彼女はエリーゼ。嘘、大袈裟、まぎらわしい婚約破棄
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わかりにくくややこしい世界を、緩くお楽しみください。
よろしくお願いします。
「エリーゼ!前へ出て来い!今宵、私はお前との婚約破棄を申し渡す!」
ここはニーナ王国。
その王城で開かれたニーナ・ロウ学園の卒業パーティー会場にて、目の前にエリーゼがいる訳でないのに、声高々に婚約破棄を宣言したのはリジスト伯爵家の次男、タイヤードであった。
エリーゼの父親と、タイヤードの父親が友人関係にあったというだけで結ばれた婚約。
幼い頃からタイヤードの側にはいつもエリーゼがいて、タイヤードの行動にあれやこれやと口を出してきた。
そんなエリーゼにウンザリしつつ、エリーゼが必ず側にいる事に慣れていたタイヤードは、自分が声を上げればエリーゼが飛んで来ると思ったのだ。
しかし、ここは卒業を祝うパーティー会場。
ドレスの生地の擦れる音や話し声、令嬢たちの笑い声が響き、さらにはカトラリーが鳴らす金属音、緩やかに流れる楽団の美しい旋律が、タイヤードの婚約破棄を宣言する声をほぼかき消していた。
それでも…
「今、エリーゼって聞こえましたわ…」
「…婚約破棄って言いました?」
「呼ばれた気がして…」
ざわつく会場から3人のエリーゼがタイヤードの前に出た。
その中の1人、呼ばれた気がした令嬢の名はヘリーゼであったため「私じゃなかった」と、早々に友人達の元へ戻って行った。
残ったのは二人のエリーゼ。
「タイヤード様。わたくしにどのような御用でしょう?」
無駄のない所作ですいっと一歩前へ出てタイヤードにそう問いかけたのは、真っ赤なシルク生地に黒い薔薇の刺繍が施され宝石を散りばめたドレスを纏ったヴォイア公爵令嬢のエリーゼであった。
ルビー色の瞳に艶めく黒髪。
ドレスが霞むほどの彼女の美しさに誰もがため息を吐いた。
そんな公爵令嬢のエリーゼが前に出た時点でもう一人のエリーゼは「自分には関係なかった」とホッとして、こちらも友人達の輪の中へ戻って行った。
エリーゼはドレスと合わせた黒いレースの扇を半分程開いて口元を隠し、鋭い目つきでタイヤードを見ている。
エリーゼに見つめられたタイヤードは、全てを見透かされているように思えてどう答えるのが正解かと苦慮していた。
するとタイヤードが答える前に別の人物が声を挙げた。
「タイヤードさまぁ…私、怖ぁい…」
ピンクブロンドのマゼンタ男爵令嬢は、怯えるようにタイヤードの背に隠れた。
その声に反応したエリーゼ。
持っていた扇を手のひらに叩きつけるようしてパァン!と閉じると、タイヤードはもちろん、会場にいた客人の数人もその音に驚き、一糸乱れる事なくビクリと肩を跳ね上げた。
その中には、驚いた拍子に皿に乗せていたケーキを落とし、ドレスを汚してしまった者もいた。
エリーゼはチラリとマゼンタを見た後、視線をタイヤードに戻す。
「タイヤード様。先程のわたくしの問いにお答えくださる前にお聞かせ願えます?そちらの女性とはどういうご関係でしょうか?」
扇を手に当てパシパシと鳴らしながらエリーゼがそう言うと、タイヤードは真っ青になった。
するとマゼンタがしゃしゃり出て答える。
「そういう勘繰った言い方はやめて下さい!わたしとタイヤード様は友達なんです!なのに勝手にエリーゼさんがヤキモチを妬いて、私を虐めたんじゃないですか!」
エリーゼは真に不思議そうに「わたくしが?タイヤード様と貴女の関係にやきもちを焼く?何故?」と、首を傾げた。
「すっとぼけないで下さい!エリーゼさんより私の方がタイヤード様と仲良しだからって私に嫌がらせをした事、私は忘れませんから!」
「そう?わたくしがどんな嫌がらせをしたか教えてくださらない?」
「私の上履きを噴水に投げ込んだじゃないですか!」
「わたくし、そんな事したかしら?」
「それだけじゃありませんっ!私の生まれが平民だからって馬鹿にして、体育館の裏に呼び出して…そう、中庭の…木の下で…とにかく!馬鹿にしたじゃないですか!」
一問一答を繰り返す二人に挟まれたタイヤードは、一言も発しない。
それどころか血の気は失せ、真っ青どころか真っ白な顔色でガクガクと震えていた。
そんなタイヤードの様子を見たエリーゼは、にこりと微笑みマゼンタに問う。
「わたくし、全く心当たりがありませんわ。本当にわたくしかしら?」
「とぼけないで下さい!エリーゼさんが私の教科書を隠すところ、この目でちゃんと見たんですから!」
マゼンタは腰に手を当てフンス!と鼻の穴を広げた。
エリーゼは一歩前に進み、先程よりも語気を強めてタイヤードに問う。
「タイヤード様。もう一度お聞きします。この女性とはどういうご関係でしょう?」
蛇に睨まれたカエルのように、ダラダラと汗を流すタイヤードはピクリとも動く事も出来ずにいた。
「タイヤードさまも何か言ってください!」
マゼンタがタイヤードを急かす。
逃げ場がないと悟ったタイヤードが、最後の足掻きを見せる。
「こ…この…ピンク頭とは何の関係もありま………せん…」
もはや顔色が土気色したタイヤードが搾り出すように答えた。
するとすかさずマゼンタがタイヤードを責めた。
「タイヤードさまひどぉい!あれほどわたしの事が好きだって言ってくれたじゃないですかぁ!
不細工で生意気なこうしゃく女はウンザリだって。
不細工なエリーゼよりわたしの方がずっと可愛いって言ってくれたじゃないですか!私が不細工なエリーゼにされた意地悪を伝えたら一緒に怒ってくれたじゃないですか!真実の愛を貫いて下さい!」
マゼンタの言葉に怒りを露わにしたのはタイヤード。
先程までの顔色とは打って変わり、真っ赤になっている。
「君がエリーゼに意地悪されたと言うから信じたんだぞ!」
「だからそう言ってるじゃないですか!」
「何故そんな嘘を!」
「嘘じゃありません!」
「そこまでだ」
そう言って1人の青年が前に出て二人を制した。
「フェリクス様…」
エリーゼが微笑むと、フェリクスはエリーゼの腰に手を回し強く引き寄せた。
「私の愛するエリーゼに対して数々の非礼な発言。見逃す事は出来ない」
フェリクス第三王子の澄んだアイスブルーの瞳には強い怒りが宿っていた。
「え?どうして?エリーゼさんはタイヤード様の婚約者でしょ?」
発言の許可もないのに、マゼンタは疑問を口にした。
この状況で、その非礼な態度は益々フェリクスの怒りを買う。
「君の言うエリーゼは、ヴァロア侯爵家のエリーゼ嬢だろう。エリーゼ違いだ。会った事もないのに「この目で見た」などと、ずいぶん濡れ衣を着せていたな」
マゼンタがタイヤードの婚約者のエリーゼと思い込んで言いがかりをつけていたのは、フェリクス第三王子の婚約者エリーゼ・ヴォイア公爵令嬢である。
タイヤードの婚約者はエリーゼ・ヴァロア侯爵令嬢である。
タイヤードは何の用だとヴォイア公爵令嬢に問われた時点で、エリーゼの名前が同じ事を思い出し、どう切り抜けようか悩んでいた最中にマゼンタが暴走したのだった。
事の重大さに気づいていないマゼンタはなんとか言い逃れをしようとする。
「そんな…私…違うんです!知らなかったんです!フェリクス様!聞いてください!」
そう言って早足でフェリクスに近づくと、あっという間にフェリクスの護衛に押さえつけられた。
「やめて!タイヤード様も何か言って下さい!何かの間違いだって!」
騒ぐマゼンタ。
「目障りだ」フェリクスが手を払う仕草をすると、マゼンタは護衛に引き摺られながら会場から消えた。
残ったタイヤードの前にフェリクスが立つ。
「さて…君は知らないのかもしれないが…
君があの女とただならぬ関係なのは誰もが知る事でね。君の有責でヴァロア侯爵家からリジスト伯爵家へ、婚約破棄の正式な届けが出されて受理されている。リジスト卿は学園の卒業と同時に君との縁を切るつもりで必要な書類も提出し、それも受理されている。つまり明日になれば君は平民だ。
先週その通知が君のところにも届いているはずだ。
まぁ、君はそれどころじゃなかったのかもしれないけどね」
フェリクスが言うと、タイヤードはその場に崩れ落ちた。
「今までそういった大切な書類の確認や、トラブルの尻拭いを全てエリーゼ嬢に丸投げして処理させていたツケがまわってきたんだよ。諦めるんだね」
そう言うとフェリクスは自身の婚約者のエリーゼと共に会場を後にした。
エリーゼ公爵令嬢は、幼い頃からエリーゼ侯爵令嬢と友人であり、婚約者を蔑ろにするタイヤードに怒りを感じていた。
それでも「何かあればおじ様とおば様が悲しむ」と、リジスト伯爵家を心配するエリーゼの為に大人しくしていたが、タイヤードが伯爵家と縁を切られた事で、心置きなく鉄鎚を下す事ができたのであった。
。。。
「シミにならなくて本当に良かった…」
先程ケーキを落としてドレスを汚してしまった令嬢。
あれからすぐに会場から出て別室にてドレスの簡易クリーニングをしてもらっていた。その後会場に戻ってみれば、何かあったようなざわつきと人の目。
困惑している令嬢を、この国の宰相の令息であるダニエルが迎える。
「ドレスは大丈夫だった?」
ダニエルからプレゼントされた大切なドレス。
「はい、すぐに綺麗にしていただきました。シミにならずに良かったです。…その…何かあったんですか?」こっそりと伺う。
「君の元婚約者が…ちょっとね」
ダニエルはそう言って苦笑いをした。
それだけでエリーゼはなんとなく察した。
「申し訳ありません…」
「君が謝る必要はないよ。やっと目障りなヤツがいなくなって嬉しいよ。君の婚約者は僕なんだから。
大切にするよエリーゼ」
長く婚約関係にあったエリーゼとタイヤード。
タイヤードの尻拭い為にエリーゼがどれだけ奔走しても「婚約者ならそれくらい当然」といった態度で、一度でも優しい言葉なんて掛けてくれなかったタイヤードと違い、ダニエルは常に自分を気に掛けてくれる。
異性からの優しい言葉や眼差しに慣れていないエリーゼは、ダニエルの一言で顔を真っ赤にした。
その様子を愛おしく思うダニエル。
会場の灯りが少し暗くなり、楽団の演奏するワルツが流れ出す。
「踊ってくれますか?」
ダニエルが手を伸ばす。
「はい。喜んで」
エリーゼはそっと手を重ねた。
ダニエル君は、ブリジットさんに狙われて公爵令嬢に助けられた、あの!ダニエル君です。
ブリジットさんより1学年下です。
拙い文章、最後までお読み下さりありがとうございました
脱字の報告ありがとうございます
修正致しました