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7.林住期 ~直視~

*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*◇*◆*



 猫と共に小屋に戻ると、遠方からでも神殿の様子を(うかが)う手段はないかと魔術書を漁った。

 そこで初めてシャンレイ様の指南書の裏表紙が奇妙に膨らんでいることに気が付く。

 なんだろう、と裏表紙の見返し部分を探る。どうやら魔術とは関係なく、古紙に見せかけた近代の紙を一枚貼り付けただけのようだった。細い庖丁(ほうちょう)を差し込み、少しずつ(のり)を剝がしていく。


「……出生証明書?」


 流麗な文体で、アルリーネと記載されてある。その後ろにも、だらだらと名前が続いていた。平民ならば、名は一つだけの(はず)だ。

 生まれた年の前には、ちょうど自分が生まれる数年前まで使用されていた、アヴィガーフェの旧年号がある。計算すると、アルリーネは自分と数年しか変わらなかった。


 随分と年上に見えた。どれほどの苦労と孤独が重なっていたのだろう。

 父を失い、夫に去られ、何日も何年も、たった一人でアルリーネが過ごした小さな丸太小屋を思わず見渡した。


 ――ぱさり。


 動いた拍子に薄い紙が床へ落ちる。拾い上げると、どうやら誰かの手紙らしい。書き出しは『アルリーネ姫殿下』とあった。




『アルリーネ姫殿下

 今、私は貴女様に父と名乗り、こうして幸せな日々を過ごしております。貴女様の御両親である国王陛下と王妃殿下がお命を落とされたのは、ひとえにこの愚臣のせいであるというのに、誠に誠に過分な御温情を頂戴しておりますこと、どうかお許しくださいますよう伏してお願い申し上げます。


 これまで幾度も告白しようと存じましたが、貴女様の無邪気な笑顔を奪ってしまうのではないかとその度に躊躇(ちゅうちょ)し、こうして手紙にしたためることに致しました。

 これが貴女様に渡ればそれが定め。渡らなければそれもまた精霊の思し召し。


 私が願うのは貴女様の幸せただ一つでございます。

 精霊の皆々様方が最も相応しい道へと導いてくださることを、(たと)えこの命尽きようとも、日夜お祈り申し上げております。』


 流れの半端者などではなかった。この男は王宮務めの魔導士だ。


 滅ぼされたアヴィガーフェの旧王朝に仕えた、この国で随一の実力を誇る筆頭上級魔導士だった。


 その手紙には、いかに自分が王宮の魔法陣を描き換え、王位継承者を選定する儀式を欺いたかが記載してあった。


 アヴィガーフェは男子にしか王位を認めていない。しかし正式な結婚を経ずに生まれた私生児であれば、男子であっても継ぐことは叶わない。

 それ故、国王には中々子どもを(はら)まぬ王妃との離縁話が再三進言されたが、国王はこの件だけは頑として首を縦に振らなかった。結婚して何年も経過し、(ようや)く妊娠したと思ったら生まれたのは王女。


 ――つまりアルリーネだ。


 手紙を読むと、国王と王妃が大層喜んだこと、それはもうありったけの愛情をアルリーネに日々注いでいたことが、やれこの大祭にも国王自ら抱いて出席されただの、熱を出せば王妃自ら夜通し看病しただの、こと細かな例を挙げて繰り返し記してある。


 問題は王子不在の場合の王位継承権だ。このままでは国王のすぐ下の弟が継ぐことになるが、これが政事(まつりごと)には全く興味を示さず遊んでばかりという、物語に登場する典型的な無能貴族のような男だった。

 そこに目を付けたのが帝国シャスドゥーゼンフェの王族で、自分たちの親族にも継承権があると名乗りを挙げたのだ。送り込まれた青年は大層利発で礼儀正しく、それは慈悲深く見え、あっという間に宮廷中を虜にした。


 やがて宮廷の勢力は二分され、この上級魔導士は即座にシャスドゥ―ゼンフェに味方した。

 そして帝国の魔導士たちに(そそのか)された。『もし王位継承を占う場でこちらに有利な判定が出れば、アヴィガーフェは王弟殿下に滅ぼされずに済むのでは』と。


 だがこればかりは吉と出るか分からない。

 確実を期するため、上級魔導士は儀式の場の魔法陣を解析し、帝国青年側が継承者と認められるように書き換えてしまったのだ。


『あの頃の私は最年少で上級魔導士となり、王宮の筆頭魔導士にまで登り詰め、愚かの極みでございました。

 最高の教育を受けられたのは、貴族として何不自由ない幼少期を送ったからこそ。出世したのは、親族の勢力まで躊躇(ためら)うことなく利用したからこそ。全て我が実力のなせる技と浮かれていたのだから滑稽です。


 おまけに私には人を見る目が情けないほどに欠如しておりました。

 縦え無能であろうと、王弟殿下がとりたて悪人だった(わけ)ではございません。あの方なりに国のことを気に掛けるようなご発言をされたこともございました。

 ただそれが、どうにも方向違いのおっしゃりようで、私共はその揚げ足を取っては影で嘲笑してしまい、王弟殿下を追い詰めてしまったのでございます。


 比べて、帝国が寄越した若者はどこを取っても非の打ち所がございませんでした。本性を隠し、臣下が思い描く理想の国王像を単に演じていただけなのですから当然です。

 自らは王弟殿下を(あわ)れむような発言を重ね、裏で帝国の魔導士たちが王弟殿下の偽りの(うわさ)を流すように(けしか)けていたのです。』


 上級魔導士が真相を知ったのは、根も葉もない反逆罪の嫌疑で自身が王宮から追い出され、帝国の魔導士に殺されそうになってからだった。


 帝国の傀儡(かいらい)が偽の儀式で第一継承権を手にする。それと入れ替わるように、国王夫妻も移動中の馬車の『事故』で亡くなった。王弟派と、帝国派との間の軋轢(あつれき)は戦となり、幾度となく兵士が戦場に動員されては露と消えた。


 王弟殿下はそもそも戦自体を望んでおらず、何度も自らの臣籍降下を嘆願したそうだが、帝国は勢力図の書き換えを目論んで手綱を緩めようとはしない。

 貴族であろうと平民であろうと、守るべき大切な存在を滅茶苦茶にされれば復讐(ふくしゅう)に燃える。

 中立を掲げた者は、一方の派閥の犯行に見せかけて帝国の魔導士たちに家族を惨殺された。そして国を何重にも分断した争いは、血で血を洗う壮絶なものとなる。


 その戦火のどさくさの中、上級魔導士は王宮に忍び込み、アルリーネと国の秘宝であるシャンレイ様の魔術書と魔杖(まじょう)を盗み出した。

 偽王がアルリーネを病なり事故なりに見せかけて殺すのは最早時間の問題だったし、帝国の魔導士たちが送り込まれた真の目的は偉大な魔導士の遺物探しだったからだ。


『姫殿下、愚かな私が古来の魔法陣を描き換えていなければ、アヴィガーフェはここまで荒廃致しませんでした。


 あの判定の日、継承権を華々しく報せる鐘は傀儡(かいらい)男の側で鳴りました。ですが一つだけ残しておいた本来の判定の魔術は――解析した私しか知らない、忘れ去られたものではありましたが――密かに王弟殿下を選び、僅かな光を祭壇の奥で灯していたのです。


 国を守れずして、何が筆頭魔導士でございましょう。私の犯した罪は最果ての氷海よりも深く、闇夜の魔獣よりも暗く醜きものでございます。

 かつての部下たちが貴女様をお迎えに上がるまで、御無事でお暮しくださいますよう、私の力の限りを尽くしてお守り申し上げます。


 小屋の周りの魔法陣は全て貴女様の血が登録されております。もし僅かでも貴女様が拒絶した生き物は、中から跳ね飛ばされることでしょう。

 この肉体に掛けた呪いの数々は、私が死んでも帝国の魔導士たちの目から貴女様を覆い隠すことでしょう。


 精霊の御名(みな)を口にすることすら許されぬ罪深き身ではございますが、どうか姫殿下の日々が幸福に満ち(あふ)れ、笑顔咲き誇るものとなりますように』




 細かい字で(つづ)られた懺悔(ざんげ)の手紙を最後まで読み終わり、奇妙な笑いが込み上げてきた。


「アルリーネ姫殿下、だとさ」


 独りごちて、天井を仰ぐ。自分なぞ、本当に何もかも相応しくなかったのだ。


 それにしても一国の姫に魔女『アルリーネ』とは。

 いや、架空の同名人物がどうだろうと構うものか。現実のアルリーネは(ただ)一人だ。ふくよかな(ほお)をほんのりと染め、花が咲くように笑う、森の娘。


 たった一言でいい。思い()る言葉を掛けてやりたかった。労わってやりたかった。

 死して尚、一目会うことが許されるなら、謝りたい。いや、心の底から想っていると伝えたい。どうすればそれが叶うのだろう。


 父親を名乗った上級魔導士は、アルリーネの命を救い、国の宝と共に敵から隠した。

 夫を名乗る自分は何が出来る?


 まずは生まれ故郷(ヴァーレッフェ)へ戻ることだ。

 自らの罪と真正面から向き合うことから始めるしかない。


 椅子から立ち上がると、荷物をまとめる。シャンレイ様の魔術書や魔杖(まじょう)は納屋の中に再び隠し、クランシィから奪った魔石を使って小屋一帯に二重三重の結界を加えた。

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