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8,似ている二人

キースと少し打ち解けたイヴリンは、その後もキースが来る日は、キースの仕事の後に、庭の整備を手伝ってもらっていた。キースの手伝いもあり、庭の整備は順調に進んでいった。


キースが来る日ではない今日は、イヴリン一人で庭作業している。髪の毛を一つ結びに束ね、いつものように、庭仕事用の軽装に着替え、泥に汚れながら作業に没頭する。

(予算は自由にして良いって侯爵様は言ってくれたみたいだけど…。その予算は、きちんと庭らしくするための樹木や花の代金を支払う時だけ使うようにしておこう。農地ではないものね。ただ、花も綺麗に鑑賞できて且つ実も成る樹木は良いよね)と、一人でうんうんと頷きながら、今後の計画を立てつつ、庭に残る細かい草むしりをしているイヴリン。

(将来的に何か事業をするにしても、いったんは自給自足生活になるだろうから、良い苗を育てることは必須。こっそり、庭の片隅を苗場にさせてもらって、予算を使わずに下準備しよう…。キースとも、野菜の余りや捨ててしまう種の部分をもらう約束を取り付けたし。種じゃない部分も、生ごみは肥料になるしね。…まさか異世界でSDGsな生活をするとは)

「…よし!」

庭仕事がひと段落して腰を上げたイヴリンは、目線の先で、屋敷を出て行くヴィンセントを見つける。

(ヴィンセントさん…だいたい2、3日に1日は外出仕事があって、あとは侯爵様の執務室で一緒に仕事をしているのよね…。今日は外での仕事なのかな? 侯爵様の代わりに領地を見まわっているのよね、たぶん…)

イヴリンは2階の侯爵の執務室らしき窓を見る。しかし、分厚いカーテンが閉められていて、様子は窺い知れない。

(侯爵様…一週間この屋敷に滞在していても、全然気配を感じない…。忍者かな? ……本当にいるのかな?)

しかし、立ち入り禁止エリアに入って執務室の扉をノックするような勇気は出ないイヴリンは、昼食を取るべく、そのまま食堂に向かうのだった。

一週間ぶりに商工会本部を訪ねたヴィンセントは、またオーネストと向かい合っていた。

「…その後、アレはどうなった?」

仕事の報告を始める前、開口一番にヴィンセントはオーネストに問う。

「…アレ?」

ジロリとオーネストを睨むヴィンセント。

「すみません。ペティベリー公爵令嬢の情報ですよね、はいはい。調べましたよ」

オーネストは両手を上げた降参ポーズを取る。

「王都に出入りしている商人の話ですと、おおよその噂通りですね。自身も優秀だが、他人にも厳しく、何かミスをすると冷たい視線で責められる、と屋敷のメイドたちは皆、恐れてた、と。父親も早々に放任。社交界にも最低限しか出席せず、交流のあった貴族は婚約者のリオ・ベンデラーク公爵令息くらい。学園でも常に一人でいたみたいです。

一方、妹は愛想のない姉とは違って社交的、多少デキは悪くとも、可愛らしい見た目と、父親が後ろ盾となっている家の権力も合わさって、社交界でも学園でも、かなり取り巻きを作っていたみたいです。イヴリン嬢は嫉妬からか、妹にも厳しく、意地の悪いふるまいに困っていると、シーア嬢は取り巻きに相談していた。イヴリン嬢の悪評が広まっていったのは、実際、妹からかもしれませんね。

そんな妹に、いよいよ婚約者も取られそうになったイヴリン嬢が焦って犯行に及んだ、というのが王都の人間が言う今回の醜聞しゅうぶん顛末てんまつというやつです。

ただ、優秀なイヴリン嬢にしては証拠が残る杜撰ずさんな犯行で、不自然…と見ている人もいますね」

「……」

一通りオーネストの話を聞いて、何かを考え込むヴィンセント。

「どうしました?」

オーネストが不思議に思って問う。

「いや、別人の話かと思うくらい、私が毎日屋敷で顔を合わせているイヴリン嬢と印象が違う」

「…さすがに別人が来るとは考えにくいですが。実際はどのような人物なんです?」

「確かに釣書の肖像画と見た目は同じで、黙っていると冷たい美人のように見える。

だが、表情豊かで、口を開くと、遠慮がなく物おじしない。厳しい…というより、自分のやりたいことをズケズケと押し通していくような図太さがある。お転婆娘という印象だ。そもそも、働かせて欲しい、と言ってくる公爵令嬢自体、初めてだが」

「働かせて欲しい…ですか。屋敷に住みたいと押し通すだけでも面白かったですが、確かに変わった令嬢ですね」

オーネストは素直に驚く。

「…持参金も自分で使えと返しても受け取らないし、洋服も最低限しか持ってきてなかった上、供もいない」

「公爵家から追放された…とはいえ、それは心もとないですね。普通の公爵令嬢は身の回りの事を自分ではできません。でも、供を連れてこなかったのは彼女の意志でそうしたのかもしれません。

…実は、もう一つ情報があるんですが…」

「? 話せ」

言いよどむオーネストをヴィンセントは促す。

「これは、王都の中心地ではなく、もう少し中流層の貴族や庶民が暮らす住宅地や、周囲の集落に出入りする商人兼情報屋が集めた情報なんですが。中流層の住宅地や農村でイヴリン嬢の特徴に似た令嬢を見かけていた、という情報なんです。そこの住民が良く食べる、貴族が食べないような軽食を食べたり、売っているものや農作物について質問したり、よく庶民と交流していたみたいです。

王都で噂になっている令嬢と表情の印象も異なる上、身なりも簡素で、姿も少し変えていたみたいだったので、すぐにイヴリン嬢だと思い当たる住人はいなかったみたいですけどね。黙っていると、キツめの美人とのことで、目立っていたみたいで。そのイヴリン嬢に特徴が似ている少女は、愛想が良くて気立ての良い少女だったみたいですが…まさか、ね?」

苦笑いしながらオーネストはヴィンセントを見ると、ヴィンセントは片手を額に当てて、ため息をつく。

「…本当に、だいぶお転婆なお嬢さんにひっかかってしまいましたね、ロスグラン侯爵様は。でも、その庶民と交流していた様子が仮に本性だとすると、何故、貴族社会では嫌われるような振る舞いをしていたのでしょうね。あまつさえ、妹の身に危険を及ぼすような…。貴族社会から逃れたかったとしても、毒殺未遂とは物騒ですからね…」

「他に情報はないのか?」

「申し訳ございません…まさかこの情報に信憑性しんぴょうせいが増すとは思わず、これ以上は収集してなかったみたいです。差し出がましいですが、ご本人から聞くほうが早いんじゃないでしょうか?」

「…考えておく」

そう言って、この話題は終わり、とばかりにヴィンセントは書類の束をテーブルの上に出す。

「裏の顔がある同士で、お似合いだと思いますけど、ね」

オーネストのその言葉には聞こえない振りをするヴィンセントだった。

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