魔術師リアムの中級編二日目、帰宅する
会社の外に出ると、空気がねっとりと重い気がした。
「何だか風呂の中にいる様だな」
手でパタパタと扇ぎながら隣の祐介に話しかけると、祐介も同意見らしく深く頷いた。
「日本の夏は湿気が凄いから。気を付けて小まめに水分摂らないと、熱中症になったりするから気を付けてね」
「熱中症とは何だ?」
「身体に熱がこもり過ぎて倒れちゃったりすること。少しでもおかしいと思ったらすぐに教えてね」
「そこまで過酷な環境なのか……その中、祐介はその暑そうなスーツを……?」
まるで拷問だ。リアムが余程恐怖に満ちた顔をしていたのだろう、祐介が苦笑いした。
「夏用のスーツにはするけどね。結構キツイよ」
「大変なのだな……。私がドラゴンに焼かれたのは一瞬だったが、熱の篭ったドラゴンの巣に住み続ける様なものだろう? 考えるだけで倒れそうだ」
「いや、焼かれる方がやばいでしょ」
それにしても、と祐介は背後のまだ明かりが付いている会社を見上げる。
「サツキちゃんがあんなことを木佐さんに言うなんて意外だった」
「あんなこと?」
「謝らないでありがとうを言ったらって言ってたでしょ? そういうことも言うんだなって」
ああ、とリアムは笑顔になり頷いた。
「あれは、祐介を参考にしたのだ」
「え?」
祐介は驚いている。こいつは自分のそういうところに気が付いていないのか? ふと疑問に思った。
「私はどうも人に厳しくなりがちなのでな、いつも私を思いやっての行動を取る祐介ならこう言うだろう、ということを思いながら言ってみたら、ああなった」
「サツキちゃん……」
駅の改札を通る。人が次々と電車に乗り込んで行く中、祐介は次の電車を待つ線へとリアムを誘導した。
「今日のことも発端は私の短慮から来たものだ。それを祐介が庇い、殴られても文句一つ言うことなく、且つ周りに迷惑をかけたと謝罪までしていたのを見て、祐介は強いなと思ったのだ」
「今僕褒められてる?」
祐介の声が弾む。リアムはこくこくと頷いた。
「褒めているぞ。思うに祐介はこのシャンプーの匂いを嗅ぐことにより冷静さを取り戻している様に見受けられる。私もその様な落ち着ける特定の匂いを見つけ、次に短慮からくる浅はかな行動を抑える効果を得たいものだと思った」
「……いいこと言うなと思ったのにな」
「何だ?」
「何でもないです」
次の電車が来たので乗り込む。車内はそこそこ混雑していて、後ろから押されたのを祐介がリアムを囲う様にして庇った。リアムの目の前に祐介の胸元が来て、暑い。
暑いが、この洗濯洗剤の匂いを嗅ぐと祐介といる、と認識する。リアムは鼻から息をスーッと吸い込んだ。
「何してるの」
「見つけたぞ」
「何を」
「祐介の服の匂いが私を落ち着かせることを発見した」
「……殺し文句……」
「どうした」
「いえ、嬉しいです。これからも存分に嗅いで下さい」
「はは、頭に血が上った時は次からこれだな」
「いつでもいいよ」
「ん?」
リアムが祐介を見上げると、祐介は照れた様な顔をしていた。
「サツキちゃんならいつでもいいから」
「うむ」
リアムはそう返したが。よく考えたら接触しないと嗅げないことに、今更ながらに気付いたのだった。
次回はサツキバージョン。




