最初の一歩の手前の出来事
この世界はワクワクとドキドキで満ちていた。
そう満ちて・・・・いたのだ。
しかし、近年起こった大規模災害時、そのワクワクは失われた。
嫌、失われたのは語弊があるな。
隠れてしまった。
というのが正しい・・・のか?
神からのギフトは
身を隠してしまったのだ。
ダンジョンの奥深く、人々の目から隠れる様に、深く深く。
但し、例外は除かれる。
ガン!!
幅広い剣の腹に石ころというには大き過ぎる石礫が当たる。
「ううう・・・・もっう!!
さっきからうざいんだって!!」
ダンジョン中にギリギリと言う歯軋りの音が聞こえるかのような苛立ちを込めた声を出す赤い髪をした少女。
その声に
「ふぅ〜」
っという薄いため息を吐く黒髪の少女。
「緑色に文句言ったって無駄無駄。
ほら、気を取られるから」
そう言って少女は手に持っていた細目の剣を錆びた剣を振り上げながら近付いてきていた緑色と呼ばれたゴブリンに突き立て、ゴリュとその手を回転させた。
「グゲゲ」
野太い声のカエルが鳴くような声を上げゴブリンはバシュッとう音と共に黒い粒子となり霧散する。
「ナイスぅ〜ミロっち!!」
「なうすじゃねぇ、真面目にやれネロ」
「あいつまた!!」
ガン!!
「アタシは何時も真面目だわ!!
ちっ!!もう、、良いっ加減!!
エルロイ!!」
バウン
引かれた弓の弦が指から離される音がしたかと思うと、ヒュンっという音が空を切った。
その数秒後には次弾を装填しようと石コロを物色していたゴブリンの眉間に矢が突き立った。
ゴブリンはグラっとよろけると膝から崩れ落ちながら黒い粒子となり霧散する。
「エルロイ!サンキュ!!」
声を掛けられた女性は場所を移動しながら無言で右手を振ってその声に応える。
口には何やら食べ物が咥えられ、モグモグと咀嚼していた。
「あんにゃろ!!
また一人で抜け駆けしやがって!!」
「はいはい、こっちの仕事は未だ終わってないんだから
エル姉も、わかってるよねぇ?」
ヒョイっと岩陰から腕が飛び出しフラフラと揺れている。
「まったくこいつらときたら」
ギュイっと首根っこを掴まれネロは正面を向かされる、目の前には異形の緑色のゴブリンがゾロゾロとにじり寄って来ていた。
「ぐえ・・・・この馬鹿ぢからがーーー」
「言ってろ、この穀潰しが」
そう言うと黒髪の少女は、ネロをポイッとゴブリンの群れの目の前に放り投げる。
「ぐへっ・・・・・・。
キィいいぃいいいい!!
この鬼ポンタン!!!
人でなし!!!」
「・・・・残りはネロ、お前が片付けろ。」
「え・・・・?
別に・・・・あの・・・その・・・・え?
あたし達って仲間ですよねぇ?」
「仲間だがどうした?」
ネロはポンと何かに気づいたかの様に、手を叩く。
「ああ、あの日なのか!!」
ミロはすーーっと右手の親指をサムズアップしゆっくりと首を
一文字になぞると、手首をクルンと回転させた。
「あは、、あははは。
はーい、自問自答しますねぇ〜。」
クルンと回転し目の前のゴブリンの数を数える。
あ〜どうも、、こんちわっす、お待たせしましたぁ」
赤髪の少女はそういうと、持っていた幅の広い剣をガシンと構えたのであった。
「って事があったんですよおおおおおおおお!!
んぐんぐんぐ・・・・・ぷはぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ガンとテーブルに勢い良く、木製のジョッキが置かれた。
「あんた、良い加減にしなさいよネロ!
また飲み代で今日の稼ぎが消えるじゃない!!」
「良いじゃねえか、仕事終わりの酒ぐれぇえ、、よぉぉっぉ!!
仕事なんか、また明日一杯かリャいいんらってぇ!!」
「アンタねぇ、私達冒険者は身体が資本なんだから、体調管理も立派な仕事なんですからね!!」
「もぉ〜それ耳タコらってさぁ
なぁ女将はん!」
女将さんと呼ばれた大柄だが、決して太っているわけではなく、飲み屋の女将には似つかわしくない筋肉質の女性がカウンター越しにニッコリと笑った。
「あたしゃ、いっぱい飲んでくれればそれだけ儲かるからいいんだけどさ、ミロちゃんの言ってる事ももっともだと思うよ。
この際ネロちゃんも、もう少しミロちゃんの話を聞いてあげたら良いんじゃ無いかい?」
「えええええ、女将さんもミロの肩をもつんレスカ?」
「肩持つって、、、大袈裟な。
大体アンタ酒よわ
ミロが慌てて人差し指を口元で立てて
シィー
っというジェスチャーをする。
女将さんはしまったという顔をしながらネロの方を見るが、当の本人はもう夢の彼方に行ってしまっていた。
「あ、嫌、すまないね」
「いえいえ、すいません、ウチのバカがいつもバカで」
「あはは、ミロちゃんも苦労が絶えないね。」
「まぁ、常時見捨ててやろうって思ってるんですけど、、冒険者としては、悔しいけど憧れちゃうんですよね、こいつの力に」
「切っても切れない縁って奴かい?」
「まぁ、ネロとは孤児院からの付き合いですから腐れ縁って奴ですかね?」
「あ、エルロイさん、お代わりいるかい?」
「あ、ふいません、頂けますか?」
エルロイと呼ばれた弓使いの女は口に木製の匙を入れながら答える。
「二人分となると大変よねお腹が減っちゃうでしょ?」
「ええ、まぁ、そうですね」
エルロイは嬉しそうにはにかみながら左手で自分のお腹をさすった。
「もうそんなにデカくなっちまって、中の子はドワーフかなんかかい?
あはは」
「もーやめてくださいよ、女将さん。」
「で、、、その、ネロちゃんは気付いたのかい?」
ミロはフラフラと手を振り
「ぜんっぜん」
と答える
「はぁ、よっぽどだね、この子は」
可哀想な子を見る優しい眼差しが三つ、寝ているネロを見つめた。
「エル姉ぇ、今日迄こんな私達を見捨てずに、一緒に冒険して下さり、ありがとうございました。」
「・・・アタシの方こそ突然の事で、本当に申し訳ない。」
「いえ、子供は授かり物ですから、仕方がありません。」
「そうだよ、エルロイさん、気にしなさんな」
「・・・そう言ってもらえると助かる。」
「さて、このバカにどう説明したら良いものか」
「何だかんだ言ってエルロイさんも長かったからね、二人と組むのも」
「ええ、自分の口からはっきり伝えたかったと言うのもありますが」
「いえいえいえいえ、この子ショック死しちゃいます、そう言う子なんです。
あ、これ、少ないですが、餞別というか」
エルロイは差し出された小袋の中身を確認すると、困った様な顔をしミロに返す様に小袋を差し出した。
「これは駄目だ、不義理でパーティを抜けるアタシにこんな、受け取る訳にはいかないよ!」
「不義理だなんて思わないで下さい、私達、そう言う事にあまり詳しくなくて、その、鈍感というか、何というか、パーティとしてそういう風な事に取り決めしてた訳じゃ無いし・・・」
「アタシがこれを受けとちまったら、お前ら二人がなめられっちまうよ」
「そんなのどうでもいいんです、冒険者としての収入が無くなっちゃうんだから素直に受け取って下さい、それにこれはエル姉にあげるお金じゃなくて、生まれてくる赤ちゃんにあげるお金なんですから」
言いながらミロはエルロイの懐に小袋を仕舞い込んだ。
「・・・すまない」
その後エルロイはお代わりで出てきた料理を平らげ、酒場を去っていった。
「起きてるんでしょ、ネロ」
「・・・・・てるよ」
「しょーがない子だねこの子も」
「アンタこれ貸だからね、別れが辛いからって、全部私にやらせないでよね!」
「・・・・いいじゃん、、ズピーーーーーー」
「きったないなぁもお!!」
「ズピーーーーーー」
ネロは涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を革製の手甲で拭った。