3.校長談義②
「存在するだけで……いいんですか? それじゃあ私は何も……何で……。私は誰かのためにこの力を使ってみたいと思っています。それすらも……不要だと言いたいんですか」
「今、俺と雅では見ている視点の高さが違う。俺はお前らを数字としか見ていない。そこには主義主張もなければ、個人の感情すら存在しない。それは決して個人の否定ではないことを前置きする。誰かのために霊威を使用するのは威者として、人間として健全であり、必要不可欠なことだと俺は思う。だが、俺が学園を設立した理由にそれはあまり関係がない」
これを聞いた俺の感想だが、校長を冷たい人間だとは思わなかった。合理的と言う言葉が実によくあてはまる。
「何故、存在するのか。氷狼よ。お前は何故この世に生まれ、今を生きている? お前は学園じゃ3番目の強さだ。勉学でも2番目。最強でもなければ最も賢いわけでもない。誰かより下のお前が存在する意味は、なんだと思う?」
突然の問いに少し身構えた。だが、この哲学的問いに対して俺は容易に答えることが出来る。
それは俺が威者であるからである。
「そんなのは簡単だ。誰がどう足掻いても、たどり着けない才能を俺が持っているからだ。氷狼という唯一無二の存在を」
「そう、霊威だ。お前の霊威は他の奴より弱いかもしれない、お前の頭は他の奴より悪いかもしれない」
事実だが言葉にするのはやめて欲しい。
「だが氷狼。お前は一人しかいない一体しかいない他の誰でもない唯一無二でオンリーワンな霊威で威者なんだ。霊威は強さじゃない。様々な霊威がいることに意味がある。まぁ、氷狼はそういう意味では本当に特別だが。霊威は国の資源で戦力で、そして宝だ。だから、必要なんだ。霊威が。威者が。大量に。数が、いる。他国よりも。圧倒的にな。重要なのは個の大きさではなく、集団の大きさと多様性なんだ」
「だからって、個としての必要性じゃなくて、集団の一部として必要だと言うんですか! じゃあ私たち一人一人の存在って、一体なんなんですか!」
見鏡がデモ隊に食って掛かった時と一緒の反応だった。
俺のように経験の浅い若造の所感に過ぎないが、見鏡雅という人間は自らの生きる意味を必死で探しているようだと感じた。とにかく誰かに自分の存在を否定されたくない、という意志。
他人の存在無くしてそれは成すことは出来ず。学園にも通えず、他者との交流を断絶され、何も成しえず生きてきた人間の結果か。
「子どもだ」
「こ、子ども? それって私たちが未熟とでも言いたいんですか?」
「違う」
「何が違うっていうんですか?」
「決して個を蔑ろにはしない。個を育てるのだ。夕見原が何故推薦入学だけにしているか、わかるか。しかも、推薦は学生側からではなく、学園からの打診、スカウトという形を全入学生に対して取っている唯一の学校だ。そして、スカウトは必ず俺が行っている。全員な」
「そんなことを……」
「この目で個を見て、育てる子を決める。だから高ランク威者であっても入学させない場合もある。育ててはいけない子もいる。最も、今となってはハイエナ共が獲物に集り、自分の子にしてしまうがな。だから全力で止めるんだ。武暁霊祭で完膚なきまでに叩き潰し、その芽を摘む」
見鏡は少し圧倒されていた。夕見聖という人間の本当の姿を知らなかったんだろう。それに武暁霊祭という聞きなれない言葉に、見鏡はちょっと話に置いて行かれていた。
「武暁霊祭っていうのは夕見原学園、朝日丘学園、夜風台学園、昼ヶ峰学園の4校で行う暁市伝統の霊威大会のことだ。いつも夕見原が優勝しているんだよ。要は夕見原が取らなかった威者を他校が余り物のように取っていくんだ。だからそいつらを武曉霊祭でボコボコにしろと……まぁ……俺もそういう目論見があったとは知らなかったけどな」
「俺が作らせたイベントだ。雅、まずはこの武暁霊祭には出るんだ。百聞は一見にしかず。育ててはいけない子……個を見極めろ。そして、この学園の意味だけでなく、霊威の存在を知るんだ。これは力持つ者に必要なことだ。お前はここ40年で生まれた威者の中で最も強力な霊威を持っているんだ」
「40年!? なんだそりゃ」
「本当だ。だから彼女は育てて良い個なのか、俺は悩み続けた……17年もな。雅は個としてはあまりに大きすぎる。一国の集団に匹敵する大きさだ。この力は誰かを守るための力にも、誰かを殺すための力にもなるんだ。今日、雅を初めて外の世界に触れさせた。わかったはずだ。俺たちが生きる世界は、醜い思想が至る所で渦を巻いているんだ。誰かが誰かを利用し私腹を肥やす! そしてその腹を誰かが引き裂こうとし、内臓を抉り出し、さらに他の誰かが捨てられた死体を貪るんだ!! 雅を利用しようとする奴はどこにでも存在し、どんな時代であっても生まれてくるんだ! そして、俺もその一人である。……いいか、雅。俺はお前の両親にたまたま選ばれただけに過ぎない。だから俺に従う必要もなければ、俺に義理人情を感じる必要すらない。何故なら幼子だったお前には、誰かを選ぶ権利がなかったからだ。今のお前に選べるか、雅」
「選べません」
「そうだ、そうだろうな。本当に申し訳ない。俺の決断が遅かったために、お前を世に出すことは中々できなかった。誰かに雅が、聖龍が、利用されることを恐れていたんだ。だから……だから見つけるんだ、雅。見つけなければならない見つけてもらわなければ困るんだ! 利用する駒をでも、利用される打ち手でもいい、探せ。この、とても短い1年間だけで。それが……俺に与えることができるお前の猶予期間だ」
俺も見鏡も黙っていた。
見鏡には極めて重く人生に関わる宿題が出された。俺はその見届け人となった。
何故校長はこれを俺にも聞かせたのか理解出来ていない。ただただ俺は何も言わず、何もせず、座っているしかなかった。
俺に何か出来たというのか? それとも俺に聞かせたことに意味があったのか? 俺というサンプルが必要だったのか? 俺が存在したことに理由があったのか?
こんなにも校長室から出ていきたいと思ったのは初めてだった。
不愉快でもなければ、嫌悪感もない。だというのに、何なんだこの気分は。
まるで自分の奥底まで見透かされたようで、底が浅すぎるのを自覚させられたようで。でもそれは当然なことでもある気がして。
まるで自然災害に翻弄される人間のようだ。
何があろうと「仕方ない」と。これが自然の摂理であると。
そんな不合理を感じざるを得なかった。