魔術師リアムの中級編三日目の波乱
リアムはもう一度、懇願した。
「頼む、行かないでくれ」
祐介が纏っていた怒りが、萎んでいったのが分かった。
「サツキちゃん……でも」
「駄目だ、また昨日の様になって、もっと怪我をしたらどうする! 私では大きな傷は治せん! それにこれは私の弱さだ、私が不用意に祐介に頼ってしまったばかりに……!」
すると、また執務エリアから派手に物が投げられる音が鳴り響いた。木佐ちゃんが小さな悲鳴を上げたのが聞こえる。
「私が、私が羽田を」
「駄目だって!」
今度は祐介がリアムの腕を引っ張って止めた。でもこのままでは。
すると、エレベーターの扉が開いたかと思うと、営業の田端、山口、あとは今週いなかった体つきが非常にいい橋本が降りてきた。祐介によると元ラガーマンとのことだが、ラガーマンとは一体何だろうか。似た様な言葉で思い出すのは、ラ・ガマーニャという名前のモンスターだ。
元は蛙のモンスターなのだが、その特殊能力故に冒険者に恐れられている。対峙している者が今一番大事に想っている者の姿を映し出すのだ。それと戦えないでいる内に、じわじわと毒でやられる。気が付いた時には蛙の腹の中、という恐ろしい上級モンスターである。以前対峙した際、悲しいかな、リアムの前に現れたのは一番大切にしていた杖だった。人間の姿を取れなくなった蛙はあっさりと負けたが、何か大事なものを失った様に思えてしまったあれは今でも苦い思い出である。
「おはよー! て、二人ともそんなところでどうしたの? 痴話喧嘩?」
山口が太い腹を揺らしながら聞いた瞬間、羽田の怒鳴り声が室内に鳴り響いた。
「うるせえっつってんだろうが! 俺は久住の奴の弱み握ってんだよ! そのネタがある限り、俺は守られてるんだよっばーか!!」
田端がかもなく不可もないこれといって特徴のない顔を歪ませ、嫌そうに発した。
「またあの人? 昨日あれだけやっておいて」
山口が祐介に尋ねた。
「中にいるの潮崎さん?」
「あと、木佐さんもいます」
山口は祐介のその言葉を聞き、リアムを見てようやく納得した様な顔をした。
「なんか野原さん狙われてるもんね。本当やばいよあの人」
うんうんと頷いた後、田端と橋本を振り返り、言った。
「僕達もいつまでも潮崎さん一人に任せてる訳にもいかないしね、行き過ぎのセクハラとパワハラ行為はやっぱり止めないと、ね!」
「あの人また何かやったんですか?」
今週はいなかった橋本が、眉を顰めた。
「昼に教えますよ。もう酷かったですよ」
田端が答えると、営業三人が頷き合い執務エリアへと歩を進めた。山口が振り返る。
「山岸くんは野原さんとそこにいて」
「え、でも」
「彼女、不安そうな顔してるよ」
祐介がはっとしてリアムを振り返った。リアムは祐介の腕を掴んだ。
そして思った。もし今この場にラ・ガマーニャが現れたら。
その時はきっと、奴は祐介の姿を取るに違いない、と。
次話はサツキバージョン。




