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たちむかうものたち

 相談役が来ない日には、一緒に来ている道化も、いつも会議の上座に座る出資者(スポンサー)の男も、来ない。

 その日の臨時会議は珍しく静かに終わった。もともと例の作戦の報告会、何かの決議を行う場では無かったのだった。


「それにしても、やってくれたね、相談役は」

「あぁ、彼? 彼女? とにかく、あの相談役の言うとおりにやった結果が、これだ」

「全ての責任は相談役、彼にある」

「そんなことはもう言うまでもない。それよりも責任をどうやって取らせるか...」

「生半可なものでは済まされないぞ! まったく!」

「もう彼も、おしまいだねぇ...」


 出席者達がここぞとばかりに、その場にいない相談役を吊し上げていった。他に、特に前向きな話し合いは何も、行われなかった。


 そして後に、「相談役が立案した最後の作戦」が実行されることになったのは、結局、それに対する代案を誰も提示できなかったからであった。



----------


 弱い犬ほどよく()える。


 その自覚はあってやっている。吠えて(わめ)いて脅かしてでも、自分の意見を押し通したものが勝ちだからだ。

 目指している場所が違う。地位も名誉もどうでもいいボクには、突き落としたり引っ張ったりに忙しいあいつらとは、会話がまったくかみ合わない。

 誰もあてにできない、自分の力で走り続けるしか、駆け抜けるしかない。

 そもそもボクの目指す場所は......ボクの、終着点......誰か...


 ...もう、目の下のクマが化粧でも隠せなくなってきた。頬もこけて、抜け毛もひどい。


 だけどあいつらはボクの顔色はうかがっていても顔なんて見ていないから、誰も気に留めてなんていない......気に留めてほしいわけじゃない、寂しくなんて無い、あいつらはただの仕事仲間...仲間ですらない...なにも辛くなんて、ない...


 ...ボクの雇ったアイツは最近、どこかに行ってしまった。

 ボクの作戦を聞いてから消えたのは、逃げたのではなく次の行動に移ったのだと信じたい......信じるってなんだよ、バカバカしい! ...裏切られたのならそれはボクの見通しが甘かった、それだけだ。裏切られない程度の契約金を積んだつもりだったけど、足りなかった、それだけだ。


 ...ボクだって、間違っている自覚はあってやっている。

 だけど、全部を救って全てと手を組めるほどに金も時間も無限じゃ無いっ!

 それに、何一つ、特別なことなんてやってない!

「勝つためには手段を選ばない」なんて陳腐な言葉で飾り付けて、過去に君達がやってきた、そしてこれからやることだ――


 ――魔王や勇者や人族(みかた)に追い詰められた()()なってから、君達は大慌てで()()()を始めて、終わった後につじつまを合わせようとする。

 責任から逃げ代表せずに導くことを放棄して、身動きの取れなくなった()()なってからそのしわ寄せを下へ下へと誰かに押し付けて、遥か高みから見物に徹して手柄ばかりを主張する――それをずっとずっと、何度も何度も何百年も繰り返してきたし、繰り返す!


 そうだ、間違っている!! ボクを見れば分かるだろう!!

 ...ボクが間違っているならば、そう言ってみせろ......救いたければ滅ぼしたければ、ボクの代わりに、その道筋を、立ててみせろよ......だれか...た......っ!


 ...そろそろ『青き鎖』の奴らなら助け......動き出してしまうかも知れない。

 それでも、魔王討伐に否定的なあいつらは使えないし、三宗派が(そろ)えば三竦(さんすく)みになって、いよいよ誰も何もやらなくなってしまう、何もやらない言い訳を与えてしまう。

 ...三つ同時に使うのは、最後の一手のとき、だけだ......そう、さいご、の......


 ...気を抜くと、あたまがボーッとすることが...ふえてきた......


 ...食欲も眠気も無いのに、ボーッとする。せっかく食事や睡眠を削って時間が確保できたっていうのに、あたまが回らないんじゃ、効率がわるい...

 わざわざ高い魔法薬をのんでいるのに、さいきんききめが、うすくなってきた......

 ...ボクはいったい、なんのために......いけない、意識をしっかり、もたなくちゃ...


 ...それでも、もう、図面はほとんど書き終わったんだ、あとは頭を使わなくても、手足さえ動けば、口さえ動けば十分にやれるはずだ......


 あとは、魔王が来るのを、待つだけだ。

 【勇者】が何か余計なことをやりだしたみたいだけど、もう聖女ともども無視でいい。ひとまずは【千刃】さえおさえておけば、作戦の目途は立つ、はずだ......


 ...いけない、もうこんな時間だ。仕事に、戻らないと。

 まだ、やらなくちゃいけないことは、山積みだ......



----------


 リセットちゃんは全ての場所に自分で行って、自分で交渉して、自分で指示を出す。

 誰も信じていないからだ。

 だからリセットちゃんは大事なことを正確に知っていて、それを正確に伝えていて、間違いがほとんどない。

 もはや「現場の連中」はリセットちゃんしか信用していない。


 そもそも、それが善であれ悪であれ、具体的な作戦や指示を出してくれるのが、目的と道筋を示してくれるのがリセットちゃん一人しかいないのだから、信じる信じないも何も、みんなリセットちゃんしか頼れないんだ。


 ぜんぶ自分でやらなくちゃいけない組織なんて組織として破綻しているよ! なんてリセットちゃん本人は叫んでいたけれど、だからこそ面白い。

 そして、その組織とやらを一番支えていて、一番憎んでいるのがリセットちゃんだ。おかしいね、アハハ。



 ...本当におかしい、(たの)しい、甘くて(いと)しい、(みつ)のような子だ。



 だから僕も――


「――...前に言っていたあの『携帯型転送装置』、やっぱり売ってよ」

「...あれは欠陥品です。成功確率は五分五分です。あなたの【スキル】でも扱いきれません。転送先が『壁の中』になりますよ?」


「だからこそ、いますぐに必要なんだよ。今のうちから少しずつ調整して『確率を上げて』いかないと、最終決戦に間に合わないからさ! アハハ!」

「では、あなたの財産の99パーセントでお譲りします」


「...ねぇ、その容赦無い価格設定、どうにかならないかな〜? 君の【スキル】だと値段も全くごまかせないし......ちょっとで良いから、まけてよ?」

「びたいちもん、まけません。キリッ」


 ...せっかくリセットちゃんが高い報酬で僕を雇ってくれていても、この支払い方式だと全く意味がない。


 僕も正直、ここまでする必要はないのだけど――人族が勝とうが負けようが、魔王が死のうが殺そうが、(たの)しければそれでもう十分なのだけど――...僕の友達ががんばっているんだから、僕もできるかぎりの協力はしようと思うんだ。僕、他に友達いないからね、アハハ!


「...ハハハ...ハァ、あんまり笑えないなぁ......ねぇ、いつも君から買っているんだから、たまには『お友達価格』とかにならないかな?」

「あなたとは友達ではありません」

「あれっ!? はっきり言われちゃったよ、アハハ!?」



----------


 神とその使徒を(あが)める大教団が3つある。


 【不滅の正義】を信奉するのは『白き鏡』。

 【慈悲無き兵器】が統べるのは『赤き剣』。


 そして、【(あい)縛鎖(ばくさ)】を(あが)める教団が『青き鎖』。


 真っ白な衣。


 【勇者】や【千刃】のような鎧も無く、『白き鏡』の神官達のような豪奢(ごうしゃ)な聖衣を着ることもなく、ただ白一色の単調な法衣。

 高価な布か魔法の糸でも使っているのかもしれないが、見た目だけなら他の信徒や従者達と区別がつかなかったとしても無理はない。


 だが、その教団の関係者ならば、それがはるか遠くの後ろ姿であったとしてもひと目で分かってしまう、誰もがその足を止めて羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しで見つめてしまう、白の法衣の背中まで伸びる黒髪の、その少女――


 それが三大宗派の一つ、『青き鎖』の頂点である『聖女』であった。



 『青き鎖』は信徒達からの寄付でなりたっている教団だ。

 そしてここに、教団を支える信徒が一人。


「聖剣と破魔の矢、その貸与と運搬に貢献したという手柄(てがら)だけでは足りぬのだよ......救貧院への寄付、欲しいのだろう?

 ならば、私が何を求めているのか、分かるだろう、聖女? フー、フー...」


 白き衣に身を包んだ清楚(せいそ)な少女に息を荒げる、少女よりもふた回りは大きな身体の、顎下(あごした)のたるんだ中年男。

 聖女と呼ばれたその可憐(かれん)な少女は、困ったように微笑(ほほえ)んだ。


 だが、二人の座るテーブル、大広間、そこには彼ら二人しかいない。


 いつも聖女の後ろに控えている男か女か分からない聖女の従者も今は、扉の外。

 彼女が叫び声を上げたとしても、はたして扉の外まで聞こえるだろうか......この面談の条件は男が指定してきたものだ。

 高額の寄付で教団を支えるこの男の発言を、教団も(ないがし)ろにはできないのだろう。


「もう、君と私、初めてではないのだ、つまり...フー...」


 男が息を荒げながら、ゆらりと立ち上がった。

 無言のままテーブルをどけながら、聖女にせまり、そして――




「――お(じょう)!」


 聖女の従者が部屋へと飛び込んだ時には、もう、手遅れだった。




 ラリアット。



 その可憐な聖女の華奢(きゃしゃ)でやわらかな左腕は、【(あい)縛鎖(ばくさ)】の【鉄血(てっけつ)】スキルで強化され、その男のたるんだ首元をガッチリと(とら)え、振りぬき、なぎ倒した、そう、まさになぎ倒したその瞬間に、聖女の従者は飛び込んできたのであった。


 天窓からまばゆい光が降り(そそ)ぐ広間の中心に、中年男をラリアットでなぎ倒す少女の影が踊り、石畳に背中から落ちる痛々しい音が、男の「ぐぇっ」という喉の奥から漏れ出た音をかき消した。



 そして、静寂。

 一人、広間に立ち尽くす少女。



 もしもそこに審判(レフリー)がいたならば、3カウントを待たずに手を振って試合終了を告げたであろう、鳴り響く祝福の(ゴング)の幻聴でも聞こえてきそうな神々(こうごう)しいその光景の中で、ぐったりと倒れ伏す男を一瞥(いちべつ)し、そして天を仰いだ少女は、スッと左拳を上げる。


 いや、拳ではない。人差し指と小指は立てていた。

 その左手は何かの祈りの(いん)か、あるいは儀式の合図だろうか?


 その広間には、少女と、その足下で倒れ伏す中年男と、慌てて飛び込んで来た従者の三人しかいない。


 しかしその少女の叫びは、客席を埋める全ての信者(ファン)達を魅了するかの(ごと)く力強く、雄々(おお)しく猛々(たけだけ)しくそして高らかに、その広間を(ふる)わせたのだった。



「ウィィーーーーーーーーィッッ!!」



 それは三大宗派の「最後の良心」とも言われる聖女、神の使徒【(あい)縛鎖(ばくさ)】の雄叫(おたけ)びであった。


(次話へつづく)

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