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第17話 ベアキラーの帰還 ⑤

 イニシュカ島アンテラ山頂にぽつりと建つ塔は、古くから、アンテラ灯台と呼び習わされている。

 いつ、何者によって建てられたのか、島民の誰も知らないが、イニシュカやトーラレイ沖の船の安全な航行に欠かせない、現役の灯台である。

 石造りの頑健な塔で、長年、大雨にも嵐にも耐えてきた。昔の未発達な技術で築造されたとはとても思えない建物だ。が、文献上、建築時の記録は一切残されていない。


 村の昔話では、水の精霊王の使いのカニが建てた、という事になっている。

 また、かつて島を訪れた歴史学者は、聖シルヴァミスト帝国建国以前の遺物ではないか、との仮説を、手記に書き残している。つまり、千年以上昔の建築物という事になる。

 シルヴァミストの前身である古代の大帝国・ディナと同盟関係にあった、勇猛な西の海の民が、当地への上陸に際して建造したのだと、学者は推測した。


 西の海の民は、炎のような赤毛と、翡翠色の瞳を持つ戦士達だったと言われる。

 イニシュカ島民には、彼らの血が多少混ざっているらしく、現代においても、赤みがかった髪色の村人は多い。時に、古代人が蘇ったような、鮮やかな赤毛と緑の目を備える者も生まれる。



 歴史談義はともかくとして、シェーナ達は現在、その灯台が目視出来る位置まで来ていた。山の頂上は間もなくだ。


 そして、その場所に――絶え間なく水の流れ落ちる、小さな滝があった。


「ここが、ラグ川源流……」


 ハオマは、水の音に向けてじっと耳を澄ましている。


「良いものですね。岩を打つ水の音は、聴き飽きる事のない至上の楽曲です」


「ポエムは良いから、早う我輩を川辺に置かんか」


 イマジナリー・リードが、ガラス球の中から文句を言った。ハオマは不機嫌に片眉を跳ね上げる。


「貴方の元となった人格は、貴族でしょうに。拝光ユザ教徒は芸術を理解しないと見えます」

「やかましい!」

「こんな所まで来て、喧嘩しないでよ」


 シェーナは慌てて二人を止め、イマジナリー・リードの入ったガラス球を、ハオマから受け取って掲げた。


「川辺で良いのね?滝壺に放り込む必要はない?」

「やめんか、乱暴な。ああ、その位置で良いぞ」


 滝のすぐ手前で立ち止まると、イマジナリー・リードが、ガラス球から空中へと出現した。

 彼は流れる水を見つめ、一人、呪文めいた言葉を紡ぐ。


「……セダヤッタの山の水よ。

太古の海より、天還あまがえり、慈涙じるいとなりて、落ち落ちて、満ち満ちる、

そのの清らかなる一雫ひとしずく

ちぎりに基づき、我がいを聞こしせ……」


 低い滝とはいえ、水の落ち続ける滝壺では、岩が穿うがたれ、絶えず飛沫が上がっている。

 その岩間から流れ出る水が、どうにか川と呼べる幅の流水としてまとまる辺り。そこで、ぷかりと水面に浮かび上がるものがあった。


 全体のフォルムは、魚か、ある種の藻類を思わせる。手の平に乗せるには、やや大きいくらいのサイズだ。

 人間でいうと手足にあたる部位に、透明感のあるヒレが揺らいでいて、頭部にも三対、髪のようにヒレがそよいでいる。

 そのヒレも、身体を覆う鱗も、陽光にきらきらと光り、角度によって赤とも青とも銀色ともとれる、美しい彩りを見せる。頭部に二つ開いた、雫のように小さな目も、複雑な色合いで、ガラス細工を連想させた。


「あれぇ、アルフォンス、あんたなのぉ?」


 酷く眠たげで、気怠げではあるが、その生き物は人の言語で喋った。


「……しばらく見ないうちに、ゴーストみたいになっちゃって。人間ってそういうもんだっけ?」


「メイ・マ・セダヤッタ。我輩はアルフォンスではない。君とアルフォンスによって創り出された、遺言用思念体であるぞ。忘れたのか?」


「んん……?」


 ガラス細工のような両眼が、ようやくまじまじと、イマジナリー・リードを観察する。


「ああ、やだぁほんと。あたしらの創った思念体……イマジナリー・リードじゃん。久しぶり、アルフォンスはぁ?」


「アルフォンス様は、もう随分前に亡くなってるんです」


 イマジナリー・リードの後ろから、ロイシンが進み出て告げた。


「イマジナリー・リード様。この方が、ラグ川のウンディーネさん……なんですか?」

「そうだ。メイ・マ・セダヤッタ。セダヤッタとは、妖精の言葉でラグ川を指す」


 イマジナリー・リードはそう紹介したが、紹介されたメイ・マ・セダヤッタの方は、ぽかんと驚いた顔をしている。


「えぇ? アルフォンスがぁ……? あ、でもそうか、もうすぐ死んじゃうからって、遺言用にイマジナリー・リードを創ったんだっけ……やだぁほんと。人間って、死んじゃうんだもん……」


 のろのろとした物憂げな口調で、メイ・マ・セダヤッタは零す。分かりづらいが、一応アルフォンスの死を悼んでいる様子だ。


「ウンディーネって、かなり長寿なんだっけ?」


 シェーナは小声で、妖精の社会に詳しいハオマに囁きかけた。


「長寿というより、不死に近いですね。ノームには性別がありますが、ウンディーネの性は単一です。一個体として百余年を生き、寿命が尽きたら、次代の卵をいくつか遺して消える。卵から生まれた次代は、微かにですが先代の記憶や人格を引き継いでおります」


 さらりと解説が返ってきて、シェーナは感心する。


 それにしても、ウンディーネの生態は人間にとって神秘だ。()()()()卵を遺すとハオマは言ったが、生まれた次代の全員が、先代の記憶と人格を、共有しているという事だろうか。想像すると混乱してくる。


「メイ・マよ。アルフォンスは人生を全うし、我輩もまた使命を果たしたぞ。リード家の子孫は、一族の真実を知る事となった。……生憎、今日この場にはおらんのだが」

「ふぅん?」


 メイ・マは、気のない風に川の岸辺で頬杖をついた。


「それで、子孫は何を望んだのぉ? 精霊の加護を引っがす?」

「それは、望んでおらん。今のところな。ラグ川とイフト川に、何が起きるか分からん以上は」

「まあ、ねぇ……リード家に憑いてる加護が消えて、川が干上がったりしたら……あたしもここにはいられなくなるかもね。妖精一人の魔力で抵抗しても、たかが知れてるからねぇ」


「メイ・マさんは、ずっとお一人で、ここに暮らしてらっしゃるんですか?契約の監視のために?」


 ロイシンが、心配そうな表情で語りかける。


「んん、まぁ、名目上はそうだけどぉ……あたしは単に、気が進まなかったんだよねぇ。みんなで引っ越しとか、面倒臭くて……一人の方が、気楽じゃーん……」

「そ、そうなんですか」

「ウンディーネにはねぇ、時々あたしみたいなのが生まれんだ……何か、一族と上手くやれない性格の奴……ほらぁ、うちら単為生殖だからさぁ。変わりダネやはぐれ者も生まれないと、みんな似たような奴になっちゃうじゃん?祖先は一人だからねぇ。やだぁほんと……」


 なるほど、とシェーナは頷いた。

 ラグ川にいつから、ウンディーネの血族が棲みついたのかは定かでないが、最初は一人だったのだ。今と同じように。

 彼女らは世代を重ねて段々とえ、時に、『はぐれ者』も生み出しつつ、水域を守護してきた。そして今は、一人の『はぐれ者』を残して、新たな土地で生きている。


「引っ越してった親戚とも、連絡取ってない訳じゃないしぃ……んん、そうそう、朗報かなぁこれは……一つお知らせがあるよぉ」


 そう言うと、メイ・マは一旦川の中に潜り、しばらくして、また水面に戻ってきた。

 人間で言うと手にあたるヒレの片方で、器用に小石のような物を掴んでいる。

 シェーナ達は、一斉に川面に顔を近づけた。

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