おかいどく
道具屋にはティの手引きでおばあちゃんとの顔つなぎを終えたメイが、定期的に取引に行っているそうだ。
そう言えば、俺とニアで11階層以降を探索していた時や俺とシータで訓練していた時も、サキとユキは道具屋に遊びに行っていたようだった。
だから、久しぶりに顔を出すというのは俺だけかもしれない。そう思うと、なんだか少し緊張してきてしまう。
事前におばあちゃんにシータの防具について依頼してくれたというメイと、庭先でお昼寝中のニアは今日はお留守番だ。
いつものようにサキとユキが先に地下階段の先にある道具屋の扉の中へと飛び込んで行き、ティがなぜか、あえて存在を主張するかのように俺の肩の上へと居座った。
「...今日は小僧も来たのかい」
「ご無沙汰しております。それから、こっちはうちの期待の新人のシータです」
そんな俺のすぐ後ろで、シータが震える声でつぶやいていた。
「...霧の魔王城に、彷徨う道具屋? 主の活動拠点は一体どれだけ、おとぎ話の中なんだ...?」
「いや、それは誤解だぞ、シータ」
なんだか変に驚愕されているような、褒められているような心配されているような微妙な感想を頂いた。
ただ、そうやってあらためて言われてみると、俺の活動範囲といえば......自宅、迷宮、道具屋の三択だけだぞ今のところは。
それってなんだが、自宅学校コンビニとか、自宅会社スーパーとかとたいして変わらない生活圏の狭さだぞ?
...より正確に分析すれば、俺の行ったことのある場所なんて、迷宮、河原、妖精酒場、ドワーフ酒場、女の子がいっぱいいる酒場、事務所襲撃、そしてこの道具屋くらいだ。
まともな場所がもう、一つもない。
「...なんだか失礼なことを考えていないかい、小僧?」
「いいえ、ぜんぜん!? ちょっと、おばあちゃんのそのメガネ、心が読めたりしませんよね!?」
相変わらずサキとユキには優しく俺には眉間のシワが深いおばあちゃんに簡単な近況報告を済ませつつ、カウンターに産地直送の樹魔の死体をドサリと置くと、おばあちゃんの眉間のシワが更に深くなってしまった。顔が縦に裂けてしまわないか心配だ。
「なんだい小僧、あたしの顔に何かついているかい?」
「いえ、眉間に天地を割くような勢いで、しわが......シータとティの三人で現地訓練も兼ねて少しだけ狩ってみたんですが、この樹魔の素材、ご迷惑でしたか?」
「そんなこたぁないさ。ありがたく頂くよ」
「えー、それなら、もう少しありがたい顔をして欲しいなー」
「人様の顔にケチつけるんじゃないよ! ...なに、少し値段の設定をどうしようかと、考えていたところさね」
「...もしかして、大した価値がなかったですか?」
「ハッ! 逆だよ小僧! あんたの持ってくる素材はいつもいつも、価値が高すぎる! いや、高いという言葉もちょっと違うね、だいたいが......そう、時価だ」
時価!? 俺みたいな庶民の日常会話には出てこない単語だな、おい!?
俺、どこかの店か飲食店にでも入った時にメニューに「時価」って書いてあったなら、慌ててその店から逃げ出すよ?
時価という言葉に怯む俺に、おばあちゃんが付け加えた。
「迷宮の素材はそのほとんどが時価だ。まだ言ってなかったかい?
例えば、そうだね......小僧、以前あんたがモモフの着ぐるみを発注したことがあっただろ?」
「あぁ、はい。びっくりするくらいサキとユキに似合っていました。ありがとうございます」
「あれは小僧達から貰った毛皮を、馴染みの職人に渡して作らせたんだがね」
「え、あれって市販品じゃなかったの!? 特注品!?」
「あぁ、モモフは迷宮の魔物だからね。希少価値が高い上に、あの毛皮は妙に下処理がうまかった。職人に渡してやったら大喜びであの服に仕立てたんだが......問題はその職人のやつがうっかり、他の客に見られちまったことなんだ」
「...見られたらまずいものなんですか?」
話を聞くと、どうやらあの着ぐるみは画期的すぎた品物だったらしい。
だけどそれは、モモフの価値よりも職人さんの腕の方がすごいんじゃないのかな?
「あんな特殊な服はまず市場には出回らない。金持ち連中からあいつのところに注文が殺到しちまったんだ。無論、そもそも毛皮が無いから作ろうにも作れないがね」
「...もしかして、その希少価値からモモフが乱獲されたりしましたか?」
「...モモフを求めて迷宮に殺到した冒険者や傭兵どもがモモフに乱獲されたりは、したらしいね」
「ふむ。それならば問題なかろう」
「ティ様、俺には問題だらけに聞こえましたが?」
「えー、乱獲って......モモフは遠目にも近づいてくるのが分かるから、いきなり襲われたりすることって無いでしょうに。それこそ真正面から戦ったりしない限りは、そう簡単には負けたりはしないと思うんだけど?」
「近づく前に魔法で倒してしまえば良かろうに」
「主、ティ様、それって言うほど簡単では無いと思いますよ?」
そうなの? サキとユキはむしろ、漢らしく真正面から巨大モモフに挑んでいたくらいなんだけど。
そう、確かあの階層の上の地上には要塞都市があって、そこからサキとユキが......あ、ダメだ、なんか思い出したくない人族とか【勇者】とかの話まで思い出しそうだから、さっさと忘れよう。
「そうだ、モモフといえば、あんた、10階層で何をやったんだい?」
「え? 事務所襲げ...ゴホン。なにか、問題でも?」
むしろ問題しか無かったはずだが、すっとぼけて尋ねてみたら、俺の知らない別の問題が起きているようだった。
「最近、あそこに住んでいる人族達の間で変な儀式が流行っているって噂だよ」
なんでも、毎日朝晩、9階層へと登る転移門にむかって礼拝する儀式が流行っているらしい。
人族のならず者達が、上層に住まうモモフ達にゴメンナサイ(?)しているそうだ......えっ、なにそれ?
そんな人族達から始まった不思議な儀式、面白半分に街の住民達に広がって、いまは街全体で毎日行われているんだとか。
「...ねー、ティ。その件、聞いたことある?」
「はて、なんのことやら」
10階層の妖精達を統べるティが知らない訳がない。こいつ、また面白半分に黙ってたな。
...あれ? でも、なんでティがわざわざ俺に秘密にしているんだ? 俺に関係ない話なら別に、わざわざ俺に内緒にして「いたずら」する必要も無いよね?
部屋の向こうにいたサキとユキ、こっちの話を聞いていたらしい二人と目が合って、二人がサッと俺から目を逸らした。
「...えっ......えっ!? その件も俺に何か関係ある話なの!?」
「...さぁ、それはきっと、通りすがりのモモフ族の仕業じゃないのかの?」
「...あんた一体、何やってんだい」
おばあちゃんが呆れ果てているが、待って、俺、本当に身に覚えがないんだよ! ...せめて、もっと何かヒントをくれよ、ティ!! それにサキとユキも!
ちょっと気まずくなってシータに助けを求めようとしたら、シータは何やら棚に置いてある靴を見て、再び目を丸くしているようだった。
「この靴...」
「ほう、お目が高いじゃないか。
それはあんた向けに用意した品じゃないが、もちろんそれも売り物だよ」
「へぇ、なんだかカッコよさそうな靴だね?」
「主、これがもし、俺が知っている通りの靴なら......空を走れる魔法の靴、だったはずだ」
「え!? マジで!?」
「あぁ、もちろん本物さ」
「...いや、偽物だとしても、ちょっと浮くだけだとしてもすごいよ、それ!」
「だから、本物だと言っているだろう......ちょっとした代償と引き換えに空が飛べるね」
「...代償?」
「あぁ、代償を払う必要がある。なに、空が飛べる程度の代償さ。ヒッヒッヒ」
「...シータ、もっと命を大事にしろ。人は空など飛べなくても死にはしない」
「主ッ!? 代償って、魔力とかそういうやつのことですよね!? 死体が浮いても意味がないじゃないですか!?」
「シータ、同じ魂と引き換えにして装備するなら、こっちのトゲトゲの付いた肩当てを装備するんだ。こっちの方が呪...気合が入っている感じがしていてカッコイイだろう!?」
「...それこそ、命を代償にしてまで装備する必要、あるんですかね?」
「別にどっちの武具も呪われちゃいないよ! 小僧、あんた【鑑定】のスキルがあるだろう!?」
あぁ、そういえばそんなスキルもあったねぇ。俺、スキルは基本的に【相殺】にしか使ってないから気が付かなかったよ。
だけど、俺の肩の上からツッコミが入った。
「シータ、おぬしの魔力ではその靴、使いこなせぬぞ」
「シータ、俺は無一文だから、買ってやれないぞ」
「そうですか、ティ様......主、さっき時価がどうとか話していませんでしたか? わりと金持ちっぽいですよね?」
「その靴、あんたか猫の嬢ちゃんが履くのなら、これまでの魔石の支払い分で譲っても構わないよ」
「魔石? ...あぁ、モモフとか、メメラとか、ニョロリとかのことですね」
「ニョロリ? ...あぁ、サラマンデルのことかい? 確かにあれの魔石でお釣りが来るね」
「サッ!!? ...おい!? 主達は一体、どんだけ命知らずなんだっ!!」
失礼だなシータ。むしろ俺の作戦は徹頭徹尾、「いのちをだいじに」以外はありえない。いつも俺の周りが勝手にガンガンいったり色々やったりしているだけなんだ。
...サラマンデルに関しては、俺の記憶に無いからノーカウントだ!
「あー、おばあちゃん、今回は俺の防具ではなくて、シータの防具を買いに来たんですが」
「それならもう、使用人の嬢ちゃんに頼まれて用意してあるよ......ほら、こいつだ」
おばあちゃんがカウンターの上に置いたのは、あっちの魔法の靴やトゲトゲと違ってもっと、シンプルな上着だった。
なんの飾り気もない、わりと地味な見た目のコートのようだけど、イケメンは何を着たって似合うからなんの問題も無いだろう、ケッ。
そしておばあちゃんが、その商品の説明をしてくれた。
「この頭巾付き外套、少し重めだが耐久性は折り紙つきだ。
迷宮を突き進むなら重装備ってわけにも行かないだろうから、その外套を盾代わりにしな。軽めの刃と魔法くらいなら一撃二撃は、十二分に凌げるはずだよ。
修理に関してはあんたのところの使用人、家妖精に頼みな。そういう魔法の布に関しちゃ下手な防具屋に回すよりも、よっぽど上手く繕ってくれるだろうよ」
見た目に反して、ものすごく高性能だった。さらに色んなことを考慮してくれたようだ、俺以上に俺達のことを分かっている、すごい!
「おぉ! さすがおばあちゃん、ありがとう!」
「さすがにあんたのその服みたいな、自動修復機能まではないからね」
「自動修復!? 主、あんたまた、一体なんなんだ?!」
「いや、シータ、そうは言うけどこの服、君の妹分が見た目だけなら全く同じやつを、即興で作ってたよ?」
「ちょっと待ちな小僧、詳しく話しな!」
なんだが話が行ったり来たりしながら、賑やかに俺達の買い物は進んでいった。
ちなみに、さっきのモモフ着ぐるみの職人を今度、シータ達の店に行かせるそうだ。
例の「チョイサーちゃん」に服の話を聞きに、あるいはスカウトに行くのだろうけれど......場所が場所だけに、逆に骨抜きにされて捕獲されないことを祈っておこう。
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「...ところで、小僧はこのまま下に進むつもりなのかい?」
「えっ? はい、そうですよ。なにか、ついでの用事とかありますか?」
10の階層ではモモフの毛皮を、20の階層ではトカゲと鉱石をお土産に持ってきたわけだけど、この先にも何かあるのだろうか......木の魔物以外で。
「...このまま下まで行った時に少し頼みごとをするかもしれないが、まだ先の話さね」
おばあちゃんはそう言いながら金貨を指で宙に弾いた。
クルクルと宙を舞う金貨。それを見ながらティが「...【機械仕掛けの真理】か」とつぶやいたが、おばあちゃんはなんだか言いづらそうな、苦い表情で黙っていたので、俺も続きは聞かないことにしておいた。
きっと、『まだ先の話』のその時がくれば、俺に何かを相談するのだろう。
あとは、サキとユキの買い物が終わるのと、ティとおばあちゃんの雑談が終わるのを、シータと暇をつぶしながら待っていた。
「...ねぇねぇ、シータ?
君にはこの、トゲトゲのついた肩当てと、トゲトゲの付いた鉄製のマスクなんかが、こう、とってもよく似合うと思うんだ?」
「...一体なんですか主? それ、何からどこを守るための防具なんですか?」
「威嚇だよ、いかく! こういうのはまずは見た目から入るのが大切なんだ!
ほら、こっちのトゲトゲの鎖も身体にまいてさ、こっちの大きな角の生えた兜をかぶるか、髪型をモヒカンやらスキンヘッドやらにすればいいじゃない!
そうすればシータもきっと、世紀末になると現れるという伝説の『貴重な水やら村の最後の種籾やらを奪いに来る係』の人達みたいな、とっても強そうな感じに仕上がると思うんだ!」
「...それなら主だって、こっちの真っ赤なマントを羽織って、この先っぽが骸骨になっている杖で、ひれ伏した人族の指揮官の頭でも小突いてやれば、魔王っぽい雰囲気がしてオススメですよ?」
「...あんた達、ひとの店の商品で遊ぶのはやめな」
俺とシータがお互いにオススメの装備を押し付けあっていたら、おばあちゃんに怒られてしまった。
そして、いつの間にやら買い物の終わったサキとユキが、俺達の隣でトゲトゲの付いた金棒を握って真剣に悩み始めたので、俺とシータで慌てて阻止した。
君達はそんな物騒なものを持ったらダメだ。このくらいの重さならいけるとか、そういう問題じゃないんだ。とにかくダメったらダメなんだ、鬼に金棒みたいなやつは!
...だけど実は、一番の確信犯は、俺達にあわせてそれらを棚に並べて待っていたおばあちゃんだと思うんだ。
前回お店に来た時には、あんなトゲトゲ一つも置いてなかったの、俺はちゃんと覚えているんだからな!




