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第16話 ベアキラーの帰還 ④

 こうしてシェーナ達は、ハオマが請け負った仕事と、これまでの経緯を、簡単に聞かされる事になった。

 驚いたのは、今は亡きロイシンの母、ソフィア・マクギネスも、間接的にではあるが、一連の話の関係者だった事である。


「トーラレイ男爵様……リード家の思い出話は、よく母から聞いてました。アルフォンス様が、『呪い』に苦しんでいたのは、知らなかったけど――わたしがまだ小さかったから、不用意に明かせなかったのかもしれません」


 思いもよらない話を聞かされ、半ば呆然と呟くロイシンに、ガラス球から出てきた煙状の幽霊男――いな、『遺言用思念体』イマジナリー・リードが、感慨深げに頷いた。


「アルフォンスは、『呪い』の話を村民に広めたくないと考えていたからな。ソフィアは命令を忠実に守ったのだろう。それにしても、君はソフィアによく似ている。既に病床の身だったが、アルフォンスは、君の誕生を心より祝福していたぞ」


 アルフォンス・リードが死去した時、ロイシンはまだ一歳だったという。

 ディランとの結婚後、ソフィアは住み込みの侍女ではなくなっていたが、死期を悟りつつあった主人を気遣い、通いの司書として勤務を続けた。

 その後、主人の最期を看取り、書庫の移築や遺品整理を済ませてから、正式にリード家の勤めを辞している。


「で、そのヒュー・リードって人は、アルフォンスさんが生前に対面していた、ラグ川のウンディーネに会いに行くつもりだったのね」


 シェーナはハオマに、今し方聞いた話を確認する。


「その通りでございます」

「……でも、今朝になってお腹を壊したと」

「煙を噴く症状は、エイダンの治癒術で、数日間の抑え込みに成功したのですが。胃弱体質の方は手つかずだったらしく」

「短い間とはいえ、よく旅なんて出来たわね、その人……」

「デイジーの助けもございましたから」

「デイジーって、あの行商の女の子?あの子も村に来てるのね」


 以前にもイニシュカを訪れていた、フェザレイン出身の行商親子の顔を、シェーナは思い出す。

 デイジー・エディソン。年若いがしっかり者で、明るくさっぱりした性格だった。


「腹痛を治してから、改めて出発しても良かったのですが……イマジナリー・リードがいれば、対話も可能でしょう。これも乗りかかった船、という訳で、我々が代理として出向きました」

「何しろ、僕らは冒険者だからな。『よろず厄介事』を請け負うのが務めだ!」


 ハオマとフェリックスが、代わる代わる解説した。

 この二人は、今ひとつ性格が合わないのだが――というより、基本的に人嫌いで、特に騒がしい者を避けたがるハオマが、一方的にフェリックスを苦手としている様子だが――何だかんだで、息の合う面はあるのだ、とシェーナは思う。


「なるほど、事情は分かったわ。とすると、貴方達はこれから、ラグ川の源流までさかのぼって、ウンディーネを呼び出す予定って訳ね」


 冒険者としては興味深く、首を突っ込んでみたい任務である。ウンディーネとの対話など、滅多に出来る事ではない。

 しかしシェーナには現在、ロイシンの護衛という優先すべき仕事があった。

 たとえロイシンが、何の心配もいらない程に強いとしても。村には掟があるのだし、シェーナはプロの冒険者である。請け負った任務は全うするのが、プロフェッショナルというものだ。


「あの、シェーナさん……」


 おずおずといった調子で、ロイシンが口を開いた。


「なに? ロイシン」

我儘わがままを言ってしまうんですけど……少しだけ、寄り道しても良いでしょうか?ラグ川のウンディーネに、会ってみたいんです。わたしはイニシュカ村で生まれ育った身、何か出来る事があるかも」

「え――?」


 渡りに船ではあるが、思わぬ申し出に、シェーナは目を瞬かせる。


「母がここにいたら、きっと、アルフォンス様やリード家を……何より、イニシュカ村を助けるために、行動したと思います。今日こうして、イマジナリー・リード様に会えたのは……亡くなった母が、出会わせてくれたんじゃないかって気がして」


 ロイシンはラグ川の方を振り向き、それから、遥か下流へと視線を投げた。

 その先は海。

 イニシュカの人々は、慈悲深い水の精霊王カルが、死者の魂を海の彼方へ導き、救済すると信じている。海に還った魂は、祖霊となって子々孫々を見守るのだ。


「勿論、最初の契約と違う仕事になってしまうから、シェーナさんにまでついて来て貰うのは、難しいと思います。でも、一人で山下りをさせるなんて、村の掟に反するし、心配だし。もし良かったら、追加金をお支払いするので――」


「んー、現地でのちょっとしたトラブルや、想定外の事態については、()()()()で貰ってるわよ。それが冒険者ってもの」


 軽く口角を持ち上げて、シェーナは人差し指を振ってみせた。

 申し訳なさそうに俯いていたロイシンが、歓喜に顔を上げる。


「それじゃあ……!」

「実を言えば、あたしも気になってるの。イニシュカの今後に関わる事なら、手助けしたいわ。それに、ハオマとフェリックスは一応、仲間だしね」


「シェーナ! ああ何てことだ、彼女が僕をそんな風に思ってくれていたなんて……!」

「『一応仲間』という扱いでよろしいのですか、貴方は」


 何故か感激するフェリックスに、ハオマが冷淡なツッコミを入れる。


「我輩は歓迎するぞ。まだ危険な山中である事だし、気難しい妖精との対話も、どう転ぶか分からん。ソフィアの娘も、そこの治癒術士も、どうやら頼れる戦力と見える。味方は多い方が良い」


 イマジナリー・リードは、上機嫌で賛意を示した。


「パーティー全員、ヒーラーだけどね」


 薬草師のロイシンを含めても、相変わらず全員ヒーラーだ。シェーナは、苦笑を浮かべざるを得なかった。

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