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私家版・異界録

夜行バスの怪

作者: 青洸

東京から四国の田舎に帰る夜行バスに揺られながら、今後のことを考えていた。

父が亡くなって5年が経ち高齢の母を兄一家が引き取ることとなった。


それに伴って古くなった実家は取り壊すこととなったのだが、父も母もモノを捨てない性格だったことに加え、我々兄弟もコレクター気質で倉庫代わりに趣味で集めた品々を実家に送り付けていたので廊下や玄関先までモノであふれかえり数年前からゴミ屋敷一歩手前という状態になっている。


自分のものは数年かけて少しずつ撤去しようなどと考えていたのだが、「あの二人は、締切がないと何もしないでしょ」と兄嫁が母を説得し、取り壊し予定日を一か月後に決めた上に整理しなければ全部捨てると脅しをかけていたため慌てて有休をとり帰省しているわけである。


幼馴染だけあって流石に我々のことをよくわかっている。


スマホのメモ機能で絶対に回収すべきものリストを作成していると、バスのアナウンスが流れる。


『このバスは11:45分から〇×サービスエリアで15分間休憩となります12:00ちょうどまでにお席にお戻りください。本日最後の休憩となります。』


財布とスマホだけもってバスを降りる数日前に振った雨の湿気と標高による気温の低さも相まって普段より夜を強く感じた。


夜中なので乗用車はないが駐車場には高速道路を深夜料金で利用したい長距離トラックや夜行バスでそこそこにぎわっている。


お手洗いをすますとコンビニに向かう。

コンビニはえらいなぁ、こんな場所でこんな時間まで開いているのだから。


水と眠れなかった場合に気分を紛らわすために飴を購入する。

以前は夜行バスだろうとぐっすり眠れていたが、久しぶりに乗ったせいなのか、加齢なのか、ここに来るまでの3時間、座席を限界まで倒しても全く眠れる気がしなかった。


バスに戻ると少しして運転手が乗客を数えると運転席のカーテンを閉めほどなくして車内の明かりも消えた。


一昔前の夜行バスはWi-Fiもコンセントもなかったし、そもそもスマホも普及していなかったから眠れないと悲惨だった。


その頃を考えればコンセントもWi-Fiもついて3列シートで余裕もある今のバスはずいぶん快適になったように思う、現に電気がこうして消えてもスマホで無限に時間がつぶせる、まあ明日のことを考えると眠れるならそれにこしたことはないのだが。


やはり眠れないのでサブスクでたまっていた映画を消化していると動画が止まった。

窓の外を見るとどうやらトンネルに入ったようだ。


観たい動画をあらかじめダウンロードしておけばよかったと後悔したが、仕方ない。

何度か画面を下にスワイプして読み込んでみたがロード中から変わることはない。


動画はあきらめてもう少し通信の軽いSNSを開くがこちらもアプリを開くことはできるがタイムラインに投稿が表示されることはなかった。


トンネルを抜けるまであきらめて待つしかないか……

飴を買っておいてよかった。


飴をなめながらスマホで時間を確認する、現在時刻は2時ちょうど、7時半に到着の予定であるので後5時間ほどバスに乗っていなければならない。


ただ待つだけの時間というのは長く感じるものでさっきから時計の針が進んでいる気がしない。


飴もしばらくなめていたが半分ほどの大きさになりかみ砕いてしまった。




・・・・・・




おかしい。


一向にトンネルを抜ける気配がしない。

もう一度スマホで時間を確認するとまだデジタル文字は2:00を指している。

あれからまだ1分もたってないのか?


ありえない。


不安に駆られて腕時計を確認したがこちらも2時を指したまま秒針がピクリとも動かない。

バス前方の車内時計を見てもそれは同じだった。


スマホと腕時計と車内の時計その全部が同時に壊れるなどあり得るか?


焦るな、勘違いの可能性の方が高い、とりあえず1分いや、2分数えよう、しかしそれで変化がなかったら……。


心の中で祈りながら数字を数える。




1,2,3,4・・・・・・57,58,・・・


83,84,85・・・・・・117,118,119,120。




時計に変化はなかった。


他にこの異変に気付いた人がいないか、私はシートベルトを外し立ち上がった。

だが、ほかの乗客はみな眠っているようだった。


どうする起こすか?


いや、まだトンネルが異様に長くて只々運悪く時計が壊れたか、気づかないうちに寝ていて夢と現実がごっちゃになっているという方があり得る……まあでも運転手に尋ねるぐらいなら、多少変な客だと思われるぐらい構わないし。


はやる気持ちを抑えゆっくり前方へ向かう、客席と運転席はカーテンで隔たれている。


「すみません、お尋ねしたいことがあるのですが」



カーテン越しで聞こえなかったのか返事はない。


カーテンをめくり運転席を覗いた。




そこには誰もいなかった。




「なッっ、えっっ⁉」


ほとんどパニックになりながら運転席に座るとめいっぱいブレーキを踏んだ。

何とかバスを止めなければならない。

私の思いとは裏腹にハンドルを動かそうがサイドブレーキをひこうがバスは一向に止まらない、いや減速するどころか更にスピードを上げているようにさえ感じた。


「誰かっ!誰か来てくれー!」

誰でもいい自分一人では耐えられない。


しかし、他の乗客は起きてくる気配さえない。


「まさか」


一旦運転席を離れ客席に戻ると私以外に5人いた乗客は跡形もなく消えていた。


「やばい、やばい、落ち着け」

一旦、水を飲み、飴を口に入れる。


冷静になれ、まだできることはある。

一つは非常停止ボタンだ。

しかし運転席のブレーキが利かなかったことから考えるにこれは望み薄だ。

もう一つは非常出口から脱出することだ。

幸い荷物はほとんど着替えだ、抱えて飛び降りればクッションになって多少衝撃が和らぐかもしれない。

よし、やろう、まずは非常ボタンだ。


荷物を背負うと客席前方に向かいボタンを押す。

バスは止まらない。


「だめか」


今度は客席後方の非常ドアへ向かう。


取っ手に手をかけ万力を込める。

「んっ、ぐっ」

思わず声が漏れる。

だがドアはびくともしない。


今度はドアを思いきり蹴るがガラスが割れるどころか、ひびが入る様子もない。

寧ろ私の足の方がひどく痛い。


どうしたらいい、何かないか。


もう一度車内を見渡すと消火器が目に入った。


急いでそれを手に取るとそれを窓ガラスに叩きつける。


少しだけ亀裂が入ったように感じた。

それと同時にバスの速度が上がる。


早くしなければ!


私はほとんど発狂しながら何度も何度も窓を殴った。



そしてついに。


強い衝撃を感じると私はバスの外に投げ出された。


―――――――――――――――――――――――――――――――


気が付くと私は車の後部座席に寝転がっていた。


窓に残ったシールの後に見覚えがある。

(これは実家の車だ)



「ずいぶん、早かったな」

運転席の男が話しかけてきた。


「とりあえず、これでも食べろ」


おにぎりを差し出された。

確かにさっきから異様に腹が減っている気がする。


受け取ろうか迷っていると、口の中にまだ飴が残っているのを思い出し手を引っ込めた。


すると男は何か納得することがあったのか、「そうか、そうか、じゃあまだなんだな」と言うと車を停めた。


「ここにお前がいると思うから、今度はもう少しゆっくり来い」

私を車から降ろしそう告げると、そのまま走り去っていった。




―――――――――――――――――――――――――――――――




目を覚ますと私は病院のベッドにいた。


私が乗っていたバスはあの日土砂崩れに巻き込まれたらしい、雨の影響で地盤が緩んでいたことが原因だそうだ。

私の足は折れたがあの規模の事故でこの程度で済んだことはむしろ幸運だろう。

実際に他の乗客も運転手も4人死亡他の2人は意識不明の重体と聞いている。


母と兄夫婦が見舞いに来た、実家の解体はしばらく延期にしたそうだ。

退屈しのぎにと実家においてあった私の本をいくつか持ってきてくれた。


その中に混じって幼い私と父の写真があった。


若い父はどことなく車を運転していたあの男に似ていた。


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