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第12話 春時雨と怪異日和 ⑨

 ――骨だ。


 首の骨の長く連なった先に、頭蓋骨が据えられ、頭の先にはくちばしがついている。人の身の丈程もある、大型の鳥だ。

 鳥の全身が見えたところで、茂みの中から、更にもう一つの頭蓋骨が現れた。外れそうな程に開かれた顎、鋭い牙。首から下には肋骨のような、細く湾曲し対となった骨が、連綿と続く。蛇の骨である。

 鳥と蛇は、互いの尾の部分で繋がっていた。鳥蛇双頭の魔物モンスター――コカトリス。


「な、馬鹿なッ!?」


 ――こんな辺境の島に、上級魔物(モンスター)とされるコカトリスが。しかも、その骨格だけが動いている。アンデッドだろうか。一体何故。


 動転するヒュー達の方へ、コカトリスはぎしぎしと関節を軋ませながら、真っ直ぐに迫ってくる。

 ヒューは咄嗟に腰へ手をやり、そこに愛用の加護剣アミュレットソードがない事に気づいた。

 当然だ、風呂に入っているのだから。剣どころか、鎧も服もない。


「エイダン、下がるんだ!」


 それでも、ヒューは叫び、コカトリスの間近に立つエイダンを、自分の後ろへと強引に押しやった。彼は治癒術士であり、リード家が守るべきイニシュカの村人だ。ヒューが戦わなければ。


 ところが不味い事に、暗闇の中で、ヒューは目測と力加減を誤った。


「わぁっ!?」


 真後ろで悲鳴が上がる。

 庇うつもりで押し退けたエイダンが、濡れた石の上で足を滑らせ、温泉の中に頭から突っ込んでしまったのだ。


「エイダン!」


 ヒューは慌てて、湯に落ちたエイダンの方を振り向いた。しかしその一瞬で、魔物に間合いを詰められる。視線を戻した時には、蛇の頭が目の前にあった。


 やられる――思わず強く目を閉ざしたヒューの耳に、突如、覚えのある声が届く。


「わーっ! エイダンが風呂に落ちた!」

「停止だ! 停止!」


 茂みの中からの複数人の声に呼応したように、コカトリスはぴたりと、片脚を上げかけた姿勢で動きを止めた。


「……。おい?」


 ヒューは声の主達に向けて、怒りと疑念を篭めて、低く呼びかけた。


 数秒おいて、茂みからいくつかの人影が出てくる。

 イマジナリー・リードに、キアラン、ハオマ。フェリックスと呼ばれた若者の姿まである。大の男が四人、よく物音も立てずに、ここまで忍び寄れたものだ。


 鼻に湯が入ったのか、むせ返りつつ湯船の端に上がってきたエイダンが、立ち並んだ人々を、きょとんと見回す。


「みんな、何しとるん」

「何って……エイダンが、あの煙を抑えられたかどうか、治癒術の後で確かめなぁいけんって言うたけん。びっくりさせたらええんかな、と思うて、『男爵文庫』でこれ借りて……」


 ぼそぼそと説明した上でキアランは、「大丈夫かいな」と、びしょ濡れのエイダンに問いかけた。


「大丈夫じゃなぁよ。そんなん、治療院に行ったら、安全に測れるじゃろ。脈拍とか」

「ありゃ?」


 不服そうな顔で言い返すエイダンに、キアランが頭を掻く。何か、やり取りに食い違いがあったらしい。


「ちゅうかこれ、『男爵文庫』にあったコカトリスの標本!動くん!?」

「おお。動くとも」


 停止したコカトリスの骨を指差すエイダンに対して、イマジナリー・リードが、腕組みをして胸を張ってみせた。あまり反省はしていない様子だ。


「アルフォンスの収集品の中でも特に貴重な、『動く標本(リビング・スペシメン)』! 関節部に風属性の加護石が仕込まれておるのだ!ごく単純な前進しか出来ず、造りがもろいので、荷物などは運べんがな。とはいえ、ただ飾っておくとは勿体ない」


「どうだ、エイダンくん!僕の修行の成果を見てくれ! ハオマの援護があれば、風属性の加護石に、魔力を篭められるようになったんだ!」


 こちらも、反省していないどころか、状況の全貌を全く把握していない風の若者――フェリックスが、誇らしげにコカトリスの首根を叩く。

 エイダンは、「はあ、頑張りんさったね……」と気のない風に応じてから、派手なくしゃみを一つした。


「こりゃ俺も風呂に入らな……あれ、そういやヒューさん、煙噴かんね?」


 その言葉にヒューは、はっとして自分の身体を見下ろした。

 確かに、煙が噴き出していない。コカトリスには驚いたし、極度の緊張も味わったはずだが、あの動悸が高まり、視覚も聴覚もおかしくなるような、異様な瞬間が訪れていない。


「本当だ……『ふろふき』が発現しない!」

「出たり出んかったりってのは、あるじゃろうけど」

「いや、いつもなら確実に出ている状況だったんだ。緊張の中で、更に何かしら気負いを感じて、あれこれ考え始めると、大体駄目になる。その思考パターンに入っていた」

「そ、そうなんですか」


 明朗に煙の発動条件を説明するヒューに、エイダンが相槌を打つ。

 『この思考パターンはまずい』という所まで理解しているのに、どうしてもそこにはまり、しかも抜け出せなくなる。この辺りが、性分というものの厄介な点である。


「しかし、やったぞ! 君の治癒術が効いたんだ! ありがとう!」


 ヒューはエイダンの手を取りかけて、急に明後日の方を向き、くしゃみをした。


「……湯冷めしてきた」

「ヒューさんも、湯に入り直した方がええですね」

「君もだな。……悪かった、風呂に突き落として……」


 テンションを急降下させ、そそくさと湯船に戻るヒューを前に、キアラン達は顔を見合わせる。


「一応、一件落着に近づいたって感じで、ええんかなこれ?」

「『動く標本(リビング・スペシメン)』で驚かせるのは、やはり余計だったように思われます」

「何だか事情はよく分からないが、ハオマも協力してくれたじゃないか!」

「フェリックス、貴方が加護石修行の成果を見せると言って、うるさいからです」


 一方、イマジナリー・リードは一人、コカトリスの骨格を満足げに撫でていた。


「いやいや、古いコレクションだが、まだ稼動して良かった。今後は学校の子供達の、教材にも使えよう!」


「……新しい怪談を生み出さんで下さいよ」


 服の水を絞りながら、エイダンはささやかに、反対の意を示すのだった。

「春時雨と怪異日和」はこれで一段落です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのなのに、ゆるくない。 ギャグもシリアスも、しっかりとした世界観の中で展開しているので、入り込んで読めました。 [一言] シリーズを一気読みさせていただきました。 面白いです!…
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