きけんなやつら
「...この森はまた、縮尺がおかしいな」
「大きな木です!」
「23階層よりもずっと大きな木が多いですね」
「10階層よりも上の、モモフ達を思い出すなー。あっちはウサギでこっちは樹木だけど。
樹齢千年は超えてるやつもあるんじゃないの? それとも樹齢よりも、木の種類の影響で大きかったりするのか......どうした、シータ?」
「...たしかに木の大きさも違うんだが、何か、違和感というか...
...まだ生き物は見当たらないのに、なんというか、いない方がおかしいような?」
「地面」
「うん? 地面?
...そういえば上の階層の草原よりも、こっちの方が草に足をとられなくて歩きやすいよなぁ。
この階層なんて、23階層やその上よりも、もっと地面が......何かが通った形跡?
獣の足跡というよりも、何かが引きずったような...?」
「それは樹魔達が歩き回っておるからじゃろう?」
「樹魔が? ...そうか、あれらが木の根っこを引きずって歩くから、長い草花は育ちづらいってことなのか...」
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俺も24階層まで来たのは初めてだったけど、里の長老や店のお客さん達から聞いていた話は本当だった。
樹魔。
上層だと森の中にまれに、一本二本と隠れている程度の数。
それでも十分に命を奪われかねない、危険な魔物。
あれがいるから、夜の森は決して歩くなと言われているほどだ。
それがゾロゾロいた。
森の中に樹魔というより、樹魔の森という感じだ。
そんな森へ、いつもはサキとユキが先陣を切るのらしいのだが、今日は主が先頭で歩いて行く。手にはあの、魔法の護拳。
「メイの話だと俺の【けんせい】って人に対するスキルらしいから、人以外に対してどこまでやれるのか確認しておかないといけないんだよねー......危なくなったら、みんな助けてね?」
始まりはとても静かだった。
ざわざわと揺れる枝葉の音とともに樹魔の群れが主に近づいてくる。
なにせ相手は樹木、小さなものでも主と同じくらい、大きなものは主よりはるか高く太い木々が、薄気味悪く、鋭い根と枝を蠢かせながら取り囲んでくる。
主は散歩でもするかのように歩いていた。
足取りも遅く、目線も周囲をゆっくり見回すようで、焦りはない。
それでもなぜか、樹魔達がまったく、主を取り囲めない。
何かの幻術にでも化かされているかのような感覚に混乱する俺に、ニアねーさんとティ様が解説してくれた。
「立ち回り。樹魔で樹魔を足止めしている」
「上から見れば分かりやすいのだろうがのー」
どうやら樹魔の影に隠れるように、一度に一体ずつを相手にするように歩き回っているようなのだが......
「樹魔の歩みは一定じゃない。特に、攻撃するときは足が止まる」
「あれっ!? ユキちゃん、もう、戦いがはじまってるよ!」
「...主様、樹魔にわざと攻撃させていませんか?」
「主様も人が悪い。一手でも多く、試せるだけ試してしまおうという腹づもりなのじゃろう」
みんなの解説に、俺も目を凝らした。
「...振り払いと刺突が樹魔の攻撃の中心か。足を止めると、その足下にも根を伸ばしてくる? もしかして、主、何かを避けている? ...木の実や種を飛ばしてるのか!?」
「それと香り。幻覚作用のある粉をまいてる。だから絶対に足を止めちゃダメ」
「あれは本来、他の生き物達も呼び寄せる作用もあるのじゃがのー。ここではほぼ、樹魔達くらいしか集まらぬな」
一応、俺は護衛という職業柄、色々と分かっているつもりでいたが、ニアねーさんとティ様の詳しさに改めて驚かされた。
そして、ついに主が反撃に出た。
伸ばされた枝に、主がスッと、その両手で円を描くと、枝が「消えた」。
「「おお〜〜!」」
剪定。
主が舞踊でも舞うかのように樹魔の横をフワっと通り過ぎると、枝が吹き飛び幹だけの姿へと変わった。
そして、その幹からミシミシと生えてくる新しく禍々しい枝。その様子に主が「えー...」と、嫌そうに眉をひそめた。
貫手。
主の鋭く突き出された右手が木の幹を貫いて、穴を穿たれた樹魔が他の樹魔を巻き込みながらガサガサガサと賑やかに倒れ伏した。
「...全体的に意味が分からねえんだが、なんで、主の手は樹魔の幹を貫通するんだ?」
「なんじゃ? 主様はその為に手袋をつけておるのじゃろう?」
護拳で木を!? いや、剣でだって樹木を貫いたりはできない、剣の方が折れちまう!
...せめて、魔法的な何かだと説明してもらったほうがまだ納得ができた。
こうかな? と手をシュッと出したりクルクルさせたりするサキとユキの一方で、意外だったのはニアねーさん、目を見開いたまま主のそれをじっと見つめていた...何か予想外のものでも見てしまったのだろう、ほら、やっぱりおかしいですよね、これって? ...もっとも、俺はもう、ずっと予想外のことばかりで感覚が麻痺し始めてきていますけど。
そして、何体かの樹魔を貫いたあと、右手を見て主は大きくゆっくりと......首をかしげた。
あんた、一体何がお気に召さなかったんだよ!? それともなんだ、物足りなかったのかっ!?
そして主がサキとユキを呼んで、そこからは3人での戦いへと変わった。
いま主を囲い込もうとしている樹魔達を外側から、サキとユキが二人一組で次々と樹魔に襲いかかっては、解体していった。
武器は主と同じ護拳、そして同じように真似して樹魔を貫こうとしていたようだが、それはできなかったようだ。
それでも二人がかりで一方的に、女の子がゴッ、ゴッと樹魔を殴って破壊していくその様は、とても異様な光景だった。
里の妹分達がああなってしまったら、たぶん、俺は泣いてしまう。
「...いや、すごいんだ! 確かに、戦士としては最高、なんだが......だが...」
「なにを葛藤しておるのじゃ、シータ?」
...たぶん、三人ともが拳で、かつ一方的に殴っていることにたぶん、異様な違和感を感じてしまっているのだろう。
あれがせめて、流麗な剣の舞いか強力な魔法だったなら、もっと素直に感動できた...か? 駄目だ、もう感性がいろいろ麻痺して良く分からねぇ。
俺を含めたこちらの三人はまだ見学だった。
俺はすでに先日、主とティ様に連れられて樹魔とは交戦済みだった。あの日は俺の戦い方と主達の認識を合わせつつ、訓練の成果を確認するという目的だった。
そして今日は、できるだけ見学に回るように言われていた。今度はみんなと俺の認識を合わせるためだ。
ニアねーさんは遊撃として待機、サキとユキが前線らしい。今日はサキとユキの番というよりも、これまでもずっと、彼女達が前衛で、それを主が支援という戦い方だったそうだ。
一通り殲滅し終わった後、樹魔の残骸を拾う三人。
サキとユキが大きな袋に談笑しながら素材をつめて、主は粛々と封印魔法で回収していく。
ニアねーさんとティ様は周辺警戒、俺は主達に混ざって回収や選別方法について学ぶことにした。
「見てください、この石とってもキレイです!」
「おー、樹魔の胆......魔石ってやつだねー。キレイだねー」
「この枝、変わってますね」
「おや、樹魔の枝? ...んー、魔石と同じように魔力が濃いから、なんだろう、樹魔の武器みたいなやつなのかな?」
三人は慣れているのか、話しながらもテキパキと回収作業を終えていく。
そして、あっという間に戦闘と後始末が終わってしまった。
早い展開についていけていない俺は、主の「おーい、シータ、行くぞー」の声で我に返った。
そうだ、まだ一戦目だ。
里に居た時みたいに、男衆で狩りに出た時とは違う、どちらかといえば探索調査に近いそれだ。
今日はこのまま、迷宮の奥へ奥へと突き進んで行くんだ...
ニアねーさんが、俺をポンと叩いて助言した。
「もっと肩の力を抜く」
「そうじゃぞ、そんなに緊張していてはこの先もたぬぞ? フフ」
ティ様の言う通り、この先はもう、大変だった。
...大変だったのは主にサキとユキの二人だったけど、進んで倒して回収、進んで倒して回収をものスゴイ早さで、森の奥へ奥へと繰り返しながら突き進んでいった。
下層への転移門目指して真っ直ぐに、一直線に進んでいるらしい。それが主の【スキル】なのだそうだ。
転移門の場所が分かるというのも十分に驚いたが、それよりも、その先に樹魔がいるのが分かっていても迂回せずに真っ直ぐにつき進んで行くことの方に驚いた。
普通の冒険者達が真似をしたら一体、何回全滅しているか分からないような無謀な侵攻だ。
それでもサキとユキは疲れるどころか、徐々に戦闘に慣れていって、ますます倒すのが早くなっていく。倒すのが早いせいか、戦闘中や戦闘後に他の魔物達が合流してくることもない。談笑しながら回収作業、そして、さらに奥へ。
気がつけばもう、転移門に着いていた。
「シータ君、疲れちゃった?」
「主様、そろそろお昼にしませんか?」
「うん、そうしようか。おーい、ニア、ティ、遊んでないで、お昼にするぞー」
俺は体力には自信があったつもりだが、見学していただけの俺が、一番疲れ果てていた......
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そして主が突然、その足を止めた。
「やめよう。方角はたぶんこっちだけれど......やめよう」
なんだろう、とサキとユキが首を傾げる一方で、ニアねーさんは森の向こうにじっと目を見開いている......きっと二人にしか感じない、見えない何かがあるのだろう。
「それは面白そうじゃのー。さぁ、行くぞ!」
「...ティ、俺は面白くないからこっちはやめようと言ったのだが?」
「何を言うか! 危険ならばなおさら、この6人でどこまでやれるのか、一度は試しておかねばならぬじゃろう!」
「...それっぽい理由をつけて危険を推奨するんじゃない。どうせお前、毎回それっぽい別の理由を見つけて、危険な方へと行かせるつもりだろう?」
そこに予想外の言葉を主にかけたのは、ニアねーさんだった。
「行く」
「えっ!? ニア、行けると思う?」
「シータを鍛える」
えっ、俺ですか!?
「...あー。鍛えるかどうかは別として、一度、俺達のやり方を見せるというか、連携を確認しておいた方が良いかもしれないなぁ」
「ほれ、わらわの言うとおりじゃろう?」
「黙れ悪戯妖精、お前の場合はシータの悲鳴を聞いてみたいだけだろう」
...やめてくださいよー、二人共。
だけど、ティ様が「冗談はさておき」と言い直すのを合図に、みんなの雰囲気が変わった。
サキとユキが戦闘中の真剣な顔になり、ニアねーさんの瞳には青の光...魔力? ティ様も微笑みがとても邪悪そうな、魔物の女王のそれに変わった。
...みんなの変わりように、自分が今いる組織の危険性を感じてあらためて身震いした。
そして、今までとは比べ物にならないような樹魔の『団体』を相手に、戦闘が始まった。
食器みたいに小さな、短剣というよりも刺突剣に近い武器を次々に、ゴンゴンと樹魔達に打ち込んで行くニアねーさん。
速い。スッと近寄って、打ち付けると同時に離脱。
その一撃だけで樹魔達が沈黙したり倒れたりしてしまうのはきっと、樹魔の魔石か急所にでも刺しているからだ。
そして、その様子で樹魔の急所の場所は個体によって違うというのが分かった......どうして場所が分かるのか、後で聞いてみよう...
ティ様はもう、急所とか関係ない、すべてを燃やす。強大な魔法で周囲ごと燃やす。
その邪悪な高笑いがもう、怖いとかそういうのも通り越して、本当に楽しそうだなーなんて関心してしまった。
俺の隣で主が言った。
「...焼き畑農法って言ってね、周囲を燃やして灰にすることで、土地を肥やす方法があるんだよー」
「なるほどー、さすがティ様。すべて、森の為にやっているんですねー」
「...だけどねー、ちゃんと風土や気候を計算してやらないとただの焦土になっちゃうだけの、難しい農法なんだよー」
「なるほどー、じゃぁ、あれ、ぜんぜんダメなやつですねー」
いつの日か肥えるといーねー、と言いながら、主はサキとユキのいる方へと歩いて行った。
「...サキ、ユキ、一撃必殺にこだわるな! 二手目、三手目に繋いでいけ!」
「ですが、主様!」
サキとユキは、樹魔の集団を相手にも善戦しては居たけれど、何度か反撃もくらっていて手こずっているようにも見えた。
だけど、あれが普通だ。一撃離脱のニアねーさんが強すぎるだけだ。
主が二人に指導した。
「俺達がそうしているのは、その戦い方が向いているからだ。人には得手、不得手がある。
...甚振れとは言わないが、手足をもいで命を削れ、目鼻を潰して時間を稼げ。敵の優位を、選択肢を、一つずつ奪え。まずは確実に勝てる手を探して、それを身に付けろ」
主がなんだか、いつもと違う。
いつも、「いのちをだいじに」だとか、敵の命まで助けたりするのが主だけど、それはあくまで自分達の命が優先ということ......当たり前のことではある、が。
「...敵に情けをかけたくば、もっと強くなれ。攻めでも守りでも圧倒的に優位でなければ、手段は選べぬ」
...いや、いつも通りだった......情けをかけたくば、か。
サキとユキがとても悔しそうに、樹魔の枝を根をもぎ始めた。なんだか少しプンプンしながら、ブチブチ、ベキベキ引き抜いたりへし折ったり、やや暴走気味だ。
お前達、さっき主が「いたぶるな」って言わなかったか? とやんわりと指摘してみたら、二人は「まだ未熟なのでっ!」「...まずは確実に折るところからです」と更に手に力がこもってしまったので、俺も余計なことはもう言わないことにした。
「難しい年頃なんだろうねー」なんて主は言うが、二人をああしたのは、あそこまで強くしちまったのはたぶん、主なのだろう? あの年頃の女の子は普通は、プンプンしながら魔物をベキベキ折ったりしない。
...なんというか、色々とちゃんと責任をとってやれよな、主?
一通り殲滅し終わった後、敵の残骸を拾う三人。
サキとユキが大きな袋に談笑しながら素材をつめて、主が粛々と封印魔法で回収していく。
ニアねーさんはティ様を追いかけている。つまり、二人は遊んでいる。
「見てください、この石とってもキレイです!」
「おー、さっきのやつよりも色がなんだか、澄んでいるねー? でも、あんまり叩くと割れちゃうぞー?」
「このお花もキレイですね」
「わー、樹魔の宿り木みたいなやつかな? 可愛らしくて、甘い不思議な香りがするねー......だけどポイしておこうか、なんかウネウネしてるから」
なんでだろう、主とサキ、ユキは同じか近い年齢のはずなのに、たまに親子みたいに見えるのだが......
...まるで散策がてら山菜採りでも楽しむ家族のような和やかな光景が、俺をものすごく混乱させる。
あっちの方では小さな妖精を追いかける猫族の女の子。とても優しい雰囲気なはずなのに......この人達、さっきまで嬉々として魔物を殲滅していた人達と同一人物、なんだよな?
「...違和感が。なんというか......天国、地獄、天国、地獄と繰り返しているような気分だぜ...」
「シータ、地獄で止めるな。今は天国のターンだ。
...やっぱり、君もそう思うでしょお? 俺も常々、なんか違うなって気はしていたんだよ。もう慣れちゃったけど。
...地獄とまでは言わないけどさー、お湯、水、お湯と繰り返したら魚だったらもう絶対に、プカリと浮かんできちゃうよねー?」
...俺もプカリとする前に、はやくこの水に、慣れなければ。
その日の帰り際に、ニアねーさんに「毎回変わる樹魔の弱点の位置がどうやって分かるんですか?」と聞いてみたら、
「ぜんぶ。見て、聞いて、嗅いで、感じる。魔石の場合は魔力を感じる」
と、最後の魔力の話以外は、主と同じことを言っていた。
すると、俺の顔をじーっと見たニアねーさんが、付け加えた。
「...本当は『味』も。漂う毒で舌がしびれたり、焼けて飛散した脂が唇についたり、大事なことがいっぱい分かる。
だけど、口は弱点になりやすいから、普段は閉じた方が良い」
「...ちょっと俺には高度すぎて、まだ、真似できそうにありません......」
ニアねーさんは俺の唇をムニっとつまんで、微笑んだ。
「いっぱい味わえば、おいしいものをいっぱい食べれば、それで良い」
そう言い残してニアねーさんは、主とサキ、ユキの場所へと走り去ってしまった。
...ドキっとした。
ここは魔境、本当に心臓に悪い場所だ。油断するとすぐに、俺もプカリと浮いてしまいそうだ。




