小さな声でこちらに囁きかけてくるんだが、どういうことだ?
「えっと、なんで皆喧嘩してるんですか?」
「君は出場者じゃないの?」
「えっと……なんか人が集まってたんで見に来ただけです」
「そ、そっか……あのねぇ、これからここで決闘のイベントがあるんだよ」
「ああ!今日だったんですか!それで、なんで皆して喧嘩してるんですか?」
「うーん、ああやってお互いプレッシャー掛け合ってるんだよね。やっぱりただ早いだけとか、そういう技術面だけじゃなくて、結構心理戦的なメンタルも影響する勝負だからさ」
「よく分かんないです」
「僕もよく分かってないんだよね。そういうものみたいだったから、絡みやすそうな君にぶつかってみたんだけど、ごめんね」
「いえ、こちらこそ邪魔しちゃってすみませんでした。イベント頑張ってください」
「うん、ありがと」
そういうと、周囲を伺うようにキョロキョロしながら立ち去る細長い男性。
ジョンさんが参加するイベントが今日だったのは運が良かった。
ほぼ毎日ログインしているとはいえ、日によっては早めに切り上げることもあるし、結局見れませんでしたじゃ、この町に来た意味もなくなってしまう。
いや、意味はあったかメープルシロップは手に入れたし、木材も自分用に変質者から分けてもらったし、寧ろ逆にこのイベント見たらもう用はないかもしれない。
薬を甘くして、クロスボウを強化したら終了そんな感じ。
そう思ったら急に気が楽になり、何となく視野が広がった気がする。
そして目の端に映るのは見慣れたツナギのガンスミス、コットさんとイベントに出ると言っていた割には周囲に絡んだりすることのないジョンさんだ。
「イベントって今日だったんですね」
「おっ!来たか!ほらやっぱりラビは自分で来るって言ったろ?」
「いや、普通に日程くらい先に教えとかなかったら困るだろうが!俺も忘れてたけど」
ジョンさんもコットさんもいつも通りの様だが、イベント前にこの様子で大丈夫なんだろうか?
「あの、さっき出場者はそこらでお互いにプレッシャーを掛け合ってるって聞いたんですけど?」
「ん?ああ~あんなのは放っておけばいいさ。確かにそういうやり方はあるが、ありゃ上辺だけ真似て雰囲気を楽しんでるだけのエンジョイ勢だ」
こう、ジョンさんが言っているのでさっきの細長い人にも教えてあげたいが、いざ探そうとすると人が多くて見当たらない。
「何キョロキョロしてるんだ?」
「いや、あの……」
「やぁ~!ロディ!そしてコット!お久しぶりだね~こんな所に現れるって事はやっぱり復帰するんだ?決闘者にさ~!」
突然ふらっと現れたのは長身に顔半分が刺青の女性。
確か一人称が僕の僕っ娘である事がアイデンティティの人だ。
「おい!その名前で呼ぶなって!」
ジョンさんの声が一瞬静まった広場にやたらと響き渡り、ちょっと気まずい雰囲気にどうしようかとコットさんの方を見やった。




