7.霊戦
「今年もお前たちの霊戦訓練は俺が担当だ」
メインアリーナに1人の教師と6人の学生。校長と俺たち3年Aクラスである。
校長は霊戦訓練でのみ出張ってくるのだ。夕見原の霊戦担当はAクラス相当の威者がほとんどでエリート集団なのだが、それでも俺たちの訓練では手に負えなくなってしまう。
いつもよくわからない謎パワーで俺らの戦闘を強制的に止めることが出来る校長が俺たちの担当をする。
「今日はお前らに見鏡雅の実力を見てもらう。いつもなら、それぞれ分かれて各アリーナで訓練してもらうところだが、今日は一人を除いて観戦だ」
「それで、誰が見鏡雅と霊戦出来るんだ」
いつもなら黙ってる海斗が今日はやけにイキイキとしていた。
「海斗、今日の朝にアリーナの使用と霊戦の許可申請を出していたな。まったく! 見鏡雅との霊戦許可なんて出せるわけないだろ! 抜け駆けはダぁメっ! だぞっ!」
気持ち悪い校長の態度にも海斗は毅然としていたが、特に言葉を返すようなことはしなかった。
本当に申請出しているとはな。
「申し訳ないが、対戦相手は俺が勝手に決めた。……ん~じゃらじゃらじゃらじゃらダン! 氷狼! お前だあ…だあ…だぁ…」
一人エコーを意味もなくまったく響かない広すぎる空間で発していた。
って!
「まじかよ! 今日ほど校長をありがとうを伝えたくなった日はないな!」
うおおおおおお! 脳内の霊威中枢が活性化しているのを感じるぜ!
「え~ずるいよ~!」
「はいはい、うだうだ文句言ってないで雅と氷狼以外はさっさとVIPルームにでも行きな! お前らだって後日に霊戦の機会は来るから大人しく待っとけ」
夕見原のメインアリーナは暁市内で最も大きい霊戦施設である。大きなイベントや大会はここで行われることが多く、霊威関係の要人用VIPルームも完備だ。
Aクラスの訓練を見に来たがる学生も多く、申請で見学も出来る。いつもは初等部から高等部、はたまた研究棟の学者さんやら他校の学生まで幅広い年齢層が観戦しにくるのだが、今日は誰もいない。
恐らく見鏡に配慮してのことだろうか。
ガラス張りのVIPルームで紅音とスイリュウが大きく手を振っているのが見えた。
俺と見鏡はスタート位置の目印にお互い歩みだす。
校長がスマートフォンをいじりながら、客席に防御壁の展開とカメラや諸々のセンサーを起動させていた。
「2022年4月2日、これより高等部3年Aクラス氷狼麗兎、霊威氷狼、Sランクと高等部3年Aクラス見鏡雅、霊威光龍、Sランクによる霊戦を執り行う!」
ここまで詳細に宣言しているのは後々記録を見返すためにやってるとか。カメラは単なる映像以外にも霊力の流れを捉えるものなど、とにかく研究用として用いられる。
所定の位置についた。お互いの距離は20メートル。
俺は右手を掲げ、氷狼という存在を思い浮かべる。そして無意識的と言ってもいいほど自然に霊力が手のひらから流れていき、顕現する黒光りの大剣。
霊具と呼ばれる霊威が固有で持つ武器、霊威その物と言ってもいい依代の存在。これを顕現させるのは三歳児にすら出来る本能的な行為なのだ。
見鏡も同様にあの時見せた光の剣をすでに持っていた。長さは1メートルほどで霊力を放出し続けて形を維持しているように見える。
「お互い準備はいいか」
両手でしっかりと霊具を持つ。
高ランクな霊威ほど自分の力を相手に押し付けることが多い。同じSランクでも氷狼は光龍に比べてかなり下だ。俺の強みである取って置きの初見殺しの使いどころだけを見誤らないようにしないと。
一方見鏡は居合の形を取った。
左手に鞘を持っているわけではないのに、鞘に納める動作をしたところ、左手に光剣が吸い込まれ見えなくなった。
カウンター? それとも高速の間合い詰め?
「よーい、始め!!」
ピカッ!
俺は霊具を落とした。
一閃。見えたのは一瞬の点滅だった。
見鏡はその場から動かず、すでに光剣を抜いていた。光剣は30メートルほどの剣というには長すぎる線となっていた。
手首から指先、それに下腹部の感覚がない。
切られたんだ。手と腹を。居合というより薙ぎ払いに近いそれはただの点滅にしか認識出来なかった。
だが外傷はない。ただ感覚がない……というより霊力がない。吸われている。
あの剣、変幻自在に長さを変えられる上、霊力の限り伸びるし、太くもなりそうだ。しかもあの長さを高速で振り回せるのであれば、やはり最初感じたように質量はない。それに実体もない。
なら、あれでガードは出来ないはず。
手に霊力を集中させるとすぐに感覚は戻った。あくまで被弾箇所の霊力を吸い取るものでしかない。
霊具を拾ったと同時に地面を蹴り、間合いを詰める。
20メートルを詰めるのに1秒かからない。
だが見鏡が手首を少し捻ると同時に光剣が高速で迫ってきた。質量がない、外傷を与える目的ではないから、手首を少し動かすだけで剣を振る動作としては十分なのか。
剣でのガードは間に合わないと思い、体表から氷を生成して左半身のみの鎧を作った。
左肩から右脇腹にかけて切られたようだが、先ほどのような感覚はない。氷の鎧で防げているようだ。所詮は霊力の塊、霊力は吸えても霊力から生成した氷には無力のようだ。
間合いを詰めた一振りは簡単に後方飛んで避けられた。
防御ではなく跳躍を選んだ理由を考える。光龍が足場を作れるような技があるとは思えない。であるなら態々不利な空中に逃げる理由。
空中に逃げることより、距離を手っ取り早く空ける方が目的か?
やはりあまり近距離戦を得意とはしていない? 射程無限に剣を活かす戦い方?
「龍砲」
光剣は消えていた。代わりに腕を前へ伸ばし、手を交差させて光の弾を生成し徐々に大きくなる。それに加えて、彼女は跳躍ではなく、明らかに浮遊していた。
避けるでも防ぐでもない。俺は地面を蹴ってさらに間合いを詰めた。
避けるとか避けないとかの話ではない威力だと本能的に感じた。防ぐことが出来る代物とも思えない。見鏡の位置が最も安全であることも確か。だから詰めた。
氷柱を左手に生成し牽制として投げつける。見鏡は氷柱を回避するには間に合わないのか、チャージしきれていない「龍砲」なる霊力の弾を急遽射出した。
氷柱に着弾したと同時に爆風、衝撃波。圧縮された光の霊力が氷柱との衝突により周囲に一気に拡散した。
認識したと同時に胎児のような恰好をして全身を氷塊で包む。しかし衝撃その物を抑えることは出来ず氷塊となりながら、猛スピードで地面へと叩きつけられた。
氷漬けになって外傷は防げたものの、身体の内側が酷くダメージを受けていた。
まさしく防戦一方。相手の動きに対応するので精一杯だ。
融解し動けるようになり膝をついた瞬間、今度は光剣が斜め上前方から伸びてきた。居合の時ほどのスピードではない。
頭を狙われていたが、咄嗟に横に転がり込んだ。足に光剣が接触し、ローリング後に立つことが出来ず、一回転して態勢を崩した。
仰向けになってしまった状態でそのまま容赦なく、身体の中心、鳩尾のあたりを光剣で貫かれた。
離れた場所で空中に浮遊し続け剣を伸ばすその姿はまるで天からの使者だった。
「があああああああ! あ……あっ……く……」
声が出ない、呼吸が出来ない。霊威神経が集中している脊髄から霊力が抜かれ続けている。
意識はある、思考も出来る、だが身体を動かすのが困難。
普段から無意識に霊力を身体の随所に分配しているせいでいざ霊力がなくなると、突然補助輪を外された自転車のようになる。補助輪ありきで常に走っているから、いざなくなった時にすぐ対応出来ない。
霊威中枢から脊髄を経由して各部位に霊力が分配される。だから脊髄から吸われ続けているため、霊力が全身にいきわたらない。
だけど。
「やっと……はんげ…き……出来るな……」
光剣には氷狼の霊力がたっぷり流れている。
「……凍れ」
身体から光剣が一気に氷結していき、その浸食スピードは神経伝達の速度と然程変わらない。毎秒120メートルの速さで40メートル離れた見鏡に達するのは約0.33秒。
見鏡は当然光剣を手放す。身体まで浸食することは出来なかったが。
「砕け散れ!!」
光剣を粉々にする。
霊具破壊。
霊威の依代である霊具を壊されると、身体に途轍もない痛みと大幅な霊力の低下が起きる。どんな強力な霊威を持っていようが、病院で数日寝込むレベルに威者へのダメージが大きい。
本来、霊具は非常に頑丈な物だが、霊力による凍結は霊力同士の結合を壊すことが出来る。氷属性という唯一無二の俺が出来る必殺と言っていい初見殺し。
立つことすらままならないは……ず。
「……何故?」
見鏡雅は変わらず、そこにいた。
霊具破壊によるダメージは一切ない。しかも光剣を再び握っており、試合開始前と何一つ変わっていない。
俺はここで初めてこの戦いで見鏡の顔を見た気がする。
そこに表情と呼べるものはなかった。人が持つ感情は何一つもない。神を名乗る者が地上に齎す災害の如く。そこには善意も悪意もない。
ただの厄災の権化だ。
光龍を見たと言ってもいい。
「龍砲」
再びあの技だ。
身体は動かない。今の俺はあと数秒は普通の人間と然程大差ない。霊力が生き渡ったとしても脊髄から直接吸収された量は想像を超えていた。
俺に防ぐ手段もない。俺は避けることも出来ない。俺が阻止する手段もない。
光の弾が放たれた。
俺が出来ないなら、氷狼ッ!!!
過剰にホルモンを出して霊威中枢にある枷を意識的に外す。先祖代々伝わる氷狼家にのみ許された憑……。
「はい、試合終了」
俺と弾の間に校長が割り込み、龍砲は音もなく突然姿を消した。衝撃も発生せず、何事もなかったかのように消えて無くなった。
「勝者、見鏡雅」
……。
「訓練でそれはダメだ」
トランス状態になる一歩手前で俺は無理矢理抑え込み、そのまま意識を失った。