10億円の報酬【2】
その日の夜、俺は埠頭のコンテナに隠れていた。
この時間帯は、埠頭には誰もいない。
しばらくすると、ターゲットの部長が姿を現した。
俺は狙撃銃を構え、狙いを定めた。
引き金を引く瞬間、部長がこちらを見た。
バレたか。だが、もう遅い。
俺は速やかに頭を狙撃した。
見事的中し、部長はその場に倒れた。
さて、死体を海に捨てなければ。
俺は念のために周囲に気を付けながら部長のもとに行き、死体に重りをつけて沈めた。
あとは現場から離れて依頼人に報告……。
ジャリ、と足音が聞こえた。
振り向くと、一人の若い男が立っていた。
しまった。見られた。
人の気配なんてなかったのに。
それに今の時間は人の出入りはないはず。
とにかく、コイツを口封じに殺すしかない。
俺はナイフを構えて一気に距離を詰めようとした。
その瞬間、男は自身に取り付けられていた小さな機器を外し、踏みつけて壊した。
その行動が怪しかったので、俺は動きを止めた。
「あなた……暗殺者ですよね。お願いです!僕を殺してください!お金は払いますから」
男は携帯電話を取り出し、俺に尋ねた。
「いくら払えばいいですか?10億円までなら問題なく払えます」
「何者だ?さっきの機器は何だ」
「あまり話をする時間がないんです。ほら、口座を教えてください」
胡散臭いと思ったが、俺には依頼を拒否する理由もない。
振込先を伝えると、男は携帯電話を操作して「出来ました」と言った。
確認すると、確かに10億円振り込まれている。ドルにしとけよ。
「さあ、僕を早く殺してください」
懇願するように男がすがってきた。
不気味に思いながらも、俺はナイフを握り直し、男の心臓めがけて振り下ろした。
その時、複数の足音が遠くから聞こえてきた。
「あ!もうバレた!ちょっと待って」
突き刺す寸前で、男は制止した。
どういう状況だ?
よく分からないが、ここは現場を離れた方がよい。
俺は逃げ出そうとしたが、男が俺をがっしりと捕まえた。
「お前、最初からこれが目的か?俺を捕まえようと……」
「違うんです!今逃げたら、貴方が殺されちゃう。ここにいて話を合わせてください」
いや、ここにいるからこそ捕まるだろ。俺は部長を殺しているんだから。
それだと依頼人にも危険が及ぶ。
全員一度に殺すか?だが、数が多いと分が悪い。
この男は、自分に話を合わせろと言っている。
俺を捕まえる気はないらしい。嘘を言っている様子もない感じがする。
それならば依頼人も守られるか?
俺はこの男の言うことを信用し、狙撃銃を海に捨てた。
銃を持っていたら確実に怪しまれるが、ナイフ程度ならば、護身用に所持していたといっても通用するだろう。
そうこうしているうちに、スーツを着た男たち数人が駆けつけた。
「美槻様!大丈夫ですか?カメラと盗聴器が壊されましたよ」
「その男は何者ですか?カメラが壊される前に姿は押さえてますが」
男たちは俺を取り囲んだ。
シークレットサービスの類か。
「や、やめてくれ!この人は新しい護衛だ。さっき雇ったんだ」
……どういうことだ?
「では、盗聴器とカメラが壊されたのは何故?」
「こんな埠頭に、その男がいたのは何故?そもそもあなたもどうして此処に」
美槻という依頼人は、混乱した様子で考え、口を開いた。
「彼は、その、休暇で観光しているところでここに迷い込んだんだ。僕はちょっと、下の方が我慢の限界で慌てて海に」
そんな話を真顔で聞くスーツの男たち。プロだな。
「そこで彼に出会った。彼は凄腕の用心棒になれる。僕ならそれくらい見分けがつく。僕に盗聴器とカメラが仕込まれていると思い、身の安全を考えてすぐに壊してくれたんだ」
「……まずはその男の身元を調査する必要があります。一緒に来てください」
スーツの男たちは、ここまでの移動に使用した車へ、俺と美槻を案内した。
車までの移動も、俺たちの前、両側、後ろと護衛した状態での移動だった。
何故、これほど美槻を守るのか。
美槻は何者か。
事情を確認したいが、スーツの男が厳重に護衛をしているため、会話すら難しい。
それに美槻に盗聴器を仕掛けるほどだ。隙をみて会話しても、それが録音されている恐れもある。
そもそも、何故俺を見つけることが出来たのか。
薄々勘付いていたが、部長殺害の依頼人と美槻は手を組んでいる可能性が高い。
嵌められたか。