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1.10秒で出来ること

「軍人育成学園を即刻閉鎖せよー!!!」


 これは霊威都市、暁市の日常である。

 ただし、通行人は誰一人として見向きもしない。

 何故ならここでは彼らは異質だから。ここに限っては、彼らは異質だから。

 

 威者である俺、氷狼ひょうろう麗兎れいとも彼らに一定の理解はある。

 誰だって子どもに戦闘技術を教えることを良しとは思わないだろう。

 彼らはきっと、俺たち威者が可哀想な存在だと思っているに違いない。

 

 普通の生活が出来なくて可哀想だとか。戦わなくちゃいけないなんて可哀想だとか。望んでもいない力を使わされるなんて可哀想だとか。

 

 とりあえず言えることは一つ。

 俺たちのことは放っておいてくれ。

 

 しかし何を言っても彼らは理解できないだろう。

 もう理解して欲しいとは思っていない。暁市に来て11年目だ。流石に諦めの境地にも至ってしまう。

 

 この手の団体は何故か50歳以上の高年齢者が多い。

 18年前、40年前にあった二度の戦争を経験し、未来の子どもたちに戦争に行って欲しくない……とか言ってた気がする。

 年を取ると自己中心的になるとはよく言ったものだ。

 彼らは一方的に救いの手を伸ばし、その手を掴まないことに怒りを覚えているのだろう。

 

 こちらがそれを望んでいないとは露とも思わないのだ。


「そんなことは望んでません!」


 しかし珍しいこともある。

 夕見原学園の制服を着た女子がデモ隊に向かって抗議している。まさかと思ったけれど、間違いなくあれは夕見原の制服だ。学園側からも構うなとしつこく言われているはずなのに。


「戦う必要なんてない。普通の学校に通えばいいんだよ」


「なんでわかってくれないんですかッ!!」


 学園では見たことない。が、一度見たら忘れない、顔が整いすぎた黒髪の大和撫子。

 腰ほどまである長い黒髪を乱舞させ、デモ隊のオバさんに訴えかけていた。彼女の表情を見ると泣き出しそうでもあるし、飛びかかりそうでもある。


「普通の勉強をして、普通の仕事をして、普通に生きて行けば、幸せになれるはずだよ」


「私たちが普通に生きていけると本気で思っているんですか!?」


 俺は買い物袋の中に入っている卵の心配をしつつ、止めるべきかと考え始めていた。

 もし彼女が自棄になって乱闘騒ぎなんてことになったら……卵が……って違う違う。

 俺たち夕見原学園の立場が危うくなってしまう。現状、政府には夕見原学園の必要性は十分理解されているが、世間的には様々なプロパガンダの影響で微妙な所だ。


 そう、考えるまでもない。俺は自分の居場所をなくしたくはないんだ。

 すぐにデモ隊へと駆け出して行き、殺気立っていた女生徒の右手の袖を掴んで無理矢理引き離した。


「こっちに来い」


 が、バランスを崩した彼女が一歩目を踏み出した瞬間、白い光剣の先が俺の首筋を貫く寸前で止まっていた。

 見ただけでわかる、霊力の塊。左手から霊力を放出し続け、剣を形成している。少しでも動いた瞬間、俺は肉塊と大した変わらない存在となるだろう。

 目に見えぬほどの速さ、そして首までのギリギリの長さで剣を作る完璧な霊威コントロール。

 

 霊威の属性は光、AランクかSランクの超高ランク。光剣に質量はなさそうだ。光属性の性質を利用したスピードを得意とするタイプのはず。

 お互いに目を逸らすことなく、一瞬の時間であらゆる思考を張り巡らせる。

 まず俺がやることは目の前の女生徒を引き離す。次にさっさとこの場から逃げる。

 ミリも動かずに彼女を引き離すには……よし、これしかない。

 

 威者たちが一通り頭の中を整理し終わった時、ようやく普通の人間の時間が動き出した。

 

「キャー!」

 

 まずは女生徒と言い合っていたオバさんが悲鳴を上げる。

 そして近くにいたデモ隊連中が「なんだなんだ」と騒ぎ出す。

 

「威者が力を使ってるぞ!」「逃げろおおお!!」「誰か現場を撮影しろ!」

 

 俺たちの周りからデモ隊が離れたと同時に、威者らしき何人かが少し離れた場所で様子を伺っていた。あまりにも極限すぎる状況に誰も手を出せないでいる。

 

 とにかく時間がない。この現場を撮影されるのは非常にまずい。この状況をネットの海に流された反霊威思想に一気に火がついてしまう。

 幸い、事が起きてまだ数秒しか経過していない。すぐに打破して逃げなければ。

 

 彼女が何を考えているかわからないが、少なくともあちらから動くことはない。

 俺を本気で殺そうとは思っていないだろう。だがこの状況になってしまった以上、彼女も何かきっかけが欲しいはず。

 

 ただ、あからさまな動きを見せれば俺は殺さるだろう。高ランク霊威は宿主が生存させ他人を殺すための能力、俺の動きを認識したら相手を殺すのは自然の摂理。この殺し合いと言ってもいい状況で人間の理性は二の次だ。

 だから俺も彼女を殺す気で動かなければならない。霊威は生存を優先する。彼女が本気で刺し違えることを選択しない限り、この状況はすぐにでも解消出来るはずだ。

 

 気づかれぬよう足裏に霊力を集中させる。

 この近さとこちらの先番。この方法で問題ないはず。

 

 十分な霊力を溜めたところで足裏から地面に向けて一気に放出。

 足元から発せられた霊力は氷へと変化。高速で地面を這い、彼女の足を飲み込もうとする。

 

「ッ!」

 

 女生徒は氷から逃げるよう地面を蹴り、後ろへ宙返り。

 人混みを優に超える距離を飛び、姿が見えなくなった。

 

 追撃がないことを確認して俺もすぐに対応する。

 まず足元に展開した薄氷を霊力に変化させ放散させる。俺がいたという物的証拠を消し去った。

 急いでカメラを取り出そうとしているおじさんがいたので、姿を撮られぬよう飛び上がって三階建ての駅屋根へと上った。

 建物から建物へと移動し、姿を捉えられぬよう夕見原学園へと向かう。

 

 この出来事は俺が女生徒の手を引っ張ってから退散するまで10秒程の事件だった。

 

 威者と人間で認識→理解→行動へと移るスピードは違いすぎる。これ程のことを威者は行えるのに対し、普通の人間はカメラを取り出すことすらままならないのだ。

 そんな2つの生き物が平等なんて無理な話。連中はどうしてそんなこともわからないのか。

 

 

 

 ……ま、なんにせよ俺はこっ酷く怒られることが確定している。

 色々事情を聞けると思うが、とりあえず反省文の内容を考えておかなきゃな。

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